学位論文要旨



No 129411
著者(漢字) 榊原,圭子
著者(英字)
著者(カナ) サカキバラ,ケイコ
標題(和) メンタリングと精神健康、職務満足感、ワークライフコンフリクトの関連性 : 企業で働く管理職とその予備軍における検討
標題(洋)
報告番号 129411
報告番号 甲29411
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第4144号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川上,憲人
 東京大学 教授 神馬,征峰
 東京大学 教授 北村,聖
 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 准教授 春名,めぐみ
内容要旨 要旨を表示する

緒言

メンタリングとは、知識や経験の豊かな者(メンター)が、未熟な者(メンティ)に対し、キャリアや心理社会面での発達を目的に継続して行う支援行動である。メンターからの支援は、メンティの昇進や昇格を促すキャリア的支援、職業人や個人としての成長を促す心理社会的支援に大別される。心理社会的支援にはメンティのお手本として行動するロールモデル的支援が含まれ、これを第3の支援として位置づける研究もある。

先行研究での主な関心は、メンタリングとメンティのキャリア発達との関連性で、メンターを有することやメンターからの支援が、メンティの昇進、給与、キャリアや職務への満足感、組織コミットメントなどと関連することが示されている。最近ではメンタリングによるメンティの精神健康の維持やワークライフコンフリクト(以下、WLC)の低減などの効果についても検討されているが、その数は極めて少ない。また、メンターからの支援とメンティのアウトカムとの関連性について、上位者、同僚、組織外などメンターの立場による相違の詳細はこれまで検討されていない。

目的

研究1はMentoring Function Questionnaire 9項目版(以下MFQ-9)の日本語版を作成し、信頼性・妥当性の検討を行うこと、研究2はメンタリングとメンティの職務満足感、精神健康、WLCの関連性をメンターの立場別に検討し、職場におけるメンタリングの活用について示唆を得ることを目的とする。

【研究1 日本語版MFQ-9の信頼性・妥当性の検討】

方法

インターネットリサーチ会社のモニターで民間の事業会社に勤務する男女を対象に、事前調査でメンターの有無を尋ね、メンターを持つ523名に対し2012年1月に本調査を実施した。413名から回答を得た時点で調査を修了し(回収率78.9%%)、回答に欠損のない357名を分析対象とした(有効回収率68.2%)。調査項目は、性別、年齢、職位などの属性の他、メンターの有無、メンターの立場、メンターからの支援(日本語版MFQ-9)、職務満足感(田中1998)、組織コミットメント(高橋1997)などであった。

MFQ-9の内的整合性の検討は、MFQ-9全体及び下位尺度(キャリア的支援、心理社会的支援、ロールモデル的支援)について、Cronbach α、項目削除時のα、IT相関を算出した。因子妥当性の検討は探索的及び確証的因子分析を、併存妥当性の検討は、MFQ-9全体及び下位尺度ごとに職務満足感、組織コミットメントとの相関係数を算出した。

結果

内的整合性は、日本語版MFQ-9全体、各下位尺度ともα係数は0.7以上を示した。因子妥当性は、固有値が1.0を超える因子が3つ抽出され、各因子には原版MFQ-9 と同じ項目が含まれた。因子の累積寄与率は56.0%だった。確証的因子分析では良好な適合度が示された。併存妥当性については、日本語版MFQ-9全体は職務満足感、組織コミットメントと正の相関を有していた(順にr=.20,p<.001、r=.17,p=.001)。キャリア的支援、ロールモデル的支援は職務満足感(順にr=.14,p=.007、r=.15,p=.006)、組織コミットメント(順にr=.17,p=.002、r=.14,p=.009)と正の相関を有し、心理社会的支援は職務満足感とのみ正の関連性を有していた(r=.14,p=.007)。

考察

併存妥当性の検討で心理社会的支援と組織コミットメントに相関が見られなかったことなど検討課題は残されたが、日本語版MFQ-9の一定の信頼性・妥当性を示すことが出来た。

【研究2 メンタリングとメンティの職務満足感、精神健康、WLCとの関連性の検討】

方法

女性の活用を推進するNPO法人の会員企業16社に勤務する管理職及び総合職男女2,028名を対象に、2012年3~5月にWEB調査を実施した。1,283名から回答を得(回収率63.9%)、回答に欠損のない1,178名(男性480名、女性698名)を分析対象とした(有効回収率58.1%)。調査項目は、性別、年齢、配偶者及び同居の子の有無などの個人属性、業種、企業規模、職位、労働時間、仕事の要求度・コントロール度などの仕事に関する属性、メンターの有無、メンター数、メンターの立場、メンターからの支援(日本語版MFQ-9)、職務満足感(田中1998)、精神健康(GHQ12項目版)、WLC(SWING日本語版)であった。分析方法を以下に示す。(1)メンターの保有状況:メンター保有率、メンター数を男女別に集計し、保有率はx2検定、メンター数はt検定を行った。また、メンターの立場別にその数と支援量を集計した。(2)メンター有無による職務満足感、精神健康、WLCの比較:個人及び仕事に関する属性を共変量とした共分散分析を男女別に行った。(3)メンターからの支援量とメンティの職務満足感、精神健康、WLCの関連性:職務満足感、精神健康、WLCを従属変数に、メンターの立場別のキャリア的支援量高群・低群、心理社会的支援量高群・低群、ロールモデル的支援量高群・低群を独立変数とした重回帰分析を男女別に行った。WLCについては、育児負担が高いと考えられる20~40代に対象者を絞った検討も行った。個人及び仕事に関する属性を制御変数とした。

結果

(1)メンターの保有状況

メンター保有率は男性30.2%、女性48.1%と、女性が有意に高かった(p<.001)。メンター保有数は男性2.4±1.3人、女性2.4±1.4人で有意な差は見られなかった。メンターの立場別の保有状況は、男女とも非公式上位者メンター、組織外メンター、公式上位者メンター、同僚メンターの順で多かった。

(2)メンター有無による職務満足感、精神健康、WLCの比較

男性はメンターを有する人で職務満足感が高く(p=.014)、精神健康が良好で(p=.046)、WLCが有意傾向で低かった(p=.059)。女性は、メンターを有する人で職務満足感が高く(p=.004)、有意ではなかったが、精神健康が良好でWLCが低かった。

(3)メンターからの支援量とメンティの職務満足感、精神健康、WLCの関連性の検討

1)職務満足感 男性は公式上位者メンターのキャリア的支援量高群(β=.102,p=.016)、ロールモデル的支援量高群(β=.092,p=.025)、同僚メンターのロールモデル的支援量高群(β=.086,p=.034)において、女性では非公式上位者メンターのキャリア的支援量高群(β=.076, p=.038)・低群(β=.070,p=.046)、心理社会的支援量低群(β=.091, p=.013)、ロールモデル的支援量低群(β=.100,p=.006)において、有意な正の関連性が示された。

2)精神健康 男性では非公式上位者メンターのキャリア的支援量高群(β=-.092,p=.036)、ロールモデル的支援量高群(β=-.094,p=.032)、公式上位者メンターの心理社会的支援量高群(β=-.155,p=.000)において、女性は公式上位者メンターの心理社会的支援量高群(β=-.079,p=.028)において、有意な負の関連性が示された。

3)WLC 男性は公式上位者メンターの心理社会的支援高群(β=-.105,p=.014)において有意な負の関連性が示された。女性では、いずれの支援においても関連性が示されなかった。対象者を40代以下に絞った場合でも、同様の結果だった。

考察

メンターを有する人は有さない人よりも職務満足感が高く、精神健康が良好で、WLCが低かったのは、メンターの存在は自分のことを気にかけてくれる人がいるという感覚を生むためと推察される。

男性で、公式上位者メンターの支援が職務満足感の高さと正の関連性を有していたことは、メンタリング・プログラムが上手く機能していることを示唆していた。男性の同僚メンターのロールモデル的支援量高群において職務満足感と正の関連性が見られたのは、ロールモデル的支援は、メンターとメンティが類似している場合(同性、同職位等)によく機能するためと考えられる。女性の非公式上位者メンターのロールモデル的支援量低群で正の関連性が見られたのは、非公式上位者メンターの7割が男性で性別も職位も違うため、適度な量の支援の方が有用であることが推察される。

男女とも公式上位者メンターの心理社会的支援量高群で、精神健康の良好さと関連性が見られた。メンティの育成を会社から任された力のある公式メンターから心理社会的な支援を受けられることが、メンティの精神健康に寄与するのであろう。

男性の公式上位者メンターの心理社会的支援量高群で、WLCの低さとの関連性が示された。公式メンターは組織がワークライフバランスを重視していることを理解しており、メンティに対してこれを実現できるような支援を提供していることが推察される。女性は配偶者や同居の子を有する人が男性よりも有意に少ないため、関連性が示されなかったと思われる。

本研究の意義と限界

本研究では、公式・非公式に関わらず組織の上位者メンターからの支援がメンティの職務満足感、精神健康、WLCと強く関連すること、同僚メンターの支援も限定的であるがこれらと関連することを明らかにした。メンターからの支援とメンティのキャリア発達やストレスとの関連性について、メンターの立場による相違の詳細はこれまで検討されていなかったが、本研究はこれを明らかにするのに貢献した。横断研究のため因果関係は特定できないこと、アウトカムに影響を与える個人の性格・特性を制御していないことなどの限界については、今後さらなる検討が望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、欧米で広く使用されているメンタリング尺度MFQ-9の日本語版の信頼性・妥当性を検討した上で、企業に正社員として勤務する管理職及びその予備軍である総合職において、メンタリングとメンティの職務満足感、精神健康およびワークライフコンフリクトとの関連性の検討を行い、以下の結果を得ている。

1. 日本語版MFQ-9は、尺度全体、下位尺度ともCronbach's αは0.7以上、I-T相関も極端に低い値を示すものは見られず、内的整合性が確認された。探索的因子分析では原版MFQ-9と同様に3因子が抽出され、各因子には原版と同じ項目が含まれた。確証的因子分析でも良好な適合度が示されたことから、因子妥当性が確認された。併存妥当性は、日本語版MFQ-9及び下位尺度と職務満足感、組織コミットメントとの関連性を検討した。その結果、日本語版MFQ-9、キャリア的支援、ロールモデル的支援は職務満足感、組織コミットメントの双方と、心理社会的支援は職務満足感と有意な正の相関を有し、一定の併存妥当性が確認された。以上より、日本語版MFQ-9の信頼性・妥当性が示された。

2. 企業に正社員として勤務する管理職及び総合職において、メンターの有無とメンティの職務満足感、精神健康およびワークライフコンフリクトとの関連性を検討した結果、メンターを有する人は有さない人と比べて、男性では有意に職務満足感が高く、精神健康が良好で、有意傾向ではあるがワークライフコンフリクトが低いことが示された。女性では、職務満足感が有意に高いことが示された。

3. 各メンターからの支援量と職務満足感との関連性を検討した結果、男性では公式上位者メンターのキャリア的支援量高群及びロールモデル的支援量高群、同僚のロールモデル的支援量高群において有意な、公式上位者メンターの心理社会的支援量高群・低群においては有意傾向であるが、正の関連性が示された。女性では、非公式上位者メンターのキャリア的支援量高群・低群、心理社会的支援量低群、ロールモデル的支援量低群において有意な正の関連性が示された。

4. 各メンターからの支援量と精神健康との関連性を検討した結果、男性では非公式上位者メンターのキャリア的支援量高群及びロールモデル的支援量高群、公式上位者メンターの心理社会的支援量高群において有意な、公式上位者メンターのキャリア的支援量高群、同僚メンターのキャリア的支援及び心理社会的支援量高群においては有意傾向であるが、負の関連性が示された。女性では、公式上位者メンターの心理社会的支援量高群において有意な、非公式上位者メンターのキャリア的支援量低群においては有意傾向であるが、負の関連性が示された。

5. 各メンターからの支援量とワークライフコンフリクトとの関連性を検討した結果、男性では公式上位者メンターの心理社会的支援量高群において有意な、キャリア的支援量及びロールモデル的支援量高群においては有意傾向であるが、負の関連性が示された。女性ではいずれの支援についても関連性が示されなかった。

以上、本論文はメンタリングとメンティの職務満足感、精神健康およびワークライフコンフリクトとの関連性を横断的に検討した結果から、公式・非公式に関わらず組織の上位者からの支援が、これらのアウトカムに強く関連すること、限定的ではあるが同僚の支援も関連することを明らかにした。メンターからの支援とメンティのキャリア発達やストレスとの関連性について、メンターの立場による相違の詳細はこれまで検討されていなかった。本研究はこれを明らかしたことで重要な科学的貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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