学位論文要旨



No 129399
著者(漢字) 武井,美咲
著者(英字)
著者(カナ) タケイ,ミサキ
標題(和) レクチンアレイを用いた培養軟骨細胞の糖鎖解析と軟骨再生医療の品質管理への応用
標題(洋)
報告番号 129399
報告番号 甲29399
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4132号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光嶋,勲
 東京大学 准教授 森,良之
 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 牛田,多加志
内容要旨 要旨を表示する

序言

軟骨組織は発生学的に間葉系細胞に由来する組織で、耳、鼻、気管、関節、椎間板等に存在している。軟骨組織は再生能力が低く組織再生が起こりにくいとされ、軟骨組織の欠損が生じた際の治療としては、自家軟骨等を用いた再建やシリコンあるいは人工関節などの人工物を用いた再建が行われてきたが、1990年代より自己細胞で修復・再建を行う再生医療が脚光を浴びてきた。再生医療は組織工学(tissue engineering)を用いて細胞源(source)、増殖・分化因子(supplement)、足場素材(scaffold)の3種類の要素によって構成される次世代バイオデバイスを実現したものである。現時点の軟骨再生医療ではコラーゲンゲルに包埋した自家関節軟骨細胞移植や軟骨細胞シートによる治療等の他、著者が所属している研究室において開発した、形と硬さを持った再生軟骨(インプラント型再生軟骨)による治療等がある。このインプラント型再生軟骨の臨床導入において、再生医療の実現に必要な3要素の内、細胞の品質が最も重要になると考え、細胞の品質管理に着眼した。

軟骨細胞を用いた再生医療の課題として、同一プロトコールで培養した軟骨細胞を用いて再生軟骨を作製しても、使用した細胞によって軟骨形成の程度にばらつきが見られる事が従来の研究で明らかとなっており、これをロット間差と呼んでいる。基質産生能が低下した軟骨細胞を足場素材に投与し、再生軟骨として生体に移植した場合、良好な再生軟骨形成が得られない可能性が考えられるため、こうした不良なロットの細胞を除去する方法の検討が必要と考えた。

軟骨細胞の品質管理を目的とした先行研究としては、フローサイトメトリーやマイクロアレイを用いたマーカーの検索などがあるが、安定した表面マーカーの数値化が困難である事や、再現性のある数値化が困難である事から、より反応特異性が高く、安定した結果が得られ、定量化に有利な品質管理法が必要と考えた。そこで、糖鎖とレクチンが高い特異性を持って結合する事に着眼し、レクチンアレイによって培養軟骨細胞の膜に存在する糖タンパクの糖鎖を検索するという着想に至った。

本研究は、再生軟骨の基質量の差(ロット間差)と、作製に用いた培養軟骨細胞における糖鎖の発現傾向とを、レクチンアレイを用いて比較して、レクチン反応値による再生軟骨の基質量予測方法を確立する事により、移植前の培養軟骨細胞の品質管理法を確立する事を目的とした。

1.移植後の再生軟骨(n=19)におけるロット間差の評価

まず、移植後の再生軟骨(n=19)におけるロット間差の評価を行った。移植後再生軟骨の軟骨基質産生量のばらつきを検討した。移植に用いる細胞はP0起こしでP2まで培養し、およそ1000倍に増殖させた後アテロコラーゲンゲルと混和してヌードマウス背部皮下に移植した。移植8週後に回収し、組織学的解析、生化学的解析を行い、軟骨再性能を評価した。その結果、軟骨再生の指標として一般に用いられている2型コラーゲン(COL2)やグリコサミノグリカン(sGAG)やトルイジンブルー(TB)染色を検討したところ、ロット間での基質産性能のばらつきが確認され、更にそれぞれの指標が相関傾向にあるため、ばらつきが単なる実験手技や移植手技による誤差ではないことが示唆された。

2.移植後再生軟骨とin vitro 3次元培養の相関関係

次に移植後再生軟骨と高密度3次元培養によって作製した再生軟骨(in vitro 3次元培養)の相関関係を検討し、移植後再生軟骨の再生軟骨基質の指標のばらつきを別の角度から検証した。細胞はP0起こしでP2まで培養し、およそ1000倍に増殖させた後アテロコラーゲンゲルと混和して、高密度3次元培養を行い、生化学的解析によって軟骨再性能を評価した。その結果、移植後再生軟骨とin vitro 3次元培養の結果には相関傾向がある事が示され、移植後再生軟骨における軟骨基質量のばらつきは、細胞特性を反映している事が示唆された。

3.レクチンアレイを用いた培養軟骨細胞の糖鎖評価

次に、レクチンアレイを用いた培養軟骨細胞の糖鎖評価を行った。レクチンアレイにより得られたレクチン反応値と軟骨基質量、特に移植後再生軟骨TB面積割合との比較を行い、軟骨組織における糖鎖の局在を検討した。その結果、レクチン反応値と移植後再生軟骨TB面積割合との相関を検討し最も相関の高かったレクチンはRCA120であった。また、RCA120を用いて軟骨組織のレクチン染色を行ったところ、軟骨細胞のみが染色され、軟骨膜は染色されなかったことから、RCA120は軟骨組織において軟骨細胞と特異的に結合し、軟骨細胞の局在を示すため、レクチンアレイを用いた軟骨再生予測値にRCA120を含めることに生物学的意義があることが示唆された。

4.レクチン反応値による軟骨再生予測式の検討

次に、レクチン反応値による軟骨再生予測式の検討を行い、軟骨再生予測値を示すレクチンを含む重回帰式を求めた。その結果、移植後再生軟骨TB面積割合と最も相関の高かったRCA120のみで移植後再生軟骨の軟骨基質産性能との単相関を求めたところ、TB面積割合との相関傾向は示したものの、同様な動態を示すはずの移植後再生軟骨sGAGや移植後再生軟骨COL2との相関は低く、RCA120単独では軟骨再生が予測できない事が推察された。次に、RCA120を説明変数として用いた上で、重回帰分析により移植後再生軟骨TB面積割合を予測する説明変数を検索し、2項目としてWFAを選択し、軟骨再生予測式として「y = 0.549 x RCA120 - 0.541 x WFA - 25.6」を得たが、算出される軟骨再生予測値とTB面積割合やsGAGやCOL2との相関はRCA120単独よりは上がったものの、相関は低いままであった。更に、RCA120とWFAを説明変数として用いた上で、重回帰分析により移植後再生軟骨TB面積割合を予測する説明変数を検索し、3項目としてNPAを選択し、軟骨再生予測式として「y = 0.563 x RCA120 - 0.379 x WFA + 0.131 x NPA- 73.6」を得た。算出される軟骨再生予測値とTB面積割合との相関は最も高くなり、sGAGやCOL2との相関もある程度移植後再生軟骨TB面積割合と類似した動態を示すようになったためRCA120、WFA、NPAを用いた軟骨再生予測式を本研究の目的である軟骨再生を予測する式とした。

5.遺伝子解析結果による軟骨再生予測式の検証

次に、得られた軟骨再生予測式が培養軟骨細胞の特性を反映しているかを検証するために、遺伝子解析結果による軟骨再生予測式の検証を行った。マイクロアレイ法によって網羅的な遺伝子解析を行い、2万以上の遺伝子の中から軟骨細胞に関連する遺伝子を選出し、軟骨再生予測値と相関のある遺伝子を検索する事で軟骨再生予測式の軟骨細胞に関連する生物学的な背景を反映しているかどうかを検討した。その結果、正の相関のある遺伝子として、耳介軟骨の弾性軟骨の発生に関わる因子とされるMSX1及びMSX2が挙げられ、また、逆相関のある遺伝子として骨転写因子のRUNX2が挙げられた。更に、硝子軟骨に特有の転写因子であるSOX5、SOX6、SOX9との相関は無かったが、用いた細胞が耳介軟骨組織由来の弾性軟骨であることから、用いた細胞の由来組織の性質と矛盾が無いことが示唆された。また、軟骨基質因子であるACAN、COL1A1、COL2A1との相関は無かったが、軟骨細胞の平面培養を行うと軟骨基質転写遺伝子の発現が低下する事から、これらの遺伝子との相関が無いことは、培養条件から判断して妥当性があると考えた。故に、この軟骨再生予測式が用いた培養軟骨細胞の特性を反映することが示唆された。

考察

本研究で採用したレクチンアレイによる糖鎖解析は、フローサイトメトリーや遺伝子解析に対して、(1)細胞表面に存在する多種類の細胞表面マーカーを短時間に検査できる、(2)サンプルの取り扱いが簡便、(3)対象とする指標が45種類と少なく、比較解析が容易、(4)測定工程に洗浄操作を含まないため、再現性の良い結果が得られる、といった利点がある。細胞膜表面に存在する糖タンパクにはその細胞に特有の糖鎖が結合しており、細胞の種類や分化度、変異、また細胞のその時の状態によって結合している糖鎖構造が異なるという特徴を有するため、レクチンアレイを用いた糖鎖解析は細胞の特性を評価するマーカーの検索方法として有用であると考えられた。

今回の研究においては、レクチンアレイの結果によって得られたデータと培養軟骨細胞の軟骨基質産性能を数値化し、相関を取る事によって、培養軟骨細胞の品質管理への応用を検証した。

今後の再生医療への臨床応用としては、(1)選択した3個のレクチン(RCA120、WFA、NPA)をキット化することで、現在の45種類のレクチンを解析するよりも更に簡便かつ短時間に再生軟骨を出荷判定できる方法となること、(2)サンプルをレクチンアレイチップに添加した後の反応時間を現在の16時間から数時間程度まで短時間化し、再生軟骨作製日に出荷判定する事で、より標準化された再生医療を提供できること、(3)培養細胞を用いずに培養液中の糖タンパクの糖鎖を解析に用いる事で、より簡便に、かつ非侵襲的に出荷判定ができること、(4)耳介軟骨細胞のみならず、関節軟骨細胞やiPS細胞を用いた品質管理への応用ができること、が考えられる。

培養軟骨細胞を移植前に評価し、品質管理をする事は、軟骨細胞を用いた再生医療において重要である。軟骨再生予測値に基準を定め、基準値に不適合の場合、不良なロットとして移植を差し控える事により、再生軟骨の安全性と有効性を担保する事ができることになると思われる。

このレクチンアレイを用いた培養軟骨細胞の品質管理を臨床に応用する事で、今後の再生医療の安全性を高め、安定した品質の再生軟骨を患者に提供する事が出来るようになると考えられるため、レクチンアレイを用いた糖鎖解析は今後の再生医療にとって有用であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、再生軟骨の基質量の差(ロット間差)と、作製に用いた培養軟骨細胞における糖鎖の発現傾向とを、レクチンアレイを用いて比較して、レクチン反応値による再生軟骨の基質量予測方法を確立する事により、移植前の培養軟骨細胞の品質管理法を確立する事を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.移植後の再生軟骨(n=19)におけるロット間差の評価を行い、移植後再生軟骨の軟骨基質産生量のばらつきを検討した結果、2型コラーゲン(COL2)やグリコサミノグリカン(sGAG)やトルイジンブルー(TB)染色を検討したところ、ロット間での基質産性能のばらつきが確認され、更にそれぞれの指標が相関傾向にあるため、ばらつきが単なる実験手技や移植手技による誤差ではないことが示唆された。

2.移植後再生軟骨と高密度3次元培養によって作製した再生軟骨(in vitro 3次元培養)の相関関係を検討し、移植後再生軟骨の再生軟骨基質の指標のばらつきを別の角度から検証したところ、移植後再生軟骨とin vitro 3次元培養の結果には相関傾向がある事が示され、移植後再生軟骨における軟骨基質量のばらつきは、細胞特性を反映している事が示唆された。

3.レクチンアレイを用いた培養軟骨細胞の糖鎖解析を行い、レクチンアレイにより得られたレクチン反応値と軟骨基質量、特に移植後再生軟骨TB面積割合との比較を行い、軟骨組織における糖鎖の局在を検討した結果、レクチン反応値と移植後再生軟骨TB面積割合との相関を検討し最も相関の高かったレクチンはRCA120であった。また、RCA120を用いて軟骨組織のレクチン染色を行ったところ、軟骨細胞のみが染色され、軟骨膜は染色されなかったことから、RCA120は軟骨組織において軟骨細胞と特異的に結合し、軟骨細胞の局在を示すため、レクチンアレイを用いた軟骨再生予測値にRCA120を含めることに生物学的意義があることが示唆された。

4.レクチン反応値による軟骨再生予測式の検討を行い、軟骨再生予測値を示すレクチンを含む重回帰式を求めた結果、RCA120、WFA、NPAを用いた軟骨再生予測式として「y = 0.563 x RCA120 - 0.379 x WFA + 0.131 x NPA - 73.6」を得た。この式により算出される軟骨再生予測値とTB面積割合との相関は高く、sGAGやCOL2との相関もある程度移植後再生軟骨TB面積割合と類似した動態を示すようになったため、本予測式を本研究の目的である軟骨再生を予測する式とした。

5.得られた軟骨再生予測式が培養軟骨細胞の特性を反映しているかを検証するために、遺伝子解析結果による軟骨再生予測式の検証を行った結果、正の相関のある遺伝子として、耳介軟骨の弾性軟骨の発生に関わる因子とされるMSX1及びMSX2が挙げられ、また、逆相関のある遺伝子として骨転写因子のRUNX2が挙げられた。更に、硝子軟骨に特有の転写因子であるSOX5、SOX6、SOX9との相関は無かったが、用いた細胞が耳介軟骨組織由来の弾性軟骨であることから、用いた細胞の由来組織の性質と矛盾が無いことが示唆された。また、軟骨基質因子であるACAN、COL1A1、COL2A1との相関は無かったが、軟骨細胞の平面培養を行うと軟骨基質転写遺伝子の発現が低下する事から、これらの遺伝子との相関が無いことは、培養条件から判断して妥当性があると考えた。故に、この軟骨再生予測式が用いた培養軟骨細胞の特性を反映することが示唆された。

以上、本論文はレクチンアレイによる糖鎖解析と培養軟骨細胞の軟骨基質産性能との相関を検討する事によって、レクチンアレイを用いた糖鎖解析が培養軟骨細胞の特性を評価するマーカーの検索方法として有用であることを明らかにした。レクチンアレイを用いた培養軟骨細胞の品質管理研究は今日まで行われておらず、本研究は、今後の再生医療の安全性を高め、安定した品質の再生軟骨の提供に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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