No | 129394 | |
著者(漢字) | 稲垣,冬樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イナガキ,フユキ | |
標題(和) | 臨床応用を視野に入れた肝臓の発生・再生機構の解明 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129394 | |
報告番号 | 甲29394 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4127号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【緒言】 肝臓は生体内における最大の臓器であり、糖代謝や脂質代謝、解毒作用、各種タンパクの産生や胆汁の分泌など様々な役割を担っている。このため、一旦肝機能不全に陥ると、生命活動の維持に大きな支障が生じる。肝不全が生じる理由は様々あるが、急性・慢性肝炎もその原因の一つであり、我が国でも多数の患者が肝不全のために亡くなっている。近年、様々な種類の分子標的薬が開発されて高い治療効果を挙げているが、肝炎においても、その発症や重篤化の分子メカニズムをより詳細に解明することで、効果的な分子標的薬の開発が可能であると考えられる。 一方、肝疾患の中でも肝不全による死亡者数よりもさらに多いのが、肝細胞癌による死亡であり、世界的にみても、肝臓がんによる死亡は肺がん・胃がんについで癌死の原因の第3位に位置づけられている。原発性肝がんの治療には様々な選択肢があるが、肝内再発が起きるたびに外科的切除を繰り返し行う方法、いわゆる「繰り返し肝切除」が生存期間の延長や根治を期待しうる方法として広く行われている。また、大腸がんの肝転移に対する治療法としても「繰り返し肝切除」の有効性が知られている。「繰り返し肝切除」をおこなう際の問題点として、前回手術後の癒着と残存肝の予備能の低下という2つの問題が挙げられる。術後癒着は程度の差こそあれ、開腹手術に付きものの事象であると言っても過言ではない。肝切除手術後に肝臓の切離面に生じる癒着は強固であり、再手術が困難になるとともに、手術時間・出血量の増加や術中術後の合併症のリスク上昇をもたらす。既存の高分子吸収性癒着防止材は肝切除術後には一般には用いられておらず、新規癒着防止策の開発が待ち望まれている。また、残存肝の予備能低下は術後肝不全のリスクを高めるが、有効な対処法がないのが現状である。 【研究1:目的】 肝炎の発症・増悪化に特異的に働き、分子標的薬のターゲットとなり得る分子を見出す。 【研究1:方法】 近年のマイクロアレイ技術や次世代シークエンス技術の進歩によって、大量のヒト検体を用いた遺伝子発現の網羅的解析をおこなうことも可能であるが、感度や特異度の点で問題がないわけではない。そこで遺伝学的に均一な背景を持ち、解析も容易なモデルマウスの系を用いて、肝炎の発症・増悪化に特異的に働く分子を見出すことにした。候補分子のスクリーニングのために、マウスの正常肝臓と慢性肝炎モデルの肝臓の遺伝子発現アレイ解析をおこなった。発現が顕著に上昇した遺伝子について、発現を他の実験手法でも確認すると共にHydrodynamic tail vein injection法を用いてin vivoでの機能解析をおこなった。また、ヒト検体を用いてヒトにおける発現解析もおこなった。 【研究1:結果】 発現が顕著に上昇した遺伝子の中で、今回はネフロネクチンという細胞外マトリックスタンパクに着目した。細胞外マトリックスは単に細胞間隙を埋める物質に過ぎないと従来考えられてきたが、近年、細胞接着や遊走、細胞分化などに関与していることが明らかとなった。さらにこれら細胞機能の制御を通じて様々な病態の形成にも寄与している。ネフロネクチンは腎臓の発生において必要不可欠であることは先行研究によって明らかにされていたが、肝臓における役割については未だ不明であった。今回、マウスの急性肝炎および慢性肝炎モデルにおいて、ネフロネクチンの発現が一過性に上昇することを見出した。いずれのモデルにおいても、ネフロネクチンは炎症の場の中心に発現しており、主に間葉系細胞と一部で胆管上皮細胞が産生していることを明らかにした。興味深いことに、Hydrodynamic tail vein injection法を用いてネフロネクチンを肝細胞特異的に異所性に発現させたところ、肉芽腫様の細胞集族像の形成が認められた。集まっている細胞は主にCD4陽性T細胞とNKT細胞であったが、細胞が集まってきているのみで炎症自体は惹起されていなかった。しかしながら、ConAを注射して急性肝炎を誘導したところ、ネフロネクチンの過剰発現は肝炎を増悪化させる方向へと働いた。これらの結果から、ネフロネクチンはCD4陽性T細胞やNKT細胞を炎症の場に集めるという働きをすることで、肝炎重症化の最初のステップに重要な役割を果たしていると考えられた。加えて、マウス肝炎モデルのみならず、ヒトの慢性肝炎においてもネフロネクチンの発現が上昇していることを見出した。 【研究1:考察】 ネフロネクチンはマウスとヒトで高いアミノ酸配列相同性を保っており、また肝臓における発現パターンも類似していたことから、ヒトの肝炎の病態形成においても重要な働きをしていることが期待される。今回の知見を確かなものとするためにより一層の研究が必要であるが、ネフロネクチンは急性肝炎や慢性肝炎の治療標的となり得るのではないかと考えている。 【研究2:目的】 「繰り返し肝切除」をおこなう際の前回手術後の癒着と残存肝の予備能の低下という2つの問題を解決する。 【研究2:方法】 肝切除術後の術後癒着に対する新たな解決策を見出すため、肝中皮細胞に着目した。肝中皮細胞は肝被膜を構成する細胞であり、糖タンパクを多く発現するなど生体内において臓器間の癒着を防ぐ『生体テフロン』としての機能を担っている。従来のマウス肝切除モデルにおいては肝切離面への癒着を再現することが出来ないため、まず肝離断面への癒着を再現するマウス肝切除後癒着モデルの確立をおこなった。このモデルに対して、温度応答性培養皿を用いてシート状に培養した肝中皮細胞シートを移植して、その癒着防止効果および肝再生促進効果を検討する。 【研究2:結果】 今回確立したマウス肝切除後癒着モデルが、モデルとして妥当であることを明らかにした。次にこのモデルに対して、温度応答性培養皿上で二次元シート化した肝中皮細胞を移植したところ、術後癒着を顕著に防止することを示した。同様にシート化した腹膜中皮細胞もかなりの程度で癒着を防止することが出来たが、線維芽細胞シートにはそのような効果が見られなかった。さらに肝中皮細胞シートは肝細胞の増殖に特異性の高いサイトカインを分泌することで、肝切除後の肝再生をも促進し、肝機能の早期回復にも繋がることを見出した。一方、腹膜中皮細胞シートには肝再生促進作用はなかった。 【研究2:考察】 再生医療の目的は、外傷や疾患で障害を受けた組織を、組織幹細胞やES細胞・iPS細胞から分化誘導させて作成した実質細胞を用いて再び元来の組織と同等の機能まで回復を図ることである。しかしながら、肝臓や腎臓などの三次元構造物の構築は難易度が高くその実現にはまだ時間がかかる状態である。一方、心筋や角膜・網膜など二次元に近い構造を持つ組織については、実用化あるいは実用化に近い段階にある。それゆえ、組織工学の観点から、臓器表面を覆っている中皮組織は好ましいターゲットといえる。 また、中皮組織の欠損部を補って癒着を防ぐという、従来の再生医療でみられるような直接的な目標を達成したことに加えて、上皮間葉相互作用を利用することで間接的に実質臓器の再生をも促したという点で、新しい再生医療の道を開くものと期待される。 【まとめ】 肝炎におけるネフロネクチンの病態生理学的意義を明らかにして、分子標的薬のターゲットとなり得ることを示した。また肝中皮細胞シートが癒着防止作用および肝再生促進作用を併せ持ち、「繰り返し肝切除」に伴う諸問題を解決可能であることを示した。 | |
審査要旨 | 本研究は大きく2つの研究内容から構成されている。1つめの研究では、マウス肝炎モデルの解析をおこなうことで、肝炎の発症・増悪化に特異的に働き、分子標的薬のターゲットとなり得る分子を見出すことを試みた。また、2つめの研究では、肝細胞癌や転移性肝癌に対する有効な治療法である「繰り返し肝切除」をおこなう際に問題となる前回手術後の癒着と残存肝の予備能の低下という2つの臨床上の問題点を、マウスの系を用いて解決することを試みた。そして、得られた結果は下記の通りである。 (研究1) 1.マウス急性・慢性肝炎モデルにおいて、ネフロネクチンの発現上昇が認められた。セルソーターを用いて肝構成細胞を分取して、ネフロネクチンの発現を調べたところ、発現細胞は主にThy1陽性の間葉系細胞やEpCAM陽性の胆管上皮細胞であった。 2.Hydrodynamic tail vein injection(HTVi)法を用いて肝臓においてネフロネクチンを強制発現させたところ、肝実質内に肉芽腫様の細胞集簇像が多数形成された。免疫染色をおこなったところ、集簇した細胞は主にCD4陽性T細胞やNKT細胞であった。 3.HTVi法を用いてRGDモチーフの欠損変異体を強制発現させたところ、細胞集簇像の形成頻度は低下した。以上の結果より、RGDモチーフとインテグリンの相互作用が細胞集簇像の形成に必要であることが明らかとなった。 4.ネフロネクチンの強制発現によって、ConA誘導急性肝炎は増悪化した。 5.ヒト組織の免疫染色においてもネフロネクチンの発現上昇が認められることから、ヒト肝炎の増悪化因子としても、ネフロネクチンが働くことが示唆された。 (研究2) 1.従来のマウス肝切除モデルでは肝離断面への術後癒着を再現することが出来なかったため、新たに肝切除後癒着マウスモデルを確立して、モデルとしての妥当性を明らかにした。 2.胎児肝中皮細胞を、セルソーターを用いて分取して、温度応答性培養皿上でシート状に培養した。作成した胎児肝中皮細胞シートを肝離断面に貼付したところ、肝離断面への術後癒着が顕著に抑えられた。一方、コントロールとして用いた線維芽細胞シート貼付群では癒着防止効果はほとんど認められなかった。また腹膜中皮細胞シート貼付群でも胎児肝中皮細胞シート貼付群ほどではないが癒着防止効果が認められた。 3.肝再生に及ぼす影響についても検討したが、胎児肝中皮細胞シート貼付群では非貼付群や腹膜中皮細胞シート貼付群に比べて肝細胞の増殖が盛んになっていた。一方、肝細胞の肥大については3群の間で有意差はなかった。シートから分泌されるMdkやPtnのような増殖因子によって肝再生は促進されていた。血清アルブミン値の回復も胎児肝中皮細胞シート貼付群が一番早かった。 以上、研究1では成体肝臓におけるネフロネクチンの発現・機能解析をおこない、ネフロネクチンが肝炎の増悪化因子として働きうることを明らかにした。また研究2では肝中皮細胞シートを用いることで、これまで解決が困難であった肝切除後の癒着および肝再生能の低下という2つの問題を解決しうることを示した。いずれの研究結果も新規性に富むと共に、今後研究内容を発展させることで、将来的に分子標的薬の開発や癒着防止・肝再生促進療法の実用化へとつながることが期待でき、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |