No | 129397 | |
著者(漢字) | 菊池,弥寿子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キクチ,ヤスコ | |
標題(和) | 甲状腺乳頭癌における異常高メチル化遺伝子の同定 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129397 | |
報告番号 | 甲29397 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4130号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 日本では甲状腺癌の8割を乳頭癌が占めるが、その予後は一般的に良好であり、10年生存率は9割を超える。しかし、遠隔転移や繰り返す局所再発で病死する例も存在する。近年、甲状腺乳頭癌の予後に関して、癌死する危険性の少ない低危険度群と、高危険度群が存在すると考えられるようになった。乳頭癌において、生物学的性質の異なる癌種が存在し、これを区別できるならば、診断、及び予後マーカーとして用いることができ、治療方針を再発危険度で選択できる可能性がある。DNAメチル化は多くの癌において癌抑制遺伝子のプロモーター領域でメチル化され、発癌の制御に関わっていると知られている。本研究では分子生物学的に、DNAメチル化の解析を用いて、乳頭癌の性格とそのサブタイプ分類の可能性について検討した。メチル化解析にはマイクロタイリングアレイを用い、ゲノムワイドな解析と、定量性を備えた解析と併せて解析することが有用と考えられた。 材料・方法 2003年12月から2011年12月まで、東大病院乳腺内分泌外科において外科的に切除された甲状腺腫瘍組織および非癌部甲状腺組織をマイナス80度で凍結保存した検体を用いた。採取された検体のうち、本研究においては、甲状腺乳頭癌34サンプル、非癌部甲状腺組織は20サンプルを用いた。まず遺伝子変異解析に乳頭癌34サンプルを用いた。InfiniumによるDNAメチル化解析時には、BRAF、RAS変異の有無で乳頭癌14サンプル、非癌部甲状腺組織10サンプルを使用した。PyroMark Q24を用いた解析時には、Infiniumで用いたサンプルに加え、validation setとして乳頭癌20サンプル、非癌部甲状腺組織10サンプルを加えた。サンプルよりDNAを抽出し、一部をMassARRAY、サンガーシークエンス法での遺伝子変異解析に、一部はバイサルファイト処理後に、Infiniumビーズアレイを用いた網羅的なメチル化解析、MassARRAY、PyroMark Q24を用いた定量的なメチル化解析に使用した。まず、既報のメチル化報告についても再検討する必要があると考えられ、Infinium、MassARRAYで検証し、新規メチル化遺伝子の探索に、Infiniumを用いた。抽出した遺伝子のメチル化をPyroMark Q24にて定量的に解析した。 結果 既報の遺伝子変異をMassARRAY 、および3130XlGenetic Analyzerにて解析した。乳頭癌34サンプル中、BRAF(T1799A)遺伝子変異は23例(23/34、67.4%)に、RAS変異はHRASA182Gが1例(1/34、2.9%)、NRAS(A182G)が1例(1/34、2.9%)見られた。RAS変異の見られた症例がBRAF変異を持つことはなかった。一方メチル化に関してはMSPによる結果としてRASSF1、MLH1、p16、TSHR、TGFβ、RASSF5などは報告があるが、定量的な解析ではなく、他癌種ほど網羅的解析はなされていない。そこで他癌で知られているDNAメチル化遺伝子である、LOX、ELMO、さらに乳頭癌でMSPでの報告が見られたRASSF1、両方で報告の見られたMLH1について、MassARRAYを用いて定量的にメチル化解析を行った。LOX、ELMOは乳頭癌ではほとんどメチル化はみられなかった。MLH1、RASSF1をMassARRAYで定量的に解析したところ、既報ほどのメチル化がなく、RASSF1は癌でメチル化は入るが、正常甲状腺組織においてもメチル化がみられ、癌特異的とは言えなかった。この結果より、網羅的な新規DNAメチル化の探索が必要と考えられた。そこでInfiniumを用いた乳頭癌メチル化遺伝子の探索を行った。乳頭癌14サンプルを使い、Infiniumでも、既報の遺伝子を調べると、MassARRAY同様に既報ほどのメチル化は見られなかった。胃癌、大腸癌で広く知られている33遺伝子についても同様にInfiniumで解析し、乳頭癌でもメチル化がみられるか検索したが、メチル化がみられなかった。次に他癌種と異なる乳頭癌特異的DNAメチル化がみられるか、NCBIのデータを用いて比較した。10061遺伝子を用いて、標準偏差0.15以上で2745遺伝子を抽出したところ、各癌種で異なるメチル化を示し、おのおのクラスタリングされた。乳頭癌もまとまってクラスタリングされ、他癌とは異なるDNAメチル化状態を示した。しかし、各癌の背景となる臓器特異的なメチル化の情報の影響を伴っている可能性がある。今度は正常組織でメチル化が入らず、癌腫ではメチル化が入るという条件で再度クラスタリングした。乳頭癌は他癌と比較し、メチル化の頻度は少ないが、正常組織とは異なり、まとまってクラスタリングされた。更に、乳頭癌自体で、比較的メチル化の入る症例群と、あまりメチル化の入らない症例群の存在が示唆された。次に、乳頭癌では高メチル化がみられ、非癌部の甲状腺組織ではメチル化の見られない条件を設定し、乳頭癌特異的な高メチル化遺伝子を抽出した。14例の甲状腺乳頭癌中、少なくとも3例以上の乳頭癌においてβ値0.25以上であり、10例の非癌部組織のβ値が0.2未満という条件で25遺伝子を抽出した。症例で検討すると、正常と同様にメチル化をほとんど呈さない3症例の存在を認めた。この3症例はメチル化異常(-)の症例と示し、それ以外はメチル化異常(+)の症例とした。再発を認めた2症例はどちらもメチル化異常(-)であった。サイログロブリン高値、BRAF、RAS変異についても有意差を持ってメチル化異常(+)の症例に多く認めた。Infiniumで抽出したメチル化候補遺伝子のvalidationはPyroMark Q24で定量的に解析し、臨床学的所見についても再検討した。抽出した25遺伝子からパイロシークエンシング法にて解析できたHIST1H3J、TLX3、HOXA7、PHKG2、POU4F2、SHOX2の6遺伝子について、Infinium解析で用いた症例を使い、Infiniumデータが再現できることを確認した。次にvalidation setとして20症例の乳頭癌を加えた合計34症例の癌と、非癌部甲状腺組織も癌同様にInfinium解析症例に追加の症例を加え、合計20例を用いて、上記6遺伝子のパイロシークエンシングを行った。Infinium結果同様、非癌部の甲状腺組織と比較し、癌において有意差を持ってメチル化が高かった。また、乳頭癌34症例でのパイロシークエンシング解析においても、複数の遺伝子でメチル化の見られる症例と、あまりメチル化の見られない症例が存在した。改めて34症例におけるメチル化と臨床学的所見との相関について検討した。34症例のうち、メチル化率30%以上の遺伝子を1つも認めない症例をメチル化異常(-)症例とした。Infinium解析では、メチル化異常(+)症例にBRAF、RAS変異を多く認めたが、34症例の合計によるパイロシークエンシングの検討でも、有意差を持ってメチル化異常(+)の症例に変異を多く認めた。また、メチル化異常(+)の症例は、サイログロブリン高値、腫瘍径が大きい傾向が示唆されたが、有意差は出せなかった。一方で、Infinium解析ではメチル化異常(-)の症例に術後再発が有意差を持って認められたが、34症例の解析ではメチル化異常(+)の症例にも術後再発、転移を認め、合有意差は見られなかった。再発症例数が少ないため、メチル化情報と術後再発の可能性を相関させることは現段階では困難であり、今後さらに多くの症例を用いて検討する必要がある。6遺伝子については、細胞株にDNA脱メチル化剤、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を投与し、RT- PCRにて、発現が回復しているか検討した。うち、細胞株でもパイロシークエンシングにてメチル化がみられた5遺伝子は、発現回復を認めた。 考察 乳頭癌は、他の癌種と異なるメチル化状態を持つことが示された。既報で乳頭癌特異的メチル化の報告があった遺伝子は、Infinum、MassARRAYなど複数の網羅的定量的メチル化解析ではメチル化値は低く、また高メチル化であっても、非癌部と区別ができず、癌特異的なメチル化マーカーとは言い難かった。新たに高メチル化遺伝子を選びだす手法としてInfinium は遺伝子のプロモーター領域を網羅することが可能であり、得られたデータはPyroMark Q24 による定量的メチル化率の測定によって検証することができた。今回選出した異常メチル化遺伝子は、他癌でよく知られた癌抑制遺伝子や、癌関連遺伝子でのプロモーターメチル化遺伝子ではなかった。しかし、複数のサンプルで高メチル化を示している遺伝子では、遺伝子にメチル化が起きることで癌細胞の増殖、進展に働いていたり、なんらかの理由で、癌細胞での遺伝子プロモーター領域のメチル化感受性が上昇していたりしていたとも考えられる。さらに転写に関与する因子が多く見られていた。癌において、これら転写因子の変化により発現の変化、細胞周期の変化、シグナル伝達の抑制、結合領域の変化などが生じ、結果的に癌遺伝子や癌抑制遺伝子などを制御している可能性が考えられる。また、他癌種において異常高メチル化の報告のみられた遺伝子もあり、乳頭癌においてもメチル化と発癌が関与している可能性が示唆された。今後、さらに多くの症例での結果を重ね、より高特異度、高感度の遺伝子を選出し、癌特異的メチル化遺伝子の機能的意義を探求することで、臨床への応用が期待される。 | |
審査要旨 | 本研究は、甲状腺乳頭癌の分子生物学的特徴を明らかにするため、遺伝子変化、特にDNAメチル化について注目し、複数の網羅的、定量的な解析手法を用いて探索した。その結果、乳頭癌における異常高メチル化遺伝子を抽出した。さらに、抽出された候補遺伝子について、DNA高メチル化の評価を別の手法、追加の症例で確認し、臨床所見との相関を検討している。その後、細胞株を用いて、DNAメチル化の発現回復実験を行い、下記の結果を得ている。 1.既報の遺伝子変化に関する再検討 複数の文献的報告を踏まえ、乳頭癌の遺伝子変異、既報の乳頭癌DNAメチル化遺伝子について、マイクロアレイであるMassARRAY、Infiniumを用いた解析を行った。本研究で用いた乳頭癌症例においては、既報同様、BRAF、RAS変異が多くみられた。DNAメチル化については、既報ほどのメチル化は認めず、また、非癌部でもメチル化を認める遺伝子もあり、癌特異的とは言い難かった。従来の報告で用いられた手法は感度が強く出てしまう解析手法を用いており、定量的な解析ではなかったからである。これにより、新規のメチル化遺伝子の探索が必要と検討された。 2.乳頭癌における遺伝子プロモーター領域のメチル化状態の探索 乳頭癌症例14例について、マイクロアレイであるInfiniumを用いたゲノムワイドなメチル化の解析を行い、甲状腺乳頭癌は、他の癌種と異なるメチル化状態が存在することが示された。更に、複数の癌(前立腺、頭頸部扁平上皮癌、大腸癌、胃癌、膠芽腫、慢性骨髄性白血病)と比較すると、乳頭癌は比較的遺伝子プロモーター領域のメチル化の頻度は高くないことが示された。 3.乳頭癌特異的な異常高メチル化遺伝子の抽出 Infiniumを用いて、甲状腺組織において、癌病変部と非癌部でのメチル化の相違を解析し、癌において高メチル化を示す25遺伝子を抽出した。更にこの遺伝子を用いると、癌の中でもメチル化の多くみられる症例と、メチル化のみられない症例が存在することが示された。 4.メチル化候補遺伝子の評価 14例の癌症例での網羅的探索により抽出されたメチル化候補遺伝子について、他症例を加えた検討、及び別の定量的手法、パイロシークエンシング法を用いた検討を行い、候補遺伝子が、乳頭癌特異的高メチル化遺伝子であることを評価している。25遺伝子のうち、パイロシークエンシング法の解析ができた6遺伝子についてメチル化を検討すると非癌部とは異なり、高メチル化を示すことが確認された。更に、追加症例を合わせた検討においても癌の中でもメチル化の多くみられる症例と、メチル化のみられない症例が存在することが示された。 5.メチル化と臨床所見との相関の検討 14例での検討、及び追加症例を加えた34例の乳頭癌の検討を再度行い、メチル化異常の見られる症例では、BRAF、RASの点突然遺伝子変異が有意差を持って多くみられた。また、有意差はでなかったものの、メチル化異常のみられる症例では腫瘍径が大きく、サイログロブリン値も高い傾向が示唆された。 6.細胞株を用いた発現回復解析 評価された、メチル化候補遺伝子6遺伝子について、メチル化により発現がサイレンシングされているかどうか、細胞株を用い検討を加えている。DNA脱メチル化剤を細胞株に投与し、RNAを採取後RT-PCRを行い、5遺伝子について脱メチル化剤投与による発現の回復を確認している。 以上、本論文は甲状腺乳頭癌について、DNAメチル化の解析を行い、他癌とは異なるメチル化状態を呈することを明らかにした。更に乳頭癌特異的な高メチル化遺伝子を、複数の解析手法をもちいて抽出、確認し、乳頭癌自体においても、異なる特徴を持つ癌種が存在する可能性を示した。今まで、複数の手法、臨床症例を用いた乳頭癌メチル化の検討は殆どなされておらず、メチル化情報を用いて乳頭癌を特徴づけることができる可能性を今回初めて示しており、甲状腺乳頭癌の診断、治療の選択において、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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