学位論文要旨



No 129405
著者(漢字) 廣瀬,旬
著者(英字)
著者(カナ) ヒロセ,ジュン
標題(和) 破骨細胞におけるStat5の機能解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 129405
報告番号 甲29405
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4138号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高柳,広
 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 特任教授 井上,聡
 東京大学 講師 門野,夕峰
 東京大学 特任准教授 齋藤,琢
内容要旨 要旨を表示する

【要旨】

骨は主に破骨細胞が担う骨吸収と骨芽細胞が担う骨形成を繰り返すこと、いわゆるリモデリングにより維持されている。この骨吸収と骨形成のアンバランスが骨粗鬆症や大理石骨病の原因となる。破骨細胞は生体内で唯一の吸収能を有する多核巨細胞であり、単球・マクロファージ系の前駆細胞にマクロファージコロニー刺激因子(macrophage colony-stimulating factor、M-CSF)および RANKL(receptor activator of NF-kB ligand)が作用することにより分化することが知られている。近年、破骨細胞に関連する遺伝子やサイトカインを標的とした研究や治療が推し進められており、実際にこのような因子が少しずつ同定されている。それらの中には疾患治療の標的として臨床試験を行われているものもあり、注目を集めている。しかしながら、いまだ破骨細胞の分化メカニズムにも不明な部分は多く、活性化メカニズムに至ってはほとんど解明されていないと言っても過言ではない。

Stat(Signal transducers and activators of transcription) は様々なサイトカインや成長因子の刺激を細胞内に伝達し、下流分子の転写を促進あるいは抑制する転写因子である。この Stat の中でも Stat5 は体中の多くの組織で発現し、非常に多彩なサイトカインや成長因子によって活性化することが知られている。特に血球系の細胞において Stat5 は様々な機能を果たしていることが明らかになっているが、血球系の細胞である破骨細胞における機能についてはこれまでに報告がない。

本研究においては血球系由来の破骨細胞において Stat5 がその分化・生存・機能に関わっているのではないかと考え、破骨細胞における Stat5 の機能についての解析を行うこととした。

まず Stat5aおよびStat5bの遺伝子をloxP配列で挟み込んだStat5(fl/fl)マウスとCathepsin K のプロモーター領域に Cre リコンビナーゼ遺伝子をノックインさせた Cathepsin K-Creノックインマウスを交配させることにより、破骨細胞特異的 Stat5 ノックアウトマウス(Stat5 cKO マウス)を作成し、その表現型を解析した。

Stat5 cKO マウスは成長障害などは見られなかったが、レントゲン写真やDEXA、マイクロCTにおいて骨量の低下が認められた。骨形態計測では単位骨量の減少、eroded surface / bone surface ratio の有意な増加がみられたが、破骨細胞数および破骨細胞面に有意な差はみられなかった。骨形成パラメーター(MAR、BFR / BS)についても有意な差はみられなかった。骨吸収マーカーである CTx-I および骨形成マーカーである osteocalcin の血清中濃度を測定したところ、CTx-I は Stat5 cKO マウスにおいて Stat5(fl/fl) マウスと比較して有意に濃度が上昇していたが、osteocalcin 濃度には有意差がみられなかった。これらの結果はStat5 cKO マウスにおいて破骨細胞の骨吸収活性の亢進により骨量が減少していることを示す結果であった。

次に、in vitroにおいてStat5のノックアウトが破骨細胞の分化・生存・機能に与える影響を調べた。Stat5(fl/fl) マウスより採取した骨髄細胞にレトロウイルスベクターを用いて Cre recombinase を強制発現させて Stat5 を in vitro にてノックアウトした。この Stat5 ノックアウト細胞およびレトロウイルスベクターにて GFP を強制発現させたコントロール細胞に RANKL を添加して破骨細胞分化を誘導したところ、破骨細胞分化に明らかな差はなく、破骨細胞分化に対して Stat5 は重要ではないと考えられた。Stat5(fl/fl) マウスおよび Stat5 cKO マウスより採取した骨髄細胞から作成した破骨細胞につき生存率を調べたところ、やはり両者に有意な差は見られなかった。これにより Stat5 は破骨細胞の生存能に対しても重要ではないことが明らかとなった。同様の細胞を用いて pit formation assayを行い骨吸収活性を評価したところ、Stat5 ノックアウト破骨細胞において骨吸収活性が有意に亢進していた。この結果から、Stat5 は破骨細胞の骨吸収活性を負に制御していることが示唆された。

Stat5 ノックアウト破骨細胞における骨吸収活性の亢進の原因を調べるため、破骨細胞内のシグナルの中でも活性化に重要と考えられるシグナルであるMAPK 経路、NFκB 経路、Akt 経路、Src 経路につき、その活性化をWesternブロッティング法によるリン酸化の検出により調べたところ、Stat5 ノックアウト破骨細胞において MAPK、特に Erk の活性化が亢進していた。Stat5 は転写因子であることから、MAPK 活性の亢進は Stat5 による何らかの遺伝子の発現制御を介して行われていると考えた。この Stat5 により制御される遺伝子を同定するため、Stat5 ノックアウト破骨細胞とコントロール破骨細胞より採取した RNA を RT-DNA マイクロアレイに提出した。Stat5 ノックアウト破骨細胞にて発現が 1/2 未満に低下していた遺伝子の中で MAPK のリン酸化に関与する遺伝子を抽出したところ、Dual specificity phosphatase(Dusp)2 が同定された。Dusp とはリン酸化チロシンおよびセリン/スレオニンを脱リン酸化する一群のタンパクである。現在のところ 1 から 30 までが知られており、その約半分は MKPs (mitogen-activated protein kinase phosphatases)としての機能、すなわちMAPKの不活性化機能をもち、それぞれが各々の MAPKに対する特異性をもつ。さらに詳細に Stat5 ノックアウト破骨細胞における Dusp family の発現変化を調べるため、Stat5 ノックアウト破骨細胞において real-time RT PCR を行い MAPK phosphatase 活性を持つ Dusp family 遺伝子の発現を調べたところ、Dusp1、Dusp2 の発現が Stat5 ノックアウト破骨細胞で有意に低下していた。Stat5 cKO マウスおよびStat5(fl/fl) マウスの骨髄細胞から培養した破骨細胞に、Dusp1、Dusp2 アデノウイルスを感染させることで回復実験を行ったところ、Stat5 ノックアウト破骨細胞における骨吸収活性亢進は、Dusp1、Dusp2の導入により回復した。

最後に破骨細胞において Stat5 を活性化させる因子を同定するため、Stat5 を活性化することが知られている既知の因子である IL-2、IL-3、IL-5、GH、PRL、EGF にて破骨細胞を刺激した時の Stat5 リン酸化を調べた。これらの因子の中で、 IL-3 のみが Stat5 をリン酸化することが示された。また、破骨細胞を IL-3 にて刺激した後、細胞質および核分画のタンパクを回収して、Western ブロッティングを行ったところ、IL-3 刺激後 15 分後をピークにリン酸化 Stat5、Stat5a、Stat5b とも核内に移行することが確認された。破骨細胞を IL-3 にて刺激し、Dusp1、Dusp2 発現量の変化を検討したところ、コントロール破骨細胞においてはIL-3 刺激後 20 分で Dusp1、Dusp2 の発現が上昇したのに対し、Stat5 ノックアウト破骨細胞ではこのような発現の上昇がみられなかった。成熟破骨細胞の骨吸収能をIL-3存在下および非存在下において評価したところ、IL-3存在下においては、有意に破骨細胞の骨吸収活性が低下していた。成熟破骨細胞を RANKL 刺激したところ、刺激後 2 時間をピークに IL-3 の発現量の上昇がみられた。

以上の事実より、Stat5 は破骨細胞においてDusp1 および Dusp2 の発現調節を介して骨吸収活性を負に制御していることが示唆された。また、破骨細胞における Stat5 の活性化は IL-3 の刺激により誘導されている可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は生体内で唯一骨吸収能を持つ細胞である破骨細胞における転写因子Stat5の機能を明らかにするため、破骨細胞特異的 Stat5 ノックアウトマウスを用いたin vivo およびin vitro の両面での解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. Stat5(fl/fl)マウスとCathepsin K-Creノックインマウスを交配させることにより、破骨細胞特異的 Stat5 ノックアウトマウス(Stat5 cKO マウス)を作成して骨の表現型を解析したところ、骨量が有意に減少していることが示された。Stat5 cKO マウスにおいては骨形態計測における破骨細胞の骨吸収パラメーターおよび血清骨吸収マーカーが上昇しており、Stat5 cKO マウスは骨吸収亢進による骨粗鬆症を呈することが示された。

2. Stat5(fl/fl) マウスより採取した骨髄細胞にレトロウイルスベクターを用いて Cre recombinase を強制発現させて Stat5 を in vitro にてノックアウトした後、RANKL を添加して破骨細胞分化を誘導したところ、破骨細胞分化に明らかな差はなかった。Stat5 cKO マウスより採取した骨髄細胞から作成した破骨細胞につき生存率を調べたところ、コントロール細胞と差はなかった。同様の細胞を用いて pit formation assayを行い骨吸収活性を評価したところ、Stat5 ノックアウト破骨細胞において骨吸収活性が有意に亢進していることが示された。

3. Stat5 ノックアウト破骨細胞において、破骨細胞内のシグナルの中でも活性化に重要と考えられるシグナルであるMAPK 経路、NFκB 経路、Akt 経路、Src 経路につき、その活性化をWesternブロッティング法によるリン酸化の検出により調べたところ、Stat5 ノックアウト破骨細胞において MAPK、特に Erk の活性化が亢進していることが示された。

4. Stat5 ノックアウト破骨細胞とコントロール破骨細胞より採取した RNA を用いて RT-DNA マイクロアレイおよびreal-time RT PCRを行ったところ、Stat5 ノックアウト破骨細胞においてMAPK 脱リン酸化酵素であるDual specificity phosphatase(Dusp) 1および Dusp2 の発現が低下していた。Stat5 ノックアウト破骨細胞における骨吸収活性亢進は、アデノウイルスベクターによるDusp1、Dusp2の導入により回復することが示された。

5. Stat5 を活性化することが知られている既知の因子である IL-2、IL-3、IL-5、GH、PRL、EGF にて破骨細胞を刺激したところ、IL-3 のみが Stat5 のリン酸化および核内移行を誘導することが示された。コントロール破骨細胞においてはIL-3 刺激後 20 分で Dusp1、Dusp2 の発現が上昇したのに対し、Stat5 ノックアウト破骨細胞ではこのような発現の上昇がみられなかった。さらに、IL-3 は破骨細胞の骨吸収活性を抑制した。したがって破骨細胞において IL-3 が Stat5 の活性化を介して骨吸収活性を抑制していると考えられた。

以上、本論文は破骨細胞特異的 Stat5 ノックアウトマウスの解析から、転写因子 Stat5 が破骨細胞において MAPK 脱リン酸化酵素である Dusp1 および Dusp2 の発現調節を介して破骨細胞の骨吸収活性に対して抑制的に作用すること、および、IL-3がStat5を活性化することを明らかにした。本研究はこれまで不明な部分が多かった破骨細胞の骨吸収活性化メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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