学位論文要旨



No 129398
著者(漢字) 熊野,信太郎
著者(英字)
著者(カナ) クマノ,シンタロウ
標題(和) 膀胱におけるT型およびN型カルシウムチャンネルの役割 : 下部尿路閉塞ラットを用いた検討
標題(洋)
報告番号 129398
報告番号 甲29398
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4131号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,伸一
 東京大学 准教授 西松,寛明
 東京大学 特任准教授 平田,恭信
 東京大学 講師 下澤,達雄
 東京大学 講師 仲上,豪二朗
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

過活動膀胱(OAB)は尿意切迫感を必須症状とし、通常は頻尿や夜間頻尿を伴う症状症候群と定義されている。その有病率は12.4%と高く、QOLへの影響も大きい。OAB症状の発生の背景には一般に、膀胱の不随意収縮(排尿筋過活動)の存在が推察されている。前立腺肥大症などによる下部尿路閉塞(BOO)は、排尿筋過活動やOABの発生要因となることが知られている。この発生機序としては、下部尿路閉塞に伴う高圧排尿が膀胱の過伸展・虚血をもたらし、その結果、膀胱壁の部分除神経、排尿筋特性の変化、膀胱求心路の活性化等が生じることによって起こる機序が推察されている。

カルシウムイオンチャンネルは、膀胱において、排尿筋・尿路上皮・求心性および遠心性神経などに局在する。一般に排尿筋細胞の収縮は、L型カルシウムイオンチャンネルを介して生じる。排尿筋には、低電位で活性化されるT型カルシウムイオンチャンネル(T-Ca)も局在し、下部尿路閉塞によりその発現が増加し、自律収縮に関与することが知られている。一方、高電位で活性化されるN型カルシウムイオンチャンネル(N-Ca)は主に神経終末に存在し、神経伝達物質の放出に関与する。膀胱遠心性神経終末ではアセチルコリン(ACh)、ATPなどの放出を促進し、排尿筋収縮を誘発することが知られている。そこで、下部尿路閉塞による下部尿路機能障害におけるT-CaならびにN-Caの役割を検証するため、下部尿路部分閉塞ラットモデルを用いて、下部尿路閉塞に伴う、膀胱およびその求心路である後根神経節ならびに脊髄後角におけるT-CaおよびN-CaのmRNA発現の変化、およびin vivoおよびin vitroでの機能実験によって、T-Ca阻害薬およびN-Ca阻害薬に対する膀胱の反応性の変化を検討した。

【方法】

9週齢雌性SD系ラットを使用した。麻酔下で下腹部正中切開にて膀胱頸部および尿道を周囲より剥離し、径1.1mmの金属棒(19G針)を尿道に添えて結紮して部分尿道閉塞を作成し、BOOラットとした。対照群として、膀胱頸部および尿道の剥離操作のみで、尿道を結紮しない偽手術を行い、SHAMラットとした。手術6週後に以下の実験を行った。

1)RT-PCR法:深麻酔下でSHAMラットおよびBOOラットの膀胱およびその求心路の後根神経節・脊髄後角を採取し、T-CaおよびN-CaのmRNAの発現を定量的に解析した。

2)膀胱内圧測定(CMG):膀胱頂部から膀胱内にカテーテルを留置し、その2日後に吸入麻酔下に血圧測定用に頚動脈に、また薬剤投与用に頚静脈にカテーテルを留置した。代謝ゲージにラットを安置し、麻酔から覚醒するのを待ち、無拘束下に膀胱内圧測定を開始した。膀胱内圧が安定したところで、T-Ca阻害薬のRQ 00311610 (RQ) 10mg/kgもしくはN-Ca阻害薬のω -conotoxin GVIA (CTX) 3μg/kgを静脈内投与し、薬剤投与前後45分間の排尿パラメータおよび平均血圧について比較検討を行った。

3)摘出膀胱機能実験:深麻酔下でSHAMラットおよびBOOラットから膀胱を摘出した。摘出膀胱から縦方向に全層の排尿筋条片を作成し、クレブス液で満たされたオルガンバス内で牽引し、その張力に対するRQおよびCTXの効果を以下の実験を行い評価した。収縮反応実験では10mNの張力でまた弛緩反応実験では5mNの張力で牽引した。

3-1)カルバコール(CCh)誘発収縮反応実験:62mM KClを含有する高カリウムクレブス液で膀胱条片を収縮させた。wash out後に、溶媒、選択的L型カルシウムチャンネル阻害薬のnifedipine, RQ, またはCTXをそれぞれ10(-6)Mで前投薬し、CChを10(-8)- 10(-3)Mまで累積投与を行い、CCh誘発収縮反応を溶媒前投与群との比較で評価した。

3-2)経壁電気刺激(EFS)誘発収縮反応実験:62mM KClを含有する高カリウムクレブス液で膀胱条片を収縮させた。wash out後に、2, 5, 10, 20Hzの電気刺激で収縮させた。溶媒、nifedipine, RQ, CTXをそれぞれ10(-6)Mで前投薬し、同様に2, 5, 10, 20Hzの電気刺激で収縮させた。薬剤投与前後の収縮反応の相違について溶媒前投与群との比較で評価した。引き続き、溶媒、CTXを前投薬したもの一部には、アトロピン(10(-6)M)投与、α,β-Methylene-ATP(10(-5)M)反復投与による脱感作、テトロドトキシン(TTX: 10(-6)M)投与を行い、各薬剤投与後に同様に2, 5, 10, 20Hzの電気刺激で収縮させ、コリン作動性成分、プリン作動性成分、非コリン非プリン作動性成分、TTX抵抗性成分に分類して評価した。

3-3)弛緩反応実験: nifedipine, RQ, 選択的T-Ca阻害薬のNNC 55-0396 (NNC)は、それぞれ10(-10)- 10(-4)Mまで、またCTXを10(-10)- 10(-6)Mまで累積投与を行い、弛緩反応を記録した。最後に10(-5)Mのフォルスコリンを投与し、その弛緩効果を-100%として対照群との弛緩効果を評価した。

【結果】

1)RT-PCR法:BOOラットではSHAMラットと比較して、T-Caは、膀胱平滑筋層、膀胱尿路上皮層のいずれにおいても発現が増加していた。N-Caは、BOOラットではSHAMラットと比較して膀胱平滑筋で著明に増加していた。後根神経節および脊髄後角においては、T-Ca, N-Caの発現はともに、BOOラットとSHAMラットの間で有意な差を認めなかった。

2)CMG:SHAMラットと比較してBOOラットでは、一回排尿量、膀胱容量、non-voiding contractions (NVCs)の数および振幅が増加した。RQ投与によりSHAMラットでは最大排尿圧が減少したが、その他の排尿パラメータは変化しなかった。一方、BOOラットではRQ投与により、一回排尿量および膀胱容量が増加したが、NVCsの数と振幅は有意に変化しなかった。平均血圧はBOOラットでRQ投与により低下した。CTX投与によりSHAMラットでは最大排尿圧が減少したが、その他の排尿パラメータは変化しなかった。BOOラットではCTX投与によりNVCsの数が減少した。また、平均血圧はSHAMラット、BOOラット共にCTX投与により減少した。

3-1)CCh誘発収縮反応実験: SHAMラットおよびBOOラットの比較ではCCh誘発収縮反応に有意差を認めなかった。SHAMラットおよびBOOラットともに、nifedipine前投与群のみがCCh誘発収縮反応を抑制した。

3-2)EFS誘発収縮反応実験: BOOラットはSHAMラットに比較してEFS誘発収縮反応が減弱していた。SHAMラットはnifedipineのみがEFS誘発収縮反応を抑制したが、BOOラットではnifedipineの他、CTXでもEFS誘発収縮が抑制された。BOOラットではSHAMラットに比較して、コリン作動性成分が増加し、それに応じる形でプリン作動性成分が減少した。SHAMラットではCTX投与によって、コリン作動性成分、プリン作動性成分に変化がなかった。BOOラットではCTX投与によりコリン作動性成分が減少したが、プリン作動性成分は変化がなかった。

3-3)弛緩反応実験:SHAMラットではnifedipineのみが用量依存的に弛緩効果を認めた。BOOラットでは、nifedipineの他、NNCおよびCTXも、用量依存的に弛緩効果を示した。

【考察】

CMGでは、T-Ca阻害薬であるRQの投与によりBOOラットの膀胱容量が増大したことから、T-CaはBOOラット膀胱の伸展刺激に対する求心性神経活動の促進に関与することが示唆された。一方、摘出膀胱機能実験ではRQは膀胱条片の張力に影響を与えなかったことから、CMGでのRQの効果の作用部位は膀胱平滑筋以外であると考えられる。BOOラットでは、T-Caの発現は、後根神経節ならび脊髄後角では変化を認められなかったが、膀胱尿路上皮において増加していたことから、T-Caが尿路上皮からのメディエーターの放出等を介して、BOOラットの求心性神経活動の促進に関与している可能性があると思われた。

N-CaはBOOラットの膀胱平滑筋層において発現が増加した。N-Ca阻害薬であるCTXは、CMGにおいてBOOラットに顕著に認められた排尿筋過活動に相当すると思われるNVCsの数を減少させた。さらに、摘出膀胱機能実験では、CTXはBOOラットにおいてEFS誘発収縮反応を抑制し、BOOラットにおいて増加していたコリン作動性成分を選択的に抑制した。これらの結果から、N-Caは、BOOラットにおいて、膀胱壁内に分布するコリン作動性神経からのAChの放出を促進することによって、NVCsの発生に関与していることが示唆された。膀胱平滑筋層におけるN-Caの発現の増加は、膀胱のコリン作動性神経終末でのN-Caの発現の増加を反映している可能性があると思われた。

T-Ca阻害薬とN-Ca阻害薬はともに、下部尿路閉塞による膀胱蓄尿機能障害を改善する効果が示唆された。両者の改善効果が異なることから、併用投与も含めた将来的な臨床応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は過活動膀胱における膀胱機能障害の発生にT型およびN型カルシウムイオンチャンネルが関与しているか否かを解明するために、過活動膀胱の動物モデルである下部尿路閉塞ラットを用いて、RT-PCR法での各カルシウムイオンチャンネルの発現の検討、およびin vivoでの膀胱内圧測定、in vitroでの摘出膀胱機能実験を行い、各カルシウムイオンチャンネルの膀胱機能障害の発生における役割の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.下部尿路閉塞ラットでは対照群である偽手術ラットと比較して、T型カルシウムイオンチャンネルの発現が膀胱全層、膀胱平滑筋、膀胱尿路上皮において増加していた。また、下部尿路閉塞ラットでは偽手術ラットと比較してN型カルシウムイオンチャンネルの発現が膀胱平滑筋において増加していた。

2.in vivoでの膀胱内圧測定実験において、T型カルシウムイオンチャンネル阻害薬であるRQ 00311610は偽手術ラットの膀胱内圧パラメータに影響を与えなかったが、下部尿路閉塞ラットの膀胱容量および一回排尿量を増加させた。一方、N型カルシウムイオンチャンネル阻害薬であるω-conotoxin GVIAは偽手術ラットの膀胱内圧パラメータに影響を与えなかったが、下部尿路閉塞ラットのnon-voiding contractionsの数を減少させた。

3.in vitroでの摘出膀胱機能実験において、下部尿路閉塞ラットの排尿筋では、電気刺激誘発収縮反応が減弱しており、特にプリン作動性成分の減少が主で、コリン作動性成分の割合はむしろ代償的に増加した。

4.in vitroでの摘出膀胱機能実験において、RQ 00311610投与により偽手術および下部尿路閉塞ラットの排尿筋張力への影響は認められなかった。一方、ω-conotoxin GVIA 投与は下部尿路閉塞ラット排尿筋のカルバコール誘発収縮反応には影響を与えず、電気刺激誘発収縮反応を抑制し、特にコリン作動性成分に対しての抑制が主であった。また、ω-conotoxin GVIA 投与により下部尿路閉塞ラット排尿筋に対する弛緩効果を認めた。

以上の結果から、以下のように結論を導いている。

1.T型カルシウムイオンチャンネル阻害薬は、下部尿路閉塞ラットの膀胱張力に影響を与えずに、膀胱容量を増大させたことから、T型カルシウムイオンチャンネルの効果発現には膀胱排尿筋への直接作用以外の機序が関与することが示唆された。T型カルシウムイオンチャンネルは下部尿路閉塞ラットの膀胱伸展刺激に対する求心性神経活動の促進に関与することが示唆され、今後は、膀胱尿路上皮、膀胱求心性神経におけるT型カルシウムイオンチャンネルの機能的意義について解明する必要がある。

2.N型カルシウムイオンチャンネルは、膀胱壁内に分布するコリン作動性神経の神経終末でアセチルコリンの放出を促進することで下部尿路閉塞に伴う膀胱機能障害の発現に関与する可能性が示唆された。このアセチルコリンの放出の亢進が、下部尿路閉塞における排尿筋過活動を引き起こす可能性があるが、排尿筋に直接作用し、排尿筋過活動を引き起こす可能性も否定できない。排尿筋過活動の発生機序についてさらなる解明が求められる。

以上、本論文はこれまで未知に等しかった下部尿路閉塞ラットにおける膀胱機能障害の発生におけるT型およびN型カルシウムイオンチャンネルの関与について明らかにした。本研究は各種カルシウムイオンチャンネルの機能解明にとどまらず、将来的には過活動膀胱に対する新規治療薬の創薬に貢献することが期待でき、学位の授与に値するものと考える。

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