学位論文要旨



No 129402
著者(漢字) 谷口,優樹
著者(英字)
著者(カナ) タニグチ,ユウキ
標題(和) 転写因子TP63遺伝子の四肢発生および軟骨内骨化における機能解析
標題(洋)
報告番号 129402
報告番号 甲29402
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4135号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 教授 鄭,雄一
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 特任准教授 星,和人
 東京大学 講師 河野,博隆
内容要旨 要旨を表示する

【要旨】

近年の急速な社会の高齢化に伴い、寝たきりの原因となりうる運動器変性疾患は大きな社会的関心となっている。主要な運動器変性疾患のひとつである変形性関節症は国内に2500万人程度の患者がいると推測されており、本疾患の克服は整形外科学に課せられた喫緊の課題であると言える。変形性関節症は軟骨細胞の変性を主体とする疾患であり、変性の進行予防および軟骨再生による治療法の実現には軟骨細胞の発生・分化に関与するシグナルネットワーク群を解明することが必須であると考えられている。

TP63遺伝子(以下:p63)は癌抑制遺伝子として知られているp53遺伝子のファミリー遺伝子として1998年にクローニングされた転写因子である。しかしp53と異なり、p63のノックアウトマウスは上皮の完全な欠損および上肢の著明な短縮と下肢の欠損という四肢のパターニングの異常を呈することが報告され、p63は発生学な観点から重要な機能を有する遺伝子と考えられている。そこで本研究では転写因子p63の四肢発生および軟骨内骨化過程における機能を解明することを目的として前半部でcre / loxPシステムによる肢芽間葉細胞および肢芽外胚葉性頂堤(apical ectodermal ridge=AER)のそれぞれにおける特異的なコンディショナルノックアウトマウスを作成することでp63の四肢発生に関する研究を主にin vivoの系を中心に行った。また後半部ではp63遺伝子が軟骨内骨化過程において果たす機能を明らかにすべく、p63のisoformごとの発現解析を行い、発現isofomごとの軟骨特異的トランスジェニックマウスを作成し、解析した。続いて軟骨特異的ノックアウトマウスを作成し、解析することでp63の軟骨内骨化過程における機能を解析した。

マウス肢芽間葉細胞内でのp63が四肢のパターニングに及ぼす影響を検討するため、肢芽間葉細胞で特異的にcreを発現するPrx1-creマウスとp63floxマウスを用いて、Prx1-cre; p63(flox/flox)マウスを作成・解析したが四肢は正常のパターンで発生し、明らかな表現型を呈さなかった。

次に肢芽のAERにおけるp63の機能を明らかにするために肢芽AERにおいて特異的にcreを発現するMsx2-creマウスを用いて、Msx2-cre; p63(flox/flox)マウスを作成し、解析した。Msx2-cre; p63(flox/flox)マウスは上肢の裂手および下肢の著しい短縮と足趾数の減少を呈し、骨格二重染色標本において、脛骨の欠損(tibial hemimelia)を認め、SHFM with long bone deficiency(SHFLD)と呼ばれる表現型を示した。以上の事実より、四肢骨格形成のパターニングの制御において重要なのは肢芽のAERにおけるp63の発現であることがin vivoにて明らかとなり、Msx2の発現のタイミングから少なくともp63は正常なAERの成熟・維持には必要であることが明らかとなった。

続いて、軟骨内骨化過程におけるp63の機能を解析すべく、まず成長板軟骨細胞におけるp63の発現確認を行った。p63は休止層・増殖層から肥大層に至るまで、軟骨細胞の各段階において広く発現していたが、主に肥大層での発現が強く、増殖層での発現は比較的弱いことを確認した。RT-qPCR法により、発現しているisoformがTAp63αとTAp63γであることを同定した。そこで軟骨細胞におけるp63の機能を解析するためにTAp63αおよびTAp63γのCre誘導性コンディショナルトランスジェニックマウスを作成し、軟骨細胞に特異的にCreを発現するCol2a1-creマウスと交配することで軟骨細胞特異的TAp63αおよびTAp63γコンディショナルトランスジェニックマウスを作成し、解析した。

Col2a1-cre; TAp63α(Tg/+)マウスの骨格標本ではごく軽度の骨長の短縮と中手骨・中足骨の骨化核形成の遅延が見られる傾向があったが明らかな表現型は示さず、組織切片においてもCol2a1-cre; TAp63α(Tg/+)マウスで明らかな成長軟骨板のカラム構造の異常をみとめなかった。

一方、Col2a1-cre; TAp63γ(Tg/+)マウスは著しい胸郭形成不全と長管骨・脊椎の短縮を認め、中手骨・中足骨の骨化核形成も遅延しており、軟骨内骨化過程の異常が示唆された。成長障害は出産時まで持続し、Col2a1-cre; TAp63γ(Tg/+)マウスは生直後に呼吸障害によりまもなく死亡した。Col2a1-cre; TAp63γ(Tg/+)マウスでは組織切片においてMMP13が肥大層の後半部に入り込んで早期に発現が始まっているのが確認され、TUNEL染色にて成長板軟骨細胞が異所性のアポトーシスを生じていることをつきとめた。

Col2a1-cre; TAp63γ(Tg/+)マウス軟骨細胞ではp63の直接の転写標的であるp21とともにp63のアポトーシス関連下流シグナルとして報告されているBax、Noxa、Puma、CD95(Fas)の発現が上昇しており、Col2a1-cre; TAp63γ(Tg/+)マウス軟骨細胞における異所性のアポトーシスの亢進はこれらのアポトーシス関連遺伝子の発現亢進を介している可能性が考えられた。 以上の解析からp63は軟骨内骨化過程において軟骨細胞のアポトーシス制御に関与していることが示唆された。

そこで最後にp63floxマウスを用いて、軟骨細胞特異的p63コンディショナルノックマウスを作成し、解析を行った。Col2a1-creマウスとp63floxマウスを用いて、Col2a1-cre; p63(flox/flox)マウスを作成しようと試みたが、Col2a1-cre; p63flox/+マウスとp63(flox/flox)マウスの交配をしたところ、Col2a1-cre; p63(flox/flox)という遺伝子型のマウスがMendelの法則に反し、生後・胎仔含めて60匹中1匹しか得られず、なんらかの原因により遺伝子組み換えが生じにくいものと判断し、やや特異性は劣るが骨・軟骨前駆細胞においてcreを発現し、軟骨細胞におけるコンディショナルノックアウトを実現できるSox9-creマウスを用いてp63コンディショナルノックアウトマウスを作成・解析した。

Sox9-cre; p63(flox/flox)マウスの骨格標本を作成し軟骨内骨化過程の評価を行ったが、予想に反してSox9-cre; p63(flox/flox)マウスはコントロールマウスと比較して明らかな軟骨内骨化の異常を示さず、何らかの代償性機構が働いているものと推察した。Sox9-cre; p63(flox/flox)マウスは全例、生後1-2日後に死亡してしまい、p63のグローバルノックアウトマウス(p63(-/-))でみられる口蓋裂による授乳障害の可能性を考えたが、骨格標本では骨性成分の口蓋癒合は正常であった。

TAp63はp53、p73とともに同様の転写標的を共有し、proapoptoticに作用しうるファミリー遺伝子群を構成していることから、p53とp73がSox9-cre; p63(flox/flox)マウスにおいて代償性に機能している可能性に着目し、最後に検討した。p73は軟骨細胞において発現が認められなかったが、p53はマウス成長板軟骨組織切片において肥大層部に発現していることが確認され、p63が強く発現している部位と一致していた。さらにin vitroの系においてp53が軟骨系細胞でTAp63γと同様のアポトーシス関連遺伝子の発現を上昇させ、p53がアポトーシスに関してTAp63γと同様の機能を軟骨細胞にて有していることが判明した。最後に軟骨細胞においてp63の機能をp53が代償しているかを検討するためにSox9-cre; p63(flox/flox)マウスより採取した肋軟骨細胞にてRNAiによるp53のノックダウンを行い、アポトーシス関連遺伝子の発現変化を解析したところ、Bax、Noxa、Pumaの発現が有意に低下していた。以上の結果から軟骨内骨化過程においてはp53とp63がお互いに代償性に機能している可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は転写因子TP63遺伝子(以下:p63)の四肢発生・パターニング制御および軟骨内骨化過程における機能を明らかにするために、遺伝子改変マウスを用いたin vivoの解析とin vitroの解析を行い、下記の結果を得ている。

1. Msx2-cre; p63(flox/flox)マウスにおいてtibial hemimeliaを伴う裂手・裂足の表現型(SHFLD: SHFM with Long bone Deficiency)を呈したのに対し、Prx1-cre; p63(flox/flox)マウスでは明らかな四肢のパターニング異常を呈さず、p63の四肢パターニング制御には外胚葉性頂堤(AER)におけるp63の発現が重要であること、p63がAERの発生のみならず、AERの成熟および正常な機能発現にも重要であることを示した。

2. 軟骨内骨化過程において発現するp63のsplicing variantはTAp63αおよびTAp63γであることをつきとめ、両者の軟骨細胞特異的トランスジェニックマウスを作製し、特にTAp63γトランスジェニックマウス(Col2a1-cre; TAp63γ(Tg/+))にて軟骨内骨化の遅延を伴うdwarfismを呈することを確認した。

3. Col2a1-cre; TAp63γ(Tg/+)マウスでは、成長軟骨板において軟骨細胞の異所性のアポトーシスを伴う軟骨内骨化の遅延が生じており、アポトーシスの亢進にはTAp63の既知の下流アポトーシス関連遺伝子であるBax、Noxa、Puma、Fasなどの発現上昇が伴っていることをつきとめ、p63が軟骨内骨化過程において主にアポトーシス制御に関与している可能性を示した。

4. 上記の結果から導かれた予想に反して、軟骨細胞特異的p63コンディショナルノックアウトマウスでは明らかな成長障害を呈さず、ファミリー遺伝子である軟骨内骨化過程おいてはp53とp63が互いに代償的に作用している可能性が示唆された。

以上、本論文はp63遺伝子の四肢発生・パターニング制御および軟骨内骨化過程における新たな機能を、遺伝子改変マウスを中心としたin vivoの解析にて明確に示したもので、今後の四肢発生学における複雑なネットワーク解明に貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと判断する。

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