学位論文要旨



No 129440
著者(漢字) 武智,翔
著者(英字)
著者(カナ) タケチ,ショウ
標題(和) 触媒的不斉四置換炭素構築型反応を用いたSPT阻害剤の効率的合成法の開発
標題(洋)
報告番号 129440
報告番号 甲29440
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1481号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 内山,真伸
 東京大学 講師 滝田,良
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景】

C 型肝炎ウイルス(HCV)は、スフィンゴ脂質に富む細胞膜上微小ドメインである脂質ラフトにおける会合・増殖が示唆されており、スフィンゴ脂質生合成経路の律速酵素であるSPT(Serine Palmitoyl-CoA Transferase) の阻害による脂質ラフトの形成抑制がHCV の増殖抑制作用を示すことが報告されている1。SPT 阻害剤は宿主因子を標的としていることから、HCVが薬剤耐性を獲得しづらい新規作用機序を有するHCV 増殖抑制薬のリード化合物として注目を集めている。右に示すSPT 阻害剤であるMycestericin F (1)、Mycestericin G (2)2、Viridiofungin A (3)3、 NA808 (4)4の構造上の特徴として、長鎖アルキル鎖からなる疎水性部位と、不斉四置換炭素を有し極性官能基が密に集約した親水性部位が挙げられ、特に後者の立体選択的構築は困難を伴う。私は、独自の不斉四置換炭素構築型触媒反応を駆使する事でこの問題を克服し、効率的なSPT 阻害剤の合成法を確立すべく研究に着手した。

1. 触媒的不斉アミノ化反応を用いたMycestericin F, G の不斉全合成

La(NO3)3/アミド型配位子(R)-L1/バリンt-ブチルエステルの三成分からなる触媒が、多様な配位様式を取り得る無保護a-アルコキシカルボニルアミドの不斉アミノ化反応を円滑に進行させる事が報告されている (Scheme 1)5。得られる反応成績体は高度に官能基化されたa-不斉四置換アミン構造を有している事から、本触媒反応を用いてMycestericin F、G の親水性部位の効率的構築が可能であると考えた。Scheme 2 に、逆合成解析を示す。疎水性アルキル鎖は5 と6 のクロスメタセシス反応により導入し、二級アルコール部位はケトンの立体選択的還元により構築する事とした。ケトン体6 はアミノ化反応成績体のエステル部位に対する有機金属試薬の付加反応により得る事とし、上述した触媒的不斉アミノ化反応によるアミノ基の導入を想定すると、a-アルコキシカルボニルラクタム8 が基質として最適であると考えた。8 は、b-プロピオラクトン9より5 工程にて合成可能であった。得られた8 に対して触媒的不斉アミノ化反応の検討を行ったところ、La(NO3)3/(R)-L1 を3 mol%、バリンt-ブチルエステルを12 mol%用いる事で望みのアミノ化体7 が92%収率、95% ee にて得られた。7 のBoc 基を除去した後にN–N 結合を切断して得られたアミンをアセチル化する事で、11 を得た。シアン化銅存在下ビニルGrignard 試薬を作用させ6 を得た。6 と5 のクロスメタセシス反応により側鎖を導入後、ケトン部位の還元条件の選別により二級アルコール12 の両ジアステレオマーを得る事に成功した。接触水素化、脱保護を行う事でMycestericin F, G の全合成を達成した6。

2. a-スルファニルラクトンを用いる触媒的不斉ダイレクトアルドール反応の開発

Viridiofungin A (3)及びNA808 (4)の効率的構築と、誘導体合成への展開を目指し研究に着手した。Scheme 4 に逆合成解析を示す。アミドの形成とエポキシドの開環を想定する事で、NA808 の合成における既知中間体13 へと逆合成し、本中間体から疎水性部位・アミド部位をそれぞれ独立して容易に導入可能であると考えた4。そこで、13 の効率的不斉合成を可能にする新規不斉触媒反応の開発を狙う事とした。14 において、水酸基の脱離基LG に対する分子内求核攻撃によるエポキシド形成を想定すると13 へと誘導可能で、14 はa位に脱離基を有するラクトン17 を用いたアルドール付加体15 から構築する事が可能であると予測した。

Figure 1 に示すa-スルファニルラクトン18 のメチルチオ基は、そのs*C-S 軌道によりa位アニオンの安定化効果が期待できる。さらに、ソフトなLewis塩基性を示す事から、ソフトなLewis酸触媒による官能基選択的活性化が可能で、酸性度の高いa水素を有する脂肪族アルデヒド存在下に18 からの優先的なエノラート形成が可能であると考えた。そこで、18 を用いる触媒的不斉ダイレクトアルドール反応の開発に着手した。検討の結果、ソフトLewis 酸にAgPF6、配位子に(R)- L2、塩基にDBU を用いる事で反応が円滑に進行する事を見出した。基質一般性の検討を行ったところ、種々の脂肪族アルデヒドに対してシン選択的に高いエナンチオ選択性にて反応が進行し、脂肪族アルデヒドの自己縮合は殆ど見られなかった (Table 1)。続いて既知中間体13 への変換を行った。アルドール反応成績体19 のラクトン部位を還元後20 へと導いた後に、S-メチル化により生じた21 に対してDBU を作用させることで22 を高収率にて構築する事に成功した。最後に、PMB 基を脱保護し既知中間体13 へと導くことに成功した。報告例を参考に、本中間体からViridiofungin A (3)、NA808 (4) の合成を達成した7。

3. a-スルファニルラクトンを用いる触媒的不斉Mannich 反応への展開

上述したキラル銀触媒を用いるダイレクトアルドール反応においては、反応成績体の一つである19 をキラル三置換エポキシド13 へと導き、位置選択的開環反応によりSPT 阻害剤の三級アルコール構造の構築を行った。同様に、本触媒系を用いてa-スルファニルラクトン18 を求核種前駆体とする不斉Mannich 反応へと展開する事で、有用なキラルビルディングブロックである三置換アジリジンの合成を行い、その位置選択的開環反応により光学活性a-不斉四置換アミン構造を合成可能であると考えた。検討の結果、N-Boc イミンを求電子剤に用いる事でMannich 反応は円滑に進行し、高いエナンチオ選択性にて目的物を与えた。本Mannich 反応成績体は、数工程の化学変換によりキラル三置換アジリジンへと誘導可能であった。

1) Sakamoto, H.; Okamoto, K; Aoki, M.; Kato, H.; Katsume, A.; Ohta, A.; Tsukuda, T.; Shimma, N.; Y, Aoki.; Arisawa, M.; Kohara, M.; Sudoh, M. Nat. Chem. Biol., 2005, 1, 333. 2) Fujita, T.; Hamamichi, N.; Kiuchi, M.; Matsuzaki, T.; Kitao, Y.; Inoue, K.; Hirose, R.; Yoneta, M.; Sasaki, S.; Chiba, K. J. Antibiot. 1996, 49, 846. 3) Harris, G. H.; Jones, E. T. T.; Meinz, M. S.; Nallin-Omstead, M.; Helms, G. L.; Bills, G. F.; Zink, D.; Wilson, K. E. Tetrahedron Lett. 1993, 34, 5235. 4) Aoki, M.; Kato, H.; Sudoh, M.; Tsukuda, T.; Masubuchi, M; Kawasaki, K. PCT Int. Appl. WO2004/071503A1, 2004 5) Mashiko, T.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 14990. 6) Berhal, F.; Takechi, S.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. Chem. Eur. J. 2011, 17, 1915. 7) Takechi, S.; Yasuda, S.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 4218.

Scheme 1.Catalytic asymmetric amination reaction

Scheme 2.Retrosynthetic analysis of Mycestericin F and Mycestericin G

Scheme 3.Total synthesis of Mycestericin F and Mycestericin G

Reagents and conditions: (a) 25% NH3 aq., rt, ; (b) cat. p-TsOH・H2O, 2,2-dimethoxvpropane, toluene, reflux 58% (2 steps); (c) Boc,O, DMAP, NEt3, CH3CN, reflux 96%; (d) LDA, methyichloroformate, THF, -78 °C, 86%; (e) TFA, CH,CI,, rt, 78%; (f) La(NO3)3・6H2O (3 mol%), (R)-L1 (3 mol%), H-D-Val-OtBu (12 mol%), AcOEt, 0 °C, 24 h, 92% (95% ee): (g) TFA, CH,C1,, 0 °C: (h) Rh/C, Hz (1 atm), MeOH, rt, 96% (2 steps): (i) AcC1, NEt3, CH2C12, rt, 98%: (j) vinylmagnesium bromide, CuCN, THF, -45 °C to rt, 81%; (k) Grubbs 1st catalyst (20 mol%), 5, CHzCIz, reflux, 62%; for Mycestericin F: (I) L-Selectride, THF, -78 °C, 93%; (m) Pd/C, H, (1 atm), MeOH, rt, quant.; (n) 6N HCI aq., reflux, 61%; for Mycestericin G : (I) NaBH4, CeCI3, THF, -78 °C, 91% (m) Pd/C, H, (1 atm), MeOH, rt, quant.; (n) 6N HCI aq., reflux, 69%.

Scheme 4.Retrosynthetic analysis of viridiofungin A and NA808

Figure 1.α-Sulfanyl lactone

Table 1.Substrate scope of aldol reaction

Scheme 5.Synthesis of epoxy alcohol intermediate

Reagents and conditions: (a) [AgPF6, (S)-3,5-di-('Bu),-4-MeO-MeOBIPHEP, DBU] (3 mol%), toluene, -20 °C, 24 Ii, 71% (syn/anti = 13/1), 98% ee (syn); (b) LiAIH4, THF, reflux, 82%; (c) TBDPSCI, imidazole, DMF, rt, 81%; (d) MeOTf, NaHCO;, ether, rt; (e) DBU, ether, rt, 95% (2 steps); (f) DDQ, CH,CI,-H,0 (20/1), rt, 95%.

Scheme 6. Mannich reaction of a-sulfanyl lactone

審査要旨 要旨を表示する

武智翔は、「触媒的不斉四置換炭素構築型反応を用いたSPT阻害剤の効率的合成法の開発」というタイトルで、2つのテーマの下、博士研究に取り組んだ。

C型肝炎ウイルス(HCV)は、スフィンゴ脂質に富む細胞膜上微小ドメインである脂質ラフトにおける会合・増殖が示唆されており、スフィンゴ脂質生合成経路の律速酵素であるSPT (Serine Palmitoyl-CoA Transferase) の阻害による脂質ラフトの形成抑制がHCVの増殖抑制作用を示すことが報告されている。SPT阻害剤は宿主因子を標的としていることから、HCVが薬剤耐性を獲得しづらい新規作用機序を有するHCV増殖抑制薬のリード化合物として注目を集めている。右に示すSPT阻害剤であるMycestericin F (1)、Mycestericin G (2)、Viridiofungin A (3)、 NA808 (4)の構造上の特徴として、長鎖アルキル鎖からなる疎水性部位と、不斉四置換炭素を有し極性官能基が密に集約した親水性部位が挙げられ、特に後者の立体選択的構築は困難を伴う。武智は、独自の不斉四置換炭素構築型触媒反応を駆使する事でこの問題を克服し、効率的なSPT阻害剤の合成法を確立すべく研究に着手した。

1.触媒的不斉アミノ化反応を用いたMycestericin F, Gの不斉全合成

触媒的不斉アミノ化反応の基質である6は、β-プロピオラクトン7より5工程にて合成した。得られた6に対して触媒的不斉アミノ化反応の検討を行ったところ、塩基を12 mol%用いる事で硝酸ランタン/L1を3 mol%まで減じても望みのアミノ化体5が92%収率、95% eeにてを得られることがわかった。5のBoc基を除去した後にN–N結合を切断して得られたアミンをアセチル化する事で、9を得た。シアン化銅存在下、ビニルGrignard試薬の連続的付加反応により、γ,δ-不飽和ケトン4を得た。4と3のクロスメタセシス反応により側鎖を導入後、ケトン部位の還元条件の選別による二級アルコール10の両ジアステレオマーを得た。最後に、オレフィンの接触水素化、酸による脱保護によりMycestericin F, Gの全合成を達成した。

2.α-スルファニルラクトンを用いる触媒的不斉炭素–炭素結合形成反応の開発

Lewis 酸にAgPF6、二座ホスフィン配位子である(R)-3,5-di-(tBu)2-4-MeO-BIPHEP(L2)、塩基にDBU を用いる協奏機能型触媒により、アルデヒドとα-スルファニルラクトン16 の触媒的不斉アルドール反応が、高収率、高エナンチオ選択的、高ジアステレオ選択的に進行することを見出した。触媒的不斉アルドール反応の開発に成功したので、続いて既知中間体11 への変換を行った。本アルドール反応は、19.1 g スケールにおいても立体選択性を損なうことなく望みのアルドール反応成績体17 を与えた。得られた17 のラクトン部位を還元した後に、生じた2 つの一級水酸基をTBDPS 基で保護し、エポキシド前駆体18 を得た。S-メチル化により生じた19 に対してDBU を作用させることで三置換エポキシド20 を高収率にて構築する事に成功した。最後に、PMB 基をDDQ により脱保護し既知中間体11 へと導くことに成功した。報告例を参考に、本中間体からViridiofungin A (1)、NA808 (2) の合成を達成した。

以上のように、武智は数種のSPT 阻害剤の触媒的不斉合成ルートの開発に成功した。以上の業績は、医薬品候補物の新たな触媒的不斉合成を提示するものであり、博士(薬学)の授与に相当するものと判断した。

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