学位論文要旨



No 129437
著者(漢字) 许,应杰
著者(英字)
著者(カナ) キョ,オウケツ
標題(和) 光学活性含窒素化合物の触媒的不斉合成法の開発と生物活性化合物合成への応用
標題(洋)
報告番号 129437
報告番号 甲29437
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1478号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 講師 滝田,良
内容要旨 要旨を表示する

光学活性含窒素化合物の効率的な合成法の開発は、医薬品を始めとする生物活性化合物の効率的な合成を可能とする。筆者は、一貫して複核シッフ塩基触媒系を活用した光学活性含窒素化合物の触媒的不斉合成研究に従事し、修士課程では、α-ケトアニリドの触媒的不斉Mannich型反応およびMichael反応による非天然型アミノ酸の合成研究に取り組んだ。博士課程では、さらに研究を進展させ、新たな配位子の開発および触媒の開発を含め以下の2つの研究テーマに取り組んだ。

(1) Anti−選択的な直接的触媒的不斉ビニロガスMannich型反応の開発

【研究の背景】

,β-不飽和γ-ブチロラクタム2またはその合成等価体を求核剤とする触媒的不斉ビニロガス反応は報告例が少なく、筆者が共同研究者らと研究に取り組んだ当初はシロキシピーロルを求核剤とする触媒的不斉反応が報告されているのみであった。2010年、筆者は共同研究者らとともにα,β-不飽和γ-ブチロラクタム2を求核剤とする初の直接的触媒的不斉Mannich型反応の開発に成功した。二核Niシッフ塩基触媒を用いることで、高い収率、高い立体選択性で生成物が得られたものの、残念ながらsyn-生成物が主生成物であり、当初計画した抗インフルエンザ剤A-315675 (Scheme 1)のコア構造の合成には適用できないという課題が残った。そこで、筆者はA-315675の触媒的不斉合成に適用可能なanti-選択的な反応の開発に着手した。

【研究の結果】

当初、配位子の構造と金属種を変えることで、ビニロガスエノラートの面選択性を逆転させようと計画したが、種々の条件検討にも関わらず高い収率と選択性が伴う結果を得ることはできなかった。そこで、次にエノラートの位置を変化させずに、イミン保護基を変えることで、イミンの配位様式を変化させることで、anti-生成物ができるのではないかと考えた。種々のイミン保護基を検討した結果、diphenylphosphinoyl基がanti-選択性発現に極めて有効であった。また高い反応性獲得を目指し、2つのNi中心の電子状態に与える影響を考慮してフッ素置換型Schiff塩基触媒を新規に設計した。この触媒により、高い収率(最高99%)、立体は選択性(anti/syn=24 /1, 99% ee)で反応が進行した(Table 1)。また、本反応を利用してラセミ体イミンからKinetic resolution反応によってA-315675の既知合成中間体に導くことに成功した(Scheme 2)。

(2) マロン酸エステルによるアジリジンの触媒的不斉開環反応の開発

【研究の背景】

γ-アミノ酸は、人間の脳内に微量に存在する神経伝達物質の一つで、血圧を下げる、神経の鎮静、中性脂肪を抑制する、腎臓・肝臓の働きを高めるなどの効果がある。一方、環状γ-アミノ酸は短鎖ペプチドのコンフォメーション安定化に有効であることが知られており、重要な合成素子である。しかしながら、キラル環状γ-アミノ酸の効率的な合成方法は極めて限られている。そこで、多様な環サイズを持つ環状γ-アミノ酸の不斉合成とα,β位に種々の置換基が導入されたγ-アミノ酸の不斉合成を目的としてmeso-アジリジンの触媒的不斉開環反応の開発に着手した。また、ラセミ体アジリジンに対するRegiodivergent Kinetic Resolutionの開発にも取り組んだ。

【研究の結果】

マロン酸エステル102を求核剤としたmeso-アジリジン103に対する触媒的不斉開環反応の検討を行った。Schiff塩基(R)-1gが本反応に有効であることが分かり、錯体の金属の効果を検討した(Table 1)。種々の反応条件を検討した結果、Bronsted塩基性の最も高い希土類であるLa(OiPr)3とLewis酸性の高い希土類の一つであるYb(OTf)3の組み合わせにより、高い反応性と選択性が実現された。新規La(OiPr)3/Yb(OTf)3/Schiff塩基触媒は本反応に極めて有効であり、種々の環状および鎖状のmeso-アジリジン103に対して、高い収率(最高99%)、立体選択性(>99.5% ee)で反応が進行した(Table 2) 。

生成物104aaは3工程で、多様な環サイズを持つ環状γ-アミノ酸エステル110aaへと変換可能であった(Scheme 3)。

さらに、マロン酸エステルを求核剤としたラセミ体アジリジン132に対する触媒的不斉開環反応が非常に珍しいRegiodivergent な様式で進行することを見いだした5。すなわちアルキル基で置換されたラセミ体アジリジンの両エナンチオマーが異なる炭素で反応し、異なる2つの生成物(それぞれが最高>99% ee以上)に変換された。本手法は末端アジリジンにも適用可能であり、触媒の非常に高いエナンチオ識別能により実現されたものである(Table 3)。

一方、芳香族置換ラセミ体アジリジン135に対してはマロン酸エステルが芳香環の置換した炭素側からのみ開環が進行した。この場合には通常の速度論分割をマロン酸エステルに対して2.0当量のラセミ体アジリジン135を用いて行うことで行い、最高99% eeにて目的物を得た(Scheme 4)。これらはβ,γ置換-γ-アミノ酸を合成する有力な手法である。

アジリジンの二つの炭素がそれぞれフェニル基とMe基に置換されたmeso-アジリジン139に対しても反応は良好な収率と高い選択性で単一生成物を与えた(Scheme 4)。近年、インスリン分泌を促進するGLP-1を酵素的な分解から保護するDPP-4 阻害剤が、経口投与の可能な血糖低下剤として注目を集めている。開環生成物の変換反応により、DPP-4 阻害剤の効率的な合成が可能であると考え、触媒的不斉開環反応の最適化と変換反応の開発に取り組んでいる。

Scheme 1

Table 1

Scheme 2

Table 2

Scheme 3

Table 3

Scheme 4

審査要旨 要旨を表示する

許応傑は、「光学活性含窒素化合物の触媒的不斉合成法の開発と生物活性化合物合成への応用」というタイトルで、以下の2つのテーマに取り組んだ。

(1)anti-選択的な直接的触媒的不斉ビニロガスMannich型反応の開発

修士課程での研究で、二核Niシップ塩基触媒を用いるα,β-不飽和γ-ブチロラクタムを求核剤とする初の直接的触媒的不斉Mamich型反応の開発に成功した。高い収率、高い立体選択性で生成物が得られたものの、syn-生成物が主生成物であり、当初計画した抗インフルエンザ剤A-315675(Scheme 1)のコア構造の合成には適用できないという課題が残った。そこで、許はA-315675の触媒的不斉合成に適用可能なanti-選択的な反応の開発に着手した。

種々のイミン保護基を検討した結果、ジフェニルボスフィノイル基がanti-選択性に極めて有効であることを見出した。また高い反応性獲得を目指し、2つのNi中心の電子状態に与える影響を考慮してフッ素置換型Schiff塩基触媒を新規に設計した。この触媒により、高い収率(最高99%)、立体選択性(anti/syn=24/1,99%ee)で反応が進行した(Table 1)。また、本反応を利用してラセミ体イミンからKinetic resolution反応によってA-315675の既知合成中間体に導くことに成功した。

(2)マロン酸エステルによるアジリジンの触媒的不斉開環反応の開発

マロン酸エステルを求核剤としたmeso-アジリジンに対する触媒的不斉開環反応の検討を行った。Schiff塩基(R)-8が本反応に有効であることが分かり、Bronsted塩基性の最も高い希土類であるLa(OiPr)3とLewis酸性の高い希土類の一つであるYb(OTf)3の組み合わせにより、高い反応性と選択性が実現された。新規La(OiPr)3/Yb(OTf)3/Schiff塩基8触媒は本反応に極めて有効であり、種々の環状および鎖状のmeso-アジリジンに対して、高い収率(最高99%)、立体選択性(>99.5%ee)で反応が進行した(Table 2)。生成物は3工程で、多様な環サイズを持つ環状γ-アミノ酸エステルへと変換可能であった。

さらに、マロン酸エステルを求核剤としたラセミ体アジリジンに対する触媒的不斉開環反応が非常に珍しいRegiodivergentな様式で進行することを見いだした。すなわちアルキル基で置換されたラセミ体アジリジンの両エナンチオマーが異なる炭素で反応し、異なる2つの生成物(それぞれが最高>99%ee以上)に変換された。本手法は末端アジリジンにも適用可能であり、触媒の非常に高いエナンチオ識別能により実現されたものである(Table 3)。

以上のように、許は一貫して複核シッフ塩基触媒系を活用した光学活性含窒素化合物の触媒的不斉合成研究に従事し、2種類のユニークな不斉触媒反応を開発した。また開発した反応を鍵として、抗インフルエンザ薬リードA-3156775の触媒的不斉合成を確立した。

これらの業績は、不斉触媒反応の開発と医薬品等の生物活性化合物の触媒的不斉合成に有意に貢献するものであり、博士(薬学)の授与に相当するものと判断した。

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