学位論文要旨



No 129439
著者(漢字) 高須,典明
著者(英字)
著者(カナ) タカス,ノリアキ
標題(和) 鉄触媒を用いたアミン類の酸化的3位官能基化反応
標題(洋)
報告番号 129439
報告番号 甲29439
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1480号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 准教授 花岡,健二郎
 東京大学 講師 滝田,良
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】アミンは生物活性を示す多くの化合物中に含まれる構成要素である。3位置換アミン骨格は一部の医薬品の部分骨格として見られるなど、創薬ターゲットになり得る骨格である。そのためその効率的かつ簡便な構築法は、創薬化学的な観点において意義のある手法である。しかしこれまでに報告された同骨格構築法のほとんどが多段階を要し、またいずれも限られた環骨格のみを構築する手法であり、一般的な手法であるとは言い難い。3位置換アミン骨格を構築するに当たり効率的なのは無置換のアミン3位に直接官能基を導入する手法であり、飽和脂肪族アミンの3位をC-H官能基化する反応は、ルテニウム触媒1)、白金触媒2)を用いた手法が報告されているものの、過酷な反応条件や収率及び基質一般性、高価な金属の必要性など課題も多い。

一方近年、鉄もしくは銅触媒を用いたアミン類のC2位の酸化的官能基化が、当研究室を始め多くの研究者から報告されている3)。本反応は、アミンの酸化により系中でイミン及びイミニウムカチオン中間体が生じ、そこに求核剤が付加する機構が提唱されている。この時C3位にもC-H結合を有する基質を用いれば、イミニウムカチオンがエナミンに異性化して、C3位で求電子剤と反応させることができると期待した(Figure 1)。以上の背景及び仮説を基に、銅や鉄など第一列遷移金属を用いたアミン3位の酸化的官能基化反応の開発を行った。

【結果】初期反応系として、比較的安定な環状エナミンを形成するN-保護ピペリジンとニトロスチレン(2a)の酸化的Michael付加を選択した。初期検討としてN-フェニルピペリジン(1)を用いて金属触媒及び酸化剤の検討を行ったところ、クロロベンゼン溶媒中、60℃で塩化鉄(III)-tert-ブチルペルオキシド(TBP)系を用いることで効率的に反応が進行した(Entry 5)。収率が触媒量以下に留まっていたため、本反応は生成物により反応が阻害されている可能性があると考えた。そこで、反応系に3を加えたところ、予想通り反応は進行せず、またほぼ加えた分の3aaが回収された(Entry 6)。生成物のニトロ基とエナミンが鉄に対して二座で配位し不活性化することにより阻害効果が生じていると考えている。触媒に配位するアミン基質の量を増やすことで生成物阻害を抑制できると考え、1を過剰量用いて反応を行ったところ、収率の向上が見られたが不十分であった(Entry 7)。保護基を嵩高くすることで生成物阻害を抑えることが可能であると期待し、メシチルピペリジン(4a)に対して反応を行ったところ、反応性が向上した(Entry 1,Table 2)。更に生成物の配位を防ぐ、あるいは配位した生成物を追い出すことを意図してLewis塩基としてN,N-ジメチルアミノピリジン(DAMP)を加えたところ、更に反応性が向上した(Entry 2)。その後の最適化により、最終的にEntry 6に示した条件により良好な収率で生成物を得た。

最適化した反応条件を用い、基質一般性の検討を行った。まずニトロアルケン類について検討を行ったところ(Table 3)、電子供与基及び電子求引基を有したニトロスチレン類(4a-i)やヘテロ環を有する基質(2j)、更に脂肪族ニトロアルケン(2k,I)に対しても問題なく反応が進行し、生成物が良好な収率で得られた。β位にメチル基を有する基質(2I)に関しても中程度の収率で生成物が得られた。またイソシアナート(6)に対しても反応が円滑に進行し、環状β-アミノ酸誘導体7を得ることができた(Scheme 1)。

アミンについて基質一般性の検討を行った(Table 4)。こちらは基質によって細かい条件調整は必要なものの、ヘテロ原子を含んだ基質(4b-d)、中員環(4e,f)、環上に置換基を有した基質(4g-j)で、中程度~良好な収率で反応が進行した。7員環のメシチルアゼパン(4e)に対しては、生成物がもう一分子のイミニウムカチオンへ過剰反応することで副生成物が生じ収率が低下した。ニトロ基α位のプロトン化を速める目的でブレンステッド酸として2,6-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシトルエン(BHT)を加えたところ、収率が向上した。

続いて、これまで報告例のない鎖状基質に対する3位官能基化へと本触媒系を適用した。本反応系をそのまま鎖状基質に適用しても、エナミン中間体の不安定性ゆえ低収率に留まり、目的物の単離精製も困難であった。そこで、反応系にモレキュラーシーブスを加えてエナミンの加水分解を抑え、更にワンポットで還元反応を行うことで良好な収率で生成物を得ることができた。すなわち、8、10に対する反応の後、系中に直接シアノ水素化ホウ素ナトリウムと塩化亜鉛のメタノール溶液を加えたところ、良好な収率でエナミンが還元された化合物9、11が得られた(Scheme 2)。

メシチル基は脱保護法が知られておらず、合成的有用性に乏しい保護基である。そこで、反応性維持に重要な嵩高さを担保した上で脱保護可能な保護基として、2,6-ジメチル-4-メトキシフェニル(DMPMP)基を設計した。実際に反応を行ったところ、メシチル体と同等の収率で反応が進行した。エナミン部位の還元の後、CAN処理により容易に除去可能であった(Scheme 3)。

現在想定している反応機構を以下に示す(Figure 2)。鉄とパーオキシドからオキシルラジカルを生成する反応(Fenton反応)は、二価-三価の間で触媒回転することが知られている。鉄(III)はアミンなどで還元されて系中で鉄(II)になり得るため、本反応でも二価-三価の触媒サイクルで考えて不合理ではない。二価鉄がTBPとFenton反応し、三価鉄とtBuOラジカルが生じる。これら2つの化学種が、まず窒素原子を1電子酸化することでアミニルラジカルカチオンを生じ、続いて水素を引き抜きながら更に1電子酸化することでイミニウムカチオンとなる、1電子+1電子の段階的な2電子酸化により反応が進行していると考えている。これはラジカルクロック実験によっても支持されている。イミニウムカチオンは容易に異性化してエナミンとなり、求電子剤と反応して生成物を得る。

【結論】鉄触媒と適切な酸化剤を用いたアミン類の酸化的3位C-H官能基化反応の開発を行った。窒素上の嵩高いメシチル保護とルイス塩基を用いることで生成物阻害を防ぎ、効率的に反応が進行した。様々な環状アミンに対して反応は適用可能であった。またこれまで報告例の無い鎖状アミンの3位官能基化も、不安定なエナミン部位を系中で連続的に還元することで達成した。通常メシチル基は脱保護が困難であるが、適切な設計により脱保護可能な保護基での反応も可能とした。また得られた生成物の変換により、生物活性の期待できる骨格へと変換可能であることを見出した4)。

1) Sundararaju, B.; Achard, M.; Sharma, G. V. M.; Bruneau, C. .1 Am. Chem. Soc. 2011, 133, 10340. 2) Xia, X.-F.; Shy, X.-Z.; Ji, K.-G.; Yang, Y.-F.; Shaukat, A.; Liu, X.-Y.; Liang, Y.-M. I Org. Chem. 2010, 75, 2893. 3) (a) Hashizume, S.; Oisaki, K.; Kanai, M. Org. Lett. 2010, 13, 4288; (b) Sonobe, T.; Oisaki, K.; Kanai, M. Chem. Sci. 2012, 3, 3249; (c) Jones, K. M. ; Klussmann, M. Synlett 2012, 159 and references cited therein. 4) Takasu, N.; Oisaki, K.; Kanai, M. Manuscript in preparation.

Figure 1. Strategy of C(3)-Functionalization of Amines

Table 1. Initial Screening

Table 2. Optimization of Reaction Conditions with Mes-Piperidine (4a)

Table 3. Substrate Scope (Nltroalkenes)

Scheme 1. Reaction for Isocyanate

Table 3. Substrate Scope (Amines)a)

Scheme 2. Tandem Michael Addition / Reduction for Acyclic Tertiary Amines

Scheme 3. Reaction fo Depratectable Substrate : DMPMP Piperidine

Figure 2. Plausible Mechanism

審査要旨 要旨を表示する

高須典明は、「鉄触媒を用いたアミン類の酸化的3位官能基化反応」というタイトルで、博士研究に取り組んだ。

不活性なC-H結合の活性化を経由した酸化的炭素骨格構築反応は、医薬品などの複雑な骨格を、従来法とは概念的に異なるルートで直線的かつ高効率で構築し得る。とりわけ、パラジウムやロジウムなどのレアメタルに替わり、普遍的に存在し元素戦略的に有利な第一列遷移金属を用いたC-H官能基化反応の開発は、現代有機化学において重要課題の一つとなっている。アミンは生物活性を示す多くの化合物中に含まれる構成要素である。脂肪族アミン類のC3位が官能基化された化合物は医薬品などにもしばしば見られ、創薬ターゲットになり得る骨格である。そのため効率的かつ簡便な脂肪族アミンのC3位官能基化法は、有機合成化学及び創薬化学的な観点において意義のある手法である。以上の背景を基に高須は、第一列遷移金属、とりわけ鉄触媒を用いたアミン3位の酸化的官能基化反応の開発を行った。

背景として、アミンの酸化により系中でイミン及びイミニウムカチオン中間体が生じ、そこに求核剤が付加する反応が数多く報告されている。この時C3位にもC-H結合を有する基質を用いれば、イミニウムカチオンがエナミンに異性化して、C3位で求電子剤と反応させることができると期待した(Figure 1)。

この発想のもとにC3位のニトロアルケンへの付加の検討を行ったところ、嵩高いメシチル基を窒素原子上に有する塩化鉄(III)-tert一ブチルペルオキシド(TBP)系にて最も効率的に反応が進行し、また触媒量のDMAP存在下に反応が加速することを見出した。最適化した反応条件を用い、基質一般性の検討を行い、ある程度の合成的に有用な基質一般性が発現することを明らかとした(Scheme 1)。

特に興味深いのは、これまで報告例のない鎖状基質に対する3位官能基化への適用である(Scheme2)。本反応系をそのまま鎖状基質に適用しても、エナミン中間体の不安定性ゆえ低収率に留まり、目的物の単離精製も困難であった。ここで、反応系にモレキュラーシーブスを加えてエナミンの加水分解を抑え、また反応後ワンポットで還元反応を行うことで良好な収率で生成物を得ることができた。すなわち、室温で反応系中に直接シアノ水素化ホウ素ナトリウムと塩化亜鉛のメタノール溶液を加えたところ、良好な収率でエナミンが還元された化合物が得られた。

また、生成物の合成化学的に有用な変換反応、本反応に有効でかつ除去可能な窒素原子上の置換基2,6-ジメチル-4-メトキシフェニル基の開発、反応機構に関する実験化学的知見から触媒サイクルの提唱も行っている。今後発展性の高い触媒反応であると評価できる。

以上のように、高須は安価で毒性の低い鉄触媒を用いて、アミン類のユニークな合成を可能としうるC3位の位置選択的酸化的炭素-炭素結合形成に成功した。これらの業績は、医薬品等の生物活性化合物の新たな触媒的合成法を提示するものであり、博士(薬学)の授与に相当するものと判断した。

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