学位論文要旨



No 129412
著者(漢字) 桒原,雄樹
著者(英字)
著者(カナ) クワハラ,ユウキ
標題(和) 訪問看護事業所に対する経営学的評価手法の適用 : DEA (Data Envelopment Analysis) を用いた効率性測定
標題(洋)
報告番号 129412
報告番号 甲29412
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第4145号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,則子
 東京大学 講師 仲上,豪二朗
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 准教授 山本,隆一
 東京大学 講師 豊川,智之
内容要旨 要旨を表示する

序文

訪問看護は、在宅療養を支える重要なサービスの1つである。より少ない看護人員で、増加が予想される利用者に対してサービスを提供できるよう、より良質で、より多くのサービスを提供できるような効率的なサービス提供体制の構築が必要である。訪問看護サービスの質、および効率性の向上を図るためには、それぞれ適切な指標を用いて評価し、改善のための方策を策定することが重要である。訪問看護サービスの質を評価する取り組みは既に行われているものの、効率性を客観的に評価するための知見は十分であるとは言い難い。本研究では、訪問看護の評価指標として、既に検討が行われているサービスの質という視点に加えて、効率性という視点を提示すること、および、効率性向上のために優先して介入すべき事業所の特徴を客観的に明らかにするため、効率性に関連する要因を明らかにすることを目指す。

ヘルスケアサービスの効率性測定では、ノンパラメトリックな手法であるData Envelopment Analysis(以下DEA)を用いることが多い。DEAの長所は(1)複数の産出変数への対応が容易である点、(2)データに対する制約が比較的寛容である点であり、介護保険・医療保険という、異なる制度が混在する中でサービスを提供している訪問看護の特徴を踏まえて効率性を測定するためには、DEAを用いることが適切であると考えられる。

以上を踏まえて、本研究では経営学的評価手法であるDEAを用いて、訪問看護事業所の技術的効率性を測定すること、および効率性の高い事業所が共通して持つ特性を明らかにすることを目的とする。

方法

第一部:平成23年度千葉県保健医療計画策定に関する調査の対象となった、2010年8月に千葉県内に所在する訪問看護事業所191か所を対象として、2010年6月の職種別の職員数、利用保険種別の利用者実人数および訪問回数、介護報酬収入、診療報酬収入を尋ねた。その後、産出指向のDEAを用いて全体効率性、技術効率性のD効率値を算出した。投入量は両モデル共通で看護職員(以下、保健師、看護師、准看護師)常勤換算数、リハビリ職員(以下、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士)常勤換算数の2変数とし、産出量を点数モデル:介護報酬点数、診療報酬点数、回数モデル:介護保険訪問回数、医療保険+その他訪問回数の2変数とした2種類のモデルを作成した。点数モデルで算出したD効率値が、どの程度回数モデルで算出した値と同じ傾向を示すか確認するために、先行研究を参考に2つのモデルのD効率値の相関係数、D効率値の差の絶対値を算出した。

第二部:厚生労働省 介護サービス施設・事業所調査の対象となった、2009年の全国の事業所5,734か所を対象とし、調査結果を二次分析した。各変数について記述統計を求めたのち、訪問可能職員の看護職員常勤換算数、リハビリ職員常勤換算数の2変数を投入量、介護保険による訪問回数および、医療保険+その他による訪問回数の2変数を産出量としてDEAを用いて効率性を測定した。産出指向のモデルを用いて全体効率性、技術効率性、規模の効率性のD効率値を算出した。事業所規模と効率性の関連を明らかにするため、事業所規模を表す変数を訪問可能な職員の常勤換算数とし、事業所規模別に全体効率性、技術効率性、規模の効率性を算出し、さらに規模の収穫を特定した。全体効率性および技術効率性が1となる最も生産的な規模の事業所を特定した。その後、全体効率性および技術効率性のD効率値を従属変数、先行研究を参考に選定した顧客、組織、環境の3つのレベルの要因を独立変数とし、Tobitモデルによる回帰を行い、D効率値に関連する要因の探索を行った。

結果

第一部:179件の調査票を回収し(回収率93.7%)、有効回答であった122件を解析対象とした。点数モデルで算出した効率値は、全体効率性は、0.56(0.21):平均(標準偏差)で、技術効率性では、0.65(0.25)であった。回数モデルで算出したD効率値は、全体効率性0.60(0.22)、技術効率性0.67(0.24)であった。2つのモデルで算出した全体効率性の相関係数は、Pearson r = .825(p< .001)、Spearman ρ = .796 (p< .001)、技術効率性Pearson r = .881(p< .001)、Spearman ρ = .861(p< .001)と強い相関がみられた。モデル間のD効率値の差の絶対値は、全体効率性では平均0.09の差がみられ、技術効率性では平均0.08の差がみられた。

第二部:2009年の介護サービス施設・事業所調査の対象となった事業所は5,734か所で、有効回答であった4,946か所(86.3%)を解析対象とした。全体効率性の平均(標準偏差)は0.43(0.15)であり、相対的に最も効率的であるD効率値が1となった事業所は12か所(0.2%)であった。技術効率性の平均は0.45(0.16)であり、相対的に最も効率的であるD効率値が1となった事業所は29か所(0.6%)であった。規模の効率性の平均値は0.94(0.10)であり、9割以上の事業所は規模の効率性が0.80以上であった。また、規模の効率性は訪問可能職員が10人以上の事業所が0.86と最も低く、ついで3人未満の事業所が0.88と低い値であった。

効率性測定の際のベンチマークとなる、全体効率性、または技術効率性が1となった事業所は29か所あり、そのうち、最も生産的な規模となった事業所は12か所あり、事業所規模の代替変数として考えた職員常勤換算数は、2.9人から56.2人で、うち3か所はリハビリ職員の常勤換算数が20人以上の事業所であった。訪問可能職員数が3人未満の事業所で発生している規模の非効率性の内訳をみると、規模の効率性が0.80未満の事業所のすべての事業所が、現在の規模を拡大することで効率性の向上が見込まれる事業所であり、2割を占めていた。職員常勤換算数が10人以上の事業所では、規模の効率性が0.80未満の事業所のうち、1か所を除くすべての事業所が規模の収穫減少型であり、その割合は2割であった。

訪問看護事業所の技術効率性を従属変数としたTobitモデルによる回帰の結果、顧客レベルの要因では、利用者一人あたりの訪問回数が多い事業所はD効率値が高かった。組織要因では、事務・その他職員が配置されている事業所はD効率値が高いという結果が得られた。環境要因は、人口密度が高い市区町村、可住地面積割合が高い市区町村に立地している事業所のD効率値は高く、高齢化率が中程度の市区町村に比べて、高齢化率が高い、および低い市区町村に立地している事業所のD効率値は低いという結果が得られた。

考察

第一部:本研究の結果、モデル間のD効率値の差の絶対値は先行研究と同程度であり、相関係数は本研究の方が高い値を示した。以上より、利用者への訪問回数を産出量として測定した効率性は、利用者の重症度・ケアの高度さを考慮して測定した効率性と、ほぼ同じ評価ができることが示されたといえる。

第二部:本研究では、訪問可能職員の常勤換算数が10人以上、および3人未満の事業所は規模の効率性が低いことが明らかになった。大規模な事業所では、利用者数が多く、訪問エリアが広範囲にわたっているため、移動に要する時間が増大し効率的な訪問計画を組めていないことや、職員数が多すぎることで、職員全体をマネジメントすることが困難になり、非効率性が生じている可能性が考えられた。これらの事業所に対しては、サテライト事業所の開設等により、1事業所当たりの職員数および利用者数を減少させることが有効である可能性がある。一方、零細事業所では、職員を追加雇用し、規模を拡大することが効率性向上に寄与する可能性があり、より現実的な方法として、非常勤職員を事業所の経営状況および必要とされる訪問回数に応じて増員していくことが考えられる。

また、本研究の結果から、利用者一人あたりの訪問回数が少ない事業所は効率性が低いことが明らかになった。効率性向上のために実行可能なものとして、既存の利用者のうち、十分な訪問を受けていない場合を見極め、回数の増加を働きかけることが考えられた。

さらに、事務職員を雇用している事業所は効率性が高いことが明らかになったが、小規模な事業所では、事務職員を追加で雇用することは経営上難しいと考えられる。これらの事業所では、地域全体の資源をマネジメントする役割を担っている自治体が中心となって、事業所間の調整を行いながら、事務業務の集約システムの構築を目指すことも必要かもしれない。

一方で、人口密度、高齢化率が低い市区町村に立地している事業所は、効率性が低いことが明らかになった。これらの地域では、利用者や潜在的な利用者の分布がまばらである、もしくは、利用者の絶対数が少ないことなどが考えられ、自治体等の支援の下でサテライト事業所開設をしたり、新しく訪問看護事業所を誘致するなどして、1つの事業所がカバーしなければならないエリアを狭くするよう働きかけることが有効かもしれない。さらに、可住地面積割合が低い市区町村の事業所の効率性が低いことも明らかになった。可住地面積割合が低い、すなわち平地の割合が低いと、利用者宅への移動が困難になり、移動時間が長くなり、効率性が低くなっていたことが考えられる。しかし、可住地面積だけでは、移動に関する要因を十分表し切れていない可能性があり、タイムスタディによる移動時間の算出や、GPSを利用した訪問エリアの面積を把握するなど、事業所ごとのより詳細なデータを収集し、分析を行うことが今後の課題として考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、経営学的評価手法であるData Envelopment Analysis(以下、DEA)を用いて日本全国の訪問看護事業所の効率性を測定し、その関連要因の特定したもので、下記の結果を得ている。

1.DEAを用いて訪問看護事業所の効率性を測定する際の産出変数を、介護報酬・診療報酬点数としたモデル、およびデータの入手が容易な産出変数を訪問回数としたモデルの2つを作成した。それぞれのモデルで事業所の効率性を示す、D効率値を算出した結果、2つのモデル間のD効率値の相関係数は0.80-0.88、差の絶対値は0.08-0.09であった。先行研究との比較から、2つのモデル間の効率性測定の結果が同程度であると判断し、入手が容易な訪問回数を産出変数として測定した効率性の妥当性を確認した。

2.日本全国の訪問看護事業所を対象にD効率値を算出し、適正な事業所規模、および効率性の関連要因を特定した。その結果、規模の規模を拡大することで、効率性が向上する余地が大きい事業所は、訪問可能な職員(常勤換算数)が3.0人未満の事業所に多く、事業所の規模を縮小することで効率性が向上する余地が大きい事業所は、職員数が10人以上の事業所に多かった。また、事業所の効率性の高さに関連している要因は、事業所が事務職員を雇用していること、事業所が立地している市区町村の人口密度・高齢化率・可住地面積割合が高いことであった。

以上、本論文は、訪問看護事業所を対象とし、DEAという経営学的な評価手法を用いて、効率性を測定した初めての報告である。公表されているデータソースから入手しやすい変数を用いて、訪問看護事業所の効率性を測定する方法を示し、また、事業所の効率性には、事業所の職員構成、および事業所の立地市区町村の人口特性・地理的要因が関連することを明らかにした。本研究は、訪問看護事業所の効率性を測定し、従来の訪問看護の質を評価する指標と組み合わせることで、今後増加していく訪問看護の需要に対応しうる、より良質で、なおかつ効率的な訪問看護サービス提供体制の構築に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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