学位論文要旨



No 129435
著者(漢字) 木村,美紀
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ミキ
標題(和) 海綿Discodermia calyxに含まれる新規ペプチド化合物の探索
標題(洋)
報告番号 129435
報告番号 甲29435
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1476号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 阿部,郁朗
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 准教授 折原,裕
 東京大学 准教授 花岡,健二郎
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

海綿動物はhalichondorin B など多様なポリケタイドやペプチドなどの生物活性物質を含む天然医薬品資源である。これまでに数千を越える新規化合物が見出され、それらのいくつかは医薬品候補化合物として臨床試験段階にある。最初に臨床試験が行われた海洋天然物はホヤ由来環状ペプチドdidemnin B であり、のちにジケト構造を有する類縁体aplidine (dehydrodidemnin B)が更なる抗腫瘍活性を示す事から臨床開発が進行した例がある。日本近海においては海綿Theonella 属より、polytheonamide をはじめ、非リボソーム依存性ペプチド合成酵素 (NRPS) やポリケタイド合成酵素 (PKS)により生産される多様な代謝物が報告されている。一方で、同じTheonellidae 科に属するDiscodermia 属からはペプチドの単離報告例は数少なく、伊豆諸島および伊豆半島産のDiscodermia calyx においては、calyculin 類のようなポリケタイドの単離報告例を除いて、NRPSを主な生合成経路とするペプチドの単離報告例はない。ペプチドは顕著な生理活性や副作用の低さが注目され、現在までに数十種類のペプチド性医薬品が上市されている。近年のペプチド合成やドラッグデリバリー技術が進歩するにつれ市場が拡大してきた。そこで本研究では、D. calyx由来新規ペプチド性化合物の探索を目的とし、さらにそれらの構造活性相関の解明を試みた。また、海綿メタゲノムDNA より生合成遺伝子クラスターを網羅的に解析し、推定生合成産物の構造を予測し、ゲノムマイニングの手法を用いてさらなる生物活性ペプチドの単離を目指した。

【本論】

(1)Allos-hemicalyculin Aの単離と構造決定

式根島で採集した海綿D. calyx 1.2 kg をメタノールで抽出後、2層分配を行い、hexane 層、EtOAc層、n-BuOH 層、水層へ分配した。n-BuOH 抽出物をLH20 ゲル濾過カラムクロマトグラフィーで分画後、ODS HPLC により精製し、無色固体3.6 mg を単離した。NMR スペクトルの解析、およびESI-TOFMS より分子式C(13)H(26)N2O6、分子量306 で一致した事から、平面構造を決定した。平面構造からcalyculin A (1)のオキサゾールが開裂して生じたものと予想し、1 の光酸化反応により半合成した化合物と、NMR スペクトルおよび旋光度を比較して、立体化学を決定した。その結果、allos-hemicalyculin A (2)は、1 のペプチド末端と同一の構造を有する新規calyculin 類縁体と決定した。

1 の光酸化反応は光増感剤なしでも進行したため、1 のテトラエン部位が光増感剤として機能することが示唆された。2 は、マウス白血病細胞P388 に対して細胞毒性を示さなかった(IC(50)>100μM)。1 では、テトラエン、水酸基、リン酸エステル基がタンパク質脱リン酸化酵素PP1 および2A の阻害に関与し、ジメチルアミノ基やオキサゾールを含むペプチド部分構造が膜透過に関与して、強力な細胞毒性を発現すると推測されている。したがって、ペプチド部分構造のみでは細胞毒性の発現に不十分である事を明らかにした。

(2)Calyxamidesの単離と構造決定

式根島で採集した海綿D. calyx 2.5 kg をメタノールで抽出後、2層分配を行い、hexane 層、EtOAc層、n-BuOH 層、水層へ分配した。EtOAc 抽出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで分画後、ODS HPLC により精製し、calyxamide A (3) を7.4 mg、calyxamide B (4) を2.5 mg 単離した。NMR スペクトルの解析、およびESI-TOFMS より分子式C(45)H(61)N(11)O(12)S、分子量980 で一致した事から、平面構造を決定した。さらに、加水分解物の誘導体化後、キラルGC-MS を用いて立体化学を決定した。

3 および4 は、Gln、Ile、Ala の他に、O-メチルセリルチアゾール、5-ヒドロキシトリプトファン、2,3-ジアミノプロピオン酸 (Dpr)、3-アミノ-2-ケト-4-メチルへキサン酸 (AKMH)といった稀なアミノ酸を含有する環状ペプチド構造を有している。D. calyx 由来の環状ペプチドとしては、初めての単離例となる。これらはAKMH部分の立体化学のみが異なるジアステレオマーである。3 と4 では、Dpr のアミドプロトンの化学シフト値に顕著な差が確認された事から、Dpr とAKMHの間において水素結合の形成が示唆された。3 と4 のメタノール溶液において、AKMH のα-ケトカルボニルに対するメタノール付加体の生成を確認した。

3 および4 は、P388 に対してそれぞれIC(50) が3.9 および0.9 μΜの細胞毒性を示した。α-ケトアミド構造を有する化合物にはthrombin などのプロテアーゼ阻害活性物質、cyclotheonamide A が知られており、thrombin との複合体のX線結晶解析から、α-ケトカルボニル基が酵素蛋白活性部位のSer 残基と共有結合する事が報告されている。calyxamide においても、アミドと平面直交にねじれたα-ケトカルボニル基が、標的タンパク質に結合して阻害活性を示す機構を推測している。4 は、3 よりもAKMH による立体障害が少ないため細胞毒性が強いと考察している。細胞毒性におけるそれら部分構造の重要性を検討するため、3 をNaBH4 で還元してα-ケトアミド構造のケトカルボニル基を水酸基へと変換したジヒドロ体と、3 を4 M HCl で選択的に加水分解してN-ホルミル基をアミノ基へと変換した脱ホルミル化体を半合成した。どちらもP388 に対して細胞毒性を示さなかった (IC(50)>30 μM)。従って、α-ケトアミドおよびN-ホルミル基が細胞毒性に寄与する事が明らかとなった。

(3)D. calyx由来NRPS-PKS生合成遺伝子クラスターの探索

3および4の生合成経路、真の生産者について知見を得るため、生合成遺伝子の探索に着手した。3および4は、海綿Theonella sp.由来keramamide F, Gに構造が類似する事から、真の生産者として共生バクテリアの存在が示唆された。海綿共生微生物を含むメタゲノムDNAに含まれるバクテリアの16S rRNA塩基配列の系統解析により、Theonella属とDiscodermia属に共通に存在するフィラメント状バクテリアCandidatus Entotheonella sp.が、類似した二次代謝産物を産生している可能性が高いと考えた。そこで、フィラメント状バクテリアのゲノムを抽出し、NRPSのAドメイン縮重プライマーを用いたPCRにより増幅した配列を解析した。しかし、3および4の生合成遺伝子と予想されるAドメイン配列は得られなかった。一方で、当研究室では、D. calyxメタゲノムDNAより、PKSのKSドメイン縮重プライマーを用いたPCRにより増幅した配列を解析した。またメタゲノムDNAよりフォスミドライブラリーを構築し、PKSのKSドメインの塩基配列に特異的なプライマーを用いたPCRを行い、3D-ゲル法による網羅的なスクリーニングを行った。ポジティブクローンに対し、次世代シークエンサーにより遺伝子配列を解析した。

結果、約50 kbpのcalyxamide推定生合成遺伝子クラスターを得た。これはNRPSモジュールを8つ、PKSモジュールを2つ含むNRPS-PKSハイブリッド型生合成遺伝子クラスターであり、α-ケトアミドの生合成にはPKSおよび酸化ドメインが関与することが示唆された。AKMHのIleについては、別のドメインによりL体からD体が生成する立体制御機構が存在すると推測するが、α-ケトアミド構造の生合成機構については更なる研究が必要である。

さらに、D. calyxメタゲノムDNAから、同様の手法により、未知のNRPS-PKSハイブリッド型生合成遺伝子クラスターが得られた。4つのNRPSモジュールについて、Aドメインの結合ポケットに位置するアミノ酸残基に着目し、基質選択性を予測した。β-Alaの他に、L-Phe、L-Tyr、L-Trpのいずれか一つ、さらにArgとPheをコードするAドメインと、それらのモジュール内にEドメインが存在した事から、D-ArgとD-Phe由来のアミノ酸残基を含むと推定した。1つのPKSモジュールは、KRドメインを含む基本構成単位であった。開始モジュールは、開始基質がフェニル乳酸であるaeruginosideの生合成遺伝子配列と類似した。以上の配列情報により、生成物としてkasumigamide (5)を予想した。

(4)メタゲノムマイニングによるkasumigamideの単離

5 はシアノバクテリアより単離報告があるのみで、海綿動物からの単離報告はない。そこで、海綿D. calyx から予想生成物を探索した。海綿D. calyx 2.0 kg をメタノールで抽出後、2層分配を行い、hexane 層、EtOAc 層、n-BuOH 層、水層へ分配した。n-BuOH 抽出物をLH20 ゲル濾過カラムクロマトグラフィーで分画した。5 はインドール環を含むため、UV 最大吸収波長が280 nm付近であると推測し、UV 吸収を指標に探索を行った。UV 吸収画分をODS HPLC により精製し、黄色固体2.3 mg を単離した。単離したペプチドの構造解析を行ったところ、ESI-TOFMS およびNMR スペクトルが文献値と良い一致を示した事から、5 であると構造決定した。さらに、加水分解物の誘導体化後ODS HPLC を用いて立体化学を特定し、D-Arg とerthro-β-phenyl-D-serine を確認して、生合成経路を支持する結果を得た。5 は、P388 に対してIC(50) が4.8 μΜの細胞毒性を示した。

【結論】

新規ペプチド化合物calyxamides の単離に成功した。さらに生物活性に重要なα-ケトアミドに隣接する側鎖の立体化学により活性に影響するメカニズムを考察した。また、kasumigamide の単離においては、天然物の探索におけるメタゲノムマイニングの有効性を実証した。メタゲノム解析は、生合成遺伝子の同定、生産菌の特定に有用なツールとなり、膨大に存在する生合成遺伝子に基づき未知代謝物の構造を予測できる事から、含有量の少ない新規化合物の発見にも役立つ優れた手法であると考えられる。今後は、異種発現系の確立による生産性の向上や、新規の構造や機能を有する多様なペプチドを生産する遺伝子エンジニアリングへの発展が期待できる。

calyculin A (1)

allos-hemicalyculin A (2)

calyxamide A(3)

calyxamide B(4)

kasumigamide (5)

審査要旨 要旨を表示する

系統学上、最も原始的な多細胞動物として位置づけられる海綿動物からはこれまで数千に及ぶ生物活性物質が見出されてきており、高等植物や微生物とともに重要な医薬品資源の一つである。中でも三浦半島沿岸産Halichondria okadaiiに含まれるhalichondrin Bは抗がん剤リード化合物として開発候補に挙がり、近年その類縁体が臨床応用に至っている。その他、カリブ海産のDiscodermia dissolutaに由来するdiscodermolideなど、現在いくつかの化合物が臨床試験段階にある。一方で、海綿動物には膨大な未知・未培養微生物が共生していることが知られており、多様な二次代謝産物の生産における共生微生物の関与が示唆されている。

日本近海産の海綿類の中で最も多様な二次代謝産物を含む海綿はTheonellidae科に属するTheonella属の海綿である。これまでpolytheonamide Bをはじとする多様な生物活性物質が報告されてきた。一方で、同じTheonellidae科に属するDiscodermia属からはcalyculin類やdiscodermin類など主要に含まれる二次代謝産物を除いて、その他の生物活性物質の報告例は数少ない。特にDiscoedrmia calyxにおいてはNRPSを主な生合成経路とするペプチドの単離報告例は皆無であったため、本研究では、D. calyx由来新規ペプチド性化合物の探索を試みた。また、新たな探索手法として海綿メタゲノムDNAより未知生合成遺伝子クラスターを探索し、生合成産物の構造を予測、単離するメタゲノムマイニングの手法を試みた。

その結果、式根島産海綿Discodermia calyxより、3つの新規化合物allos-hemicalyculin A、calyxamide AとB、および藍藻由来の既知化合物であるkasumigamideを単離、構造決定した。Allos-hemicalyculin Aは一重項酸素によるcalyculin Aの分解反応によって生成する過程を予測し、実際に同様の反応が光増感剤なしで進行することを明らかにした。また、calyxamide AおよびBは特異なアミノ酸残基を含む環状ペプチド性化合物であり、各種スペクトルデータおよび分解反応によって絶対立体化学を含む全構造の決定に成功している。Calyxamide AおよびBは構成アミノ酸であるIleのD、Lが異なるジアステレオマーであり、その立体構造の差異が細胞毒性の強弱に関わる機構を考察している。また化学変換による構造活性相関の解析を行い、特徴的なα-ケトアミド構造のケトカルボニル基およびN末のホルミル基が細胞毒性の発現に重要である事も明らかにしている。Calyxamide類が有する特徴的な部分構造や立体化学の異なる類縁体を産生する生合成経路は非常に興味深い。実際に共同研究者によって推定生合成遺伝子クラスターの解析がなされており、本化合物は非リボソーム依存性ペプチド合成酵素 (NRPS) とポリケタイド合成酵素 (PKS)のハイブリッド生合成経路によって合成される事が示されている。

同様に海綿メタゲノムライブラリーより、PKSのKS domain配列を鋳型とする縮重プライマーによって増幅したPCR産物を基にスクリーニングを行った結果、新規の遺伝子クラスターが見出された。本遺伝子クラスターもcalyxamideと同様にNRPS-PKSハイブリッド型生合成遺伝子クラスターであり、4つのNRPSモジュールについて、Aドメインの結合ポケットに位置するアミノ酸残基に着目し、基質選択性を予測した。β-Alaの他に、L-Phe、L-Tyr、L-Trpのいずれか一つ、さらにArgとPheをコードするAドメインと、それらのモジュール内にEドメインが存在した事から、D-ArgとD-Phe由来のアミノ酸残基を含むと推定した。1つのPKSモジュールは、KRドメインを含む基本構成単位であった。開始モジュールは、淡水性シアノバクテリア由来のペプチドであるaeruginosideの生合成遺伝子配列と類似していたため、開始基質はフェニル乳酸であると推定した。以上の配列情報により、予想生成物は既知化合物であるkasumigamideと良い一致を示した。Kasumigamideは淡水性のシアノバクテリアMicrocystis aeruginosaより単離報告があるのみで、海綿動物からの単離報告はない。そこで、海綿D. calyxから予想生成物を探索した。その結果、実際に海綿中にksumigamideが存在する事を明らかにしている。さらに、加水分解物を誘導体化後、Marfey法を用いて立体化学を特定し、D-Argとerthro-β-phenyl-D-serineを確認し、生合成遺伝子に存在するepimerase domainの機能を支持する結果を得た。KasumigamideはP388に対してIC(50)が4.8 μMの細胞毒性を示した。

Theonellidae科の海綿は世界で5属知られており、そのうち日本近海ではTheonella属、Discodermia属およびSiliquariaspongia属の3属が報告されている。これまでTheonella属の海綿は世界中数多くの研究者が二次代謝産物の探索研究を行ってきたが、Discodermia属の海綿では比較的研究例が少なかった。本研究では伊豆諸島、伊豆半島産のDiscodermia calyxより新規ペプチド化合物calyxamidesの単離に成功した。本化合物はTheonella属の海綿から見出された化合物と構造が類似しており、Theonellidae科海綿に共通して共生する微生物の存在を示唆するものである。すなわち海綿由来二次代謝産物の産生を担う物質生産に秀でた未知微生物が存在する可能性が高いことを示した。さらにcalyxamide Aの構造活性相関の検討によってα-ケトアミド構造が細胞毒性の発現に必須であり、α-ケトアミドに隣接する側鎖の立体化学が活性に影響するメカニズムを考察している。また、kasumigamide Aの単離においては、淡水性のシアノバクテリアに含まれるペプチドが海洋性の海綿に含まれていることを初めて示した研究結果であり、その生合成遺伝子の由来、水平伝播の機構といった興味深い研究課題を新たに提示するとともに、天然物の探索におけるメタゲノムマイニングの有効性を実証した。

本研究成果は医薬品資源として重要な海綿動物に含まれる二次代謝産物の多様性創出機構の解明へ向けて一石を投じるものであり、とりわけDiscodermia calyxの二次代謝産物の構造多様性、共生微生物そして生合成遺伝子、それらの解析に糸口を見出した重要な研究成果と位置づけられる。したがって、博士論文に相応しい内容と判断した。

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