学位論文要旨



No 129431
著者(漢字) 安達,庸平
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,ヨウヘイ
標題(和) ヒストリオニコトキシンとダフェニリンの合成研究
標題(洋)
報告番号 129431
報告番号 甲29431
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1472号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 准教授 松永,茂樹
 東京大学 准教授 脇本,敏幸
 東京大学 講師 滝田,良
内容要旨 要旨を表示する

1.Histrionicotoxinの不斉全合成

【背景・目的】Histrionicotoxin(1)は、南米の熱帯雨林に棲息するハイユウヤドクガエルから抽出されたアルカロイドであり、アセチルコリン受容体を非競合的に阻害する神経毒として知られている1(Scheme l)。アザスピロ骨格やエンイン側鎖などの特異な化学構造と、連続する3つの不斉中心を有しており、これまでに多くの合成化学者の興味を惹き付けてきた2-5。筆者は本学修士課程においてhistrionicotoxin(1)のラセミ体での合成経路を確立しており、博士課程ではその不斉化を行った。Histrionicotoxin(1)を不斉全合成するためには、合成中間体であるビシクロ[5.4.0]化合物7を単一の鏡像異性体として得ることが必要であった。

【結果・考察】筆者は光学活性なジエンイン6を合成し、6に対しGrubbs触媒を用いたエンインメタセシス反応を行うことで、ビシクロ[5.4.0]化合物7を光学活性体として得ることに成功した。文献既知アルコール2をシリル化した後、retro-Brook転位反応の条件に付し、生じた水酸基を酸化して3とした。ここで野依触媒による不斉還元を行い、99%eeと光学的に純粋な4を得た。4の水酸基をメシル化した後、対応するLipshutz試薬を作用させアルキル側鎖をSN2'反応によって立体選択的に導入し、アレニルシラン5とした。5に対してパラホルムアルデヒドを用いたヒドロキシメチル化を行うことにより、第4級不斉炭素を構築した。不斉還元からここまでの3段階の反応において、基質の光学純度の低下はほとんど起こらないことを類似の基質を用いて確認した。その後2陵階を経てジエンイン6とした。6に対し第一世代Grubbs触媒を作用させると、91%eeでビシクロ[5.4.0]化合物7を得ることができた6。若干の光学純度の低下が見られたものの、望み通り6の2つの2重結合のうち、1置換2重結合に選択的に触媒が配位しエンインメタセシス反応が進行することで、7が光学活性体として得られたものと考えている。7から既に確立していた20段階の変換を経て、(-)-histrionicotoxinの不斉全合成を達成した7。

2. Daphenyllineの合成研究

【背景・目的】Daphenylline(8)は2009年にHaoらによりDaphniphyllum longeracemosumから単離、構造決定されたアルカロイドであり、calyciphylline A型アルカロイド群に分類される8,9(Scheme 2)。Calyciphylline A型アルカロイド群は、古くより生薬として利用されてきたユズリハの果実より単離される化合物群で、合成化学的に興味深い特異な6環性縮環骨格を有する。この群の合成研究はこれまでに幾つかのグループにより行われてきたが10,11、いずれの化合物についても全合成例は未だ報告されていない。また有意な生物活性の存在が期待される化合物群であるが、群全般にわたり天然からの単離量が微量なため詳細な活性評価が行われておらず、合成による化合物の量的供給が望まれている。このような背景から筆者は、群の中でも骨格中にベンゼン環を有する点で特徴的なdaphenylline(8)を選び、これを類縁体合成も視野に入れた方法で全合成することを目指し研究に着手した。

【逆合成解析】Daphenylline(8)の逆合成解析をScheme2に示す。まずF環を電子環状反応により構築することとして9に逆合成した。続いてDE環は、ケトンを足掛かりとした炭素鎖の伸長を経由して構築していくものとして10を鍵中間体に設定した。10のAC環はアゾメチンイリドを用いた1,3双極子環化付加反応12により構築することとし、アルデヒド11をその基質として設定した。以上の逆合成解析に基づき、筆者はまずアゾメチンイリドを用いた環化付加反応について、モデル基質を用いた検討を行うこととした。

【結果・考察】筆者は18位炭素にメチル基を有さないアルデヒド17を、環化付加反応におけるモデル基質として用いることとした(Scheme 3)。文献既知の不飽和エステル12に対し、対応するLipshutz試薬を作用させることでビニル基を導入後、エステルの還元と生じた水酸基の保護を経て13とした。続いて13のビニル基をヒドロホウ素化した後、生じた水酸基を酸化して14とした。14に対しアルケニルリチウム15を作用させ16とした後、IBXを作用させると、TBS基の除去と2つの水酸基の酸化が一挙に起こりアルデヒド17を得ることができた。

17を用いて環化付加反応の検討を行った(Scheme4)。17に対しサルコシン(18)を作用させトルエン中加熱還流させたところ、生じたアゾメチンイリドは目的部位である炭素一炭素2重結合とではなくカルボニル基と反応し、オキサゾリジン19が得られた。そこで炭素一炭素2重結合に共役するカルボニル基を持たない20を同様の条件に付したが、この場合にも目的の環化付加反応は進行せず原料が損壊するのみであった。これは、反応部位である3置換炭素一炭素2重結合の立体的嵩高さによるためであると考えている。

そこで筆者は、環化付加反応時の立体反発の低減と、炭素-炭素2重結合の反応性向上を期待して、ブテノリド21を環化付加反応の基質として用いることを考えた(Scheme 5)。実際にブテノリド21に対しサルコシン(18)を作用させトルエン中加熱還流させたところ、この場合には望みの環化付加反応が進行し、AC環を構築することができた。

そこで天然物合成に必要な基質である、18位炭素にメチル基を有するブテノリド30を次に合成することとした(Scheme 6)。文献既知のアルデヒド23に対し、安藤試薬を作用させてZ型不飽和エステルとした後、TFAで処理することによりラクトン化を行い24とした。次に対応するクプラートを作用させ、25を単一の異性体として得た後、水素化ジイソブチルアルミニウムによる還元と、生じたラクトールのチオアセタールへの変換を経て26とした。その後4段階を経て得たアルデヒド28に対して、イソプロペニルマグネシウムプロミドを塩化ランタン存在下作用させたところ、29を1:1.9のジアステレオマー混合物として得ることができた。29a、29bはシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより分離可能であった。なお29bは、酸化と引き続く水素化ジイソブチルアルミニウムによる還元により、7:1のジアステレオ選択性で29aへと変換できた。

29aの水酸基をアクリル酸と縮合させエステルとした後、希釈条件下第二世代Grubbs触媒を作用させると、閉環メタセシス反応が進行し、ブテノリドを構築することができた(Scheme 7)。続いて加水分解により得たアルデヒド30に対し、希釈条件下N-ベンジルグリシンを作用させトルエン中加熱還流させたところ、この場合にも望みの環化付加反応が進行してAC環を構築することができた。得られた31は、ラクトンの還元と生じた第1級水酸基の保護、第2級水酸基の酸化を経てケトン32へと変換した。続いて32に対し対応するリチウムアセチリドを作用させると、高収率にて求核付加反応が進行し33を得ることができた。今後は適切な炭素鎖の伸長を経て34とした後、Pauson-Khand反応を行うことにより、DE環を構築することを考えている。

(1) Daly, J. W.; Karle, I.; Myers, C. W.; Tokuyama, T.; Witkop, B. Proc. Nat. Acad. Sci. U.S.A. 1971, 68, 1870. (2) Carey, S. C.; Aratani, M.; Kishi, Y. Tetrahedron Leo. 1985, 26, 5887. (3) Stork, G.; Zhao, K. J. Am. Chem. Soc. 1990, 112, 5875. (4) Williams, G. M.; Roughley, S. D.; Davies, J. E.; Holmes, A. B. J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 4900. (5) Stockman, R. A.; Fuchs, P. L. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 12656. (6) Grubbs, R. H.; Kim, S.; Bowden, N. J. Am. Chem. Soc. 1994, 116, 10801. (7) Adachi, Y.; Kamei, N.; Yokoshima, S.; Fukuyama, T. Org. Lett. 2011, 13, 4446. (8) Kubota, T.; Kobayashi, J. Nat. Prod. Rep. 2009, 26, 936. (9) Hao, X. J.; Zhang, Q.; Di, Y. T. Org. Lett. 2009, 11, 2357. (10) Bonjoch, J.; Sole, D.; Urbaneja, X. Org. Lett. 2005, 7, 5461. (11) Dixon, D. J.; Darses, B.; Michaelides, I. N. Org. Lett. 2012, 14, 1684. (12) Hufton, R.; Coldham, I. Chem. Rev. 2005, 105, 2765.

Scheme 1

Reagents and conditions: (a) TMSC1, Et3N, THF, 0 °C to rt, 90%; (b) t-BuLi, TMEDA, THF, -78 °C, 95%; (c) (COC1)2, DMSO, Et3N, CH2C12,-78 to 0°C, 91%; (d) Ru[(S,S)-Ts-DPEN](η6-cymene) (3 mol%), i-PrOH, rt, 85%; (e) MsCl, TMEDA, toluene, 0 °C, 71%; (f) {(E)-CH3CH=CH(CH2)3}2CuLi・LiCN・PBu3 (2 eq), THF, -78 °C, 85%; (g) (HCHO)n, TiCl4・2THF, CH2Cl2, 0 °C, 52%; (h) TBAF, THF, 0 °C, 90%; (i) Ac2O, Py, 70 °C, quant.; (j) Grubbs I (10 mol%), C1CH2CH2Cl, rt to 70 °C, 97%.

Scheme 2

Scheme 3

Reagents and conditions: (a) (vinyl)2CuLi・LiCN (2 eq), ether,-78 to 0 °C, 86%; (b) LAH, ether, 0 °C to rt; (c) MOMCl, TBAI, i-Pr2NEt, CH2Cl2, reflux; (d) BH3・THF, THF, 0 °C to rt; aq. NaOH, aq.H2O2, 0 °C; (e) IBX, DMSO, 50 °C, 68% (4 steps); (f) IBX, DMSO, 70 °C, 62%.

Scheme 4

Scheme 5

Scheme 6

Reagents and conditions: (a) (o-tol0)2POCH2CO2Et, NaH, THF, -78 °C, 85%; (b) TFA, CH2C12, reflux, 84%; (c) (vinyl)2CuMgBr・SMe2 (2 eq), THF, -78 °C, 63%; (d) DIBAL, CH2C12, -78 °C; (e) HS(CH2)3SH, BF3・OEt2, CH2C12, 0 °C to rt, 90% (2 steps); (f) TBDPSC1, imidazole, DMAP, DMF, rt, quant.; (g) Dess-Martin Periodinane, MeOH/CH3CN, 50 °C, 86%; (h) BH3・THF, THF, 0 °C to rt; aq. NaOH, aq. H202, 0 °C, 88%; (i) IBX, DMSO, 70 °C, 80%; (j) isopropenylmagnesium bromide, LaC13・2LiC1, THF, -78 °C, 52%, dr = 1:1.9 (29a : 29b); (k) IBX, DMSO, 70 °C, 84%; (1) DIBAL, CH2C12, -78 °C, 93%, dr = 7:1 (29a : 29b).

Scheme 7

Reagents and conditions: (a) acrylic acid, 2-chloro-1-methylpyridinium iodide, Et3N, CH2C12, reflux, 88%; (b) Grubbs II (10 mol%), toluene (0.005 M), 90 °C, 78%; (c) TsOH・H2O (10 mol%), acetone/H20, 50 °C, 98%; (d) N-benzylglycine, toluene (0.005 M), reflux, 75%; (e) LAH, THF, 0 °C to rt; (f) TBSC1, imidazole, DMAP, DMF, rt, 87% (2 steps); (g) Dess-Martin Periodinane, CH2C12, rt, 74%; (h) TMS-acetylene, n-BuLi, LaC13.2LiC1, THF, -78 °C, 84%.

審査要旨 要旨を表示する

1.Histrionicotoxinの不斉全合成

【背景・目的】Histrionicotoxin(1)は、南米の熱帯雨林に棲息するハイユウヤドクガエルから抽出されたアルカロイドであり、アセチルコリン受容体を非競合的に阻害する神経毒として知られている1(Scheme 1)。アザスピロ骨格やエンイン側鎖などの特異な化学構造を有しており、これまでに多くの合成化学者の興味を惹き付けてきた(2-5)。安達は本学修士課程においてhistrionicotoxin(1)のラセミ体での合成経路を確立しており、博士課程でその不斉化を行った。Histrionicotoxin(1)を不斉全合成するためには、合成中間体であるビシクロ[5.4.0]化合物7を単一の鏡像異性体として得ることが必要であった。

【結果・考察】安達は光学活性なジエンイン6を合成し、6に対しGrubbs触媒を用いたエンインメタセシス反応を行うことで、ビシクロ[5.4.0]化合物7を光学活性体として得ることに成功した。文献既知アルコール2をシリル化した後、retro-Brook転位反応の条件に付し、生じた水酸基を酸化し3とした。ここで野依触媒による不斉還元を行い、99%eeと光学的に純粋な4を得た。4の水酸基をメシル化した後、対応するLipshutz試薬を作用させアルキル側鎖をSN2'反応によって立体選択的に導入し、アレニルシラン5とした。5に対してパラホルムアルデヒドを用いたヒドロキシメチル化を行うことにより、第4級不斉炭素を構築した。その後2段階を経てジエンイン6とした。6に対し第一世代Grubbs触媒を作用させると、91%eeでビシクロ[5.4.0]イヒ合物7を得ることができた6。若干の光学純度の低下が見られたものの、望み通り6の2つの2重結合のうち、1置換2重結合に選択的に触媒が配位しエンインメタセシス反応が進行することで、7が光学活性体として得られたものと考えている。安達は7から既に確立していた20段階の変換を経て、(-)-histrionicotoxinの不斉全合成を達成した7。

2.Daphenyllineの合成研究

【背景・目的】Daphenylline(8)は2009年にHaoらによりDaphniphyllum longeracemosumから単離されたアルカロイドであり、calyciphyllineA型アルカロイド群に分類される(8,9)(Scheme 2)。Calyciphylline A型アルカロイド群は、古くより生薬として利用されてきたユズリハの果実より単離される化合物群で、合成化学的に興味深い特異な6環性縮環骨格を有する。この群の合成研究はこれまでに幾つかのグループにより行われてきたが(10,11)、いずれの化合物についても全合成例は未だ報告されていない。安達は群の中でも骨格中にベンゼン環を有する点で特徴的なdaphenylline(8)に着目し、これを類縁体合成も視野に入れた方法で全合成することを目指し、研究を行った。

【逆合成解析】Daphenylline(8)の逆合成解析をScheme2に示す。まずF環を電子環状反応により構築することとして9に逆合成した。続いてDE環は、ケトンを足掛かりとした炭素鎖の伸長を経由して構築していくものとして10を鍵中問体に設定した。10のAC環はアゾメチンイリドを用いた1,3双極子環化付加反応(12)により構築することとし、アルデヒド11をその基質として設定した。以上の逆合成解析に基づき、安達はまずアゾメチンイリドを用いた環化付加反応について、モデル基質を用いた検討を行うこととした。

【結果・考察】安達は18位炭素にメチル基を有さないアルデヒド17を、環化付加反応におけるモデル基質として用いることとした(Scheme 3)。文献既知の不飽和エステル12に対し、対応するLipshutz試薬を作用させることでビニル基を導入後、エステルの還元と生じた水酸基の保護を経て13とした。続いて13のビニル基をヒドロホウ素化した後、生じた水酸基を酸化して14とした。14に対しアルケニルリチウム15を作用させ16とした後、IBXを作用させると、TBS基の除去と2つの水酸基の酸化が一挙に起こりアルデヒド17を得ることができた。

安達は17を用いて環化付加反応の検討を行った(Scheme 4)。17に対しサルコシン(18)を作用させトルエン中加熱還流させたところ、生じたアゾメチンイリド19は目的部位の炭素-炭素2重結合とではなくカルボニル基と反応し、オキサゾリジン20が得られた。

そこで安達は反応時の立体反発の低減を期待し、ブテノリド21を環化付加反応の基質として用いることを考えた(Scheme 5)。実際ブテノリド21に対しサルコシン(18)を作用させトルエン中加熱還流させたところ、望みの環化付加反応が進行し、AC環を構築することができた。

そこで安達は天然物合成に必要な基質である、18位炭素にメチル基を有するプテノリド30の合成に着手した(Scheme 6)。文献既知のアルデヒド23に対し、安藤試薬を作用させZ型不飽和エステルとした後、TFAで処理することによりラクトン化を行い24とした。次に対応するクプラートを作用させ、25を単一の異性体として得た後、ラクトールへの還元と、生じたラクトールのチオアセタールへの変換を経て26とした。その後4段階を経て得たアルデヒド28に対して、イソプロペニルマグネシウムプロミドを塩化ランタン存在下作用させたところ、29が1:1.9のジアステレオマー混合物として得られた。29bは、酸化と引き続く水素化ジイソブチルアルミニウムによる還元により、7:1のジアステレオ選択性で29aへと変換できた。

29aの水酸基をアクリル酸と縮合させエステルとした後、希釈条件下第二世代Grubbs触媒を作用させると閉環メタセシス反応が進行し、ブテノリドを構築できた(Scheme 7)。続いて加水分解により得たアルデヒド30に対し、N-ベンジルグリシンを作用させトルエン中加熱還流させると、望みの環化付加反応が進行してAC環を構築できた。得られた31は、ラクトンの還元と生じた第1級水酸基の保護、第2級水酸基の酸化を経てケトン32へと変換した。続いて32に対し対応するリチウムアセチリドを作用させると、高収率にて求核付加反応が進行し33が得られた。

以上、安達はHistrionicotoxinとDaphenyllineの合成研究を行い、大きな成果をあげた。この成果は薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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