No | 129396 | |
著者(漢字) | 金子,学 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カネコ,マナブ | |
標題(和) | Temsirolimus(Rapamycin誘導体)の大腸癌に対する抗腫瘍効果の研究 : in vitroおよびin vivo解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129396 | |
報告番号 | 甲29396 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4129号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 研究の背景と目的 本邦における死因の第1位は悪性新生物であり、このなかで大腸癌は男性で第3位、女性で第1位を占めている。大腸癌に対する根治的な治療は現在でも外科的切除のみで、切除不能な進行または再発大腸癌に対しては、緩和的治療として化学療法や放射線療法が行われている。近年の分子標的薬の導入により、切除不能進行再発大腸癌患者の生存期間中央値は約24か月となった。しかし、十分な効果が得られない症例も多く存在するため、新たな薬剤を開発し治療の選択肢を拡げることは重要な課題である。今回、その新たな選択肢の候補となる薬剤として、epidermal growth factor receptorの下流に存在しPI3K/AKT/ mammalian target of rapamycin(mTOR)シグナル伝達系のmTORを阻害するラパマイシン(rapamycin)という薬剤に着目した。 ラパマイシンは1965年にイースター島の土壌中のStreptomyces hydroscopiusという放線菌の一種から産生される物質として発見されたが、その後抗悪性腫瘍薬として注目され、現在その誘導体(rapalog)が結節性硬化症にみられる上衣下巨細胞性星細胞腫、ホルモンレセプター陽性・HER2陰性の進行乳癌、進行性膵内分泌腫瘍、および腎細胞癌で臨床応用されている。作用機序は、主にPI3K/AKT/mTORシグナル伝達系に属するmTOR抑制による細胞周期のG1期停止と血管新生抑制が考えられており、細胞株によってはアポトーシスを誘導すると報告されている。特に、PI3K/AKT/mTOR シグナル伝達系が活性化されている腫瘍においてより強い効果を示すことが知られており、この系が活性化されているものが多く存在する大腸癌でも有効である可能性がある。 一方で、これまでの腎細胞癌に対するrapalogの臨床使用の経験から、rapalogへの抵抗性を示す腫瘍の存在も徐々に知られてきており、オートファジー誘導もその一つと考えられている。オートファジーは細胞がある種のストレスにさらされた際に誘導され、傷害を受けた細胞内器官などを自己のリソソームで分解して新たにタンパクの合成に利用するという、正常細胞の恒常性維持にとって重要な機能である。近年、抗悪性腫瘍薬や放射線によって傷害を受けた癌細胞においても、同様のメカニズムを介して、生存に必要な内部環境が維持されると考えられており、オートファジー阻害薬が癌細胞の治療感受性の増強につながるという概念が提唱されている。 本研究第一章では、ヒト大腸癌細胞株およびマウス大腸癌細胞株に対するrapalogの抗腫瘍効果を、rapalogの一つであるtemsirolimus(TEM)を用いて、in vitroとin vivoの両面から検証した。また、本研究第二章では、オートファジーがrapalogへの抵抗性に寄与しているという仮説に基づき、オートファジー阻害剤であるクロロキン(CQ)をTEMと併用することによりTEMの効果増強が得られるかを検証すべく、マウス大腸癌細胞株を用いたin vitroとin vivoの検討を行った。 方法・結果 1-1)TEMの大腸癌に及ぼす影響- in vitro mTORの上流に位置するAKTが強く活性化されているヒト大腸癌細胞CaR-1とマウス大腸癌細胞Colon-26、およびAKTの活性化が比較的弱いヒト大腸癌細胞HT-29を用いて、in vitroの実験系での検討を行った。TEMはCaR-1とColon-26の増殖を用量依存的に抑制し、これはアポトーシスの誘導ではなく、細胞周期のG1期停止によるものであることが確認された。しかし、HT-29では増殖抑制は認められなかった。mTORシグナルに関わるタンパクについてwestern blottingによる検討を行ったところ、CaR-1とColon-26では、TEMによりphospo-AKT(p-AKT)には大きな変化を認めなかったが、phospho-p70S6K(p-p70S6K)は両者で著明に減少していた。phopho-4E-BP1(p-4E-BP1)はCaR-1では80% 程度、Colon-26では10% 程度の抑制であった。HT-29ではp-p70S6Kは50% 程度、p-4E-BP1は80% 程度減少したが、p-AKTは逆に70%程度の著明な増加を認めた。一方で、血管新生における重要な調節因子である、HIF-1αとVEGFのタンパク発現についてwestern blottingにて検討したところ、TEM 100 μM 48時間処理によってすべての細胞株で両者の著明な減少を認めた。 1-2)TEMの大腸癌に及ぼす影響- in vivo マウス皮下腫瘍モデルにおける、ヒト大腸癌細胞株およびマウス大腸癌細胞株に対するTEMの影響を検討した。in vitroの実験結果と異なりHT-29を含むすべての細胞株で、TEMによる皮下腫瘍増殖抑制効果を認めた。そこで、血管新生に関して検討を行ったところ、すべての細胞株において、HIF-1αとVEGFのタンパク発現抑制による血管新生抑制を認め、さらにアポトーシス誘導効果が確認された。以上から、血管新生抑制は大腸癌細胞株のAKT活性の状態によらず、TEMにより抑制されることが明らかとなった。in vitroの実験系では認めなかったアポトーシス誘導の増強がマウス皮下腫瘍で認められた点についても、血管新生抑制による低酸素、低栄養状態による影響が原因の一つと推察された。 2)クロロキン(CQ)との併用によるTEMの大腸癌に及ぼす影響 TEMとオートファジー阻害剤であるCQとの併用の大腸癌への影響について、マウス大腸癌細胞株Colon-26を用いて、in vitroとin vivo両面から検証した。in vitroの実験系において、TEMとCQを併用することにより、それぞれを単剤で用いた場合よりも腫瘍増殖抑制効果が増強された。この実験系において、TEM単剤投与群ではLC3-IIの発現増加とp62の発現低下をきたし、オートファジーが誘導されていると考えられたが、CQ併用により、p62の低下が有意に抑制された。故に、オートファジーの抑制が増殖抑制効果の増強につながると考えられた。また、TEM+CQ併用群は、TEM単剤投与群とCQ単剤投与群と比較し有意に高いアポトーシス誘導効果を示した。この機序に関する検討として、プロアポトーシスタンパクであるBaxと、抗アポトーシスタンパクであるBcl-2の比であるBax/Bcl-2 ratioを測定したところ、TEM+CQ併用群では他の群と比較し有意にBax/Bcl-2 ratioが上昇していることが確認された。 続いてin vitroでの結果をマウス皮下腫瘍モデルを用いてin vivoでも検討した。TEM+CQ併用群では、他の群と比較し腫瘍増殖が有意に抑制された。オートファジーに関しては、in vitroの実験と同様、TEMにより誘導されたオートファジーをCQが抑制することが確認された。アポトーシスに関しては、TEMとCQの併用群では他の群と比較し、Bax/Bcl-2 ratioの上昇により有意に高いアポトーシス誘導効果を示した。以上より、皮下腫瘍モデルにおいても、TEMとCQの併用が腫瘍細胞のアポトーシスをより誘導することによって、TEMの抗腫瘍効果を増強することが明らかとなった。 考察 TEM単剤での大腸癌への影響を検討したところ、in vitroにおいては、AKTの活性化が強い大腸癌細胞では細胞周期をG1期停止することにより細胞増殖を濃度依存的に抑制した。しかし、AKTの活性化が弱い細胞株の細胞周期には影響せず増殖抑制を認めなった。過去の報告では、非小細胞肺癌細胞株においてmTOR阻害剤を投与することにより、ネガティブフィードバックが働かなくなり、上流の分子であるAKTの活性化が生じることや、また、骨髄腫細胞株にmTOR阻害剤を加えた実験では同様にネガティブフィードバックがなくなるためにRas-Raf-MEK-ERK経路が活性化されることなどが報告されており、これらの研究結果から、mTOR阻害によってcyclin D1を制御する他のシグナル伝達経路の活性化が引き起こされる可能性が推察された。一方で、AKT活性の状態に関わらずTEM投与によるHIF-1αとVEGFのタンパク発現抑制効果を認めた。 in vivoにおいては、細胞株のAKTの活性化によらず腫瘍の増殖抑制効果を認め、さらに、in vitroの実験系では認められなかったアポトーシス誘導効果が認められた。この点に関しては、HIF-1α・VEGF抑制を介した血管内皮細胞に対する血管新生抑制作用によって、腫瘍細胞に低酸素・低栄養状態がもたらされ、間接的に腫瘍増殖が抑えられたことが原因の一つと推察された。 続いて、TEM作用に対する防御機構として大腸癌細胞がオートファジーを誘導することが確認されたため、オートファジー阻害薬であるCQをTEMに併用することにより、TEMの抗腫瘍効果を増強しうるかを、in vitroおよびin vivoで検討した。in vitroとin vivo両面において、CQを併用することでTEMにより誘導されるオートファジーが阻害されること、さらに、Bax/Bcl-2 ratioの上昇によりアポトーシスが誘導され、腫瘍増殖が抑制されることが明らかとなった。 本研究を通して、rapalog単剤またはCQとの併用療法が切除不能・進行再発大腸癌に対する新たなる治療戦略として有望であることが示唆された。rapalogとCQともに、すでに他の疾患に対して実臨床で使用されており、人体に対する安全性も既に確認されているため、大腸癌への臨床応用も比較的容易と考えられる。今後、大腸癌を対象とした第I/II相臨床試験の実施が望まれる。 | |
審査要旨 | 本研究は、新たな抗悪性腫瘍薬であり、PI3K/AKT/mTOR シグナル伝達系のmTORを阻害する作用をもつ、temsirolimusの大腸癌細胞に対する抗腫瘍効果を明らかにするため、in vitroおよびマウス皮下腫瘍モデルを用いたin vivoの実験系にて、腫瘍増殖抑制効果や血管新生抑制効果、さらにオートファジー阻害剤との併用効果の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.in vitroの実験系において、temsirolimusはmTORの上流に存在するAKTの活性化の強い大腸癌細胞株では、細胞周期のG1期停止により、用量依存的に増殖抑制効果を示すことが確認された。一方で、AKTの活性化の弱い大腸癌細胞株では増殖抑制効果を認めなかった。細胞周期のG1期からS期への移行に関与するcyclin D1についてwestern blottingを行ったところ、AKTの活性化の強い大腸癌細胞株ではcyclin D1の発現が減少するが、AKTの活性化の弱い大腸癌細胞株ではcyclin D1の発現は変化しないことが示された。 2.in vitroの実験系において、血管新生関連タンパクであるHIF-1αとVEGFのtemsirolimusによる発現抑制効果ついてwestern blottingを行ったところ、大腸癌細胞のAKTの活性化の状態によらず両者が抑制されることが示された。 3.in vivoの実験系においては、大腸癌細胞のAKTの活性化の状態によらず、temsirolimusが皮下腫瘍の増殖抑制効果を有することが示された。皮下腫瘍の血管内皮を染色したところ、大腸癌細胞のAKTの活性化の状態によらず、temsirolimusは血管新生抑制作用を有することが確認され、さらに免疫染色を行ったところ、HIF-1αとVEGFタンパクの発現が抑制されていることが示された。したがって、temsirolimusは、AKTの活性化の強い大腸癌細胞に対してはG1期停止による直接的な増殖抑制効果およびHIF-1αとVEGFを介した血管新生抑制による間接的な増殖抑制効果を有し、AKTの活性化の弱い大腸癌細胞に対しては血管新生抑制による増殖抑制効果を有すると考えられた。 4. temsirolimusとオートファジー阻害剤であるクロロキンとの併用効果についてin vitroおよびin vivoの実験系において検証したところ、temsirolimusとクロロキンを併用することで、それぞれを単剤で用いた時よりも強い腫瘍増殖抑制効果を有することが示された。オートファジー関連タンパクについてwestern blottingを行ったところ、temsirolimusにより誘導されたオートファジーがクロロキンの併用により阻害されることが示された。さらに両者の併用により、大腸癌細胞のアポトーシス誘導効果の増強を認め、Bax/Bcl-2 ratioの上昇がこの機序の一つであることが示された。 以上、本論文は大腸癌細胞において、temsirolimusの抗腫瘍効果が細胞周期のG1期停止による直接的なものと、血管新生抑制による間接的なものの二つを有することを明らかにした。さらにオートファジー阻害剤との併用により大腸癌細胞に対するtemsirolimusの抗腫瘍効果を増強しうることを明らかにした。本研究はこれまで詳細不明であった分子細胞レベルでの大腸癌細胞への抗腫瘍効果を解明し、今後の臨床応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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