学位論文要旨



No 129421
著者(漢字) 内田,優輝
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,ユウキ
標題(和) 自己免疫疾患の病態解明に向けたMHCクラスIIテトラマーの調製
標題(洋) MHC class II tetramer preparation for elucidation of autoimmune disease mechanism
報告番号 129421
報告番号 甲29421
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第4154号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 遠山,千春
 東京大学 准教授 田中,輝幸
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 高橋,孝喜
内容要旨 要旨を表示する

【背景および研究目的】

主要組織適合抗原(Major histocompatibility complex; MHC)クラスIIは、外来微生物の断片(ペプチド)をCD4陽性T細胞に提示し、免疫反応を開始する役割を持つ。MHCクラスIIはα・βの2つのサブユニットが会合した膜結合型の糖タンパク質であり、α・βサブユニットの細胞外領域がペプチド結合溝を形成している。MHCクラスII遺伝子の特徴は高度の多形性を有することである。この多型はペプチド結合溝に集中しているため、特定のペプチドは特定のMHCクラスIIに対する結合特異性を示す。その結果、CD4陽性T細胞に提示されるペプチドは個体が持つMHCクラスIIに制約され、個体間での免疫応答の差異が生じる1つの原因となっている。

ヒトのMHCはヒト白血球抗原(Human leukocyte antigen; HLA)と呼ばれる。HLAクラスII遺伝子はDR・DQ・DPの遺伝子座からなり、個々の遺伝子座は多型に富んでいる。近年、大規模遺伝子解析により、特定のHLAクラスIIアリルが自己免疫疾患への感受性に関連することが明らかにされた。この結果から、疾患感受性HLAクラスIIが自己抗原ペプチドを結合し、自己反応性CD4陽性T細胞に提示すると考えられている。したがって、疾患感受性HLAクラスII/自己抗原ペプチド複合体を特異的プローブとし、自己反応性CD4陽性T細胞を同定・解析することは、自己免疫疾患の発症機序を解明するうえで重要である。

MHCテトラマー法は、抗原特異的T細胞を同定する有効な方法である。MHCクラスの細胞外領域をビオチン・アビジン結合を利用して四量体化し、T細胞受容体(TCR)への親和性を増加させることにより、抗原特異的T細胞を直接的に同定することが可能となる。この手法を用いて、自己抗原を含む様々な抗原特異的T細胞が現在までに同定されている。基礎研究に加えて、MHCテトラマーを自己免疫疾患である1型糖尿病モデルマウスに投与することで、その発症を抑制できることから、治療薬としての応用も期待されている。

しかし、MHCクラスIIテトラマーはMHCクラスIテトラマーと比較してその利用が限られている。その理由として、可溶型組換えMHCクラスIIタンパク質を安定化する方法や、組換えMHCクラスIIタンパク質の発現系が標準化されていないことが挙げられる。こうした背景から、MHCクラスIIテトラマーを用いた研究は主に欧米に限られている。したがって、アジア系集団で頻度の高いHLAクラスIIアリル産物をテトラマーとして調製し、アジア系集団における自己免疫疾患の発症機序を解明することが必要である。また、MHCクラスIIテトラマーは、通常昆虫細胞発現系を用いて調製される。しかし、昆虫細胞発現系においては組換えタンパク質のタグが分解されることや、哺乳類細胞と糖鎖修飾が異なることが知られている。組換えMHCクラスIIタンパク質の糖鎖修飾の変化により、抗原特異的CD4陽性T細胞の反応性が変化することが報告されているほか、糖鎖修飾の変化はヒトに対して新たな免疫原性を生じる可能性がある。

これらの問題を克服するため、本研究ではMHCクラスIIテトラマーを哺乳類細胞発現系を用いて調製しようと試みた。発現させるHLAクラスIIアリルとして、HLA-DRA*01:01/DRB1*04:06 (DR04:06)を選択した。DRB1*04:06はインスリン自己免疫症候群(IAS)の発症と非常に強く関連することが知られている。また、他の自己免疫疾患と異なり、DR04:06タンパク質に結合し、IASの発症に関与する自己抗原ペプチド(ヒトインスリンα鎖; InsA)が既に同定されている。これらの理由から、哺乳類細胞を用いて調製したMHCクラスIIテトラマーの機能を評価するうえで、DR04:06テトラマーは有効なモデルになると考えた。

【方法】

昆虫細胞DR04:06発現ベクターを改変し、DR04:06レトロウイルス発現ベクターを作製した(pMXs-puro/DRA*01:01/AZ/AviTagおよびpMXs-neo/DRB1*04:06/BZ/10×His)。これらのベクターをパッケージング細胞(Plat-E細胞)にトランスフェクションして組換えレトロウイルスを得た後、組換えDR04:06遺伝子をマウス線維芽細胞(NIH3T3細胞)に導入した。可溶型組換えDR04:06タンパク質の発現および培養上清への分泌を、フローサイトメトリーおよびドットブロット法で確認した。樹立した安定発現株(NIH-DR0406細胞)を酪酸ナトリウムおよびデキサメタゾンで処理することにより、レトロウイルスプロモーターを活性化し、DR04:06タンパク質の発現を増強した。この条件下で、NIH-DR0406細胞を高密度細胞培養システムを用いて培養することにより、DR04:06タンパク質を大量発現した。Co(2+)および抗Hisタグ抗体アフィニティークロマトグラフィーを用いて、培養上清に分泌されたDR04:06タンパク質を精製し、精製度をELISAにより評価した。その後、ビオチン化酵素BirAを用いて、精製したDR04:06タンパク質にビオチンを付加した。また、NIH-DR0406およびNIH-DR0405細胞ライセートとInsA(8-17)ペプチド(KKTSICSLYQLE)を、pH 7.0およびpH 5.4の条件下で37℃、24時間インキュベーションし、InsA(8-17)ペプチドのDR04:06タンパク質への特異的な結合を評価した。

【結果】

レトロウイルス発現系およびNIH3T3細胞を用いて、可溶型組換えDR04:06タンパク質安定発現株(NIH-DR0406細胞)を樹立した。DR04:06タンパク質の発現量を増加させるため、レトロウイルスプロモーターを活性化することが知られている酪酸ナトリウムおよびデキサメタゾンでNIH-DR0406細胞を処理した。その結果、NIH-DR0406細胞を10 mM酪酸ナトリウムおよび1 μMデキサメタゾンで72時間処理したとき、未処理の細胞と比較してDR04:06タンパク質の分泌量が約31 - 45倍増加した。

この条件下で、高密度細胞培養システムを用いてNIH-DR0406細胞を培養した。培養上清からDR04:06タンパク質を精製し、DR04:06タンパク質量をELISAにより定量した。その結果、NIH-DR0406細胞は昆虫細胞発現系と同等量のDR04:06タンパク質(1.8 mg/l)を分泌することが示された。また、抗Hisタグ抗体アフィニティークロマトグラフィーにより、89 μgのDR04:06タンパク質を~70%の精製度で得ることができた。

精製したDR04:06タンパク質は、BirA酵素を用いることにより、C末端に位置するビオチン化タグ(AviTag)にビオチンを付加できることが示された。また、InsA(8-17)ペプチドを5% β-メルカプトエタノールを含むジメチルホルムアミドで溶解した場合、pH 7.0でDR04:06タンパク質に特異的に結合することが確認できた(50%結合濃度は約25 - 34 μM)。しかし、pH 5.4ではInsA(8-17)ペプチドのDR04:06タンパク質への結合は見られなかった。これらの結果から、哺乳類細胞発現DR04:06タンパク質はInsAペプチドへの結合能を持ち、InsA/DR04:06複合体がテトラマーの調製に使用できることが示された。

【考察】

NIH-DR0406細胞は昆虫細胞発現系と同等量のDR04:06タンパク質(1.8 mg/l)を分泌することが示されたが、Co(2+)アフィニティークロマトグラフィーによる精製後、その収量は2%に減少した。培養上清中の血清成分を低下させ、分子量に基づいてDR04:06タンパク質を分離することにより、DR04:06タンパク質のCo(2+)への結合量を増加させることで、収量が改善される可能性がある。

NIH3T3細胞を用いて発現した組換えDR04:06タンパク質は、InsA(8-17)/DR04:06複合体の形成に際して、比較的高濃度のInsA(8-17)ペプチドが必要であることが示された。この結果から、培養上清に分泌されたDR04:06タンパク質は、比較的親和性の高いNIH3T3細胞由来の内在性ペプチドを結合していることが示唆される。また、InsA(8-17)ペプチドのDR04:06タンパク質への結合は、pH 7.0でのみ観察された。この結果から、中性条件下で電荷を持たないヒスチジン残基が、InsA(8-17)ペプチドの結合の安定性に寄与していることが示唆されるが、より詳細な検討が必要である。

IASの発症において、InsA(8-21)/DR04:06複合体を認識する自己反応性CD4陽性T細胞の機能は明らかではない。そのため、InsA(8-21)/DR04:06テトラマーによりInsA(8-21)特異的CD4陽性T細胞を分離した後、サイトカイン分泌パターンや細胞表面マーカーを解析し、IAS発症への関与に関与するT細胞サブセットを明らかにする必要がある。また、本研究において構築した哺乳類細胞MHCクラスIIテトラマー発現系を用いて他の疾患感受性HLAクラスIIアリルを発現することにより、自己反応性CD4陽性T細胞が認識する自己抗原エピトープのスクリーニングや、詳細な発症機序が明らかでない自己免疫疾患の病態解明に応用することができると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、自己免疫疾患の病態形成に関与する自己反応性CD4陽性T細胞を同定・解析するため、MHCクラスIIテトラマーを調製することを目的とし、哺乳類細胞(マウス線維芽細胞)を発現系として組換えMHCクラスIIタンパク質(DRA*01:01/DRB1*04:06, DR04:06)を作製したもので、下記の結果を得ている。

1.レトロウイルスベクターを用いて、組換えDR04:06遺伝子をマウス線維芽細胞(NIH3T3)に導入し、可溶型組換えDR04:06タンパク質の安定発現株(NIH-DR0406細胞)を樹立した。組換えDR04:06タンパク質の分泌量を増強するため、レトロウイルス由来のプロモーターを活性化する酪酸ナトリウムおよびデキサメタゾンでNIH-DR0406細胞を処理した。その結果、10 mM酪酸ナトリウム、1 μMデキサメタゾンで72時間処理することにより、組換えDR04:06タンパク質の分泌量は約31 - 45倍に上昇した。

2.高密度細胞培養システムを用いてNIH-DR0406細胞を大量培養し、酪酸ナトリウムおよびデキサメタゾン処理と組合せ、組換えDR04:06タンパク質の分泌量上昇を試みた。ELISAによりDR04:06タンパク質の分泌量を定量した結果、NIH-DR0406細胞は昆虫細胞発現系と同程度あるいはそれ以上の組換えDR04:06タンパク質(1.8 mg/l)を分泌していることが示された。

3.培養上清からの組換えDR04:06タンパク質精製条件を検討した。その結果、Co(2+)アフィニティークロマトグラフィーおよび抗Hisタグ抗体アフィニティークロマトグラフィーにより、~70%精製度の組換えDR04:06タンパク質を89 μg得た。

4.発現した組換えDR04:06タンパク質の、ヒトインスリンα鎖ペプチド(InsA(8-17))に対する結合能を評価した。その結果、InsA(8-17)ペプチドは組換えDR04:06タンパク質に特異的に結合することが示された。

以上、本論文では哺乳類細胞を用いて組換えMHCクラスIIタンパク質大量発現系を構築し、発現した組換えMHCクラスIIタンパク質がペプチド結合能を持つことを示した。本研究で構築された発現系を用いてMHCクラスIIテトラマーを調製し、自己反応性CD4陽性T細胞のより正確な同定・解析や、自己抗原エピトープのスクリーニングに応用することで、発症機序が未知である自己免疫疾患の病態解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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