学位論文要旨



No 129446
著者(漢字) 小澤,新一郎
著者(英字)
著者(カナ) オザワ,シンイチロウ
標題(和) Gating modifier toxinによる電位依存性カリウムイオンチャネル阻害の構造基盤
標題(洋)
報告番号 129446
報告番号 甲29446
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1487号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 清水,敏之
 東京大学 教授 関水,和久
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

電位依存性カリウムイオンチャネル(Kv)は膜電位に応じて開閉し、電気化学的ポテンシャルに従ってカリウムイオンを選択的に透過する膜タンパク質である。Kv は4 本の膜貫通ヘリックス(S1-S4)からなる電位センサードメイン(VSD)と2 本の膜貫通ヘリックス(S5-S6)からなるポアドメインを含むサブユニットが対称な四量体を形成して機能する(Fig. 1)。

また、VSD のS4 には3-4 残基ごとに側鎖に正電荷を含むArg やLys が保存されている。この正電荷が膜電位に応じて脂質二重膜中を上下に移動するようなVSD の構造変化により、イオン透過路の開閉がアロステリックに制御されると考えられている。

Kv を介したカリウムイオンの透過を阻害する生物毒として、gating modifier toxin が知られている。Gating modifier toxin は脂質二重膜中でVSD と結合し、その膜電位依存的な構造変化を阻害することでKv の機能をアロステリックに阻害すると考えられている。Gating modifier toxin は30-40 残基程度のポリペプチドであり、分子内に3 本のジスルフィド結合を含む高度に保存された立体構造を有している。また、分子表面には疎水性残基が多く露出しており、hydrophobic patch と呼ばれる保存された領域が脂質二重膜中への分配とVSD との結合の両者において重要な役割を果たすと考えられている。しかしながら、gating modifier toxin 上に共通して存在するhydrophobic patch を用いて、どのようにして標的となるKv を特異的に認識しているのかは明らかとなっていない。

また、近年、VSD に変異導入したKv 全長を用いた電気生理解析により、gating modifier toxin がVSD のS3-S4 周辺に結合することや、gating modifier toxin がKv を阻害するためには膜が一度再分極する必要があることなどが報告された(Alabi AA et al. 2007, Schmidt D et al. 2009)。しかしながら、gating modifier toxin 結合状態のVSD の立体構造は明らかとなっていないため、gating modifiertoxin がどのようにして標的となるVSD の膜電位依存的な構造変化を阻害しているのかは明らかとなっていない。

そこで本研究では、gating modifier toxin-VSD 間の特異的な分子認識様式、およびgating modifier toxin によるVSD の膜電位依存的な構造変化の阻害様式を解明することを目的として、gating modifier toxin-VSD 複合体の立体構造を明らかとすることとした。

【方法・結果】

1. VSD およびVSTx1 の調製

解析対象としては、真核生物由来Kv と同等の立体構造および電気生理学的性質を有する古細菌A.pernix 由来Kv であるKvAP のVSD(1-149, C11S)と、KvAP を阻害するgating modifier toxin であるVSTx1 を選択した。両者は大腸菌を用いて発現・精製した。また、VSD はdecylmaltoside(DM)を用いて可溶化した。

2. VSD の性状解析

調製したVSD の立体構造を、膜電位依存的に大きく構造変化するS4 周辺残基のDM ミセルからの露出度を指標として評価した。今回は、VSD のS4 に変異導入したCys と水溶性の高いマレイミド化ポリエチレングリコール(Mal-PEG)との反応によって各残基の露出度を解析した。その結果、DMミセルから大きく露出した残基として、VSD のS3-S4 ループ周辺残基を同定した。得られた結果を先行研究(Ruta V et al. 2005)と比較することにより、DM ミセル中のVSD が膜電位のない脂質二重膜における脱分極状態のVSD と同等の立体構造を形成することが示唆された。

次に、蛍光修飾したVSD をリポソームに再構成し、膜電位を形成した際の蛍光スペクトルの変化を指標としてVSD の膜電位依存的な構造変化を解析した。その結果、VSD 再構成リポソームでは膜電位形成に伴う蛍光消光が観測されたため、調製したVSD が膜電位依存的に構造変化することが示された。一方、VSTx1 存在下では蛍光スペクトル変化が顕著に抑制されたため、VSTx1 が膜電位のない脂質二重膜中で脱分極状態のVSD と結合し、その構造を安定化することが示唆された。

そこで、以降は、VSD が脱分極状態の構造を形成することが明らかとなったDM ミセル中で、VSTx1とVSD の相互作用解析を行うこととした。

3. VSTx1-VSD 間相互作用解析

DM ミセル中のVSD とVSTx1 の相互作用を、等温滴定型カロリメトリー(ITC)によって解析した。その結果、両者はモル比1:1、解離定数1.5 μM 程度で結合することが明らかとなった。

次に、均一15N標識したVSDに対してVSTx1 を添加するNMR滴定実験を行った。その結果、VSTx1結合に伴って観測された化学シフト変化は小さく、大部分のシグナルはほとんど変化しなかった。これにより、VSTx1 結合時にVSD の全体構造はほとんど変化しないことが示唆された。

4. VSTx1-VSD 間相互作用残基の同定および複合体モデルの構築

当研究室で開発したNMR 手法である交差飽和(CS)法およびアミノ酸選択的CS(ASCS)法により、VSTx1-VSD 間で近接する残基対を同定した。はじめに、CS 法によってVSTx1 上のDM 結合残基としてF5, M6, W7, K8, C9, D18, W27 およびV29 を、VSTx1 上のVSD 結合残基としてV20, S22,W25, S32 およびF34 をそれぞれ同定した(Fig. 2 (A))。これにより、VSTx1 はhydrophobic patch周辺残基を用いてDM と相互作用する一方で、hydrophobic patch 裏側のC 末端(F34)の周辺残基を用いてVSD と相互作用することが明らかとなった。

また、ASCS 法により、VSTx1-VSD 間で5Å以内に近接する残基対として V20-I127, S22-F124,W25-L121, S32-L128 およびF34-L128 の5 組の残基対を同定した(Fig. 2 (C))。次に、同定した近接残基対を距離制限情報、VSTx1 の溶液構造および脱分極状態のVSD の溶液構造を初期構造としてHADDOCK(de Vries SJ et al. 2010)によるドッキング計算を行い、VSTx1-VSD 複合体モデルを構築した(Fig. 3)。複合体モデル上では、VSTx1 のC 末端周辺残基がVSD のS4 と相互作用する一方で、hydrophobic patch はDM のアシル鎖が存在すると想定される領域に露出していた。

【考察】

本研究により、VSTx1 は従来の知見とは異なり、hydrophobic patch 裏側のC 末端周辺残基を用いてVSD のS4 と相互作用することが明らかとなった。Gating modifier toxin はhydrophobic patch 周辺残基の性質がよく保存されている一方でC 末端周辺残基の保存性は低いため、gating modifier toxinが保存性の低いC 末端周辺残基を用いて標的となるVSD を特異的に認識していることが示唆された。

また、複合体モデルからは、細胞膜中ではhydrophobic patch がリン脂質のアシル鎖と相互作用する一方で、荷電性残基は細胞外側に露出することが示唆された(Fig. 3)。これにより、VSD と結合したVSTx1 は細胞膜外側に留まることでS4 の膜電位依存的な構造変化を阻害し、脱分極状態のVSDの構造を安定化することが示唆された。Gating modifier toxin のhydrophobic patch やその周辺の荷電性残基はアミノ酸配列や表面分布の保存性が高いため、VSTx1 が脱分極状態のVSD を安定化する相互作用様式は、他のgating modifier toxin とVSD でも広く保存されている可能性が高い。Kv は脱分極刺激による活性化のあと経時的に不活性化し、脱分極電位下でもイオンを透過しにくい不活性化状態に移行することや、不活性化したKv が再活性化するためには再分極に伴って一度静止膜電位下の構造に戻る必要があることが知られている。これに対して、gating modifier toxin は脱分極した膜中でVSD の構造を安定化するため、再分極に伴うVSD の膜電位依存的な構造変化を阻害し、Kv の再活性化を阻害することが示唆された。

このように、VSTx1-VSD 複合体モデルからは、これまでgating modifier toxin を用いた電気生理実験等によって解析されてきたKv の機能を立体構造の観点から説明する上で重要な知見が得られた。また、内因性リガンドがほとんど報告されていないKv 上のpharmacophore を同定し、立体構造情報をもとにした薬物の設計を可能とした点でも意義が大きい。

Fig. 1 Kv の立体構造

(A) 細胞外側から見た構造。

(B) 膜に平行な方向から見た構造。VSD は向かい合う2 サブユニット分のみを表示した。

Fig. 2 CS およびASCS 実験結果

(A) CS 実験にて同定したVSTx1 上のDM(左)およびVSD(右)結合界面残基。

(B) VSTx1 表面残基の性質。

(C) ASCS 実験によって同定したVSTx1-VSD 間の近接残基対。

Fig. 3 VSTx1-VSD 複合体モデル

DM 中(左)または脂質二重膜中(右)に分子を配置した。ドッキング計算の過程で、側鎖や運動性の高いVSTx1 のC 末端(L30-F34)の配向は変化させている。

審査要旨 要旨を表示する

本学位論文は、NMR の手法により、電位依存性カリウムイオンチャネル(Kv)とそれを阻害する生物毒であるgating modifier toxin の相互作用を解析し、複合体モデル構造を構築した研究に関するものである。

Kv は膜にかかる電位勾配に応じてイオン透過路を開閉させ、特定のイオンを選択的に透過させる膜タンパク質であり、慢性疼痛や神経変性疾患、自己免疫疾患などに対する治療薬の標的としても注目されている。Kvの立体構造上には4 本の膜貫通ヘリックス(S1-S4)からなる電位センサードメイン(VSD)が高度に保存されており、VSD の膜電位依存的な構造変化によってイオン透過路の開閉がアロステリックに制御されると考えられている。また、Kv を介したカリウムイオンの透過を阻害する生物毒として、gating modifier toxinが知られている。Gating modifier toxin は脂質二重膜中でVSD と結合し、その膜電位依存的な構造変化を阻害することでKvの機能をアロステリックに阻害する。Gating modifiertoxin の脂質二重膜中への分配とVSD との結合の両者には、分子表面に保存されたhydrophobic patch と呼ばれる疎水性領域が重要な役割を果たすと考えられている。しかしながら、gating modifier toxin 上に共通して存在するhydrophobic patch を用いて、どのようにして標的となるKv を特異的に認識しているのかは明らかとなっていない。このような問題に対して、本論文ではgating modifier toxin-VSD 複合体の立体構造を明らかとし、gating modifier toxin による特定のVSD 選択的な分子認識様式、およびVSD の膜電位依存的な構造変化の阻害様式を解明している。

解析には、真核生物由来Kv と同等の立体構造および電気生理学的性質を有する古細菌A. pernix 由来KvAP のVSD と、KvAP を阻害するgating modifier toxin であるVSTx1を、それぞれ大腸菌にて大量発現して用いている。はじめに、蛍光修飾したVSD をリポソームに再構成し、膜電位を形成した際の蛍光スペクトル変化を指標としてVSD の膜電位依存的な構造変化を解析している。その結果、VSD 単独では膜電位形成に伴う蛍光消光が観測されたことから、調製したVSD が膜電位依存的に構造変化することを示している。一方、VSTx1 存在下では蛍光スペクトル変化が顕著に抑制されたことから、VSTx1 が膜電位のない脂質二重膜中で脱分極状態のVSD と結合し、その構造を安定化することを示している。

次に、VSD が脱分極状態の構造を形成することが明らかとなっている界面活性剤decylmaltoside(DM)ミセル中で、VSTx1 とVSD の相互作用解析を行っている。解析には、高分子量タンパク質複合体においても分子間の結合界面および近接残基対を残基レベルの分解能で同定可能なNMR 手法である交差飽和(CS)法およびアミノ酸選択的CS(ASCS)法を用いている。

はじめに、CS 法によってVSTx1 上のDM 結合残基としてF5, M6, W7, K8, C9, D18,W27 およびV29 を、VSTx1 上のVSD 結合残基としてV20, S22, W25, S32 およびF34 をそれぞれ同定している。これにより、VSTx1 はhydrophobic patch 周辺残基を用いてDMと相互作用する一方で、hydrophobic patch 裏側のC 末端(F34)周辺残基を用いてVSDと相互作用することを明らかとしている。

また、ASCS 法により、VSTx1-VSD 間で5Å 以内に近接する残基対として V20-I127,S22-F124, W25-L121, S32-L128 およびF34-L128 の5 組の残基対を同定し、これら残基対を距離拘束条件としたドッキング計算により、VSTx1-VSD 複合体モデルを構築している。複合体モデル上では、VSTx1 のC 末端周辺残基がVSD のS4 と相互作用する一方で、hydrophobic patch はDM が存在すると想定される領域に露出していた。

本研究は、従来の知見とは異なり、VSTx1 がhydrophobic patch の分子裏側に位置するC 末端周辺残基を用いてVSD と相互作用することを明らかとした初めての知見である。Gating modifier toxin はhydrophobic patch 周辺残基の性質がよく保存されている一方でC 末端周辺残基の保存性は低いため、得られた結果はgating modifier toxin が保存性の低いC 末端周辺残基を用いて標的となるVSD を特異的に認識していることを示唆している。また、得られた複合体モデルは、細胞膜中ではVSTx1 のhydrophobic patch がリン脂質のアシル鎖と相互作用する一方で、荷電性残基は細胞外側に露出することを示唆している。これらの知見は、C 末端周辺残基を用いて特定のVSD 選択的に結合したVSTx1 が、hydrophobic patch を介して細胞膜外側に留まることでVSD のS4 の膜電位依存的な構造変化を阻害し、KvAP の機能を阻害することを示している。

本論文で得られたVSTx1-VSD 複合体モデル構造は、これまでgating modifier toxinを用いた電気生理実験等によって解析されてきたKv の機能を立体構造の観点から説明する上で重要な知見を与えると同時に、内因性リガンドがほとんど報告されていないKv 上のpharmacophore を同定し、立体構造情報をもとにした薬物の設計を可能とした点でも意義が大きいことから、本研究は博士(薬学)の学位授与に値すると判断した。

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