学位論文要旨



No 129406
著者(漢字) 保坂,陽子
著者(英字)
著者(カナ) ホサカ,ヨウコ
標題(和) 軟骨細胞におけるNotchシグナルによる軟骨内骨化と変形性関節症の制御
標題(洋)
報告番号 129406
報告番号 甲29406
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4139号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 教授 田中,栄
 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 特任准教授 阿久根,徹
 東京大学 講師 小川,純人
内容要旨 要旨を表示する

【要旨】

近年の日本では高齢化が急速に進んでおり、高齢者の要支援・要介護者の増加、およびそれに伴う医療コストの増大が社会問題となっている。高齢者に介護が必要となる原因としては運動器疾患が多く、中でも変形性関節症に代表される軟骨変性を基盤とした関節変性疾患は上位に位置しており、関節変性疾患に対する新規の予防・治療法の開発は整形外科学に課せられた急務と言える。しかしながら、軟骨の分化・再生のメカニズムについての知見は極めて乏しいのが現状である。

軟骨内骨化は膜性骨化とならび骨形成様式の一つとして知られるが、骨格形成のみならず、変形性関節症における軟骨の変性と病的骨化においてもその関与が指摘されている。軟骨内骨化の過程において軟骨細胞はさまざまなシグナルの制御を受けながら増殖、肥大分化を経てアポトーシスへと至る。この肥大分化において、軟骨細胞はまず増殖を停止し、X型コラーゲンなどの肥大軟骨細胞固有の基質を産生する。その一方でmatrix metalloproteinase13(MMP13)を中心とした基質分解酵素により基質を分解し、vascular endothelial growth factor A(VEGFA)などのサイトカインを分泌することにより血管侵入を促し、軟骨から骨への置換が起こる。このように起きている軟骨細胞分化の最終段階である基質の変性と血管侵入が、軟骨内骨化において多くの部分を占め重要な役割を果たしているが、その分子メカニズムは十分には解明されていない。

Notchシグナル伝達経路は種々の細胞の発生・分化・増殖など細胞の運命決定に重要な役割を果たしているシグナル伝達経路で、胚形成のみならず、神経、造血などの様々な分化過程に関与する、ヒトを含め脊椎動物から節足動物まで多くの後生動物でよく保存されたシグナル伝達経路である。Notchシグナルは細胞間で生じるシグナル伝達経路で、細胞膜表面に存在するリガンドが隣接する細胞の膜表面に存在する受容体と結合することでシグナル伝達が始まる。リガンドが結合した受容体は2段階の切断を受け、切り出された細胞内ドメインが核内に移行し、転写因子であるRbpjと結合して転写が開始される。Notchシグナル関連分子は成長板軟骨において強く発現していることが報告されており、最近の研究で軟骨細胞の分化過程は核内転写因子Rbpj依存的なシグナル伝達経路で調節されていることが報告された。また、Notchシグナル関連分子は永久軟骨である成人の関節軟骨においても発現していることが分かっており、これらの報告はNotchシグナルが成人の関節軟骨の恒常性維持においても重要な役割を果たしている可能性を示唆している。

本研究においては軟骨内骨化および変形性関節症におけるNotchシグナルの関与について検討した。まず軟骨細胞におけるNotchシグナル関連分子の発現解析をin vitro、in vivoで行った。次に、軟骨前駆細胞特異的・軟骨細胞特異的にRbpj遺伝子を欠損させた各種コンディショナルノックアウトマウスを作成し、表現型および組織学的解析から骨格形成およびに変形性関節症におけるNotchシグナルの関与を検討した。またNotchシグナルの軟骨内骨化調節メカニズムの機能解析を行い、最後に変形性関節症治療ターゲットとしてのNotchシグナルの可能性を検討するため、Notchシグナル阻害剤DAPTを用いた培養細胞系にての検討、および野生型変形性膝関節症モデルマウスへの関節内投与による治療効果の検討を行った。

まずマウス未分化軟骨細胞株ATDC5の肥大分化誘導培養系とマウスの初代軟骨細胞において、Notchシグナル関連分子のmRNA発現レベルを検討したところ、4つのNotch isoformの中でNocth1、Notch2が強く発現していた。下流分子ではHes1が最も強く発現し、他の標的分子の発現はほとんど見られなかった。ATDC5の肥大分化誘導培養系では、Hes1は分化が進むに従い、軟骨内骨化の後期分化マーカーであるMmp13とVegfaに一致して発現が上昇していた。

マウス胎児成長板軟骨および変形性関節症モデルマウスの膝関節軟骨では、肥大軟骨細胞および変性関節軟骨細胞においてNotch1、2の細胞内ドメインの核内移行がみられた。ヒトの変形性膝関節症軟骨サンプルにおいても、変性軟骨にてNotch1、2の細胞内ドメインの核内移行がみられており、このことから、Notchシグナルは軟骨内骨化および変形性関節症の両方において活性化されていることが示唆された。

骨格形成におけるNotchシグナルの機能を解析するため、Rbpjを軟骨前駆細胞特異的にノックアウトしたマウス(Sox-Cre;Rbpj(fl/fl)マウス)を作成し検討を行った。Sox-Cre;Rbpj(fl/fl)マウスは生直後に死亡したが、Rbpj(fl/fl)マウスと比較して一部の長管骨で有意差がつく程度の軽度の四肢短縮型dwarfを呈していた。組織学的には肥大層の延長を伴う骨化の遅延がみられ、Mmp13およびVegfaの発現低下がみられた。Sox-Cre;Rbpj(fl/fl)マウスから採取した初代軟骨細胞にてpellet cultureを行ったところ、免疫組織化学染色の結果と同様にMmp13およびVegfaの発現が低下していた。

次に変形性関節症におけるNotchシグナルの関与を検討するため、軟骨特異的Rbpjノックアウトマウス(Col2a1-Cre;Rbpj(fl/fl)マウス)およびタモキシフェン誘導性軟骨特異的Rbpjノックアウトマウス(Col2a1-Cre(ERT);Rbpj(fl/fl)マウス)を作成し、これらのマウスに変形性膝関節症モデルを作出し組織学的な検討を行ったところ、ノックアウトマウスにおいて変形性関節症が抑制される傾向があり、Mmp13およびVegfaの発現も抑制されていた。

Notchシグナルの軟骨内骨化調節作用のメカニズムを調べるため、ATDC5細胞および初代関節軟骨細胞にRbpj、Notch1-ICDを過剰発現させたところ、Notch1-ICDの過剰発現によってMmp13、Vegfa、Hes1の発現が著しく増加し、肥大分化、石灰化が促進されることが分かった。Rbpjの過剰発現によっては後期分化マーカーの変化はなかったが、Rbpjはノックアウトすることにより軟骨内骨化の障害が起きるため、vivoの結果と合わせると、Rbpjは軟骨内骨化の制御において必要なco-factorであると考えられた。

また、MMP13とVEGFAのプロモーターアッセイを行ったところ、Rbpjによってはプロモーター活性に変化はなく、Notch1-ICDにより少しプロモーター活性は上がったが、下流分子であるHes1がMMP13, VEGFの転写活性を強く上げることがわかった。ATDC5細胞にNotch1-ICDを強制発現させ、さらにsiRNAを用いてHes1のノックダウンを行うと、Notch1-ICDの強制発現で得られたMmp13とVegfaの発現上昇作用が抑制された。これらの結果から、Hes1が直接Mmp13とVegfaの発現調節をしている可能性が考えられた。

シグナルの上流分子に着目し、canonicalなリガンドであるDll1、Dll3、Dll4、Jag1、Jag2の発現を初代軟骨細胞で調べるとJag1が最も強く発現していた。マウス変形性膝関節症モデルの切片にて経時的なリガンドの発現をみたところ、Jag1がOAの進行に伴って発現が増えていた。

Col2a1-Cre;Rbpj(fl/fl) マウスおよびCol2a1-Cre(ERT);Rbpj(fl/fl)マウスを用いたマウス変形性膝関節症モデルでの検討で、Notchシグナルを抑制することにより変形性関節症が抑制される傾向がみられたため、シグナル阻害薬DAPTを用いた治療の可能性について検討した。初代関節軟骨細胞にDAPTを加えて培養すると、後期分化・石灰化が抑制され、Notch1強制発現系と反対にMmp13およびVegfa、下流分子であるHes1の発現が低下した。治療効果検討として野生型マウスに変形性膝関節症モデルを作出しDAPTの関節内投与を行ったところ、DAPT投与群で変形性関節症が有意に抑制された。

以上の結果から、軟骨細胞おいてはNotchシグナルの活性化により下流分子Hes1が誘導され、さらにHes1がMmp13やVegfaを誘導することにより軟骨内骨化および変形性関節症を制御していると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は細胞の運命決定に重要な役割を果たしているNotchシグナルの軟骨細胞における役割を検討するため、in vitro・in vivoの両面からシグナルの軟骨内骨化および変形性膝関節症への関与について検討し、下記の結果を得ている。

1. マウス軟骨細胞株ATDC5および初代マウス軟骨細胞を用いて発現パターンの検討を行ったところ、Notch1、Notch2および下流分子のHes1が強く発現しており、Hes1は後期分化マーカーであるMmp13、Vegfaなどの発現パターンと同様に、分化が進むにつれて発現が増えていた。また、マウス胎児成長板切片および変形性膝関節症モデル切片にて発現を調べたところ、分化および変性が進むにつれてNotch受容体の細胞内ドメインの核内移行がみられ、Notchシグナルが活性化されていた。

2. Notchシグナルの骨格形成への関与を検討するため、核内転写因子Rbpjを軟骨前駆細胞特異的に欠損させたSox-Cre;Rbpj(fl/fl)マウスを作成したところ、ノックアウトマウスは生直後に死亡したが、一部の長管骨で有意差がつく程度の軽度の四肢短縮形のdwarfを呈していた。組織学的には成長板軟骨において肥大軟骨層の延長を伴う骨化の遅延がみられ、Mmp13およびVegfaの発現低下がみられた。Sox-Cre;Rbpj(fl/fl)マウスから採取した初代軟骨細胞にてpellet cultureを行ったところ、免疫組織化学染色の結果と同様にMmp13およびVegfaの発現が低下していた。

3. Col2a1-CreマウスおよびCol2a1-Cre(ERT)マウスを用いて軟骨特異的にRbpjをノックアウトしたマウスにおいて変形性膝関節症モデルを作出し、Notchシグナルの変形性関節症への関与を検討したところ、ノックアウトマウスにおいて変形性関節症の進行が抑制される傾向があり、免疫組織化学染色においてはMmp13およびVegfaの発現の低下がみられた。

4. 培養細胞系での検討において、Notch1-ICDの強制発現によりMmp13、Vegfaおよび下流分子Hes1の発現が上がったが、Mmp13とVegfaのプロモーター解析により、Notch1-ICDよりもその下流分子であるHes1が両者のプロモーター活性を強く上げることが示された。さらにNotch1-ICDの強制発現により得られたMmp13とVegfaの発現上昇作用は、Hes1をノックダウンすることにより抑制されることから、Hes1が直接Mmp13およびVegfaの発現調節を行っている可能性が示された。

5. マウス変形性膝関節症モデルにおいてNotchシグナルのリガンドの経時的な発現検討を行ったところ、canonicalなリガンドであるJag1が軟骨変性に伴って発現が上昇しており、変形性関節症へのリガンドの関与の可能性が示唆された。

6. Notchシグナル阻害剤DAPTをマウス初代軟骨細胞に投与すると、Mmp13およびVegfaの発現が抑制され、細胞染色において石灰化も抑制された。さらに、DAPTを変形性膝関節症モデルを作出した野生型マウスに関節内投与すると、細胞レベルでの実験と同様にMmp13やVegfaの発現が抑制され、変形性関節症を抑制することが示された。

以上、本論文は軟骨細胞におけるNotchシグナルの役割をin vitro・in vivoの両面から検討し、Notchシグナルが下流分子のHes1を介してMmp13およびVegfaの発現を誘導することで軟骨内骨化および変形性関節症に関与していることを示した。本研究は関節変性疾患の病態の解明および新規の予防・治療法の開発に繋がる可能性があり、学位の授与に値するものと考えられる。

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