学位論文要旨



No 129417
著者(漢字) 髙橋,競
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,キョウ
標題(和) 失禁のある要支援・要介護高齢者の社会参加と心理的レジリアンス
標題(洋) Social participation and psychological resilience among incontinent elderly persons under long-term care in Japan
報告番号 129417
報告番号 甲29417
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第4150号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,知保
 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
 東京大学 講師 宮本,有紀
 東京大学 教授 本間,之夫
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

世界に類をみない速度で超高齢社会になった日本において、在宅要支援・要介護高齢者は様々な問題に直面している。例えば、外出頻度が週に一度かそれ未満の状態である閉じこもりは、認知症や寝たきりにつながる大きな健康・社会問題になっている。また、心身機能の低下により生じる尿失禁や便失禁は、身体的健康だけではなく、心理社会的健康にも大きな負の影響を及ぼすものとして知られている。

近年、ストレスを跳ね返す力として注目を集めている心理的レジリアンスは、失禁のある在宅要支援・要介護高齢者の閉じこもりを予防し、積極的な社会参加を促進する可能性を持っている。当然のことながら、失禁のある在宅要支援・要介護高齢者の社会参加には、失禁の医学的治療が基本かつ重要である。しかし現状においては、それを受けていない者も多い。状況改善のためには、医学的治療の啓発に加え、心理的レジリアンスに注目することもまた重要である。しかし、失禁のある在宅要支援・要介護高齢者の社会参加への心理的レジリアンスの影響に焦点を当てた研究はこれまで行われていない。

本研究は二つの目的を持つ。まず、失禁のある在宅要支援・要介護高齢者における閉じこもりと測定可能な心理的レジリアンスであるストレス対処能力との関連を明らかにすること。そして、失禁がありながらも積極的に社会参加している在宅要支援・要介護高齢者のレジリアントな心理特性を質的研究法により分析することである。

方法

千葉県君津地域(木更津市、君津市、袖ヶ浦市、富津市)において、量的研究と質的研究を組み合わせた混合研究(説明的デザイン参加者選定モデル)を実施した。対象者は、要支援1・2または要介護1・2の認定を受け、65歳以上で、在宅で生活していた者とした。重度の認知症があった者は除外した。

量的研究では、介護支援専門員95名による質問票を用いた訪問調査を実施した。質問票には、基本属性、要支援・要介護度、現疾患の種類、認知症高齢者の日常生活自立度、外出頻度、日常生活動作(食事、移乗、整容、入浴、歩行、階段、更衣、トイレ動作)尿失禁、便失禁、排尿・排便に関する心理的ストレス、心理的因子(受領的ソーシャルサポート、主観的ソーシャルキャピタル、ストレス対処能力)を含めた。対象者413名からの回答を、記述統計、二変量解析、ロジスティック回帰分析により解析した。

質的研究では、量的研究の参加者のうち、失禁がありながらも毎日のように外出していた11名を選定した。プライバシーの守られた場所において、対象者一人ひとりにインタビューガイドを用いた半構造化インタビューを実施した。インタビューガイドには、社会参加、失禁の心理的ストレス、人生の志向性、ソーシャルサポート、ソーシャルキャピタルに関する開かれた質問を含めた。対象者の同意を得た上で、全てのインタビューデータを録音し逐語録に起こした。分析は主題分析により行った。対象者の積極的な社会参加に影響する心理特性と環境因子について、演繹的かつ帰納的に作成した主題を繰り返し比較した。さらに、全ての主題の関係を表す概念図を作成した。

結果

量的研究の対象者のうち、尿失禁または便失禁のあったものは170名(41.2%)であった。また、外出頻度が週に一度かそれ未満の閉じこもりは144名(34.9%)であった。ロジスティック回帰分析の結果、失禁のある在宅要支援・要介護高齢者の閉じこもりには、歩行に介助を要すること(AOR 3.05, 95%CI 1.28-7.26)、トイレ動作に介助を要すること(AOR 3.77, 95%CI 1.40-10.11)、そしてストレス対処能力(有意味感)が低いこと(AOR 0.74, 95%CI 0.61-0.91)が関連していた。

質的研究において、積極的に社会参加するための基本的心理特性に「外出したい気持ち」があった。恥ずかしさや不安などの「失禁による心理的ストレス」は、「外出したい気持ち」を弱めていた。しかし、「他者と関わりたい気持ち」、「身体を動かしたい気持ち」、「失禁を管理できる自信」という三つのレジリアントな心理特性は、「外出したい気持ち」を促進していた。これらのうち、「失禁を管理できる自信」は、尿とりパッドや使えるトイレなどの環境因子の影響を強く受けていた。

結論

本研究は、在宅要支援・要介護高齢者の社会参加、失禁、そして心理的レジリアンスを、量的および質的に分析した最初の研究である。

量的研究においては、失禁のある要支援・要介護高齢者の閉じこもりを予防するためには、ストレス対処能力(有意味感)を考慮する必要があることが示唆された。さらに、先行研究において重要視されている歩行だけではなく、トイレ動作の自立も重要であることも示唆された。一方、質的研究においては、失禁というストレスを乗り越え積極的に社会参加するため、「他者と関わりたい気持ち」、「身体を動かしたい気持ち」、「失禁を管理できる自信」というレジリアントな心理特性が重要であることが示唆された。また、尿とりパッドや使えるトイレなどの環境因子を整えることで、「失禁を管理できる自信」を促進できる可能性があることも示唆された。

本研究の結果は、失禁のある在宅要支援・要介護高齢者の社会参加には、失禁の医学的治療に加え、心理的レジリアンスもまた重要であることを示唆している。具体的には、ストレス対処能力(有意味感)、他者と関わりたい気持ち、身体を動かしたい気持ち、失禁を管理できる自信を高めることが重要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、世界に類をみない速度で超高齢社会になった日本における、失禁のある要支援・要介護高齢者の社会参加に心理的レジリアンスが及ぼす影響について分析した混合研究(量的研究および質的研究)である。量的研究の目的は、失禁のある要支援・要介護高齢者における閉じこもりと測定可能な心理的レジリアンスであるストレス対処能力との関連を明らかにすることである。また、質的研究の目的は、失禁がありながらも積極的に社会参加している在宅要支援・要介護高齢者のレジリアントな心理特性を分析することである。主要な結果は下記の通りである。

1.量的研究では、千葉県君津地域において横断研究を実施した。質問票を用い、介護支援専門員95名による訪問調査を実施した。要支援1・2または要介護1・2の認定を受けた65歳以上の在宅高齢者413名より有効回答を得た。参加者の平均年齢は82歳であり、尿失禁または便失禁のあった者は170名(41.2%)であった。また、外出頻度が週に一度かそれ未満の閉じこもり状態の者は144名(34.9%)であった。

2.ロジスティック回帰分析の結果、失禁のある在宅要支援・要介護高齢者の閉じこもりと関連のあった項目は以下の3つであった。歩行に介助を要すること(調整オッズ比 3.05, 95%信頼区間 1.28-7.26)。トイレ動作に介助を要すること(調整オッズ比3.77, 95%信頼区間1.40-10.11)。そしてストレス対処能力(有意味感)が低いこと(調整オッズ比0.74, 95%信頼区間0.61-0.91)である。

3.質的研究では、主題分析を実施した。量的研究の参加者のうち、失禁がありながらも毎日のように外出していた11名(女性9名、男性2名)が参加した。参加者の年齢は70歳から90歳であり、尿失禁のあった者が7名、尿失禁および便失禁のあった者が4名であった。

4.主題分析により、積極的な社会参加に影響する5つの心理的因子(外出したい気持ち、失禁による心理的ストレス、他者と関わりたい気持ち、身体を動かしたい気持ち、失禁を管理できる自信)が特定された。積極的に社会参加するための基本的心理特性に「外出したい気持ち」があり、それは恥ずかしさや不安などの「失禁による心理的ストレス」により弱められていた。しかし、「他者と関わりたい気持ち」、「身体を動かしたい気持ち」、「失禁を管理できる自信」という3つのレジリアントな心理特性が、「外出したい気持ち」を促進していた。また、「失禁を管理できる自信」は、尿とりパッドやトイレなどの環境因子の影響を強く受けていた。

以上、本論文は失禁のある要支援・要介護高齢者の社会参加に心理的レジリアンスが及ぼす影響について、量的および質的研究法を用いて分析した点において独創的である。具体的に、ストレス対処能力(有意味感)、他者と関わりたい気持ち、身体を動かしたいという気持ち、失禁を管理できる自信といった心理的レジリアンスの重要性が示されたことは、失禁のある要支援・要介護高齢者の社会参加を促進していく上で重要な示唆を与えるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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