学位論文要旨



No 129442
著者(漢字) 中村,政彦
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,マサヒコ
標題(和) 新規創薬テンプレートによる生理活性物質の創製研究 : 抗HCV薬および核内受容体RORリガンドの創製
標題(洋)
報告番号 129442
報告番号 甲29442
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1483号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 阿部,郁朗
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 准教授 花岡,健二郎
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序章】

当研究室では、生理活性物質の創製手法として、創薬マルチテンプレート手法を提唱し、サリドマイドをテンプレートに設定した実例を示してきた。この手法は、ヒト蛋白質が約5万から7万種類存在するものの、それらのドメイン三次構造に着目すると、そのフォールド構造は1000種ほどの立体構造に制限されるという考え方に立脚しており、フォールド構造が生体内に平均的に分布していると仮定すると、ある1つのフォールド構造に適合する骨格を共通母核(テンプレート)に設定すれば、1つのテンプレートの構造を元にして50-70種の蛋白質に対して親和性を持つ化合物が創製できるという考えである。

従前において、サリドマイドのマルチターゲット性に着目して、その骨格をテンプレートとして活用してきた。次に、新たなテンプレートへの拡張を図り、この手法の汎用性を実証することを考えた。そこで、本研究室で利用してきた急性前骨髄球性白血病(Acute Promyelocytic Leukemia,APL)治療薬tamibaroteneと、肝臓X受容体(Liver X Receptor,LXR)合成リガンドT0901317の構造を参考に、新たに1,1,4,4-tetramethyl-1,2,3,4-tetrahydronaphthalene(TMN)骨格、およびphenanthridinone骨格の着想を得て、それぞれを基本骨格に持つ各種生理活性物質の創製に着手した。

既に、TMN骨格を有するウイルス性白血病(成人T細胞白血病,Adult T-cell Leukemia,ATL)細胞増殖抑制薬や、phenanthridinone骨格を持つC型肝炎ウイルス増殖抑制薬について研究業績を上げてきた。本論文では、phenanthridinone骨格を有する抗HCV化合物のさらなる成果と、新たに標的として設定した核内受容体RORに関する成果を論述する。

【第1章 C型肝炎ウイルス増殖抑制活性を持つ化合物】

C型肝炎ウイルス(Hepatitis C Virus,HCV)の感染者は日本に約200万人、世界には1億7千万人いると考えられている。日本ではC型肝炎に起因する肝細胞癌で年間3万人以上が亡くなっており、創薬研究において重要な疾患である。現在の治療にはインターフェロンとリバビリンが主に用いられているが、重篤な副作用やHCVの遺伝子型によっては低い奏功率、高額の医療費などが課題である。また、現在進められているウイルス由来蛋白質(酵素など)を標的とした創薬研究は、副作用、ならびに変異による作用効果の大きな減弱が問題となっており、C型肝炎は新しい作用機序の新薬が期待される疾患である。

我々は、鹿児島大学馬場研究室との共同研究により、HCVモデルウイルスである牛ウイルス性下痢ウイルス(BVDV)を用いた探索研究、およびHCV replicon assay系を用いた探索研究を行い、phenanthridinone骨格化合物の抗HCV活性を見出してきた。新たに、HCV replicon複製をluciferase活性に置き換える活性評価系を導入し、研究を推し進めた。

当研究室においてLXR ligandとして保有していたphenanthridinone骨格化合物の抗HCV活性を評価することにより、N-butyl体1を選び出した。さらに、電子求引性基・供与性基の影響を調べるために、芳香環上にフッ素やmethyl基、methoxy基を導入した誘導体を合成し、methoxy基が活性の面で好都合であることを見出した。その後、monomethoxy基を持つ誘導体群の評価から、3、4、8位への導入が活性や選択性に優位であることが分かった。また、dimethoxy体、trimethoxy体などから、より詳細な構造活性相関を得た。

最終的に、化合物の平面性が重要であるという過去の構造活性相関や、隣接する3位と4位のmethoxyによる大きな立体反発などを考慮し、3位と4位にまたがるジオキソラン構造、さらに、8位にmethoxy基を導入した。この構造修飾により、phenanthridinone骨格を有する高活性かつ高選択的な抗HCV化合物2を手に入れることに成功した。2は、濃度依存的にHCV repliconを抑制し(Fig.2左グラフ、◆:Luc sub genome assay、◇:RT-PCR)、また、Huh-7細胞を用いた細胞生存試験においては、毒性(40μMまで)をほとんど示さなかった(Fig.2右グラフ、■)。

また、2は、LXR活性をほとんど示さず、現在、標的分子は不明であり、共同研究先とともに、標的分子の同定を図っていきたいと考えている。

【第2章 核内受容体RORインバースアゴニスト活性を持つ化合物】

Retinoic acid receptor related orphan receptor(ROR)は、核内受容体ファミリーに属する受容体群であり、α、β、γの3種類のサブタイプが存在する。RORは、その応答配列であるROREを介して、概日リズムや、TH17細胞に関係する免疫応答、糖・脂質の代謝などを制御しているとされるが、詳細な機能などは、不明な部分が多い。既に報告されているリガンドとしては、all-trans retinoic acid(ATRA)や合成LXRアゴニストTO901317が挙げられる。

RORγは、未分化T細胞からTHI7細胞への分化において重要であるとの報告があり、自己免疫疾患(多発性硬化症、関節リウマチ、炎症性腸疾患、全身性エリテマトーデスなど)との関連が示唆されている。さらには、RORα/γに対する合成リガンドSR1001が、THI7細胞のIL-17を始めとするサイトカイン類の産生を抑制することを示した報告がなされ、RORが自己免疫疾患の治療標的となり得ることが示された。

我々は、合成レチノイドtamibaroteneや、TO901317を由来とした骨格を利用し、生理活性物質の創製を行ってきた。そこで、上記の骨格を有する化合物群について、ROR活性評価を行った。活性評価は、reportergeneassayを用い、転写活性化能の変化をluciferase発現量に置換して、化合物の作用を観測する方法で行った。

まず、ATRAのanalogueであるtamibaroteneをリードとしたTMN骨格化合物について、活性評価を行った。TamibaroteneにはROR活性は見られなかったものの、そのカルボン酸部位を除去した化合物3に、ROR inverse agonist活性が観察された。また、その他の誘導体にも、fullまたはpartialのinverse agonist活性が見られた。これらの化合物にRORサブタイプ選択性は見られず、3については、ATRAやtamibaroteneと異なりRAR活性は見られなかった。

また、phenanthridinone骨格化合物においても、ROR inverse agonist活性を持つ化合物を見いだすことに成功した。その中でも、特徴的な化合物として9位にmethoxy基を持つ化合物4が挙げられる。この4には、TO901317よりも強いRORγ selective inverse agonist活性を示す一方、LXR agonist活性は示さないという選択性が見られた。

【終章】

TamibaroteneならびにTO901317から着想を得ることで、phenanthridinone骨格を持つ化合物群に抗HCV活性、また、TMN骨格ならびにphenanthridinone骨格を持つ化合物群に核内受容体ROR inverse agonist活性を見出すことに成功した。今後、抗ATL活性や抗HCV活性の本体である標的分子が明らかになり、そのフォールド構造をLXRやRORのそれと比較することによって、創薬マルチテンプレート手法の有用性の根拠が立証されるものと考える。

また、当研究室での活性評価によりphenanthridinone骨格は、cholesterol類をリガンドとするNPC1(Niemann-Pick病C型の原因タンパク質)やNPC1L1(NPC1 Like 1)に対して結合することが示唆された。Cholesterol類をリガンドとするLXRやRORにも同様に作用することから、phenanthridinone骨格がcholesterol骨格の代替となる可能性が考えられ、また、抗HCV作用についても、cholesterolの制御に関連するものではないかと考えられる。

Fig.1 The conceptual diagram of lead skeletons

Fig.2 Anti HCV compounds and the inhibition activity of 2

Fig.3 ROR inverse agonists

Fig.4 ROR inverse agonist with TMN skeleton

Fig.5 ROR inverse agonistic activities of T0901317 and compound 4

審査要旨 要旨を表示する

中村の所属する研究室では、生理活性物質の創製手法として、創薬マルチテンプレート手法を提唱し、サリドマイドをテンプレートに設定した実例を示してきた。この手法は、ヒト蛋白質が約5万から7万種類存在するものの、それらのドメイン三次構造に着目すると、そのフォールド構造は1000種ほどの立体構造に制限されるという考え方に立脚しており、フォールド構造が生体内に平均的に分布していると仮定すると、ある1つのフォールド構造に適合する骨格を共通母核 (テンプレート) に設定すれば、1つのテンプレートの構造を元にして50-70種の蛋白質に対して親和性を持つ化合物が創製できるという考えである。

従前において、サリドマイドのマルチターゲット性に着目して、その骨格をテンプレートとして活用してきた。次に、新たなテンプレートへの拡張を図り、この手法の汎用性を実証することを中村は考えた。そこで、過去に利用してきた急性前骨髄球性白血病 (Acute Promyelocytic Leukemia, APL) 治療薬tamibaroteneと、肝臓X受容体 (Liver X Receptor, LXR) 合成リガンドT0901317の構造を参考に、新たに1,1,4,4-tetramethyl-1,2,3,4-tetrahydronaphthalene (TMN) 骨格、およびphenanthridinone骨格の着想を得て、それぞれを基本骨格に持つ各種生理活性物質の創製に着手した。

既に、中村らは、TMN骨格を有するウイルス性白血病 (成人T細胞白血病, Adult T-cell Leukemia, ATL) 細胞増殖抑制薬や、phenanthridinone骨格を持つC型肝炎ウイルス増殖抑制薬について研究業績を上げてきた。本博士論文では、phenanthridinone骨格を有する抗HCV化合物のさらなる成果と、新たに標的として設定した核内受容体RORに関する成果を論述している。

第1章においては、C型肝炎ウイルス増殖抑制活性を持つ化合物について記述されている。

C型肝炎ウイルス (Hepatitis C Virus, HCV) の感染者は日本に約200万人、世界には1億7千万人いると考えられている。日本ではC型肝炎に起因する肝細胞癌で年間3万人以上が亡くなっており、創薬研究において重要な疾患である。現在の治療にはインターフェロンとリバビリンが主に用いられているが、重篤な副作用やHCVの遺伝子型によっては低い奏功率、高額の医療費などが課題である。また、現在進められているウイルス由来蛋白質 (酵素など) を標的とした創薬研究は、副作用、ならびに変異による作用効果の大きな減弱が問題となっており、C型肝炎は新しい作用機序の新薬が期待される疾患である。

中村らは、鹿児島大学馬場研究室との共同研究により、HCVモデルウイルスである牛ウイルス性下痢ウイルス (BVDV) を用いた探索研究、およびHCVレプリコンアッセイ系を用いた探索研究を行い、phenanthridinone骨格化合物の抗HCV活性を見出してきた。新たに、HCVレプリコン複製をluciferase活性に置き換える活性評価系を導入し、研究を推し進めた。

中村の所属する研究室においてLXR ligandとして保有していたphenanthridinone骨格化合物の抗HCV活性を評価することにより、N-butyl体1を選び出した。さらに、電子求引性基・供与性基の影響を調べるために、芳香環上にフッ素やmethyl基、methoxy基を導入した誘導体を合成し、methoxy基が活性の面で好都合であることを見出した。その後、monomethoxy基を持つ誘導体群の評価から、3、4、8位への導入が活性や選択性に優位であることを示した。また、dimethoxy体、trimethoxy体などから、より詳細な構造活性相関を得た。

最終的に、化合物の平面性が重要であるという過去の構造活性相関に基づき、3 位と4 位にまたがるジオキソラン構造、さらに、8 位にmethoxy 基を導入することで、phenanthridinone 骨格を有する高活性かつ高選択的な抗HCV 化合物2 を手に入れることに成功した。この2 は、濃度依存的にHCV replicon を抑制し (Fig. 1 左グラフ、◆:Luc sub genome assay、◇:RT-PCR)、また、Huh-7 細胞を用いた別の細胞生存試験においては、毒性 (40 μM まで) をほとんど示さなかった(Fig. 1 右グラフ、■)。

第2 章においては、核内受容体ROR インバースアゴニスト活性を持つ化合物について記述されている。

Retinoic acid receptor related orphan receptor (ROR) は、核内受容体ファミリーに属する受容体群であり、α、β、γ の3 種類のサブタイプが存在する。ROR は、その応答配列であるRORE を介して、概日リズムや、TH17 細胞に関係する免疫応答、糖・脂質の代謝などを制御しているとされるが、詳細な機能などは、不明な部分が多い。既に報告されているリガンドとしては、all-transretinoic acid (ATRA) や合成LXR アゴニストT0901317 が挙げられる。

RORγ は、未分化T 細胞からTH17 細胞への分化において重要であるとの報告があり、自己免疫疾患 (多発性硬化症、関節リウマチ、炎症性腸疾患、全身性エリテマトーデスなど) との関連が示唆されている。さらには、RORα/γ に対する合成リガンドSR1001 が、TH17 細胞のIL-17 を始めとするサイトカイン類の産生を抑制することを示した報告がなされ、ROR が自己免疫疾患の治療標的となり得ることが示された。

中村らは、合成レチノイドtamibarotene や、T0901317 を由来とした骨格を利用し、生理活性物質の創製を行ってきた。そこで、上記の骨格を有する化合物群について、ROR 活性評価を行った。活性評価は、reporter gene assay を用い、転写活性化能の変化をluciferase 発現量に置換して、化合物の作用を観測する方法で行った。

まず、ATRA のanalogue であるtamibarotene をリードとしたTMN 骨格化合物について、活性評価を行った。Tamibarotene にはROR 活性は見られなかったものの、そのカルボン酸部位を除去した化合物3 に、ROR inverse agonist 活性が観察された。また、その他の誘導体にも、full またはpartial のinverse agonist 活性を見出した。これらの化合物にROR サブタイプ選択性は見られず、3 については、ATRA やtamibarotene と異なり、RAR 活性を持たないことを示した。

また、phenanthridinone 骨格化合物においても、ROR inverse agonist活性を持つ化合物を見いだすことに成功した。その中でも、特徴的な化合物として4 が挙げられる。この4 では、T0901317よりも強いRORγ selective inverse agonist 活性を示す一方、LXR agonist 活性は示さないという選択性を有している。

中村は、Tamibarotene ならびにT0901317 から着想を得ることで、phenanthridinone 骨格を持つ化合物群に抗HCV 活性、また、TMN 骨格ならびにphenanthridinone 骨格を持つ化合物群に核内受容体ROR inverse agonist 活性を見出すことに成功した。今後、抗ATL 活性や抗HCV 活性の本体である標的分子が明らかになり、そのフォールド構造をLXRやRORのそれと比較することによって、創薬マルチテンプレート手法の有用性の根拠が立証されるものと考えることができる。

以上のように、中村政彦は、創薬マルチテンプレート手法において、新規の創薬テンプレートの獲得に成功し、この2 つの骨格に適切な官能基を導入することで、各種の生理活性物質の創製した。その中には選択的リガンドや標的未知の活性物質もあることから、見出した化合物をケミカルツールとして用いたタンパク質の機能解明などに応用できると考えている。本研究結果は医薬化学研究に大きく貢献するものであり、博士(薬学)の授与に値するものと認められる。

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