学位論文要旨



No 129401
著者(漢字) 舘,一史
著者(英字)
著者(カナ) タチ,カズフミ
標題(和) マイクロサージャリー領域における自動血管吸着機能を有する微小血管吻合器の開発研究
標題(洋)
報告番号 129401
報告番号 甲29401
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4134号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
 東京大学 准教授 菅原,寧彦
 東京大学 教授 斉藤,延人
 東京大学 准教授 川合,謙介
内容要旨 要旨を表示する

微小血管吻合手技の需要が高まるなか、労力のかかる手技をより安全で容易に行える吻合器が望まれている。従来製のリング・ピンタイプの微小血管吻合器は金属製の針に、手動で血管壁を刺入していき、血管の外反固定を得るものであったが、金属製の針を使用し、体内に半永久的に埋め込まれるという性質上、臨床での適応が限られるという問題があった(図1-1)。また、多くの操作で、術者の手作業を必要とし、静的な「器具(Instrument)」の枠を超えることはできなかった。

本研究では次の二つのことを目標に、デバイスの開発を行った。一つは、金属製の針をデバイスの構造から排除することである。これを行うことで、現在は非吸収性プラスチック製のデバイスも、将来的に吸収性素材で開発することが可能となる。臨床応用の観点からは、異物の露出が懸念される皮膚の薄い部位や、血管のサイズが大きくなる発育中の小児にも適応させることにつながると考えた。二つ目は、デバイスにアクチュエータ―を搭載することである。これにより、デバイス自体が能動的に、血管壁に力を伝える「機械(machine)」として機能することにつながる。デバイスが「自動的」に血管を外反させて、接合することで、微小血管吻合に要する、多くの時間と術者の労力を大幅に軽減させることができると考えた。

本研究で着目した、陰圧(Negative Pressure)は、形態がなく、伝導路さえあれば、デバイスのあらゆる部分に伝えることのできる、有用な性質を持つ。これにより、デバイスが、自動的に血管壁を吸引することで、血管断端が吻合に適した状態でデバイスに固定させることができれば、従来製のデバイスにあった金属製の針を使用することもなく、手作業を大幅に減少させることができると考えた。

マイクロサージャリー領域で汎用される、端々吻合、端側吻合の2吻合様式に対し、陰圧を利用する微小血管吻合器を試作し、動物実験を行った。

まず、微小血管吻合の中でも、最も一般的で広く行われる、端々吻合(End-to-End Anastomosis)を対象にデバイス開発と動物実験を行った。デバイスは2個1組のリング状の本体部品(Main Part)で構成される。陰圧は真空ポンプから供給され、シリコンチューブを介して、各本体部品の集合吸引管(Collecting tunnel)に到達する。本体部品の前面には、12個の微小吸引孔(Microhole)と6個の微小突起(Microspine)が中央孔(Central Opening; 直径1.0mm)を中心に環状に配置されている。微小突起は1つ置きに配置されて、それぞれの微小突起が、対面の本体の微小吸引口に嵌るようになっている。この微小突起の凸と微小吸引孔の凹で、血管は外側から挟み込まれ、固定される。本体の内部には中空のチャンバーがあり、微小吸引孔は縦穴を通じて、このチャンバーと交通している。チャンバーは集合吸引管につながっており、真空ポンプで発生した陰圧は、シリコンチューブ、集合吸引管、チャンバー、縦穴、微小吸引開口部の順に伝えられ、血管壁を外側から吸引する(図1-2, 1-3)。この基本的な構造を元に、デバイス設計を3D-CADソフトを用いて行い、光造形法で造形を行った。

このデバイスを用いて、ラットの大腿静脈の端々吻合施行し、一週間後に7例中6例(85.7%)の開存を認めた。これにより、陰圧を用いて血管吻合を行うデバイスの原理的な成功を証明した。1例の非開存例では、術後の経過観察期間中に、血管がデバイスから脱落し、1週間後に吻合部を観察した時には、血管が完全に断裂していた。陰圧の血管の捕捉する力は、金属製のそれに比して著しく弱い。デバイスのアセンブリの際に、血管壁とデバイスの間に緊張が生まれ、血管がデバイスから脱落することが頻回に起こった。非開存例では、開創時に創部皮下に陳旧性の血腫が観察され、アセンブリの最中に、部分的に脱落した血管壁が、術後の経過観察期間中に、ラットの体動等により、完全に脱落してしまったことが示唆された。

次に、端側吻合を対象に、デバイス開発を行った。 端側吻合は、端々吻合と比較して、吻合様式が以下の4点で複雑である。1: 側血管の両端が生体内に埋没して、固定されており、デバイスと血管との間に緊張が生じて、血管が脱落しやすい。2: 側血管の吻合には、血管壁を一部開窓して穴をあける必要があるが、この際に、手術器械(鋏やメス)が、周囲のデバイスに当たり、開窓操作が行いにくくなる傾向がある。3: 側血管開窓部周囲の血管壁の形状が複雑で、開窓部と周囲の血管壁との相対的な位置的な関係が、場所によって異なり、均一に血管を外反させることが難しい。4: 端々吻合においては、2つの血管断端内膜が向かい合うように接合(内膜-内膜接合)する場合、両者の血管外反角の総和は常に180°であるのに対し、端側吻合においては270°である。従って、端側吻合のほうが、2つの血管断端に掛かるひずみの総和は、端々吻合と比較して大きい(図2)

この4点の内「両端に緊張がかかり、デバイスから脱落しやすい側血管を、確実に捕捉すること」を最重点課題と捉え、これを解決する方法として。「挟み込み方式」(図3)を考案した。「挟み込み方式」は基本構造として、デバイスの両端にダブル・クリップ様の構造を内蔵している。これにより、側血管を確実に脱落しないように保持するだけでなく、血管の駆血も同時に行うことができる。また、血管クリップを別途に使う必要がなくなるため、術野の省スペース化を図れることも大きな利点である。しかし、この方式を採用するには1つの大きな問題を解決する必要があった。それは、どのようにして、端・側デバイスのアセンブリ後に、血管クリップを離脱させるかという問題である。クリップ部分を本体と一体化すると、取り外すことができないために、血行が解除されない。

最終的には、ダブル・クリップ部分の離脱方式として「プラモデル方式」(図4)を考案し、この問題を解決した。この方式では、側血管デバイスのダブル・クリップ部分と本体部分の連結部が脆弱な構造となっている。この部分を破綻させることで、ダブル・クリップ部分が本体から離脱し、血管の駆血が解除される。

これを使用して、生体下ラットの浅下腹壁静脈と大腿静脈の端側吻合を行い、評価を行った。術直後は9吻合中8吻合(88.9%)で開存した。1週間後では開存は9例中2例(22.2%)のみだった。非開存例では、側血管の血管吻合部での脱落が光学顕微鏡所見として認められ、術後経過観察期間中の閉塞の原因と考えられた。端側デバイスのアセンブリが終了するまでは、側血管はダブル・クリップ部分で強固に固定されているが、ダブル・クリップ部分が本体から脱落した後は、側血管の本体部分に挟み込まれる血管壁の面積は大幅に減少するため、摩擦力の低下が生じ、デバイスが側血管を支えきれず、脱落したと考えられた。端々吻合用デバイスの「微小突起」のような滑り止め構造は、構造の単純化のために「挟み込み方式」では作製しなかったことが、原因の一つと考えられた。

以上の議論から、陰圧を発生させて、血管を吸着し、内膜-内膜接合に適した形状に外反させる方式は、微小血管吻合を行うデバイスに適応可能であることを証明した。 陰圧という形態のない力を利用することで、デバイスの構造から金属製の針を排除し、デバイスが能動的に、血管壁に働きかけ、吻合に適した外反形状に変形させることが可能であった。これにより、将来的に、デバイス自体が吸収性材料で作製され、血管吻合器の適応が広がる可能性を生み出した。また、この方法により、微小血管吻合器に「自動」の要素を持たせ、ひいては、術者の労力軽減と手術時間の削減につながる可能性を示唆した。

図1 1: 従来型のリング・ピンの模式図。プラスチック製のリングに金属製の針が環状に配置している。

2: 本研究の端々吻合用デバイスの模式図。金属製の針は使用せず、リング状の表面に伝える陰圧の力で、血管を半自動的に外反して、デバイスに吸着固定する。

3: 実際に造形したデバイスの設計図。中心孔の周りに、微小吸引孔と微小突起が配置されている。

図2 端側吻合が端々吻合よりも複雑である4つの理由

1: 側血管の両端に張力が掛かり、血管がデバイスから脱落しやすい。

2: 吻合のために、側血管に孔をあける必要がある。

3: 開窓部周囲は場所によって外反し易いところとしにくいところがあり、一様でない。

4: 血管の外反する角度の総和が、端々吻合よりも大きく、血管のひずみが大きい。

図3 挟み込み方式の模式図

図4 設計図:「挟み込み方式」に離脱方式-「プラモデル方式」-を採用した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、外科学領域の一分野であるマイクロサージャリー領域で中核的な技術である微小血管吻合法を行うことのできる吻合器の開発研究に関して論じている。プラスチック製のリングに、針がある従来製の吻合器の欠点と限界点を、以下の2点にあるとしている。

1. 生体内で半永久的に吸収されない素材である金属製の針を含んでいるために、血管が成長過程の途上にある小児や、周囲組織が薄く、露出が懸念されるような身体の部位において、臨床的な適応を制限していること。

2. 操作のほとんどを施術者が手動で行う必要があり、煩雑で時間のかかる術式を簡素化するには不十分であり、「自動化」の要素が必要であること。

上記2点を解決する理想的な力として、陰圧に着目している。デバイスが陰圧を発生させることで、血管壁を吸引して、デバイスに吻合に適した状態に固定できれば、金属の針を使用する必要がなく、1が克服される。また、陰圧が対象物を能動的に引っ張る力となることで、通常、術者が行う血管をデバイスに取り付ける作業が、効率的となり、2が克服されるとしている。 本研究では、この1,2の欠点を解決する手段として、陰圧を発生させるデバイスの試作を光造形法等で行い、ラットの静脈に対して試用試験を行い、微小血管吻合における端々吻合法及び端側吻合法に応用可能であることを実証している。また、端々吻合法と端々吻合法では、それぞれ違う構造のデバイスを試作して対応している。本研究ではデバイスの構造設計と製作を研究の中心としており、デバイス試作は非吸収性の素材で作製され、生体内に残存させて使用している。

端々吻合を行う吻合器の開発とその試用実験から以下の結果を得ている。

1. デバイスの本体は、光造形法で作製された2個1組のプラスチック製のリングで構成され、2個とも同様の形状を持っている。真空ポンプから供給される陰圧は、チューブを介して、デバイス本体に伝わり、デバイス内部の中空構造を経由して、正面の吸引孔に到達する。デバイスの吸引孔に陰圧が負荷される状態で、2つの血管断端を2個のデバイス本体に設置することで、血管断端が外反されると同時に、デバイス前面に張り付く形で固定される。この2つのデバイスが向かい合う様に接合することで、両血管断端が内膜-内膜接合し、微小血管吻合に必要な血管吻合の様式が達成される。

2. 生体下でのラットの大腿静脈を対象に、上記デバイスを用いて、端々吻合を行い、一週間後の開存を、術中所見と光学顕微鏡所見から判定し、7吻合中6吻合の開存を得ている。1例の失敗原因は、血管が術後経過観察期間にデバイスから滑脱したことによるものと推定している。脱落を防ぐ解決案として、血管が作業中に外れないようにするための留め具構造をデバイスに内蔵すべきであると結論付けている。

端側吻合を行う吻合器の開発とその試用実験から以下の結果を得ている。

1. 端側吻合に関わる2つの血管のうち、横に走る方の血管である「側血管」が、端々吻合における、縦に走る「端血管」よりも、施術中に血管に張力が発生しやすく、デバイスから脱落しやすいことにつき論じ、それを防止する案として、デバイスにダブル・クリップ様の構造を内蔵して、「側血管」を両端から挟み込んで、血管脱落を防ぐ「挟み込み方式」を提唱した。

2. 「挟み込み方式」を実際行うためには、ダブル・クリップを血管の接合後に解除する必要がある。そこで、ダブル・クリップ部分の解除する方法論の検討を行い、多数のデバイスの設計と予備実験から、「プラモデル方式」を採用した。同方式では、ダブル・クリップ部分とデバイス本体の接続部が意図的に脆い構造となっており、外力で容易に破壊できるようになっている。ここを破壊することで、血管の接合後に、ダブル・クリップ部分を取り除き、駆血が解除される。

3. 「挟み込み方式」「プラモデル方式」の2階層構造のデバイスを作製し、生体下ラットで、浅下腹壁静脈と大腿静脈の端側吻合を行い、1週間後の血管吻合部の術中所見と光学顕微鏡所見から、9吻合中2吻合で開存を得ている。7例の閉塞の原因は、「側血管」が施術後経過観察中に脱落したことによると推測している。また、ダブル・クリップ部分は施術後には脱落するため、デバイスが側血管を支える接触面積が低下したことが脱落の主因としている。この解決案として、同部の摩擦抵抗を増やすことを1例に挙げている。

以上、本論文は陰圧を発生させるデバイスを作製することで、金属製の針を使用することなく、微小血管吻合が可能であることを実証し、従来製のデバイスに見られなかったアクチュエータ機能をデバイスに持たせることに成功した。本研究は、まだ発展途上であるものの、今までの考えとは一線を画する斬新な発想は、微小血管の器械吻合法のブレイクスルーとなり、臨床的な観点からも、マイクロサージャリーに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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