学位論文要旨



No 129434
著者(漢字) 小椋,章弘
著者(英字)
著者(カナ) オグラ,アキヒロ
標題(和) Anisatin及びYuzurimineの全合成研究
標題(洋)
報告番号 129434
報告番号 甲29434
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1475号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 准教授 松永,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

第1部 アニサチンの合成研究

【背景・目的】

アニサチン(Anisatin,1)は、Laneらによりシキミの種子より有毒成分として単離された化合物である1。GABAA受容体に対して強力な非競合的阻害薬として働くことで痙攣を誘発し、非常に強い毒性を示す2。平田らにより構造決定がなされ、2つの第四級炭素を含む8つの連続する不斉中心、スピロβ-ラクトンを含む複雑な縮環構造を有するセスキテルペンであることが明らかとなった3。その興味深い構造と顕著な生理活性から多くの合成研究が行われてきたものの、全合成の報告は山田らによる一例のみにとどまっていた4。

筆者の所属する研究室でも本天然物の特徴的な構造に興味を抱き、新規合成戦略に基づくアニサチンの全合成を達成すべく合成研究が行われてきた(Scheme l)。山田博士はラセミ体として合成した2から分子内Diels-Alder反応や選択的オゾン酸化等を鍵反応として変換を進め、アニサチンの主骨格を有する9の合成に成功した5。筆者は本学修士課程においてこの合成研究に参画し、9から第三級水酸基の保護を起点として合成を進めアニサチンのラセミ体での全合成を達成した6。筆者は本学博士課程において、アニサチンの不斉全合成を達成することを目的に合成研究に着手した。

【合成計画】

Scheme lから分かる通り、本合成経路では2の有する1つの不斉中心を足がかりとして他の7つの不斉中心の立体化学が誘導されている。従って2を光学活性体として合成することが出来ればアニサチンの不斉全合成が可能となると考えられる。

そこで筆者はScheme 2に示す合成計画を立案した。カテコール由来のアリールボロン酸10を不飽和ラクトン11に不斉1,4-付加7することで、β位に不斉点を持つラクトンを光学活性体として合成できるものと考えられる。さらにカテコールの酸素原子の一方をラクトンのカルボニル炭素に環化させ、遊離した水酸基をプロパルギル化することで、合成中間体のフェノール2を不斉合成できるものと考えた。

【結果・考察】

オルト位に側鎖を持つアリールホウ素試薬を用いた1,4-付加反応は例が少なく8、立体障害に起因する反応性の低さが問題となった(Scheme 3)。検討の結果、ロジウム触媒存在下、側鎖にメンチル基を有するブテノリド149に対してアリールボロン酸15(10)を作用させることで、望みの1,4-付加反応が円滑に進行し16を単一のジアステレオマーとして与えることを見出した。水素化ホウ素ナトリウム存在下、16を水酸化カリウムで処理したところ、ラクトンの加メタノール分解とアルデヒドの生成、及び還元が一挙に進行した17と、さらに水酸基がエステル部位に環化した18が得られた。これらの光学過剰率はいずれも99%以上であった。17と18は、分離することなくジメチルアミンを作用させることでアミド19へと収束させた。続いて水酸基のプロパルギル化、アミドのアルコールへの還元、及び生じた水酸基のメシル化によって20を得た。20から2への変換はワンポット反応によって行うことができた。すなわち四酢酸鉛によってメチレンジオキシ部位を選択的に酸化した後ll、溶媒をメタノールに交換し塩基を加えることでカテコールの遊離と分子内SN2反応を一挙に行い、2を高収率にて得ることができた。得られた光学活性体の2をScheme1に示した合成経路に基づき変換することで、アニサチン(1)の不斉合成を達成することができた12。

第2部 ユズリミンの合成研究

【背景・目的】

ユズリミン(yuzurimine,21)は平田らによりユズリハの幹及び葉から単離、構造決定されたダフニフィラムアルカロイドである13。その生物活性についての研究は近年に至るまでほとんど行われておらず14、未知の生物活性を有していることが期待されている。構造上の特徴として、高度に縮環した六環性骨格上に、2つの連続する第四級炭素を含む9つの不斉中心やヘミアミナール部位を有しており、合成化学的に極めて挑戦的な化合物である。筆者は本天然物の特異な構造に興味を抱き、合成研究に着手した。

【逆合成解析】

逆合成解析をScheme 4に示す。ユズリミンの窒素原子は合成の終盤で導入することとして22へと逆合成した。22の右側の三環性ユニットは、エステルα位でのアルキル化とシクロヘキサノンからの環拡大等によって構築できるものと考え、23を鍵中間体として設定した。23はジエン25とマレイン酸無水物誘導体26(15)のDiels-Alder反応によって得られる、対称性の高い化合物24から導けるものと考えた。

【結果・考察】

モデル基質としてメチル基を有さないジエン2716について検討を行った。ラジカル捕捉剤存在下26を混合し加熱したところ、Diels-Alder反応が進行し目的の付加体28を単一のジアステレオマーとして与えた15(Scheme 5)。酸無水物部位を塩基性条件でジカルボキシラートとした後プロモラクトン化を行うことで、構造異性体の混合物ではあるがラクトンを得ることができた。反応に関与しなかったカルボキシ基に光延反応で保護基を導入し29と30とした。続いて二重結合をオゾンを用いて酸化開裂した後還元を行い、生じた二っの水酸基を保護し31と32へと導いた。これらにDBUを作用させることで脱臭化水素を進行させ、33と34を得た。33の水酸基の保護基をジイソプロピルシリル基に交換し35とした後Karstedt触媒17を作用させたところ、一方のシリル基からの分子内ヒドロシリル化18が進行し、二重結合に立体選択的に水酸基前駆体のケイ素原子を導入することに成功した。続いて反応に関与しなかったシリル基は除去することで36へと導いた。

36の水酸基をメシル化した後テトラブチルアンモニウムフルオリドを作用させたところ、カルボン酸の脱保護と同時にメシル酸が脱離することで37が得られた(Scheme 6)。37を酸クロリドを経由する還元によって第一級アルコール38へと変換した後、メトキシメチル基で保護を行って39へと導いた。39のエキソメチレンをオゾン酸化反応によって開裂しケトン40を得た。ルイス酸として三フッ化ホウ素を用い、トリメチルシリルジアゾメタンを作用させたところ、環拡大反応が進行した41を低収率ながら得ることに成功した。これにより、ユズリミンの合成において鍵となる多置換シクロヘキサン環と特徴的なシクロヘプタン環を、立体化学を制御して合成することに成功した。

1) Lane, J. F.; Koch, W. T.; Leeds, N. S.; Gorin, G. J. Am. Chem. Soc. 1952, 74, 3211.2) Kudo, Y.; Oka, J.; Yamada, K. Neurosci. Lett. 1981, 25, 83.3) Yamada, K.; Takada, S.; Nakamura, S.; Hirata, Y. Tetrahedron 1968, 24,199.4) Niwa, H.; Nisiwaki, M.; Tsukuda, I.; Ishigaki, T.; Ito, S.; Wakamatsu, K.; Mori, T.; Ikagawa, M.; Yamada, K. J. Am. Chem. Soc. 1990,112,9001.5) 山田耕平 東京大学大学院薬学系研究科博士論文2009.6) 小椋章弘 東京大学大学院薬学系研究科修士論文2010.7) (a) Fagnou, K.; Lautens, M. Chem. Rev. 2003,103,169; (b) Hayashi, T.; Yamasaki, K. Chem. Rev. 2003,103, 2829.8) Navarro, C.; Moreno, A.; Csaky, A. G. J. Org. Chem. 2009, 74,466.9) Moradei, O. M.; Paquette, L. A. Org. Synth. 2003, 80, 66.10) Vidal Juan, B.; Caturla Javaloyes, J. F.; Lumeras Amador, W.; Vidal Gispert, L. W02007/096072,2007.11) Ikeya, Y.; Taguchi, H.; Yoshioka, I. Chem. Pharm. Bull. 1981, 29, 2893.12) Ogura, A.; Yamada, K.; Yokoshima, S.; Fukuyama, T. Org. Lett. 2012,14,1632.13) (a) Sakabe, N.; Irikawa, H.; Sakurai, H.; Hirata, Y. Tetrahedron Lett. 1966, 7,963; (b) Sakurai, H.; Sakabe, N.; Hirata, Y. Tetrahedron Lett.1966, 7, 6309.14) Cao, M.; Zhang, Y.; He, H.; Li, S.; Huang, S.; Chen, D.; Tang, G.; Li, S.; Di, Y.; Hao, X. J. Nat. Prod. 2012, 75,1076.15) Williams, R. V.; Todime, M. M. R.; Enemark, P.; van der Helm, D.; Rizvi, S. K. J. Org. Chem. 1993, 58, 6740.16) Smulik, J. A.; Diver, S. T. Org. Lett. 2000, 2, 2271.17) Karstedt, B. D. US3715334,1973.18) Tamao, K.; Nakajima, T.; Sumiya, R.; Arai, H.; Higuchi, N.; Ito, Y. J. Am. Chem. Soc. 1986,108, 6090.

Anisatin(1)

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

Reagents and conditions: (a) [Rh(cod)Cl]z, NaOH, THF-H2O, it, 69%; (b) NaBH4, KOH, MeOH, 0 °C; (c) Me2NH, Et2O, 40 °C (pressure bomb), 89% (2 steps); (d) pmpargyl bromide, NaH, TBAI, THF-DMF, 50 °C, 88%; (e) NH3 BH3, n-BuLi, THF, 0 °C, 80%; (f) MsCI, Et3N, CH7C12, 0 °C, 89%; (g) Pb(OAc)4, benzene, reflux; evaporation; K2CO3, MeOH, rt, 80%.

Yuzurimine(21)

Scheme 4

Scheme 5

Reagents and conditions: (a) BHT, CHC13, reflux, 62%; (b) K2CO3, H2O, MeOH-THF, 75 °C; Br2, CH2C12, buffer, 0 °C; (c) TMS(CH2)20H, Ph3P, DEAD, toluene, 0 °C, 94% (mixture, 29 : 30 = 2 : 1); (d) O3 MeOH-CH2C12, -78 °C; NaBH4,-78 to -20 °C, 51% (mixture); (e) TESC1, imidaiole, THF-DMF, 0 °C, 99% (mixture); (f) DBU, toluene, 110 °C, 33: 47%, 34: 22%; (g) AcOH, H2O, THF, rt, 94%; (h) i-Pr2SiHC1, Et3N, CH2C12, 0 °C, quant ; (i) Karstedt's catalyst, toluene, 70 °C; (j) TBAF, AcOH, THF, rt, 67% (2 steps).

Scheme 6

Reagents and conditions: (a) MsC1, TMEDA, CH2C12, -78 °C, quant ; (b) TBAF, THF, 40 °C; (c) (COCI)z, DMF, CH2C12, 0 °C; (d) NaBH4, MeOH-THF, 0 °C to rt, 81% (3 steps); (e) MOMC1, i-Pr2NEt, TBAI, CH2C12, 0 to 40 °C, 89%; (f) O3 MeOH-CH2Cl2, -78 °C; Me%S, -78 °C to rt, 77%; (g) TMSCHN2, BF3 OEt2, CH2C12, 0 °C, 23%.

審査要旨 要旨を表示する

1.アニサチンの合成研究

アニサチン(1)は、シキミの種子より有毒成分として単離されたセスキテルペンであり、GABAA受容体を強力に阻害することが知られている。アニサチンは、その強力な生理活性と特異な分子構造により多くの合成化学者の興味を引きつけてきたが、2つの第四級炭素の構築に困難が伴い、全合成の報告は一例のみにとどまっていた。小椋は修士課程においてアニサチンのラセミ体での形式全合成を達成しており、博士課程では光学活性体での全合成を目指し研究を行った。

小椋はラセミ体の合成で用いた鍵中間体10の不斉合成を行った(Scheme l)。出発原料として側鎖にメンチル基を有するブテノリド2を用い、ロジウム触媒存在下アリールボロン酸3を作用させジアステレオ選択的な1,4-付加を行い、4を得た。オルト位に置換基を有するアリールボロン酸を用いた1,4-付加反応は例が極めて少なく、本反応は基質適用範囲を広げる重要な知見である。続いて水酸化カリウム存在下、水素化ホウ素ナトリウムを用いて側鎖のメンチル基の除去を試みた。小椋はこの還元反応において溶媒として用いるアルコールが重要であることを見出した。すなわち、エタノールやイソプロピルアルコールを用いた際には生成物の5及び6の光学純度が低下したものの、メタノールを用いれば光学純度が保たれた。続いて5と6の混合物を高圧下ジメチルアミンで処理することでアミド7へと収束させた。第一級水酸基のプロパルギル化、アミドの還元と生じた水酸基のメシル化によって8へと導いた後、カテコールの脱保護を試みた。検討の結果、四酢酸鉛を用いることでメチレン鎖の選択的な酸化が可能であり、9を得ることに成功した。ワンポットにて溶媒をメタノールに交換し塩基処理を行ったところ、カテコールの遊離に続いて分子内SN2反応が起こり、合成中間体である10を光学活性体として得ることに成功した。さらに前任者と修士課程までに確立していた合成経路に若干の改良を加え、10からアニサチン(1)へと変換を行った。以上により小椋はアニサチン(1)の不斉全合成を達成した。

2.ユズリミンの合成研究

ユズリミン(11)は、ユズリ八の葉及び樹皮から単離されたダフニフィラムアルカロイドである。その生物活性としてはブラインシュリンプに対する弱い細胞毒性が知られているが、ダフニフィラムアルカロイド群全般に渡り単離料が僅かであるため精力的なスクリーニングは行われていない。ユズリミン(11)は2つの連続する第四級炭素やヘミアミナール部位を有しており、合成化学的に興味深い構造である。小椋はユズリミンの立体選択的全合成を目指し研究を行った。

小椋は側鎖にメチル基を有さない基質についてモデル検討を行った(Scheme 2)。ジエン12とマレイン酸無水物誘導体13を加熱することでDiels-Alder反応を起こし、2つの第四級炭素を含む14を単一のジアステレオマーとラして得た。塩基性条件下酸無水物部位を加水分解しジカルボキシラートとした後、臭素を作用させることでブロモラクトン化を行った。このときブロモラクトン化に関与するカルボキシ基の選択性は2:1程度であった。反応に関与しなかったカルボキシ基を光延反応によって保護し、15と16の混合物を得た。続いて二重結合部位の酸化開裂と還元、及び2つの水酸基の保護を経て17と18へと導いた。さらに塩基を作用させ加熱を行ったところ、脱臭化水素の進行した19と20がそれぞれ単離された。

得られた19の立体障害の大きい二重結合に望みの立体選択性で水酸基を導入する手法として、小椋は分子内ヒドロシリル化を考案した(Scheme 3)。水酸基の保護基をジイソプロピルシリル基に交換して21とした後、Karstedt触媒を作用させたところ、望みのジイソプロピルシリル基から分子内ヒドロシリル基が進行し環状シリルエーテルが得られた。反応に関与しなかったシリル基を除去し22へと導いた。続いて遊離した第一級水酸基をメシル化によって活性化した後、テトラブチルアンモニウムフルオリドで処理を行ったところ、カルボン酸の脱保護に続いてメシル酸が脱離したエキソメチレン23を得ることに成功した。23は酸クロリドを経由する還元により24とした後、水酸基の保護とエキソメチレンの酸化開裂により25へと導いた。さらに三フッ化ホウ素存在下トリメチルシリルジアゾメタンを作用させたところ、環拡大反応が位置選択的に進行し、低収率ではあるが26を得ることに成功した。26は構築の困難な2つの連続する第四級炭素を始めとして、窒素原子の導入に必要な2つの第一級水酸基と、第二級水酸基の前駆体であるケイ素原子、及び上部のビシクロ[3.3.0]骨格構築の足がかりとなるα-トリメチルシリルケトン部位を有しており、ユズリミンの全合成を行うにあたり興味深い化合物である。

以上、小椋はアニサチンの高立体選択的な不斉全合成を達成した。またユズリミンの全合成において鍵となる部分骨格の立体選択的な構築に成功した。小椋が確立した合成経路において特筆すべきは、ベンジル位炭素や連続する第四級炭素を巧妙な合成戦略により構築していることである。これらの成果は薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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