学位論文要旨



No 129415
著者(漢字) 本間,三恵子
著者(英字)
著者(カナ) ホンマ,ミエコ
標題(和) 線維筋痛症に対する患者と医師の病気認識 : 両者のギャップおよび患者満足度、医師の困難感との関連性の検討
標題(洋)
報告番号 129415
報告番号 甲29415
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第4148号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 教授 神馬,征峰
 東京大学 准教授 島津,明人
 東京大学 教授 上別府,圭子
 東京大学 准教授 吉内,一浩
内容要旨 要旨を表示する

緒言

線維筋痛症(FM)は他覚的所見や客観的指標に乏しいことが特徴であり、患者は症状以外に周囲、特に医師からの疑いのまなざしに苦しみ、医師側も患者を避ける傾向が指摘されている。ゆえに背景にある患者と医師双方の意識を明らかにする必要があるが、定量的に把握した研究はほとんど存在しない。だが当事者の認識や病気の解釈は、患者の満足感や受療行動、医師のモティベーションや診療行動にも影響する可能性があり、極めて重要である。そこで本研究では、1.FM患者と医師の間で病気認識や医師の否定的反応(Invalidation)の経験、自覚にそれぞれギャップはあるのか、あるとすればどの側面なのか、2.患者の病気認識およびInvalidation経験は、医師への満足度および受診回数に関連するのか3.医師の病気認識およびInvalidation経験は、診療困難度および患者受入意思に関連するのか、を探索的に明らかにすることを目的とする。

方法

調査対象者は無作為に抽出した線維筋痛症友の会の会員500名、および日本リウマチ学会・日本リウマチ財団の専門医1000名とし、自記式質問紙を郵送した。本調査の回収率は患者票が72.6%、医師票が32.2%で、最終的に患者304名、患者診察経験のある医師233名を分析対象とした。

調査項目のうち患者、医師双方で測定した変数は、病気認識、原因帰属、医師の否定的反応(Invalidation)である。患者のみに尋ねた項目は、医師への満足度と受診回数、および基本属性・臨床状態であり、医師のみに尋ねたのは、診療困難度と、患者受入意思、および基本属性である。

患者と医師の認識ギャップの測定には、対応のないt検定を用いた。医師への満足度、受診回数、および医師の診療困難度、患者受入意思の各変数を従属変数とし、病気認識、原因帰属、Invalidationとの関連を検討するために多重ロジスティック回帰分析を行った。従属変数である医師への満足度の合計スコアおよび医師の診療困難度の合計スコアは、先行研究に倣いそれぞれ低値、高値を示す20%をケース(不満足群、困難群)と定義して用いた。患者の受診回数についても先行研究を参照し、中央値(年16回)で高受診群、低受診群として用いた。

結果

1.研究協力者の属性

分析対象とした患者304名中、88.5%は女性であり、平均年齢±SDは51.2±14.2歳であった。受診回数(過去1年間)は平均±SDで27.9±33.6回(range 0-266)と、受診回数にはばらつきがみられた。患者の身体状態では、重度に該当する患者が68.4%にのぼった。

医師の分析対象者233名中、90.1%が男性、平均年齢±SDは53.1±10.9歳、臨床経験年数は平均±SDで27.1±10.4年であった。今後FM患者を受け入れたいと回答した医師は44.2%に留まった。また、受け入れたくない理由を選択肢で回答してもらったところ、最も多かったのが「専門機関を受診すべき(19.53%)」、次いで「精神科領域の疾患(14.4%)」、「診察に時間がかかる(14.1%)」、「面倒な患者が多い(13.5%)」、「治療に自信がない(12.9%)」、「病態に疑問(12.9%)」、「自分の専門外(7.2%)」の順となった。

2.患者と医師の認識ギャップ

病気認識につき患者と医師の得点を比較した結果、生活影響度、不安感を除く6項目で有意差がみられた。項目別にみると、患者の方が有意に高値を示したのは、持続時間、症状自覚(p=0.04)の2項目であった。逆に医師の方が高値を示したのは、自己コンロトールの不良、治療コントロールの不良、患者の病気理解の不良、患者への感情影響度の4項目であった(症状自覚を除き全てp<0.001)。

原因帰属のギャップでは、患者の内的要因(p<0.001)、医学的危険因子(p=0.01)、ライフスタイル(p<0.001)の3ドメインで医師の方が有意に高得点を示した。下位項目別では、免疫の変化、ストレスや心配事、過労の3項目で患者が有意に高得点で、反対に患者の感情、患者の性格、患者の気持ちの持ち方、患者の行い、遺伝や血筋、細菌やウイルス、食事や食事習慣、環境汚染、喫煙、アルコールの10項目では、医師が高得点を示した。

否定的反応(Invalidation)では、軽視の項目全てで医師の方が有意に高得点を示し(1項目を除きp<0.001)、尺度全体でも医師の方が有意に高得点であった(p<0.001)。

3.患者の認識と医師への満足度・受診回数との関連

FM担当医に対する患者の不満足に有意に関連した変数は、自己コントロールの不良(オッズ比(OR=1.19、p=0.01)、治療コントロールの不良(OR=1.56、p<0.001)、医師からの軽視(OR=1.22 、p<0.001)、医師からの無理解(OR=1.44、p<0.001)となった。

同様に受診回数の多い群をケースとしたロジスティック回帰では、治療コントロールが不良と感じる患者ほど受診回数が少なく(OR=0.81、p=<0.001)、逆に医師からの軽視を感じる患者ほど、受診回数が多いという結果となった(OR=1.11、p=0.01)。

4. 医師の認識と診療困難度・患者受入意思との関連

医師の診療困難度と有意に関連したのは、治療コントロールの難しさ(OR=1.35、p=0.01)、患者への感情影響度(OR=1.52、p=0.01)であった。また、患者の内的要因を原因と考える医師ほど有意に困難度が高く(OR=1.20、p=0.01)逆に医学的危険因子(OR=0.85、p=0.003)や、制御不能な外的要因(OR= 0.86、p=0.04)が原因と考えている医師ほど、困難度が低かった。また自分が軽視(OR=1.28、p<0.001)や無理解(OR=1.34、p<0.001)といった反応を示していると自覚する医師ほど、困難度が高かった。

FM患者を受け入れる意思がないと回答した医師を受入抵抗感あり(ケース)として、同様にロジスティック回帰を行った。その結果、FMの治療コントロールが難しいと感じ(OR=1.37、p=0.01)、無理解の自覚が大きいほど(OR=1.61、p<0.001)、受入抵抗感ありの確率は有意に高かった。逆に医学的危険因子(OR= 0.85、p=0.01)を原因と考える医師では、有意に受入抵抗感ありの確率が低かった。

考察

1. 患者と医師の属性の検討

本研究の協力患者は、先行研究と比較しても身体状態がかなり悪く、診断までの年数や受診病院数も多いのが特徴であった。理由として本研究では回収率が極めて高く、従来捕捉されなかったような重症患者も反応を示した可能性がある。

2. 患者と医師の認識ギャップの検討

病気認識では、患者の方が自分の病気が長期に続くと考え、症状の自覚度も大きかった。一方医師は、患者の感情面への影響が大きく、患者は病気を理解していないと考えており、全体としては医師の困難が際立つ結果となった。これらの結果から、患者は疾患そのものや身体的な症状への脅威を強く感じ、医師は患者の認知・感情的側面への影響につき、より深刻と評価する傾向が伺えた。

原因帰属では、患者より医師の方が患者の内的要因やライフスタイルなど、患者の気持ちや行動が原因だと評価していた。また、下位項目も含めて検討した場合、患者は自分や家族の内在的問題ではなく、ストレスや過労など、外在的な要因を原因と考える傾向が見られた。またリウマチ医への調査であるにも関わらず、医師は患者ほど免疫の変化を原因と捉えておらず、興味深い結果となった。

医師の否定的反応(Invalidation)では、患者の平均値は海外のFM患者より高く、本邦患者が医師からの否定的反応を強く感じていることが明らかとなった。しかし医師の平均値は、特に患者のモラルや性格への認識を尋ねる「軽視」の全項目で、患者より有意に高かった。このことから、患者が医師から軽視されていると感じる程度よりも、医師がFM患者に対してそのような反応を示していると感じる程度の方が大きいという結果となった。

3. 患者の認識と医師への満足度・受診回数との関連性の検討

担当医への不満足を感じる患者では、疾患コントロールが不良と考える傾向がみられた。一方で、症状のインパクトやネガティブな心理状態といった変数は、満足度、受診回数双方ともに関連を示さなかった。一方、治療コントロールが不良と感じる患者ほど受診が少ないという関連がみられた。本研究の対象者が確定診断後の患者であることから、ある程度受診パターンが安定していると推測され、疾患コントロールの成否は、主治医との関係、受診行動双方に強く影響することが示唆された。

4. 医師の認識と診療困難度・患者受入意思との関連性の検討

診療困難度の高い医師ほど、FMは治療コントロールが難しく、患者への感情的影響が大きいと感じており、原因は患者の内的要因だと考える傾向が明らかとなった。患者に対し軽視や無理解を示しているといった自覚も同様に、強く診療困難度と関連した。逆に医学的危険因子、制御不能な外的要因が原因と考える医師ほど、困難感は低かった。医師の困難感のレベルでは患者のネガティブな感情や内的要因など、典型的な「困難な患者」像が関連したのに対して、それらはFM患者受入への抵抗感までは関連を示さなかった。困難感、受入抵抗感双方に強く関連したのは、治療コントロールの難しさであり、FMの疾患概念の曖昧さ、治療法が確立されていないことが、医師の困難感と患者受入への抵抗感の最も大きな要因であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は客観的に乏しく、疾患概念に議論が多い線維筋痛症(FM)の患者とその診療にあたる医師を対象として郵送質問紙調査を行い、それぞれの意識とそのギャップ、そして彼らの認識がそれぞれ医師への満足度や受療行動と関連するのか否かにつき定量的に明らかにすることを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 患者と医師の認識ギャップ

病気認識では、患者は身体的な症状の脅威を強く感じ、医師は患者の認知・感情的側面への影響をより深刻と評価していた。原因帰属では、患者はストレスや過労など、外在的な原因と考える一方、医師は患者の気持ちや行動が原因であると考えていた。医師の否定的反応(Invalidation)では、海外の先行研究と比して患者の平均値は高く、医師からの否定的な反応を経験しているという結果となった。だが「軽視」のドメインでは、医師の平均値は有意に患者より高かった。つまり患者が医師から軽視されていると感じる程度よりも、医師がFM患者に対してそのような反応を示していると感じる程度の方が大きいという結果となった。

2. 患者の認識と医師への満足度・受診回数との関連

担当医への不満足を感じる患者は、疾患コントロールが不良と考える傾向にあった。一方、症状のインパクトやネガティブな心理状態といった変数は満足度・受診回数ともに関連しなかった。また治療コントロールが不良と感じる患者ほど受診回数は少なかった。本研究では確定診断後の患者が対象であることから、ある程度受診パターンが安定していると推測され、疾患コントロールの成否が、主治医との関係、受診行動双方に強く影響することが示唆された。

3. 医師の認識と診療困難度・患者受入意思との関連

診療困難度の高い医師ほど、FMは治療コントロールが難しく、患者への感情的影響が大きく、患者の内的要因が原因と考える傾向にあった。患者に対し軽視や無理解を示しているといった自覚も同様に、強く診療困難度と関連した。逆に医学的危険因子、制御不能な外的要因が原因と考える医師ほど、困難感は低かった。医師の困難感のレベルでは患者のネガティブな感情や内的要因など、典型的な「困難な患者」像が関連したのに対して、それらは受入への抵抗感までは関連を示さなかった。困難感、受入への抵抗感双方に強く関連したのは、治療コントロールの難しさであり、FMの疾患概念のあいまいさ、治療法が確立されていないことが、医師の困難感と患者受入への抵抗感の最も大きな要因であることが示唆された。

以上、本論文はFMに対する患者医師双方の意識および診療行動といった実態を、当事者の解釈という関心に基づきながらも、定量的に測定したものである。さらに、本邦で注目されることがほとんどなかったFMという疾患への否定的な意識を、その背景も含めて明らかにした。このことは困難な診療場面へ医師が対処する際にも、患者の不安を払拭する手がかりとしても、有用な知見といえる。また、限られた変数とはいえ病気認識と患者、医師の行動という変数間の関連性を検討したことは、限りある医療資源の中で、いわゆる不定愁訴の患者一般の意識や行動を理解するために有用である。本研究で得られたデータは、理念的には重要性が指摘され続けている心理社会的モデルや全人的医療を実践に取り入れる際の有用な基礎データとして資するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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