学位論文要旨



No 129443
著者(漢字) 野尻,明宏
著者(英字)
著者(カナ) ノジリ,アキヒロ
標題(和) 適時構造変化による適時機能変化型触媒の開発研究
標題(洋)
報告番号 129443
報告番号 甲29443
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1484号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 内山,真伸
 東京大学 准教授 花岡,健二郎
 東京大学 講師 滝田,良
内容要旨 要旨を表示する

<背景・目的>

酵素を始めとする生体内の機能性タンパク質は、必要な時に機能を果たし、不必要な時は当該機能の活性を大きく低下させ、またある時は違った機能をも示すものが多数存在する。この要因は、外部因子による可逆・不可逆の相互作用によって三次元的なコンフォメーションを変化させ、機能発現部位の立体構造を大きく変化させていることに起因する。

人工的な触媒に関して、三次元的なコンフォメーションを変化させて機能のON/OFFを制御しようとする触媒の動的機能変化に関する研究は発展途上の分野である。従来の触媒開発は、一つの反応の促進、一つの立体選択性の発現に焦点が絞られているため、デザインの容易さと触媒活性の予見性がある剛直な骨格を持つ触媒を設計することが多い。一方で、柔軟なコンフォメーション自由度を有する触媒は活性制御・立体選択性制御に困難が予想されるが、コンフォメーション変化による適時機能変化能を賦与させることが可能であり潜在能力が高いと言える。

私は、複数のコンフォメーションの随意制御が可能な触媒を設計し、適時機能変化能を有する触媒の開発を目指した。反応系中で、複数の触媒機能を思い通りに制御できれば、メカニズムが異なる複数の反応をワンポットで進行させる触媒の開発のみならず、一つのコンパートメントで適時に複数の事象を起こす系の構築が可能となり、時間軸のある多成分開放型複雑系を呈する生命化学現象のbottom-up型モデルとなり、その純粋化学的理解への前進も期待できる。

<研究1>構造多様性を有する触媒を用いた触媒的不斉マンニッヒ型反応の開発

私は、構造的に自由度を持った希土類金属/アミド触媒を用いて既存の触媒を用いることでは困難であったanti 選択的触媒的不斉マンニッヒ型反応の開発に成功した。1 さらに希土類金属源をSc(OiPr)3 からEr(OiPr)3 へと変更するのみでsyn 選択的に反応が進行することを見出した。2希土類金属のわずかなイオン半径の違いが、柔軟な骨格を持つアミド配位子により、光学特性が大きく異なる触媒の構築へと増幅されている結果となった。

<応用展開>フラスコ内における触媒の機能変化

配位子1、Er(OiPr)3 からなる触媒はsyn 選択的な反応を触媒し、後に反応系中にSc(OiPr)3を加えることによってanti 選択的な触媒へと機能変化をさせることに成功した。Er 触媒の反応系にSc(OiPr)3 を加えた際は、配位子1 はSc3+とより強い配位結合を形成して、anti 選択的に反応を進行させるSc 触媒を形成していることがわかった。この実験により、人工不斉触媒の系において、一つの触媒のダイナミックな三次元立体構造の変化と、付随する触媒の機能変化を繋げることができた。

<研究2>溶解性制御による触媒機能制御

<結果1>ジアミド型配位子のヘテロキラル凝集現象の発見

マンニッヒ型反応の反応機構解析の際にジアミド型配位子1がR 体、S 体それぞれのCHCl3溶液を混合すると、瞬時に1:1 ヘテロキラル凝集体を形成し沈殿するという興味深い分子認識能を見出し報告した。3 同様の現象はAcOEt 等他の溶媒では確認されなかった。CHCl3, AcOEtそれぞれの溶媒系から得られた単結晶のX 線構造解析により、パッキングパターンに明確な違いが見られた。CHCl3 より得られた結晶はR 体S 体が交互に並び強固な水素結合ネットワークを形成しており、本溶媒中での極めて低い溶解度の要因であると考えられた。

<結果2>光による可逆的ヘテロキラル凝集/解離制御

ジアミド分子内に光異性化するアゾベンゼンを導入することで、光異性化により凝集体の水素結合に影響を与え、ヘテロキラル凝集現象を光制御することを目指した。

下記ジアミド2のR 体/S 体混合物は、CH3CN 中でアゾベンゼンがtrans 型の時はヘテロキラル凝集を起こした。紫外光(365nm)照射によるcis 型への光異性化で凝集体は解離し溶解した。続いて可視光(>422nm)照射により再びtrans 型へ異性化させると凝集体を与えた。この凝集/解離のサイクルは繰り返し再現可能であった。4

<結果3>触媒反応への展開

以上の研究から得られた知見をもとに溶解性の違いを利用した触媒の開発に着手した。検討の結果化合物3が、trans 型のときではCH3CN 中で極めて弱い溶解性を示すのに対して、cis 型に異性化させることによって完全に溶解することを見出した。化合物3を、求核性を持つ触媒として用いてモデル反応としてフェノールのBoc化反応を用いて反応速度差を検討したところ有意な反応速度差が見られた。溶解性制御による反応性の制御が可能であるということを示すことができた。

1) Nojiri, A.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 56302) Nojiri, A.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 37793) Matsuzawa, A.; Nojiri, A.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. Chem. Eur. J. 2010, 16, 50364) Nojiri, A.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2012, 51, 2137

Figure 1. 概念図

Scheme1. 触媒的不斉Mannich 型反応

Scheme2. フラスコ内における触媒機能変化

Figure 2. ラセミ体1の結晶構造 (左図はCHCl3 、右図はAcOEt/Pentane より得られた単結晶の解析図)

Figure 3. 可逆的ヘテロキラル凝集/解離現象

Figure4. 触媒の溶解性変化による反応促進能の変化

審査要旨 要旨を表示する

野尻明宏は、「適時構造変化による適時機能変化型触媒の開発研究」というタイトルで、2つのテーマの下、博士研究に取り組んだ。

酵素を始めとする生体内の機能性タンパク質は、必要な時に機能を果たし、不必要な時は当該機能の活性を大きく低下させ、またある時は違った機能をも示すものが多数存在する。この要因は、外部因子による可逆・不可逆の相互作用によって三次元的なコンフォメーションを変化させ、機能発現部位の立体構造を大きく変化させていることに起因する。人工的な触媒に関して、三次元的なコンフォメーションを変化させて機能のON/0FFを制御できれば非常に興味深い機能を付与することができると考えた。この考えの下、複数のコンフォメーションの随意制御が可能な触媒を設計し、適時機能変化能を有する触媒の開発を目指した。反応系中で、複数の触媒機能を思い通りに制御できれば、メカニズムが異なる複数の反応をワンポットで進行させる触媒の開発のみならず、一つのコンパートメントで適時に複数の事象を起こす系の構築が可能となり、時間軸のある多成分開放型複雑系を呈する生命化学現象のbottem-up型モデルとなり、その純粋化学的理解への前進も期待できる。

1.構造多様性を有する触媒を用いた触媒的不斉マンニッヒ型反応の開発

構造的に自由度を持った希土類金属/アミド触媒を用いて、既存の触媒を用いることでは困難であったanti選択的触媒的不斉マンニッヒ型反応の開発に成功した。さらに希土類金属源をSc(OiPr)3からEr(OiPr)3へと変更するのみでsyn選択的に反応が進行することを見出した。希土類金属のわずかなイオン半径の違いが、柔軟な骨格を持つアミド配位子により、光学特性が大きく異なる触媒の構築へと増幅されている結果となった。この特性を用いて、配位子1、Er(OiPr)3からなる触媒によりsyn選択的な反応を触媒し、後に反応系中にSc(0iPr)3を加えることによってanti選択的な触媒へと機能変化をさせることに成功した(Scheme 1)。Er触媒の反応系にSc(0iPr)3を加えた際は、配位子1はSc(3+)とより強い配位結合を形成して、anti選択的に反応を進行させるSc触媒を形成していることがわかった。この実験により、人工不斉触媒の系において、一つの触媒のダイナミックな三次元立体構造の変化と、付随する触媒の機能変化を繋げることができた。

2.溶解性制御による触媒機能制御

マンニッヒ型反応の反応機構解析の際にジアミド型配位子1がR体、S体それぞれのCHCl3溶液を混合すると、瞬時に1:1ヘテロキラル凝集体を形成し沈殿するという興味深い分子認識能を見出し報告した。同様の現象はAcOEt等他の溶媒では確認されなかった。CHCI3,AcOEtそれぞれの溶媒系から得られた単結晶のX線構造解析により、パッキングパターンに明確な違いが見られた。CHCl3より得られた結晶はR体S体が交互に並び強固な水素結合ネットワークを形成しており、本溶媒中での極めて低い溶解度の要因であると考えられた。

さらに、ジアミド分子内に光異性化するアゾベンゼンを導入することで、光異性化により凝集体の水素結合に影響を与え、ヘテロキラル凝集現象を光制御することを目指した。下記ジアミド2のR体/S体混合物は、CH3CN中でアゾベンゼンがtrans型の時はヘテロキラル凝集を起こした。紫外光(365nm)照射によるcis型への光異性化で凝集体は解離し溶解した。続いて可視光(>422nm)照射により再びtrans型へ異性化させると凝集体を与えた。この凝集/解離のサイクルは繰り返し再現可能であった。

さらに以上の研究から得られた知見をもとに、溶解性の違いを利用した触媒の開発に着手した。検討の結果、trans型のときではCH3CN中で極めて弱い溶解性を示すのに対して、cis型に異性化させることによって完全に溶解するDMAP類似触媒を見出した。この化合物を、求核性を持っ触媒として用いてモデル反応としてフェノールのBOC化反応を用いて反応速度差を検討したところ、光照射下、非照射下で有意な反応速度差が見られた。溶解性制御による反応性の制御が可能であるということを示すことができた。

以上のように、野尻は金属や光といった刺激に応答して機能をスイッチングさせる触媒の開発に成功した。以上の業績は、医薬品の合成に有用な新たな触媒の設計指針を提示するものであり、博士(薬学)の授与に相当するものと判断した。

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