No | 129404 | |
著者(漢字) | 馬場,美雪 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ババ,ミユキ | |
標題(和) | 生体適合性薬物核酸送達システムの耳鼻咽喉科領域への応用 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129404 | |
報告番号 | 甲29404 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4137号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 薬物送達システムとは薬物の制御された放出、体内での安定化、臓器へのターゲッティングなどにより薬物の効果や選択性を高める技術のことである。近年この薬物送達システムは目覚ましい発展を遂げ徐々に様々な形で臨床応用されつつある。 耳鼻咽喉科は聴覚、嗅覚、味覚など主に感覚器を扱うが感覚神経は一般に再生能が低く一旦傷害されると治癒が困難であることが多い。感覚神経障害は患者のQOLを著しく下げるため、感覚神経障害の回避や予防、治療は耳鼻咽喉科医にとっては非常に重要な問題である。QOLに関わる疾患の治療には、その効果と同様、もしくはそれ以上に安全性が重要視される。本研究では生体適合性の高い薬物送達システムの耳鼻咽喉科領域への応用について、特に再生能の低さから治療が困難である感覚神経障害、聴覚および嗅覚について検討を行った。 【シスプラチン内包高分子ミセルの内耳障害軽減効果について】 近年ナノキャリアを用いることで抗癌剤の副作用を減弱させつつ抗腫瘍効果を高められることが示されて以来、この薬物送達システムが非常に注目されている。抗腫瘍効果が増強されるのは、高分子の薬剤が腫瘍に長期集積する効果のことである、「EPR効果」によるものと考えられている。高分子ミセルとは、ブロック共重合体が自己組織化したものであるが抗癌剤のナノキャリアとして広く受け入れられるようになった。抗癌剤を送達する高分子ミセルは固形癌に選択的に効果的に集積するため、抗腫瘍効果の増強効果が得られる。現在、共同研究を行っている生体機能材料学研究室で開発されたシスプラチンを内包したミセル製剤が臨床治験に進んでいる。シスプラチンミセルの基本構造は、ポリエチレングリコール(PEG)とポリグルタミン酸からなるブロック共重合体にシスプラチンが内包された構造をした高分子ミセルである。シスプラチンそのものと比較して神経毒性、腎毒性が抑制されていることが明らかとなった。シスプラチンが誘発する難聴はシスプラチン難聴と呼ばれ、両側性で不可逆性、蓄積性がある。しかし現在のところシスプラチン難聴に対して有効な治療法や予防方法はない。今回、シスプラチンを内包したポリマーミセル(以下、ミセル)の耳毒性をシスプラチンと比較して評価した。 モルモットに対し、シスプラチンまたはミセルを静脈内投与した。薬剤投与前に体重測定、聴性脳幹反応(ABR)を行い、薬剤投与後5日目に再度体重測定、ABRを行い変化を分析した。さらにコルチ器の切片を作成し有毛細胞数の測定、シンクロトロン放射光蛍光X 線分析(SR-XRF)による白金分布および濃度の評価を行った。 シスプラチン投与群ではコントロールと比較して有意な体重減少がみられたが、ミセル投与群では有意な体重変化はみられなかった。ABRにおいては、シスプラチン投与群は全周波数、特に高周波数において大きな閾値変化を認めたのに対し、ミセル投与群は閾値変化をほとんど認めなかった。また、ミセル投与群の外有毛細胞および内有毛細胞の損傷はごく軽度であるのに対し、シスプラチン投与群では外有毛細胞で顕著な損傷、内有毛細胞で軽度の損傷が認められた。シンクロトロン放射光蛍光X 線分析(SR-XRF)による白金分布および濃度測定により、シスプラチン投与群のコルチ器の白金濃度はミセル投与群のコルチ器より明らかに高いことが示された。 本研究は、モルモットにおけるシスプラチンの全身投与による聴力障害と有毛細胞の障害を、シスプラチンをミセル化することにより実質的に回避できることを示した。コルチ器内の白金分布がシスプラチンのミセル化により減少ためと考えられた。 【鼻腔内へのmRNAデリバリーと疾患モデルへの応用】 感覚神経障害は,神経組織の再生能の乏しさにより治療が困難であることが多い。様々な神経成長因子は神経再生、神経保護剤として注目されているが、タンパクは効果が一時的で不安定である傾向があり臨床応用は限られている。近年、より効率的かつ持続的な局所へのタンパク供給手段として,mRNAを用いた方法が注目されている。mRNAデリバリーはゲノムに統合されないことから安全性がきわめて高く、核移行する必要がないため、作用発現が迅速であり非分裂細胞にも導入できるとされている。しかし一方で最大の欠点は、不安定で分解されやすく生体内でのデリバリーが非効率であること、およびmRNAそのものが持つ免疫原性である。本研究では薬剤誘導性の嗅覚障害モデルを用いて,mRNA投与による感覚神経障害治療を試みた。鼻腔投与は簡便かつ非侵襲的操作による投与が可能であり、血流豊富、薬剤吸収が早い、胃や肝臓での代謝を受けない、脳血管関門(BBB)を回避でき脳への薬剤デリバリールートとして有効、などの長所が挙げられる。しかし一方で粘膜の移送機能により薬剤が洗い流され得ること、酵素などが豊富に存在しており薬剤が分解されやすいことが欠点である。mRNAの鼻腔内投与において、これらの欠点を克服するためにはキャリアが必要とされると考えられる。カチオン性ポリマーはアニオンである核酸と複合体を形成する特性を生かして非ウイルスキャリアとしてよく利用されている。 共同研究を行っている生体機能材料学研究室で開発されたカチオン性ポリマー、PEG-PAsp(DET)は側鎖にエチレンジアミン(DET)ユニットをもつポリアスパラギン酸(PAsp)であり、核酸デリバリーを目的とした多様な生体機能を持つ。PAsp(DET)は、市販されている遺伝子導入試薬と比較して良好な遺伝子導入効率を示したばかりではなく、生理的条件化で優れた生分解性を示し動物実験においても優れた遺伝子導入効率を得ている。このシステムはmRNAデリバリーにおいてもpDNAと同様、優れた効果を発揮すると予想される。本研究ではmRNAの鼻腔内投与におけるベクターの遺伝子導入効率増強効果、炎症反応抑制効果についての評価、さらに嗅覚障害モデルマウスにBDNF発現mRNAを投与し,治療効果を評価した。 まずルシフェラーゼ発現mRNAを作成、投与し、ミセル化による遺伝子導入効率の変化を定量した。GFP発現mRNAを作成、投与し、導入遺伝子の発現局在を観察した。また投与後に惹起される炎症反応について検証するため、炎症性サイトカインおよびケモカインのmRNAをRT-PCRで解析した。炎症反応を抑制すると報告されているmRNAの塩基修飾の影響についても解析を行った。さらに薬剤誘発性嗅覚障害モデルマウスに対し、BDNF発現mRNAを作成、投与し、嗅覚行動評価、組織学的評価、成熟嗅神経細胞のマーカーであるOMPの検出を行い嗅覚障害の回復促進効果について検証した。 ミセル化により遺伝子導入効率は飛躍的に高まることが明らかとなった。炎症性サイトカインは塩基修飾、ミセル化により抑制された。ケモカインは投与4時間後にミセル投与群で高い傾向がありポリマーに反応している可能性が示唆されたが、塩基修飾を行ったものでは24時間後には低下した。導入したmRNAは主に鼻中隔粘膜および粘膜下組織にみられ、鼻中隔軟骨には発現はみられなかった。 薬剤性嗅覚障害モデルマウスにBDNF発現mRNAポリプレックスミセル溶液を点鼻した群では、バッファー点鼻を行った群より嗅覚行動の回復が早期にみられた。BDNF投与群では嗅上皮の脱落の抑制がみられ、BDNFの抗アポトーシス効果によるものと推測された。成熟嗅神経細胞は嗅覚障害導入後、急激に減少がみられ7日目以降に増加が観察された。RT-PCRによるOMPのmRNA定量、組織学的評価では、バッファー投与群では呼吸上皮化生が一部で生じ完全な再生がみられないが、BDNF投与群では28日目には大部分で嗅上皮再生が認められた。 mRNAのミセル化は鼻腔内投与において遺伝子導入効率を劇的に上昇させ、塩基修飾と組み合わせることで炎症を最小限にすることができた。将来的に嗅覚障害などの鼻腔固有疾患のみならず、脳へのドラッグデリバリーとしての応用も可能と考えられる。mRNAのミセル化は半減期の短いタンパクと異なり、少なくとも24時間~72時間は発現が持続して治療濃度を維持しやすい方法であり、感覚神経障害の回復を促進させる新たな治療として有望な方法であると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、生体適合性の高いポリマーを利用した薬物核酸送達システムの耳鼻咽喉科領域への応用について検討したものである。特に耳鼻咽喉科領域の感覚神経障害の予防と治療について有効性、生体毒性の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.モルモットにおけるシスプラチンの全身投与による濃度依存性の聴力障害が、ミセル化することによりほとんど生じなくなること、また有毛細胞の障害が軽減されることを示した。 2.シスプラチンのミセル化により、聴力障害を軽減できる機序として、シンクロトロン放射光蛍光X 線分析(SR-XRF)を用いて、コルチ器内の白金分布がシスプラチン投与と比較して有意に減少することを示した。 3.局所へのタンパク供給手段として、ゲノムに非特異的に挿入される危険性がなく、分裂能の低い細胞へも導入可能であるメッセンジャーRNAを用い、ミセル化して鼻腔内へ投与した。メッセンジャーRNA単体では、導入効率が非常に低いが、ミセル化により鼻粘膜への導入効率を劇的に上昇させ、反復投与によりタンパク濃度が維持できることを示した。 4.塩基修飾を行ったメッセンジャーRNAをミセル化することで、炎症反応惹起を抑制できることを示した。 5.導入されたmRNAが、鼻粘膜の上皮、および粘膜下組織に広く発現していることを示した。 6.ミセル化したBDNF(脳由来神経栄養因子)発現mRNAを、嗅覚障害モデルマウスへ鼻腔内投与し、嗅覚障害の早期回復効果、嗅上皮の再生促進効果があることを示した。 以上、本論文は生体適合性薬物核酸送達システムの耳鼻咽喉科領域、特に感覚神経障害である聴覚障害、嗅覚障害に対する有効性、生体毒性を明らかにした。 本研究はきわめて詳細かつ綿密な解析であり、全体として新規性は高く、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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