学位論文要旨



No 129400
著者(漢字) 竹島,雄太
著者(英字)
著者(カナ) タケシマ,ユウタ
標題(和) 前立腺特異的プロモータ活用型のがん治療用遺伝子組換え単純ヘルペスウイルスI型の開発
標題(洋)
報告番号 129400
報告番号 甲29400
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4133号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安原,洋
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 特任教授 井川,靖彦
 東京大学 准教授 久米,春喜
 東京大学 講師 花房,規男
内容要旨 要旨を表示する

前立腺癌は先進国の男性の固形癌で最も多い癌で、年齢調整死亡率も最も高い悪性疾患の一つに数えられる。限局癌は5年生存率が100%近くであるものの、初期治療後の再発例を含めると全体の40%もの症例が転移癌へと進行するとも言われ、その5年生存率は29%にも低下する。特にホルモン除去療法後に再発したホルモン抵抗性前立腺癌の出現は近年の前立腺癌治療の大きな課題となっており、ここ2年で次々と新薬が米国FDAに認可されている。ただしこれらの新薬でも生命予後の延長効果は数か月に過ぎず、異なった機序による新たな治療戦略が求められている。

近年固形癌の治療において、癌細胞で特異的に複製するよう遺伝子改変された増殖型ウイルスの有効性が数々の臨床試験を通し示されてきている。増殖型ウイルス療法はウイルス自体が癌細胞特異的に増殖して癌細胞を死滅させる新しい発想の治療法である。前立腺癌もその高い罹患率、second-line・third-lineの治療法の不足、経直腸的なアプローチの簡便さ、PSAによる病勢評価が簡易であることなどよりウイルス療法の良い標的であると考えられる。近年のウイルスゲノム解明や遺伝子組み換え技術の目覚ましい進歩により、ウイルスの病原性を人為的に制御することが可能となり、現在までにアデノ・単純ヘルペス1型・ワクシニアなどの様々な癌治療用ウイルスが開発されてきた。特に我々のグループが研究を行っているHSV-1は(1)ウイルスゲノムが大きく複数の外来遺伝子を組み込むことができる(2)ゲノムの安定性が高く宿主(ヒト)ゲノムに取り込まれない(3)アデノウイルスなどと比較し元来の殺細胞効果が非常に強い(4)増殖能が強く、高力価のウイルス抽出が可能(5)有効な抗ウイルス薬が複数存在する(6)従来の治療法と併用可能で、相乗効果が証明された組み合わせも存在するなど癌治療用ウイルスとしての使用に適する特徴を多く持ち合わせている。

1991年にtk遺伝子を不活化し腫瘍特異性を獲得させた世界初の遺伝子組換えHSV-1が開発されて以来、遺伝子操作によりHSV-1の病原性を除去し腫瘍細胞への特異性を高める手法が複数開発された。特に有効で最も多く使用された遺伝子欠失には、γ34.5・ICP6・α47が挙げられる。γ34.5はHSV-1の病原性を司ると同時に、ウイルス感染時の免疫応答によりウイルスのタンパク合成が阻害される宿主細胞の防御機構を回避する働きを持つ。γ34.5の欠失によりHSV-1は病原性を失い脳炎を起こさなくなるのみならず、特異な酵素活性の上昇を有する腫瘍細胞でのみ複製が可能となる。ただしγ34.5欠失株はこの様な安全性・腫瘍特異性獲得と同時に野生株と比較して複製能も少なからず減少する欠点が指摘された。ICP6は遺伝子のDNA合成に必須なリボヌクレオチド還元酵素(RR)の大サブユニットをコードしているため、ICP6を欠失したウイルスは正常細胞では複製が不可能となるが、腫瘍細胞ではRRが過剰発現されているため欠失が代償され複製が可能となりICP6欠失HSV-1は腫瘍特異性を獲得する。α47は抗原提示関連トランスポーター(TAP)の働きを阻害することにより宿主の免疫サーベイランスから逃れる働きを司る。α47の欠失HSV-1では宿主細胞のMHC class I抗癌提示が維持されるため抗腫瘍免疫惹起に寄与する。同時に、α47とゲノムの重なるプロモータの欠失により下流のUS11の発現時期がimmediate-earlyプロモータの制御へと移行し、γ34.5が欠失した状態でもタンパク合成が可能となる。よってα47欠失HSV-1はγ34.5欠失株の複製能低下の欠点を補いつつ、病原性除去という安全性は保持する。これら遺伝子欠失を1つ又は2つ有する第1・第2世代遺伝子組換えHSV-1の有効性は多くの臨床試験で証明され、すでに第III相まで進んでいるものある。主なものとして、2重の腫瘍特異性を獲得させ高い安全性が証明されたγ34.5・ICP6欠失G207や、γ34.5欠失の欠点を克服しメラノーマ・頭頸部癌に対する高い有効性を示したγ34.5・α47欠失OncoVEXなどが挙げられる。我々が臨床開発を進める唯一の第三世代遺伝子組換えHSV-1はICP6・γ34.5・α47の3つの遺伝子機能を欠落させることによって、G207の高い安全性とOncoVEXの強力な抗腫瘍効果を兼ね備えたウイルス療法を実現させた。現在脳悪性膠芽腫に対する臨床治験が進行中、来年より前立腺癌に対する臨床試験が開始予定となっている。ただし理論的には、癌細胞特異的なウイルス複製は欠落したICP6機能を代償する宿主細胞のRR活性に依存するため、宿主細胞の増殖能と強い相関関係を持つRR活性がやや低い緩徐に増殖する前立腺癌などの一部ではウイルス複製に不利となる可能性がある。そこで本研究では、ICP6遺伝子を前立腺癌特異的なプロモータで制御することにより、細胞のRR活性に依存せずに、前立腺癌で常に高いウイルス複製能を呈する新規HSV-1を開発した。具体的には、γ34.5遺伝子とα47遺伝子を欠失し、かつICP6遺伝子をオステオカルシン(OC)プロモータもしくはPSES エンハンサー(PSAエンハンサー・プロモーターAREcおよびPSMAエンハンサー片PSMEdel2のキメラプロモータ)の制御下においた2種類の遺伝子組換えHSV-1、T-OC・T-PSESを作製した。新規ウイルスは2005年に福原らにより開発されたT-BAC systemを利用し作成された。

複製試験により従来のG47ΔはICP6未欠失株と比較し前立腺癌や腎癌など増殖速度が緩徐な複数の細胞株で複製能が減弱する現象が確認された。T-OCとT-PSESはヒト前立腺癌細胞株DU145でG47Δに対し複製能の向上をみとめ、ICP6欠失の欠点が補完されたと考えられた。Western BlottingにてT-OC・T-PSESはヒト前立腺癌細胞株DU145・PC-3・LNCaPで高レベルのICP6発現を認めたもののヒトグリオーマ細胞株U87ではICP6発現を認めなかった。In vitroの殺細胞効果検討では、使用した3種類のヒト前立腺癌細胞株すべてでT-OC・T-PSESはコントロールウイルスと比較し殺細胞効果の増強を認めた。In vivoでは、無胸腺マウスに作製したDU145およびLNCaPの皮下腫瘍にそれぞれT-OC, T-PSES(力価2×105pfu)の腫瘍内投与をおこなった結果、T-01と比較し有意に高い抗腫瘍効果を示した一方、非前立腺癌(U87)に対する抗腫瘍効果は従来のウイルスとの有意差を認めず前立腺癌モデルに特異的な抗腫瘍効果の増強が確認された。

癌治療用HSV-1の開発戦略は多岐に及び、ここ10年で様々な外来遺伝子(サイトカイン、プロドラッグ代謝酵素、放射線性物質輸送体など)を発現させるウイルスが開発されている。当グループでもG47ΔをベースにIL-12やB7.1などを発現するHSV-1を作成し、様々な動物モデルにおいて抗腫瘍効果の増強を確認している。一方、ウイルス自体の抗腫瘍効果を高めることはもちろんのこと、新しい治療戦略であるこれら外来遺伝子の安定した発現と抗腫瘍効果を引き出すためには、安全性を損なう事なくbackboneとなるウイルス自体の複製能を極限まで高める必要がある。α47の欠失でγ34.5欠失による複製能減弱が補われ、高い有効性と安全性を誇る最新世代HSV-1のG47Δも、ICP6の欠失により増殖が緩徐な癌に対し複製能が減弱するという側面を持つことが本研究で明らかとなった。我々はこの減弱を補完すべく組織特異的プロモータによりICP6制御を行う初の遺伝子組換えHSV-1を作成し、前立腺癌細胞株での複製能向上を確認した。また、in vitroでの殺細胞効果・in vivoでの抗腫瘍効果の増強も確認された。従来の研究では宿主細胞のRR活性を上昇させるために放射線照射・代謝拮抗剤・プラスミド導入などを利用してきたが、本研究ではHSV-1自体がICP6発現を上昇させるため、全身副作用を引き起こす危険性なく感染細胞すべてで複製能上昇が得られるという利点を持つ。また、組織特異的プロモータを利用した既存の遺伝子組換えHSV-1も複数報告されているが、これらは必須遺伝子のICP4や病原性を司るγ34.5を直接制御していた。本研究ではOCプロモータ・PSESエンハンサーともに前立腺癌細胞株の種類によっては従来の研究より特異性が低い現象が確認されたが、上記のように従来の研究では安全性がこのようなプロモータの特異性に完全に依存してしまっていたのに対し、本研究ではγ34.5欠失が保持されるため安全面でも有利であると考えられた。つまり、当研究で見られたプロモータの特異性の低さはあくまで前立腺癌細胞株の種類に対するものであり、非前立腺癌細胞株では活性を認めなかったが、例え一部正常細胞でプロモータ活性が出現してしまったとしてもT-OC・T-PSESはOncoVEXなどのγ34.5・α47欠失HSV-1と同等以上の安全性は確保されたと考えられた。

従来の遺伝子組換えHSV-1の安全性を損なうことなく緩徐に進行する癌に対する高い治療効果を獲得させた万能型HSV-1の開発は、今後さらに高い組織特異性を有するプロモーターや複数の癌種で活性を持つプロモーターなどの研究を進めることによりHSV-1の有効性・安全性のさらなる向上につながると考えられ、前立腺癌治療におけるウイルス療法の実用化を更に促進すると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は遺伝子改変型HSV-1の前立腺癌治療への応用にあたり、組織特異的プロモータでICP6遺伝子の発現を制御し、各種前立腺癌細胞株および動物モデルに対する抗腫瘍効果への影響を解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.異なる増殖速度の癌細胞株におけるICP6欠失HSV-1(G47Δ)とICP6未欠失HSV-1(R47Δ)の複製能の比較を行った結果、増殖が遅いと考えられる細胞株ではICP6欠失によりHSV-1複製能の低下が認められた。

2.第3世代遺伝子改変型HSV-1であるG47Δをbackboneとし、2種類の前立腺癌特異的プロモータ(osteocalcin promoterおよびPSES enhancer)の制御下に置いたICP6配列を組み込んだ2種の新規遺伝子改変型HSV-1(T-OCおよびT-PSES)を作製した。

3.新規ウイルスT-OC・T-PSESを用いヒト前立腺癌細胞株DU145における複製試験を行った。T-OC・T-PSESはICP6を欠失したコントロールウイルスT-01・T-proと比較しDU145において有意に高い複製能を示した。

4.新規ウイルスT-OC・T-PSESおよび各種コントロールウイルスのICP6発現をWestern Blottingで解析した。ヒト前立腺癌細胞DU145・LNCaP・PC-3においてT-OC・T-PSESはともにpositive controlのICP6未欠失HSV-1(R47Δ)と同等のICP6発現を認めた。一方negative controlのICP6欠失HSV-1(G47Δ・T-01)ではICP6の機能を喪失した複合蛋白が発現し、ICP6のプロモータを欠失したT-proはごく微量のICP6発現を認めた。また、ヒトグリオーマ細胞株U87MGにおいてはT-OC・T-PSESはICP6発現を認めなかった。以上より、T-OC・T-PSESは前立腺癌特異的プロモータによりICP6を制御することにより前立腺癌細胞に限定されたICP6機能を再獲得したと考えられた。

5.ヒト前立腺癌細胞DU145・LNCaP・PC-3を使用し、in vitroの殺細胞効果試験を行った。DU145・LNCaPに対しT-OC・T-PSESともにコントロールウイルスT-proと比較し有意に高い殺細胞効果を示した。PC-3に対しT-OCはコントロールウイルスT-proと比較し有意に高い殺細胞効果を示した。

6.BALB/c nu/nuマウスに DU145・LNCaP・U87MGの皮下腫瘍モデルを作製し、in vivoでのT-OC・T-PSESの抗腫瘍効果試験を行った。DU145モデルではT-OC・T-PSESともにコントロールウイルスT-01と比較し有意に高い抗腫瘍効果を呈した。T-OC・T-PSESの抗腫瘍効果に有意差は認めなかった。LNCaPモデルではT-PSESはコントロールウイルスT-01と比較し有意に高い抗腫瘍効果を呈した。U87MGモデルではT-OC・T-PSESともにコントロールウイルスT-01と抗腫瘍効果の差は認められなかった。よって、T-OC・T-PSESはヒト前立腺癌細胞の動物モデルに対し従来のウイルスと比較し抗腫瘍効果の増強を認めるものの、(増殖速度の速い)非前立腺癌モデルに対しては抗腫瘍効果に変化はないと考えられた。

以上、本論文では組織特異的プロモータを利用したICP6遺伝子の制御により、遺伝子改変型HSV-1に前立腺癌特異的なICP6発現を再獲得させることに成功し、ヒト前立腺癌細胞に対する複製能・殺細胞効果・抗腫瘍効果の増強が得られた。本研究同様の組織特異的なICP6発現制御は様々な癌種に対する遺伝子改変型HSV-1の治療効果増強につながると同時に、遺伝子改変型HSV-1の臨床応用において有効な新戦略を担うと期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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