学位論文要旨



No 129430
著者(漢字) 君嶋,敦
著者(英字)
著者(カナ) キミシマ,アツシ
標題(和) oxycodoneの全合成研究
標題(洋)
報告番号 129430
報告番号 甲29430
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1471号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 内山,真伸
 東京大学 客員教授 世永,雅弘
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】 Oxycodone (1)は、1916 年にFreund 及びSpeyer によってthebaine から合成された半合成オピオイドである1)。本強オピオイド鎮痛薬は、癌疼痛の緩和薬として2003 年より日本でも臨床適用されている重要な化合物である。その薬理学的特徴として、経口投与ではmorphine を凌ぐ鎮痛効果を示す一方で、嘔気、嘔吐、痒みといった副作用がmorphine と比較して少ないことなどが挙げられる2)。化学的特徴としては、二つの連続する四置換炭素を含む、四つの連続不斉中心を有した複雑なモルヒナン骨格を有することが挙げられる。また、morphine との構造上の大きな違いとして、C-14 位に水酸基が存在する。現在でも工業的な1 及びC-14 位に水酸基を有するその誘導体の合成には、ケシの実より得られるthebaine の酸化を経る手法が一般的である。そこで我々は、1 に特徴的なC-14 位の酸素原子を合成の中盤で導入し、その立体化学をもとにモルヒナン骨格を構築するという、新規な合成ルートの確立とthebaine からは誘導不可能な新規類縁体の取得を目指し研究に着手した。なお、morphine の全合成研究は現在も活発に行われている一方で、1 の全合成研究の報告例は未だにない。

【逆合成解析】 モルヒナン骨格を有する化合物を合成する際、C-13 位第四級炭素をいかにして構築するかが大きな課題である。我々はC-14 位の酸素原子の立体化学をもとに、C-13 位第四級炭素を含む四つの不斉中心を効率的に制御することを計画した。即ち、1 が有するジヒドロベンゾフラン及びピペリジンを合成の終盤で構築することとし、ケトン2 をその前駆体として設定した。鍵となるC-13位第四級炭素の構築には、エステル3 の捻れた構造の特性を利用した、面選択的な分子内Michael 付加反応が適用できると考えた。そして3 の捻れ構造は、ジエノン4 のC-14 位水酸基とC-9 位側鎖とを結ぶことで構築できるものとすると、4 はジヒドロフェナントレン5 の下部フェノールの酸化的脱芳香環化により導ける。さらに、5 はブロモアリール6 の分子内直接的C-H アリール化反応によって構築できると考えた (Scheme 1)。

【結果・考察】 まず1 のラセミ体合成に向け、分子内直接的CH-アリール化反応前駆体のブロモアリール6 の合成を行った (Scheme 2)。市販のisovanilline (9)の位置選択的な臭素化を行った後、フェノール性水酸基をMOM基で保護しアルデヒド10 を得た。次にNaBH4を用いて10 を還元し、生じたアルコールに対してi-Pr2NEt 存在下、MsCl を作用させることでベンジルクロリド8 を調製した。ここで、8 と容易に調整可能なエステル7 とをカップリングし、目的とする6 を高収率で合成した。

6 の分子内直接的CH-アリール化反応は、Fagnou 等によって報告された条件を用いた際には目的とするジヒドロフェナントレン11 と還元体12 を1.5:1 の比率で得る結果となった3)。種々検討の結果、脱気したdioxane 溶媒中、基質に対して3 当量のK2CO3存在下、15 mol%のPd(OAc)2、45 mol%のPh3P、及び30 mol%のPivOHを作用させることで、目的とする11 を高い選択性で得ることに成功した (Table1)。

次に、合成した11 のメチルエステルを加水分解し、生じたカルボン酸をCurtius 転位反応の条件に付しカーバメート13 に変換した。次いで13 の窒素原子をメチル化し、さらに水素添加反応によってベンジル基の除去を行い酸化反応前駆体であるフェノール5 を得た。次の一重項酸素によるフェノールの酸化は、種々の検討の結果、塩基としてTBAF を用いると目的のジエノン4 が低収率ながら得られることが分かった4)。また、4 の位置選択的な還元は、Wilkinson 触媒存在下、水素を高圧下作用させることで速やかに進行しカーバメートを有するエノンを得た。さらに、得られたエノンを塩基で処理し環状カーバメートとした後、TFA を用いた酸性条件に付すことによりフェノール14 へ変換した。ここで、得られたフェノール性水酸基に種々C2 ユニットを導入しエノン15 とした後、分子内1,4-付加反応によるC-13 位第四級炭素の構築を試みたが、効率的に所望の5 環性化合物16 を得ることは出来なかった (Scheme 3)。以上の結果より、縮環した六員環形成に伴うネオペンチル位での四置換炭素構築は困難であると考え、低収率に留まっていたフェノールの酸化反応から再度検討を行うこととした。

種々の基質に対する酸化的脱芳香環化反応の検討の結果、11 のエステル部位の還元、生じた水酸基の保護、及びベンジル基の除去を経てジヒドロフェナントレン17 を合成し、17 をPhI(OAc)2による酸化反応に付すことで中程度の収率で所望のジエノンが得られることが分かった (Scheme 4)。得られたジエノンはWilkinson 触媒存在下、水素を高圧下作用させエノン18 へ導いた後、酸化により生じた第三級水酸基にマロニル基を導入しマロン酸エステル19 とした。次のC-13 位第四級炭素の構築は、MeCN 中、Cs2CO3を用いた分子内Michael 付加反応の条件により達成でき、所望のラクトン20 を得ることに成功した。次いで、得られた20 はKrapcho 脱アルコキシカルボニル化、MOM 基の除去の後、PyHBr3を用いて位置選択的にケトンα位での臭素化を行った。ここで、基質に対してLiI 存在下Et3Nを作用させ、加温を行うことでジヒドロベンゾフラン21 を構築することができた。また、得られた21 はアセチル基の除去、生じた一級水酸基の酸化によりカルボン酸とし、Curtius 転位反応でアリルカーバメートとした後、Alloc 基の除去を行った。その結果、生じた一級アミンによるラクトンからラクタムへの環の組み替えが進行し、モルヒナン骨格を有するラクタム22 の合成に成功した。なお、22は酸化度の調節と窒素原子のメチル化を経てoxycodone へ導けると考えられる。

1) (a) Freund, M.; Speyer, E. J. Prakt. Chem. 1916, 94, 135.(b) Freund, M.; Speyer, E. German (DE) patent 2969162) Kalso, E. J. Pain Symptom Manage 2005, 29, S47.3) Campeau, L.-C.; Parisien, M.; Jean, A.; Fagnou, K. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 581.4) Wasserman, H. H.; Pickett, J. E. Tetrahedron 1985, 41, 2155.

oxycodone(1)

Scheme 1

Scheme 2

Reagents and conditions: (a) Br2, Fe, NaOAc, rt, 95%; (b) MOMCl, i-Pr2NEt, CH2Cl2, 0°C; (c) NaBH4, MeOH, 0 °C, 77% (2 steps); (d) MsCl, i-Pr2NEt, MeCN, 0 °C, 96%; (e) 7, KHMDS, THF, –78 to 0 °C, 91%.

Table 1. Catalytic Direct Arylation with Aryl Bromide 6

Scheme 3

Reagents and conditions: (a) 3 N KOH, MeOH, 80 °C, 96%; (b) DPPA, Et3N, toluene, rt to 100 °C; MeOH, 100 °C, 78%; (c) NaH, MeI, THF, rt to 60 °C; (d) Pd/C, H2, MeOH, rt, 62% (2 steps); (e) O2, hν, rose bengal, TBAF, DCE, rt, 29%; (f) RhCl(PPh3)3, H2 (200 psi), benzene, 50 °C, 81%; (g) KOH, MeOH, rt to 60 °C; (h) TFA, CH2Cl2, 0 °C, 71% (2 steps).

Scheme 4

Reagents and conditions: (a) LiAlH4, THF, 0 °C; (b) Ac2O, pyridine, rt; (c) Pd/C, H2, MeOH, rt, 91% (3 steps); (d) PhI(OAc)2,H2O-CF3CH2OH, 0 °C, 57%; (e) RhCl(PPh3)3, H2 (200 psi), benzene, 50 °C, 88%; (f) ClCOCH2CO2Me, pyridine, CH2Cl2,0 °C to rt, 64%; (g) Cs2CO3, MeCN, 60 °C; (h) NaCl, H2O, DMSO, 120 °C, 60% (2 steps); (i) TFA, CH2Cl2, 0 °C, 74%; (j)PyHBr3, AcOH-CH2Cl2, rt, 65%; (k) LiI, Et3N, MeCN, 60 °C, 67%; (l) K2CO3, MeOH-THF, rt, 88%; (m) Jones' reagent, 0 °C to rt, 75%; (n) DPPA, Et3N, toluene, 100 °C; allyl alcohol, rt to 100 °C, 43%, (o) Pd(PPh3)4, pyrrolidine, rt, 75%.

審査要旨 要旨を表示する

Oxycodone(1)は、1916年にFreund及びSpeyerによってthebaineから合成された半合成オピオイドである。本強オピオイド鎮痛薬は、癌疼痛の緩和薬として2003年より日本でも臨床適用されている重要な化合物である。その薬理学的特徴として、経口投与ではmorphineを凌ぐ鎮痛効果を示す一方で、嘔気、嘔吐、痒みといった副作用がmorphineと比較して少ないことなどが挙げられる。化学的特徴としては、二つの連続する四置換炭素を含む四つの連続する不斉中心を有した複雑なモルヒナン骨格を有することが挙げられる。また、morphineとの構造上の大きな違いとして、C-14位に水酸基が存在する。現在でも工業的な1及びC-14位に水酸基を有するその誘導体の合成には、ケシの実より得られるthebaineの酸化を経る手法が一般的である。そこで君嶋は、1に特徴的なC-14位の水酸基を合成の中盤で導入し、その立体化学をもとにモルヒナン骨格を構築するという、斬新かつ新規な合成ルートの確立とthebaineからは誘導困難な新規類縁体の取得を目指し研究に着手した。

まず、君嶋は1のラセミ体合成に向け鍵反応前駆体10の合成を行った(Scheme 1)。即ち、出発原料として市販のiSovanillin(2)を用い、4工程を経てベンジルクロリド3へ導いた後、得られた3を用いて容易に調整可能なフェニル酢酸エステル誘導体4をアルキル化しアリールブロミド5とした。次の、分子内直接的C-Hアリール化は1,4-dioxane溶媒中、塩基として3当量のK2CO3存在下、15mol%のPd(OAc2、45mol%のPPh3及び30mol%のPivOHを用いた時に、最も良い収率にて目的とするジヒドロフェナントレン6を与えることが分かった。得られた6はエステル部位の加水分解、及びCurtius転位反応によってメチルカーバメート7へ変換し、さらにカーバメートの還元を経てメチルアミン8を得た。次いで、8の窒素原子にマロニル基を導入し、さらにベンジル基の除去を行いフェノール9に変換した。ここで、一重項酸素を用いたフェノールの酸化を行いエノンンとした後、Wilkinson触媒を用いたジエノンの位置選択的な還元を経て10を合成した。

次に、君嶋は鍵反応である分子内Michael付加反応によるC-13位第四級炭素の構築を試みた(Scheme 2)。即ち、MeCN中、10に対してCs2CO3を作用させると、望みのMichael付加反応成績体11は得られず、オキサゾリジノンを有するエノン12を得る結果となった。これは、フェノール9における酸化が窒素原子と同一面から選択的に進行していることを示唆している。

そこで君嶋ば10において所望の環化反応は進行しなかったものの、望みとする立体化学でC-14位に酸索原子が導入されるという結果に着目し、新たな合成経路にてC-13位第四級炭素構築の構築を試みることした。即ち、ジヒドロフェナントレン13の酸化が側鎖Rと同一面から進行すればジエノン14が得られ、数工程を経てエノン15へ変換できれば、マロニル部位からの分子内Michac1付加反応によって第四級炭素を有するラクトン16が得られると考えた。

まず、君嶋ほジヒドロフェナントレン6をエステル部位の還元、生じた水酸基の保護、及びフェノール性水酸基の脱保護を経てフェノール17とし、得られた17を超原子価ヨウ素試薬、即ちDAIBを用いて水及びTFE溶媒中で酸化した。その結果、フェノールの酸化反応は、先と同様に側鎖と同一面から進行し、γ-ヒドロキシジエノン18を立体選択的に得ることに成功した。さらに18はWilkinson触媒を用いた位置選択的な還元条件に付しエノンとした後、第三級水酸基をマロニル化することで心応前駆体のエノン19へ導いた。ここで、得られた19を鍵反応である分子内MiChael付加反応の条件に付した。即ち、基質に対してMeCN還流下、Cs2CO3を作用させたところ、所望のMichael付加反応と脱メトキシカルボニル化が一挙に進行したラクトン20を良好な収率にて得る事に成功した。得られた20はTFAで処理することでMOM基を除去しフェノールを有するケトン21へ変換した。ここで、君嶋はジヒドロベンゾフラン構築に向けケトンα位での位置選択的な臭素化の検討を行った。その結果、基質に対してCH2Cl2溶媒中で、PyHBr3のAcOH溶媒をゆっくり滴下する事で目的とするα-プロモケトンを中程度の収率で得る条件を見出した。得られたα一プロモケトンはLil存在下、Et3Nで処理する事でジヒドロベンゾフラン22へ良好な収率にて変換し、次いでアセチル基の除去、及び生じた第一級水酸基の酸化を経てカルボン酸23へ導いた。次のカルボン酸からアリルカーバメートへの変換では、基質に対してDPPA及びEt3Nを作用させ100℃まで加熱することで、Curtius転位反応が進行し、生じたイソシアナートをアリルアルコールにて過溶媒分解する事で、アリルカーバメート24を低収率ながら得ることに成功した。次に、24をPd(PPh3)4及びpyrrolidineで処理しAlloc基の除去を試みた。その結果、Alloc基の除去、及び遊離したアミンの近傍に存在するラクトンへの求核付加が一挙に進行し望みとするラクタム25を良好な収率にて得ることに成功した。ラクタム25はラクタム部位のアミンへの還元、及び窒素原子のメチル化によりoxycodoneへ導けると考えられる。

以上、君嶋はoxycodoneの全合成研究の過程で、C-14位の酸素原子の立体化学をもとにC-13位第四級炭素を構築する新規手法を開発し、さらに本手法を用いてモルヒナン骨格を効率的に合成する手法を確立した。なお、モルヒナン化合物の合成例は多数報告されているものの、今回のようにC-14位の酸素原子を導入後にモルヒナン骨格を構築する手法は前例がなく、新規類縁体の創出という観点からも極めて意義深い結果である。この成果は薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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