学位論文要旨



No 129445
著者(漢字) 丸山,慶輔
著者(英字)
著者(カナ) マルヤマ,ケイスケ
標題(和) 転写制御を志向した化合物の効率的創製 : ジフェニルメタン骨格による展開
標題(洋)
報告番号 129445
報告番号 甲29445
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1486号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 阿部,郁朗
 東京大学 准教授 花岡,健二郎
 東京大学 講師 石川,稔
内容要旨 要旨を表示する

【序】

生命現象の本体とも言えるタンパク質に対して、機能解明や創薬のために、種々の化合物が創製されてきた。しかしヒトタンパク質の総数は50000~70000 と見積もられており、これだけの数の低分子リガンドを網羅的に創出するためには大変な労力を要することが予想され、リード化合物の創出も容易ではない。一方、生体内の天然物リガンドに目を向けると、ステロイド化合物のように、共通骨格から派生したマルチターゲットな化合物が見られる。このような、ターゲットタンパク質の種類を超えたリガンド共通構造として機能しうるものを、当研究室ではマルチテンプレートと呼称している。

マルチテンプレートを用いた化合物創製は、一つの骨格から構造展開することで様々な生理活性物質を創製出来るため、化合物ライブラリー内の母核構造の多様性を抑えつつ、複数種のタンパク質に対して効率良くリガンドを創製することが可能になるはずである。当研究室ではこれまでに、サリドマイドをマルチテンプレートとした構造展開を行い、種々のリガンドを創製してきた1。また、ジフェニルメタン骨格をステロイド代替骨格としてとらえ、核内受容体を中心としたリガンド創製も行ってきた2。

これらをふまえ、私は、ジフェニルメタン骨格を用いて転写を制御する化合物群を効率的に創製できることを実験的に実証すること目的とした。具体的には、アンドロゲン受容体(AR)アンタゴニスト、エストロゲン受容体(ER)アンタゴニスト、ヒストンアセチル化酵素(HAT)阻害活性物質の創製を目指した。

【第1 章 ステロイド骨格とその代替構造】

核内受容体は転写因子の一種であり、その多くは低分子リガンドが結合することで細胞核内での転写を制御する。核内受容体は生殖、恒常性維持、脂質・骨代謝調節、免疫調節など、ヒトの生命機能の根幹を制御している。このため医薬品のターゲットとしても古くから注目されている。内因性の核内受容体リガンドとして、ステロイド誘導体が挙げられる。ステロイド誘導体は、ホルモンをはじめとした様々な生理活性物質として生体内に存在し、ヒトの生命現象をコントロールしている。ステロイド誘導体には医薬品として用いられているものもある。例えば1α,25-dihyroxyvitamin D3 (以下1,25-VD3) はステロイドB環が開環したセコステロイド骨格を有しており、ビタミンD 受容体(VDR)を介して骨代謝調節や細胞の分化誘導、免疫調節などの作用を発現している。これらの作用が注目され、1,25-VD3 およびその誘導体がカルシウム代謝調節薬・骨粗鬆症治療薬・乾癬治療薬として臨床で用いられており、抗がん薬への応用も期待されている3。

20 世紀前半から様々なステロイドホルモンの機能が明らかになるにつれて、天然体や合成類縁体の研究が盛んに行われ、ステロイド骨格を有する数多くの医薬品が誕生した。しかし近年では副作用等の問題から、医薬品開発は非ステロイド型誘導体が求められている。例えばステロイド抗炎症薬であるプレドニゾロンやデキサメタゾンは顕著な抗炎症作用を示すが、その作用点の多さから多岐にわたる副作用が知られており、決して使いやすいとは言えない。副作用を回避するために、各種ターゲットタンパク質に選択的な医薬品の開発が進められ、その課程で非ステロイド型アゴニストが報告されてきた。例えば、1999年にBoehm らにより報告されたビタミンD アゴニストLG190178 は、初の非セコステロイド型VDR リガンドであった4。しかし、これらの非ステロイド核内受容体リガンドはいずれも独立にデザインされたものであり、ステロイド骨格に変わる共通骨格は未だ存在しない。当研究室では、ステロイドのマルチターゲット性を背景に、ビタミンD 受容体 (VDR)リガンドであるLG190178 のもつジフェニルメタン構造に着目して誘導体展開を行なう中で、ビタミンD 受容体 / アンドロゲン受容体(AR)デュアルリガンド(VDR アゴニスト / AR アンタゴニスト)や、ファルネソイドX 受容体(FXR)アゴニスト、5α還元酵素阻害薬などを創製することに成功し、ジフェニルメタン構造がステロイド代替骨格になりうることを提案している(Figure 1.)2。これらをふまえて種々のリガンド展開に着手した。

【第2 章 AR アンタゴニストへの展開】

アンドロゲン受容体(AR)はtestosterone や5α-dihydrotestosterone に代表されるアンドロゲンを内因性リガンドとする核内受容体である。アンドロゲンはAR を介し、男性の二次性徴、筋肉や骨の形成といった重要な作用を発現している。一方で、AR のアンドロゲン依存的な転写活性化は前立腺がんの発症と進展にも深く関与していると考えられている。当研究室ではジフェニルメタン型VDR / AR デュアルリガンドの創製に成功していたものの、AR 選択的アンタゴニストの創製は未だ達成されていなかった。(S,R)-LG190178 とVDR、およびbicalutamide 類縁体とAR の複合体X 線結晶構造が報告されている。両者を比較したところ、bicalutamide のフルオロベンゼンスルホニル基が、 (S,R)-LG190178 のt-ブチル基の位置に相当する部位に存在し、これらの官能基の脂溶性と嵩高さが抗アンドロゲン作用に大きな役割を果たしていることが示唆された。

そこで、(S,R)-LG190178 のt-ブチル基部分にさらなる置換基を導入することで抗アンドロゲン選択的なリガンドが創製できることを期待した。この様にしてデザインした化合物群を合成し、アンドロゲン依存的細胞増殖抑制活性と、ビタミンD依存的細胞分化促進活性を評価した。その結果、ビタミンD 活性に対して約30 倍の選択性を持ち、bicalutamide より強い抗アンドロゲン化合物を創出することに成功した(Figure 2.)。

【第3 章 ERα アンタゴニストへの展開】

ER は、ERαとERβ、2 つのサブタイプを持ち、ステロイド骨格を有するestradiol(E2,17β-estradiol)に代表されるエストロゲンを内因性リガンドとする核内受容体である。ERαは女性生殖器系に豊富に存在し、乳腺、視床下部、内皮細胞、血管平滑筋にも存在している。一方ERβは前立腺、卵巣に豊富に存在し、肺、脳、血管、骨にも存在している。乳がん細胞の増殖はエストロゲン依存性であることが多く、特にERαが関与している。このため、抗エストロゲン薬のタモキシフェンは乳がん組織等に存在するER に競合的に結合し、抗エストロゲン作用を示すことによって抗腫瘍効果を発揮するとして、臨床で用いられている。

一般に環境ホルモン類として知られる化学物質に、ジフェニルメタン誘導体であるbisphenol A があり、ポリカーボネート系プラスチックの原料として工業利用されている。Bisphenol A はER アゴニストとして、またその類縁体はER リガンドとして機能しうることが報告されているが、アゴニスト作用、アンタゴニスト作用に関する構造活性相関、あるいはそのERα、ERβ選択性などは精査されていない。私は、bisphenol A はestradiol と同じ位置に結合し、ステロイド代替骨格として機能していると予想した。そうであれば過去の知見から、リガンドの嵩高さを調整すればアゴニスト・アンタゴニストの作り分けが可能と考えた。化合物群を新規に合成し活性評価したところ、中心部アルキル鎖を変換することで、アゴニストからアンタゴニストを作り分けることができた。更に、ERα選択的でIC50 値が4.9 nM と強い活性を有するERαアンタゴニストを得た(Figure 3.)。またドッキングスタディによる考察も行った。

【第4 章 HAT 阻害剤への展開】

HAT は、アセチルCoA をドナーとしてアセチル基をヒストンのリジン残基に転移する酵素である。アセチル化されたヒストンは、リジン残基の正電荷が中和されること、またアセチル化部位を認識するブロモドメインを含むタンパク質によってその情報が読み取られることによって特定のクロマチン領域の目印として機能すると考えられている。一般に高度にアセチル化された領域は、活性クロマチンであると考えられている。ヌクレオソーム構造が緩みプロモーター領域に転写因子が接触しやすくなることにより、転写が活性化される。ER にエストロゲンが結合すると、HAT 活性をもつタンパク質複合体が結合して下流の遺伝子の転写が活性化される。HAT 活性を阻害できれば、エストロゲン依存性の転写を阻害し、乳がん細胞の増殖を抑制するケミカルツールのひとつとなる可能性がある。

HAT 阻害剤としてはanacardic acid やcurcumin などが知られているが、合成リガンドの報告は少ない。近年、curcumin を構造展開した化合物にHAT 阻害活性が認められるという報告がある5。これは当研究室で行ってきたジフェニルメタン型の構造に類似しており、私は構造展開によってジフェニルメタン骨格がHAT 阻害剤としても機能することを期待し、エピジェネティクスへの応用を試みた。種々化合物を合成して活性評価を行い、ジナフチル骨格をもつHAT 阻害活性化合物を創出した。その中でanacardic acid に迫る活性を示す化合物も見出した(Figure 4.)。また多重薬理の観点からも考察した。

【第5 章 総括】

私は本研究において、ステロイド骨格を天然のマルチテンプレートと捉え、より医薬化学的に扱いやすい代替構造として、ジフェニルメタン骨格を選択した。これをマルチテンプレートとして、転写を制御するリード化合物群の効率的創製を目指し、本手法の有用性を実験的に実証することを目的とした。

Bicalutamide を上回る抗アンドロゲン活性を示し、VDR に対して約30 倍の選択性をもつ抗アンドロゲン化合物を創出した。また、bisphenol A をジフェニルメタン型ステロイド代替骨格として捉え、ERα選択的アンタゴニストを効率的に見出すことにも成功し、シンプルな構造展開においてもアゴニストからアンタゴニストへのスイッチ・活性増強・選択性獲得ができることを示した。エピジェネティクスへの展開として、HAT 阻害剤への活性拡張の可能性も示した。これらの結果により、本手法の有用性を示すことができたと考えており、更なる生理活性物質の創製につながるものと期待している。

1 Hashimoto, Y. Bioorg.Med.Chem. 2002, 10, 461-479.2 Hosoda, S, et al. Mini-Rev.Med.Chem. 2009, 9, 572-580.3 Bouillon, R. et al. W. Endocr. Rev. 1995, 16, 200-257.4 Boehm, M. F. et al. Chem Biol. 1999, 6, 265-275.5 Costi, R. et al. J. Med. Chem. 2007, 50(8), 1973-1977.

Figure 1.

Figure 2.

Figure 3.

Figure 4.

審査要旨 要旨を表示する

生命現象の本体とも言えるタンパク質に対して、機能解明や創薬のために、種々の化合物が創製されてきた。しかしヒトタンパク質の総数は5万〜7万と見積もられており、これだけの数の低分子リガンドを網羅的に創出するためには大変な労力を要することが予想され、リード化合物の創出も容易ではない。一方、生体内の天然物リガンドに目を向けると、ステロイド化合物のように、共通骨格から派生したマルチターゲットな化合物が見られる。このような、ターゲットタンパク質の種類を超えたリガンド共通構造として機能しうるものを橋本研究室ではマルチテンプレートと呼称している。マルチテンプレートを用いた化合物創製は、一つの構造から構造展開することで様々な生理活性物質を創製出来るため、化合物ライブラリーの規模を抑えつつ、個々のタンパク質に対して独立に探索を行うよりも効率の良いリガンド展開が可能になると言える。橋本研究室ではこれまでに、サリドマイドをマルチテンプレートとした構造展開を行い、TNF-α産生調節剤、DPP-IV阻害剤、ピューロマイシン感受性アミノペプチダーゼ阻害剤等の化合物を創製してきた。また、初の非セコステロイド型ビタミンD受容体 (VDR) リガンドであるLG190178のもつジフェニルメタン構造に着目して誘導体展開を行なう中で、ビタミンD受容体 / アンドロゲン受容体(AR)デュアルリガンド(VDRアゴニスト / ARアンタゴニスト)(R,S)-DPP1023や、ファルネソイドX受容体(FXR)アゴニストDPPF-01などを創製することに成功している。

橋本研究室に所属する丸山慶輔は、ジフェニルメタン骨格の有用性を実験的に実証すること目的とした。具体的なタンパク質として、AR、エストロゲン受容体(ER)、またエピジェネティクスへの応用を試みてヒストンアセチル化酵素(HAT)の3つを選択し、これらの標的に対して、選択性の獲得をめざした。

具体的な内容は第2章から述べられる。第2章はARに対する展開の成果である。ARはtestosteroneや5α-dihydrotestosteroneに代表されるアンドロゲンを内因性リガンドとする核内受容体である。アンドロゲンはARを介し、男性の二次性徴、筋肉や骨の形成といった重要な作用を発現している。一方で、ARのアンドロゲン依存的な転写活性化は前立腺がんの発症と進展にも深く関与していると考えられている。橋本研究室ではジフェニルメタン型VDR / ARデュアルリガンドの創製に成功していたものの、AR選択的アンタゴニストの創製は未だ達成されていなかった。(S,R)-LG190178とVDR、およびbicalutamide類縁体とARの複合体X線結晶構造が報告されている。両者を比較したところ、bicalutamideのフルオロベンゼンスルホニル基が、 (S,R)-LG190178のt-ブチル基の位置に相当する部位に存在し、これらの官能基の脂溶性と嵩高さが抗アンドロゲン作用に大きな役割を果たしていることが示唆された。

そこで丸山は、(S,R)-LG190178 のt-ブチル基部分にさらなる置換基を導入することで抗アンドロゲン選択的なリガンドが創製できることを期待した。この様にしてデザインした化合物群を合成し、アンドロゲン依存的細胞増殖抑制活性と、ビタミンD 依存的細胞分化促進活性を評価した。その結果丸山は、ビタミンD 活性に対して約30 倍の選択性を持ち、bicalutamide より強い抗アンドロゲン化合物を創出することに成功した(Figure 1.)。

第3 章はER に対する展開の成果である。ER は、ERαとERβ、2 つのサブタイプを持ち、ステロイド骨格を有するestradiol(E2, 17β-estradiol)に代表されるエストロゲンを内因性リガンドとする核内受容体である。ERαは女性生殖器系に豊富に存在し、乳腺、視床下部、内皮細胞、血管平滑筋にも存在している。一方ERβは前立腺、卵巣に豊富に存在し、肺、脳、血管、骨にも存在している。乳がん細胞の増殖はエストロゲン依存性であることが多く、特にERαが関与している。このため、抗エストロゲン薬のタモキシフェンは乳がん組織等に存在するER に競合的に結合し、抗エストロゲン作用を示すことによって抗腫瘍効果を発揮するとして臨床で用いられているが、サブタイプ選択性はさほど高くないため、今後の治療薬展開についてはERα選択的なアンタゴニストが求められると考えられる。

一般に環境ホルモン類として知られる化学物質に、ジフェニルメタン誘導体であるbisphenol A があり、ポリカーボネート系プラスチックの原料として工業利用されている。Bisphenol A はER アゴニストとして、またその類縁体はER リガンドとして機能しうることが報告されているが、アゴニスト作用、アンタゴニスト作用に関する構造活性相関、あるいはそのERα、ERβ選択性などは精査されていない。丸山は、bisphenol A はestradiolと同じ位置に結合し、ステロイド代替骨格として機能していると予想した。そうであれば研究室の過去の知見から、リガンドの嵩高さを調整すればアゴニスト・アンタゴニストの作り分けが可能と考えた。化合物群を新規に合成し活性評価したところ、中心部アルキル鎖を変換することで、アゴニストからアンタゴニストを作り分けることができた。また、ERα選択的でIC(50)値が4.9 nMと強い活性を有するERαアンタゴニストを得た(Figure 2.)。またドッキングスタディによる考察も行い、アンタゴニストとして作用していることを支持する結果を得た。このようにシンプルな構造展開においてもアゴニストからアンタゴニストへのスイッチ・活性増強・選択性獲得ができることを示した。

第4章は、HAT阻害剤に対する展開である。HATは、アセチルCoAをドナーとしてアセチル基をヒストンのリジン残基に転移する酵素である。アセチル化されたヒストンは、リジン残基の正電荷が中和されること、またアセチル化部位を認識するブロモドメインを含むタンパク質によってその情報が読み取られることによって特定のクロマチン領域の目印として機能すると考えられている。一般に高度にアセチル化された領域は、活性クロマチンであると考えられている。ヌクレオソーム構造が緩みプロモーター領域に転写因子が接触しやすくなることにより、転写が活性化される。ERにエストロゲンが結合すると、HAT活性をもつタンパク質複合体が結合して下流の遺伝子の転写が活性化される。丸山はHAT活性を阻害できれば、エストロゲン依存性の転写を阻害し、乳がん細胞の増殖を抑制するケミカルツールのひとつとなる可能性があると考えた。

HAT阻害剤としてはanacardic acidやcurcuminなどが知られているが、合成リガンドの報告は少ない。近年、curcuminを構造展開した化合物にHAT阻害活性が認められるという報告がある。これは橋本研究室で展開してきたジフェニルメタン型の構造に類似しており、丸山は構造展開によってジフェニルメタン骨格がHAT阻害剤としても機能することを期待し、エピジェネティクスへの応用を試みた。種々化合物を合成して活性評価を行い、ジナフチル骨格をもつHAT阻害活性化合物を創出した。その中で、anacardic acid に迫る活性を持つ化合物も創出した(Figure 3.)。また多重薬理の観点からも考察し、創出した化合物がERアンタゴニストとしての作用とHAT阻害剤としての作用両面からの効果が期待できることを示唆した。これにより、エピジェネティクスへの展開として、ジフェニルメタン骨格が利用できる可能性も示した。

以上、丸山は本研究において、3つのターゲットに対し、ステロイド代替骨格としてジフェニルメタン骨格を選択して研究を展開した結果、それぞれに対して活性を持つ化合物を創出した。その中には、既存化合物を上回る活性を示したものも含まれており、本手法の有用性と更なる性活性物質の創製に繋がると期待される。これらの成果は、博士(薬学)の学位授与に値すると判断される。

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