学位論文要旨



No 129433
著者(漢字) 大金,賢司
著者(英字)
著者(カナ) オオガネ,ケンジ
標題(和) 変異NPC1のフェノタイプを修正するステロール誘導体の創製、ならびにNPC1の新規ステロール結合部位の発見
標題(洋)
報告番号 129433
報告番号 甲29433
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1474号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 准教授 花岡,健二郎
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

タンパク質は、その合成過程において適切な三次元構造を形成する、すなわちフォールディングすることが、本来の機能を果たすのに必要である。このフォールディングの効率は、1 アミノ酸の変異によっても低下することがあり、多くの遺伝性・難治性疾患の原因となっている。ニーマンピック病C型はそのような疾患の1つである。ニーマンピック病C 型の95%は、エンドソームに局在する13 回膜貫通型タンパク質Niemann-Pick type C1 (NPC1)の変異により起こる。NPC1 は細胞外からLDL の形で取り込んだコレステロールを他のオルガネラへ輸送するのに必須なタンパク質であり、ニーマンピック病C 型では特徴的なフェノタイプとしてコレステロールがエンドソームに蓄積する。NPC1 はその機能から予想されるように、ステロールと結合することが示されており、その結合部位はN 末端ドメインであると報告されている。N 末端ドメインに関しては結晶構造も解かれ、機能が明らかとなりつつあるが、コレステロールをNPC1 がどのように輸送するのか、未だ明確ではない。

代表的な変異として知られるI1061T (Ile(1061)→Thr) は直接NPC1 の機能を損なうのではなく、フォールディング効率を低下させることで結果的に機能の欠損が起きることが示されている。NPC1 を含め膜タンパク質は、一般に小胞体 (ER) においてフォールディングし、ゴルジ体を経て目的地 (NPC1 の場合はエンドソーム) へと輸送される。一方で、フォールディング効率の低下したNPC1(I1061T)変異体はER の品質管理機構により認識されてER にとどまり、エンドソームには輸送されずに分解される。このようなフォールディング効率の低下に伴う局在異常およびER における分解の結果、エンドソームに存在するNPC1 が減少し、機能の欠損が起こる。

近年、リガンドに標的タンパク質のフォールディング効率を向上させる作用があることが明らかとなってきており、そのような作用を示すリガンドはpharmacologicalchaperone (PC) と呼ばれる。前述の通り、NPC1 変異体はフォールディング効率低下の結果として機能低下が起きており、pharmacological chaperone の有用性が期待される。そこで本研究では、NPC1 変異体のフォールディング効率低下および機能を修正する小分子の創製を目的として設定した。

【本論】

(1) NPC1 変異体に対してpharmacological chaperone として作用するステロール誘導体の創製

Pharmacological chaperone (PC) 作用はリガンドの作用であることから、NPC1 に結合するステロールがPC になりうると考え、検証を行った。NPC1 は通常エンドソームに分布するが、I1061T 変異体はER の品質管理機構を通過できないため、定常状態においてER 局在を示す。検討の結果、この変異体の局在は、25-hydroxycholesterol (25HC) で処理することで、WT 同様にLAMP1 陽性のエンドソーム局在へと変化することが明らかとなった (Fig. 1)。この局在変化 (局在異常の修正) を指標として構造展開を行うことで、高活性化したステロール誘導体を得ることに成功した (Fig. 2)。

次に、ステロール誘導体が仮説通りPC として作用していることを示すため、NPC1 とステロール誘導体の結合を検証した。構造活性相関情報を基に創製した光親和性標識プローブを用いることで、NPC1 とステロール誘導体が結合することを確認した。さらに、ステロール誘導体がNPC1 変異体を安定化すること、および成熟を促すことを合わせれば、ステロール誘導体がNPC1 変異体に結合してPC として作用することで、変異体の局在異常を修正していると考えられる。

得られたPC がNPC1 変異体の機能を回復させるか、I1061T 変異を持つ患者由来細胞において検討を行った。その結果、高濃度においてはNPC1 阻害と見られるコレステロールの蓄積がみられるものの、1 μM 以下の濃度ではニーマンピック病C 型の特徴であるコレステロールのエンドソームへの蓄積を軽減することが分かった (Fig. 4)。以上より、ステロール誘導体をPC として用いることでNPC1 変異体の機能低下を修正できることが示せたと言える。

(2) NPC1 の新規ステロール結合部位の存在証明

構造活性相関研究を進める中で、得られた構造活性相関と既知のステロール結合部位であるNTD の結晶構造の間に矛盾が見られることが分かった。このことから、PC 作用を示すステロール誘導体の結合部位はNTD ではなく新規なステロール結合部位である可能性を考え、NTD を欠失させたNPC1 (ΔNTD-NPC1) を用いて検証した。その結果、ステロール誘導体はΔNTD-NPC1I1061T に対してもPC 作用および安定化作用を示し、その誘導体間における活性の序列もfull-length NPC1 に対するものと同じであった。さらに光親和性標識実験により、PC 作用を示すステロール誘導体がNTD には結合せず、ΔNTD-NPC1 とは結合することを明らかにした (Fig. 5)。これらの結果より、NPC1 にはNTD 以外にステロール結合部位が存在し、PC 作用を持つステロール誘導体はその第二のステロール結合部位を介して作用することが示せたと考えている。

【結論】

本研究では、ニーマンピック病C 型の原因となる変異NPC1 のフェノタイプを修正するステロール誘導体の創製に成功した。得られた化合物はニーマンピック病C 型に対する初のpharmacologicalchaperone である。これによりニーマンピック病C 型の治療法として、低分子化合物で変異体のフォールディング効率を改善するというアプローチの可能性を示すことができたと考えている。

また、pharmacological chaperone の創製の過程で、ステロール誘導体がそれまでに知られていたステロール結合部位とは異なる結合部位を介して作用していることを見いだし、プローブ化した誘導体を用いることでNPC1 にNTD 以外の第二のステロール結合部位があることを証明した。NPC1 のコレステロール輸送機構は徐々に解明されつつあるが、NPC1 が如何にしてエンドソーム内から細胞質あるいは他のオルガネラへと膜を隔ててコレステロールを輸送しているのか、未だ不明である。本研究で明らかとなった第二のステロール結合部位は、この膜を隔てた輸送に関わる基質結合部位である可能性がある。今後、この第二のステロール結合部位の機能面での解析を進めることで、NPC1 のコレステロール輸送の分子機序が明らかになると考えられる。

Figure 1. A. Structure of 25HC, showing relevant carbon number. B. Subcellular localization of WT and I1061T mutant NPC1-GFP, and effect of 25HC on I1061T mutant NPC1-GFP localization.Scale bar, 20 μm.

Figure 2. A. Structure and EC50 value of oxysterol derivatives. B. Dose-response curves of the oxysterol derivatives.

Figure 3. Direct binding between oxysterol derivatives and NPC1. A. Structure and EC(50) value of bifunctional photoaffinity probe mo56AZK. B. The probe mo56AZK specifically labels FLAG-NPC1-GFP.

Figure 4. Functional rescue of patient-derived fibroblasts. A. Effects of mo56HC on expression level and band pattern of endogenous NPC1-I1061T mutant. The filled arrowhead indicates the mature form, and the open arrowhead indicates the immature form. B. Alleviation of intracellular cholesterol accumulation by mo56HC. To visualize accumulated cholesterol,filipin stain was performed. Calibration bar, 100 μm. C. NPC fibroblasts were treated with mo56HC as in (B), and the intracellular cholesterol accumulation was quantified. Error bar, standard error (n=12).

Figure 5. Dispensability of NTD for oxysterol derivative-mediated rescue of mutant NPC1 protein and existence of non-NTD sterol binding site. A. Schematic representation of the NTD-deleted NPC1 (ΔNTD) and membrane-anchored NTD (NTDtail). B. Subcellular localization of the ΔNTD-NPC1-GFP constructs (WT or I1061T mutant) with or without mo25HC (10 μM). Scale bar, 20 μm. C. Photoaffinity labeling experiments of ΔNTD and NTDtail NPC1. ns, nonspecific labeling/staining.

審査要旨 要旨を表示する

コレステロールは細胞の生存に必須な脂質であり、その細胞内における存在量、分布は厳密に制御されている。このようなコレステロールホメオスタシスが保たれるメカニズムを明らかにすることは非常に重要な課題である。Brown & Goldsteinらの功績により、細胞外からlow-density lipoprotein (LDL)としてコレステロールが受容体依存性エンドサイトーシスにより取り込まれ、取り込まれたコレステロールはコレステロールの合成や取込みを抑制するというフィードバック機構の多くが明らかとなってきた。しかしながら、エンドサイトーシスされたコレステロールがエンドソームから細胞膜や小胞体などの他のオルガネラへ輸送される過程は、未だ十分には理解されていない。このコレステロールの細胞内輸送過程に異常をきたす疾患として、遺伝性の難病であるニーマンピック病C型が知られており、その原因としてNPC1が同定されている。NPC1は、上記のコレステロールのエンドソームからの輸送に必須なタンパク質であることが分かっているが、そのメカニズムが明確になっていない。

大金賢司は本研究において、(1)ニーマンピック病C型の原因となるNPC1変異体のフェノタイプを修正するステロール誘導体の創製を行い、その過程で(2)NPC1の新規ステロール結合部位を発見した。(1)は、治療法が求められているニーマンピック病C型に対して新たな治療薬が創製できる可能性を示したものである。(2)は、NPC1によるコレステロールの細胞内輸送メカニズムの解明に、大きく寄与する可能性がある発見である。

(1)変異NPC1のフェノタイプを修正するステロール誘導体の創製

ニーマンピック病C型は、主にNPC1の変異、そして機能欠損により起こる。代表的な変異であるI1061T変異は、NPC1の機能を直接損なうのではなく、そのフォールディング効率を低下させ、局在異常を起こすことで間接的に機能欠損を起こしていることが報告されている。近年、フォールディング効率の低下をリガンドを用いて修正することが可能であることが分かってきており、そのような作用を持つリガンドはファーマコロジカルシャペロンと呼ばれている。以前からNPC1がステロールと結合することが報告されていたことから、ステロールがNPC1変異体に対してファーマコロジカルシャペロンとして作用しうるという仮説のもとに研究を開始した。その結果、オキシステロールの1つである25-hydroxycholesterol (25HC)がNPC1変異体の局在異常を修正することを見出し、構造展開により高活性な誘導体を得ることに成功した。そして、光親和性標識法を用いた結合評価などにより、それらがNPC1に対して期待したとおりにファーマコロジカルシャペロンとして作用していることを証明した。さらに、I1061T変異を持つ患者由来細胞を用いて、それらのステロール誘導体がNPC1の機能欠損により起こる特徴的なフェノタイプであるコレステロールの細胞内蓄積を緩和することを示した。この結果は、ファーマコロジカルシャペロンのニーマンピック病C型に対する治療法としての可能性を実験的に示したものである。

(2)NPC1の新規ステロール結合部位の発見

NPC1のステロール結合部位は、N末端の可溶性ループのN末端ドメインであることが最近報告され、その結晶構造も報告されている。(1)の過程で得られたステロール誘導体の構造活性相関と、N末端ドメインの結晶構造の間に矛盾が見られたことから、「ファーマコロジカルシャペロン作用を示すステロール誘導体の結合部位は、N末端ドメインではない」との仮説を立て、その検証を行った。その結果、N末端ドメインを欠失させたNPC1変異体に対しても、ステロール誘導体は直接結合し、ファーマコロジカルシャペロン作用を示すことが明らかとなった。これらの結果から、NPC1にはN末端ドメイン以外にも第二のステロール結合部位が存在し、ステロール誘導体はその結合部位を介して作用していることを証明した。そしてこれらの結果に基づき、この第二のステロール結合部位が、コレステロールが膜を隔てて輸送される際の基質結合部位である可能性を提案した。

NPC1によるコレステロール輸送のメカニズムは未だ十分に理解されていないが、この研究で見つかった第二のステロール結合部位の存在を考慮することで、コレステロール輸送モデルに関して新たな仮説の構築、そして検証が可能となる。

以上のように、大金賢司はニーマンピック病C型に対するファーマコロジカルシャペロンを初めて見出し、その新たな治療法としての可能性を示した。さらに、コレステロール輸送メカニズムの解明につながる成果として、NPC1に第二のステロール結合部位が存在することを証明し、NPC1の機能解明、そしてコレステロールの細胞内輸送メカニズムの解明に寄与する成果を上げた。これらの成果は、博士(薬学)の学位授与に値すると判断した。

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