学位論文要旨



No 129410
著者(漢字) 川上,明希
著者(英字)
著者(カナ) カワカミ,アキ
標題(和) 潰瘍性大腸炎患者の服薬支援に関する研究 : 服薬ノンアドヒアランスが臨床的再燃に及ぼす影響の検討と自記式服薬支援スクリーニングシートの作成
標題(洋)
報告番号 129410
報告番号 甲29410
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第4143号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 講師 仲上,豪二朗
 東京大学 准教授 李,延秀
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 渡邉,聡明
内容要旨 要旨を表示する

研究1:潰瘍性大腸炎患者を対象としたアミノサリチル酸製剤のノンアドヒアランスが臨床的再燃に及ぼす影響の検討

背景

潰瘍性大腸炎(UC)は血便,腹痛などの腹部症状を呈する再燃と,症状が消失する寛解を繰り返す原因不明の難病疾患である.UCの疾病管理は薬物療法が中心で,第一選択薬であるアミノサリチル酸製剤の寛解導入・維持効果が確立されており,患者はアミノサリチル酸製剤を処方指示どおりに内服する,いわゆる服薬アドヒアランスを高く保つ必要がある.

欧米ではUC患者の39-60%,本邦では約25%が処方指示量80%未満の内服であるノンアドヒアランスである.UCにおいてはできるだけ再燃を抑えることが重要になるが,UCの再燃には服薬ノンアドヒアランスなど心理社会的要因に対する影響について検討した報告は少ない.

ノンアドヒアランスが再燃に及ぼす影響について,Kaneらは米国の寛解期UC患者を対象に,アミノサリチル酸製剤のノンアドヒアランスが臨床的再燃に及ぼす影響を2年間の前向きコホート調査にて検討している.その結果,ノンアドヒアランスは59 名(59.6%)も存在し,再燃のリスクを5.5倍高めることが報告されている.

しかし,以上の知見は下記の理由により本邦の結果として適用できないと考えられる.まず,医療制度では,本邦のUC患者は特定疾患治療研究事業により医療給付を受けているが,米国の医療保険は各自が民間保険会社と契約を行うものであり医療費負担が大きいことが考えられる. また,UC診療を専門とする施設への受診しやすさでは,本邦のUC患者はUCを専門とする医療機関を直接受診でき医療環境へのアクセスは比較的充実しているが,英国ではGP制度によりUCを専門とする医療を受けることに障害が大きいと考えられる.以上の背景より,本邦と欧米ではアドヒアランスとそれに伴う再燃のリスクが異なると考えられ,本邦の寛解期UC患者に対し,アミノサリチル酸製剤のノンアドヒアランスが臨床的再燃に及ぼす影響を明らかにすること目的とした.

方法

単施設での寛解期UC患者を対象とした1年間の前向きコホート研究で,調査開始時のアミノサリチル酸製剤のノンアドヒアランスが臨床的再燃に及ぼす影響を検討したものである.エンドポイントは「UCによる臨床的再燃」とし,臨床的再燃は「医師によるUCに対する寛解導入治療の開始が診療録に記載されているもの」と定義した.

アドヒアランス測定には調査日から7日間を振り返り,患者に内服しなかったアミノサリチル酸製剤を申告してもらうセルフレポートアドヒアランスを用いた.Kaneらの報告を参考に,処方指示量80%未満の内服をノンアドヒアランス,80%以上をアドヒアランスと定義した.

再燃に影響が想定される共変量は疾病アウトカムに影響する要因に関する概念枠組みをもとに調査した.アドヒアランスの群間における生存時間分布の差の検定はログランク検定を行い,共変量で調整したアドヒアランスとエンドポイントとの関連の検討は多変量cox回帰分析を行った.

結果

適格基準を満たした患者は105名おり,104名から同意取得した.ノンアドヒアランス群は29名(27.9%)であり,全対象者におけるアドヒアランス平均は84.5±20.1%,アドヒアランス群では95.2±5.9%,ノンアドヒアランス群では57.9±18.9%であった.累積再燃率は23.1%であった.

アドヒアランスについて各群のハザード比(HR)は追跡期間中ほぼ一定であった.ログランク検定の結果,臨床的再燃率はノンアドヒアランス群はアドヒアランス群に比し,有意に高かった(41.3% vs. 16.0%, p<0.01).多変量cox回帰分析の結果,ノンアドヒアランスであることは臨床的再燃のリスク増加と有意に関連していた(HR=2.30, 95%CI=1.004-5.24, p=0.04).

考察

本研究では,先行研究と比し全体的にアドヒアランスが高かったものの,ノンアドヒアランスが再燃のリスクを上昇させることは,Kaneらの報告と一致していた.しかし,本結果ではHRが2.3でありKaneらの5.5と比し,小さい結果であった. その理由は2点考えられ,1つは,ノンアドヒアランス群のアドヒアランス平均が本研究の方が高いことが要因と考えた.もう1点は,患者の経済状況など,本研究では再燃に影響が少なく先行研究では影響が大きい共変量が影響している可能性が考えられた.今後は患者の服薬アドヒアランスを定期的に評価するともに,本結果を内服に対する意識を高めるための教育的支援にも活用可能と考えられた.

研究2:潰瘍性大腸炎患者を対象とした自記式服薬支援スクリーニングシートの作成

背景

本邦でも再燃予防にアドヒアランス向上のための支援が必要であることが強調された.欧米では支援に内服回数の簡略化などが行われているが有効な効果が得られていない.本邦では内服に伴う困難として,「内服に対する優先意識の低下」などが抽出され,内服に対する認識面を支援することも重要であり,それには認識のアセスメントに優れた健康信念モデル(HBM)が有効となる可能性が考えられた.HBMは主に罹患しやすさ,重大性,有益性,障害の認識の4要素で構成され,第一次予防対象者において,これらを用いた支援の健康行動への有効性が報告されており,服薬アドヒアランスにおいても効果が期待される一方,UCのような疾病イベントを経験している者における各要素と健康行動との関連や有効性の検討は行われていない.

しかし支援に先駆け,臨床現場のマンパワー不足により服薬支援対象者をノンアドヒアランスになっている患者に限定する必要があるが,その把握方法が対面的で直接的な表現であることよりノンアドヒアランスになっている患者を取りこぼすという課題がある.その課題を補強すべく直接的な表現でない服薬行動パターンを用い質問紙で把握する8項目Morisky Medication Adherence Scale(MMAS-8)が開発され,アドヒアランスの過大評価を避けられることが示唆されている.一方,ノンアドヒアランスになっている患者の特定には,アドヒアランスを低めている要因から特定することが支援に向け重要と言われており,また研究1の結果から,追跡期間中服薬に対する意識低下が生じたためアドヒアランスが徐々に低下し,再燃がコンスタントに発生した可能性が推察され,定期的に心理社会的な要因を評価していく必要がある.

したがって,ノンアドヒアランスになっている可能性の高い患者(服薬支援対象者)を直接的な表現を避けたノンアドヒアランスに関連する要因から質問紙で把握し,項目に支援に有効と考えられるHBMを用いて自記式服薬支援スクリーニングシート(スクリーニングシート)を作成し,妥当性を検討することを目的とした.

方法

自記式質問紙調査を中心にした3施設横断研究で,アミノサリチル酸製剤を処方されている20歳以上UC患者を対象とした.

アウトカムのアミノサリチル酸製剤のアドヒアランスは研究1同様とした.ノンアドヒアランスに関連が想定される要因としてHBM4要素と行動のきっかけ,対象者背景を把握し,診断能の比較にはMMAS-8 を把握した.

全データは3:1で作成用と検証用に分割し,作成用データを用いてノンアドヒアランスに関連する要因探索はロジスティック回帰分析をし,項目選択とβ係数にもとづくスコアリングを行った.カットオフ値はMMAS-8より診断性能が劣らないこと,アドヒアランスを過大評価している現状より,感度を重視して設けた.検証用データで感度と特異度を計算し,作成用データで算出された値との差を確認した.また,スクリーニングシートはMMAS-8との関連の検討と,診断能の比較を行った.

結果

429名を分析対象とし,320名を作成用データとした.全対象者中127名(29.6%)がノンアドヒアランス群であった.多重ロジスティック回帰分析より,調査日までの経口副腎皮質ホルモン製剤内服経験なし(オッズ比:OR=2.8),処方指示錠剤数8錠以下(OR=2.1),血便無し(OR=1.8),HBM:罹患しやすさの認識の低下(以下,1点毎のOR=2.0),重大性の認識の低下(OR=2.4),有益性の認識の低下(OR=1.2),行動のきっかけの低下(OR=1.2),障害の認識の増大:因子1(OR=1.3)の全15項目を採用し,得点は0-109点の値を取った.

作成用データにおいて,カットオフ値が45点以上の場合,感度と特異度は87.5%,66.5%で,検証用データでは87.0%,67.9%であった.スクリーニングシートはMMAS-8と有意な関連が認められ,診断能に有意な差はなかった(p=0.32).

考察

作成されたスクリーニングシートは診断能が作成用・検証用データでほぼ同等であり,服薬支援対象者を高い感度で特定できることを明らかにした.HBMの多くの項目について,疾病イベントを経験しているUC患者においてもノンアドヒアランスに関連する要因として採用されたことで,今後,疾病イベントを経験している対象においても,HBMの視点を用いた支援がアドヒアランス向上につながる可能性が示唆され,支援に向けたアセスメント項目を兼ね備えている点で同程度の診断能を持つMMAS-8より有用な可能性がある.今後はスクリーニングシートを使った服薬支援システムの構築とその効果を確認する必要があると考えられた.

審査要旨 要旨を表示する

本研究では,再燃と寛解を繰り返す原因不明の難病疾患である潰瘍性大腸炎に対して寛解導入・維持治療に第一選択薬として処方されるアミノサリチル酸製剤の服薬アドヒアランスに関する2つの研究に取り組んだ.

まず,再燃予防を目的に,服薬アドヒアランスを高めるための支援を行う根拠として,本邦の寛解期潰瘍性大腸炎患者を対象にアミノサリチル酸製剤のノンアドヒアランスが疾病エンドポイントである臨床的再燃に及ぼす影響を1年間の前向きコホート研究で検証したものであり,以下の結果を得ている.

1.調査開始時のアミノサリチル酸製剤のアドヒアランスについて,処方指示量80%未満の内服であるノンアドヒアランス群は27.9%存在し,欧米の結果と比較して全体的にアドヒアランスは高めであった.

2.一年間の臨床的再燃発生率は処方指示量80%以上の内服であるアドヒアランス群は16.0%,ノンアドヒアランス群は41.3%で,ノンアドヒアランス群の方が再燃までの時間が有意に短かった.

3.他の共変量で調整した結果,ノンアドヒアランス群はアドヒアランス群に比し,2.3倍臨床的再燃までの時間が有意に短い結果となった.

次に,服薬支援を行う対象は臨床現場のマンパワー不足によりノンアドヒアランスになっている患者に限定する必要があるが,その把握方法が対面的で直接的な表現であることからノンアドヒアランスになっている患者を取りこぼしているという課題が存在した.したがって,ノンアドヒアランスになっている可能性の高い患者(服薬支援対象者)を直接的な表現を避けたノンアドヒアランスに関連する要因から質問紙を用いて把握し,その項目には支援に有効と考えられる健康信念モデルを用いて自記式服薬支援スクリーニングシート(スクリーニングシート)の作成し,妥当性の検討を行ったものであり,以下の結果を得ている.

1.処方指示量80%未満の内服であるノンアドヒアランスになっている患者を,感度87%,特異度67%で特定できるスクリーニングシートを作成した.

2.欧米において,日常の服薬行動パターンの側面から把握し,ノンアドヒアランスを特定する目的で使用されている質問紙である8項目版Morisky Medication Adherence Scale(MMAS-8)と,作成したスクリーニングシートシートは高い関連が見られ,同等の診断能が得られた.

3.スクリーニングシートは,支援に有効と考えられ,アセスメントの視点を包含した健康信念モデルの項目が多く採用された点で,MMAS-8より有用であると考えられた.

以上,本論文は,まず本邦の潰瘍性大腸炎患者に対する,再燃予防を目的にアドヒアランスを高めるための支援を行う根拠として,アミノサリチル酸製剤のノンアドヒアランスが臨床的再燃に及ぼす影響を明らかにした.その結果を受け,次に具体的支援に向けた服薬支援対象者選定について,臨床現場の現状や課題に即したノンアドヒアランスである患者を特定する自記式服薬支援スクリーニングシートを作成し,その妥当性を検証した.

本研究は,本邦における再燃予防を目的に,アミノサリチル酸製剤のアドヒアランスを高める支援を強化する必要性を明らかにしたとともに,実臨床の課題を反映した有用なスクリーニングシートを作成することができた.本研究は,本邦における潰瘍性大腸炎患者の服薬アドヒアランス向上のための支援プログラム構築に向け貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものだと考えられる.

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