学位論文要旨



No 129413
著者(漢字) 竹原,君江
著者(英字)
著者(カナ) タケハラ,キミエ
標題(和) 糖尿病患者の足白癬予防としての足洗浄行動についての検討
標題(洋)
報告番号 129413
報告番号 甲29413
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第4146号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 春名,めぐみ
 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 准教授 永田,智子
 東京大学 講師 藤田,英樹
 東京大学 講師 西垣,昌和
内容要旨 要旨を表示する

背景

足白癬は一般にありふれた疾患であるが、足白癬から潰瘍や細菌の二次感染を生じたり、あるいは足白癬から爪白癬に移行し、爪の肥厚や変形から潰瘍を形成したりすると、糖尿病患者にとって重大な足病変を引き起こす危険性がある。そのため、とりわけ糖尿病患者においては足白癬の早期治療や予防が重要である。しかし、足白癬は自覚症状に乏しいため気づかず、治療せずに放置していたり、治療を開始しても臨床所見や自覚症状の消失により自己中断し、再発を繰り返したりすることは珍しくない。そのため、足白癬の予防が特に重要となってくる。足白癬の予防として、付着した白癬菌を除去する必要があり、その主な方法の一つに「足を洗う」ことが挙げられる。

足白癬の予防において、足を洗うことはしばしば推奨される。殊に糖尿病患者において「足を洗う」という行動は、足白癬ひいては糖尿病足病変の予防のために極めて重要であるが、足の洗い方に一定の基準はなく、予防ケアとして確立されていないのが現状である。そこで、筆者は修士課程において、足を洗う頻度について検討し、少なくとも1日1回の足洗浄が爪白癬予防には必要であることを報告した。本研究は、次の段階として、足洗浄行動に焦点を当て検討したものである。足洗浄行動については、行動が不十分な時に足白癬のリスクが高まることが予想され、「足の洗い残り」を正しく評価し、看護介入を行う必要があると考えられるが、洗い残りの有無・程度を適切にアセスメントし、足白癬の有無で検討した知見はない。また、日常において、足洗浄行動は、予洗い、本洗い、濯ぎ、拭きといった一連のプロセス・因子に細分化できると考えられるが、どの足洗浄行動因子の不足が足白癬と関連しているかについては明らかになっていない。さらに、足洗浄行動及びその因子は、糖尿病に随伴する病態や足洗浄に対する知識・意識などといった背景因子に強く影響されることが予想されるが、それらを詳細に検討した先行研究はない。これらの背景因子と、足白癬および足洗浄行動との関連の詳細が明らかになって初めて、足洗浄行動の看護ケア介入・教育法を具体的に提案することが出来ると思われる。

そこで本研究では、まず、第1章において、足白癬の有無と足の洗い残りとの関連を検討し、次に、第2章において、(1)足白癬の有無と各種の足洗浄行動因子との関連を検討し、(2)(1)で関連の見られた足洗浄行動因子とその背景因子との関連を検討することとした。

第1章:足白癬の有無と足の洗い残りとの関連の検討

【目的】足白癬の有無と足の洗い残りとの関連を、蛍光ローションを用いた客観的な方法で検討することを目的とした。

【方法】研究デザインは、横断的観察研究であった。対象者は、2011年1月から2011年11月に東京都内の大学附属病院の糖尿病代謝内科に入院中の糖尿病患者および糖尿病代謝内科内の糖尿病足外来受診者であった。包含基準は、普段足を自身で洗っている20歳以上の糖尿病患者とし、除外基準は、足部に潰瘍がある者、脳梗塞等の疾患による障害があり、障害のない頃と同様の足洗浄が難しい者、足白癬様の所見があるが直接鏡検にて白癬菌が確認できない者、精神疾患等によりコミュニケーションが円滑にとれない者とした。本研究では、蛍光ローションとUVライトを使用し、洗い残りを評価することとした。対象者の足部に蛍光ローションを塗布した後、できるだけ普段に近い方法で足洗浄を行って頂き、足洗浄前後で写真撮影を行った。撮影した写真を基に洗い残りを評価した。足底については、まず、ImageJソフトウェアを使用し輝度を算出した。足洗浄前後の輝度から、それぞれ蛍光ローションを塗布していない場合の輝度を差し引いた後、輝度減少割合を算出した。その後、足白癬の有無でt検定を用いて比較した。趾間については、足洗浄後の蛍光ローション残存の有無で洗い残りを評価し、足白癬の有無でFisherの直接確率検定を用いて比較した。

【結果】対象者は43名であり、対象者のうち、足洗浄の同意が得られなかった者等10名を除外し、最終的な解析対象者は33名であった。足底における蛍光ローションの輝度減少割合は、足白癬保有群が54.8±23.3%、足白癬非保有群が70.5±13.6%であり、足白癬保有群で有意に輝度減少割合が低かった (p=0.025)。趾間における蛍光ローション残存については、足白癬保有群で残存していた者が11名 (64.7%)、足白癬非保有群で残存していた者が4名 (25.0%)であり、足白癬保有群で有意に蛍光ローションが残存していた割合が高かった (p=0.037)。

【考察】本研究の結果、足の洗い残りが足白癬の有無により異なることが明らかとなったことは、足洗浄行動が足白癬の予防上極めて重要な要因であることを示唆するものである。本研究は、足洗浄行動全般の総合的アウトカムとして蛍光ローションの残存による洗い残りの評価を行ったものであるため、足白癬と足洗浄行動の個々のプロセス・因子との関連について、第2章においてさらに検討する必要があると考えられた。

第2章:足白癬の有無と足洗浄行動との関連の詳細な検討

【目的】まず、足白癬の有無と関連する足洗浄行動の構成因子を明らかにし、次に、この足洗浄行動因子と背景因子との関連を検討することを目的とした。

【方法】研究デザインは、横断的観察研究であった。対象者は、第1章の対象者のうち、足洗浄時のビデオ撮影の同意が得られなかった2名および片足の足趾切断の既往のあった者1名を除外した30名であった。調査項目のうち、足洗浄行動因子については、「WHO石けんと流水での手指衛生の技術」を参考に演繹的に項目を抽出し、足洗浄特有の項目を加えたものとした。足洗浄行動因子については、足洗浄時に撮影したビデオデータを使用し、研究者1名が繰り返し観察してデータ化した。背景因子は、基本属性、糖尿病関連因子、足洗浄に関する知識・目的・足洗浄行動の困難要因(環境要因、全身要因、局所要因)から成り、基本属性である年齢、性別、BMIについては診療記録よりデータ収集を行った。糖尿病関連項目である糖尿病型、糖尿病罹病期間、HbA1c、血管障害 についても診療記録よりデータ収集を行った。知覚神経障害は、モノフィラメント検査および振動覚検査にて判定を行った。足洗浄に関する知識・目的・困難要因については問診票を用いて口頭にて質問を行った。調査手順は、可能な限り普段の足洗浄に近い環境をセッティングした上で、対象者に足部を普段通り洗って頂き、ビデオ撮影を行った。洗浄後、問診票を用いて口頭にて質問を行った。解析手順は、(1)まず、足白癬の有無と足洗浄行動因子との関連を単変量解析を用いて検討した後、多重共線性の確認を行い、投入変数を選定した上で、足白癬の有無を従属変数とした多重ロジスティック回帰分析を行った。次に、明らかになった足洗浄行動因子についてROC曲線を作成の上、最適なカットオフ値を検討した。(2)(1)で抽出された足洗浄行動因子と足洗浄行動の背景因子との関連を相関係数を用いて確認し、さらに多重共線性を確認した上で投入変数を選定し、(1)で抽出された足洗浄行動因子を従属変数とした重回帰分析を行った。

【結果】足白癬の有無に関連する足洗浄行動因子について多重ロジスティック回帰分析を行った結果、足白癬保有群において洗浄剤を使用して趾間を擦る回数が有意に少なかった (OR 0.95, p=0.036)。次に足白癬の有無を基準として洗浄剤を使用して趾間を擦る回数でROC曲線を作成し検討した結果、感度と特異度の和を最大にするカットオフ値は趾間を擦る回数が35回であった。最後に、洗浄剤を使用して趾間を擦る回数に関連する背景因子について重回帰分析を行った結果、手が届き難い自覚がある場合に趾間を擦る回数が有意に少なく (B=-14.42, p=0.041)、知覚神経障害がある場合に趾間を擦る回数が多い傾向がみられた (B=17.95, p=0.063) 。

【考察】本研究の結果、これまで漠然と教育されてきた足を洗うという行動に対し、足白癬予防という点で一定のエビデンスレベルを持ったケアの提案が可能となった。つまり、足を洗う時には特に趾間を35回より多く、1趾間あたり5回程度を目安に洗浄剤を使用して擦るという具体的な教育が足白癬予防に有効であることが考えられた。さらに、足に手が届き難い自覚のある者に対しては、趾間を擦る動作を実際に行ってもらった上で各人に適したアドバイスを行うことにより適切な足白癬予防行動につながることが考えられた。しかし、高齢等により身体機能が低下した者にとって、毎日35回より多く擦るというケアの継続には困難を伴うことも考えられ、足洗浄方法の教育に加え、擦る回数が少なくても足白癬予防が可能となるような足白癬の新規予防ケア技術の開発の必要性も示唆された。洗浄剤を使用して趾間を擦る回数と糖尿病合併症である知覚神経障害とに関連する傾向が示されたことについては、糖尿病患者特有の要因として重要性が高いため、今後、詳細に検討する必要がある。

結論

足白癬保有者では、非保有者より足の洗い残りが多いことが確認できたことから、糖尿病患者に対する足白癬予防としての足洗浄行動に一定のエビデンスレベルが付与された。そして、足を洗う時には特に趾間を35回より多く、1趾間あたり5回程度を目安に洗浄剤を使用して擦るという具体的な教育法が提案できた。さらに、足に手が届き難い自覚のある者に対して、趾間を擦る動作を実際に行ってもらった上で各人に適したアドバイスを行うという具体的な看護介入も提案できた。今回、趾間を擦る回数が具体的に示されたことにより、単に足を洗うという教育だけでは不十分である可能性が示され、誰でも簡便に足を洗えるような看護技術の開発の必要性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、重篤な糖尿病足病変に至るリスクを有した非潰瘍性病変の一つである足白癬の予防ケアへの示唆を得るため、足洗浄行動に着目し、糖尿病患者を対象に調査を行ったものであり、(1)足白癬の有無と足の洗い残りとの関連、(2)足白癬の有無に関連する足洗浄行動因子、(3)(2)で関連の見られた足洗浄行動因子に関連する因子について検討し、下記の結果を得ている。

1.横断的観察研究で、糖尿病患者を対象に蛍光ローションとUVライトを使用して足洗浄行動の結果生じる「洗い残り」を客観的に評価し、足白癬の有無で比較した。その結果、足底における蛍光ローションの輝度減少割合は、足白癬保有群が54.8±23.3%、足白癬非保有群が70.5±13.6%であり、足白癬保有群で有意に輝度減少割合が低かった (p=0.025)。趾間における蛍光ローション残存については、足白癬保有群で残存していた者が11名 (64.7%)、足白癬非保有群で残存していた者が4名 (25.0%)であり、足白癬保有群で有意に蛍光ローションが残存していた割合が高かった (p=0.037)。これらのことから、足白癬保有者では非保有者より、足の洗い残りが多いことが客観的指標を用いて統計的に初めて示された。

2.横断的観察研究で、糖尿病患者を対象に足白癬の有無と各種の足洗浄行動因子との関連について多重ロジスティック回帰分析で検討した結果、足白癬保有群において洗浄剤を使用して趾間を擦る回数が有意に少なかった (OR 0.95, p=0.036)。そこで、足白癬の有無を基準として洗浄剤を使用して趾間を擦る回数でROC曲線を作成し検討した結果、感度と特異度の和を最大にするカットオフ値は趾間を擦る回数が35回であり、35回より多く、つまり1趾間あたり5回程度を目安に洗浄剤を使用して擦ることが足白癬予防ケアとして有効である可能性が示された。

3.横断的観察研究で、糖尿病患者を対象に洗浄剤を使用して趾間を擦る回数に関連する背景因子を重回帰分析で検討した結果、手が届き難い自覚がある場合に趾間を擦る回数が有意に少なく (B=-14.42, p=0.041)、知覚神経障害がある場合に趾間を擦る回数が多い傾向がみられた (B=17.95, p=0.063) 。

以上、これまで糖尿病患者に対するフットケア教育は、「足をきれいに洗う」という漠然とした教育に止まっていたが、本研究は、洗浄剤を使用して趾間を擦ること、その回数として35回より多く擦ることが足白癬予防ケアとして重要であるという具体的な提言を可能にした。「足洗浄」行動という先行研究の乏しい領域で多角的な解析を行い、得られたこれらの結果は、糖尿病性足潰瘍予防に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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