学位論文要旨



No 129449
著者(漢字) 齊藤,祐樹
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ユウキ
標題(和) メチシリン耐性黄色ブドウ球菌が持つ病原性抑制機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 129449
報告番号 甲29449
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1490号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 准教授 八代田,英樹
 東京大学 准教授 富田,泰輔
 東京大学 特任准教授 松沢,厚
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

抗生物質メチシリンに対して耐性能を獲得した黄色ブドウ球菌MRSA(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus)の出現は臨床上大きな問題となっている。MRSAはその出現以来、病院内を主な感染の場とする日和見感染菌とされてきた。しかし、近年では市中でもMRSAの感染例が報告されている。市中感染型MRSAは病院分離型MRSAよりも高い病原性を示し、健常人に対しても病気を引き起こすため、社会的に問題となっている。市中感染型MRSAの高い病原性の原因は細胞外毒素の高発現であるとされているが、それを導く分子メカニズムについては不明である。

MRSAはゲノム上に、SCCmec領域と呼ばれる外来遺伝子領域を有する。SCCmec領域にはメチシリン耐性遺伝子を含む複数の遺伝子が存在する。市中感染型MRSAが獲得したSCCmec領域は病院分離型MRSAのSCCmec領域に比べて短く、いくつかの遺伝子領域に欠損が生じている。私は病院分離型MRSAのSCCmec領域において特有に見いだされる遺伝子が病原性を抑制する効果を持つと考え、遺伝子の同定とその機能解析に着手した。その結果私は、病院分離型MRSAに特有の遺伝子であるpsm-mec遺伝子とmecR2遺伝子がMRSAの病原性を抑制する機能を持つことを見いだした。

【結果】

1.psm-mecRNAはMRSAの病原性を抑制する

病院分離型MRSAと市中感染型MRSAのSCCmec領域を比較すると、市中感染型MRSAのSCCmec領域ではpsm-mec遺伝子の周辺領域を欠損していた。そこで私はpsm-mec遺伝子が病原性を抑制する機能を持つかについて検討した。その結果、psm-mec遺伝子を市中感染型MRSAに導入すると、マウス全身感染モデルにおける病原性が低下した(図1)。この結果は、psm-mec遺伝子がMRSAの病原性を抑制する機能を有することを示唆している。psm-mec遺伝子を導入した市中感染型MRSAについて表現型を解析したところ、PSMαの産生能が抑制されていることがわかった(図1)。PSMαは黄色ブドウ球菌が放出する低分子の細胞溶解毒素でα1、α2、α3、α4の4種が同定されており、市中感染型MRSAの高病原性を説明する重要な毒素である。さらに、PSMαの産生能を抑制する機能は、psm-mec遺伝子に終止コドンを導入しても保持されていることがわかった。したがって、psm-mec遺伝子の翻訳産物ではなく、転写産物がPSMαの産生を抑制する活性を担うと考えられた。すなわち、病院分離型MRSAがもつpsm-mec遺伝子の転写産物が機能性RNAとしてMRSAの病原性を抑制していることがわかった。

2. psm-mec RNA はagrA mRNAと結合し、AgrAの翻訳を抑制する

次に私は、psm-mecRNAが細胞溶解毒素PSMαの産生を抑制するメカニズムの解明を試みた。psm-mec遺伝子を導入した黄色ブドウ球菌では、PSMαをコードするpsmα遺伝子のプロモーター活性およびmRNA量が低下していた。この結果は、psm-mec RNAはpsmαの転写を抑制していることを示唆している。psmαの転写を正に制御する転写因子としてAgrAが知られている。そこでpsm-mec遺伝子がAgrAの発現を抑制しているかについて検討した。その結果、AgrAをコードするagrA遺伝子のmRNA量はpsm-mec遺伝子導入株と非導入株との間で同程度であったのに対し、AgrAタンパク質の発現量はpsm-mec遺伝子導入株において減少していることが判明した(図2A)。また、AgrAタンパク質の発現量の低下は、終止コドン変異を持つpsm-mec遺伝子を導入した株においてもみられた(図2A)。これらの結果から、psm-mec RNAはAgrAの翻訳を抑制していると考えられた。翻訳段階を抑制しているかについて検討するために、agrA ORFを融合させたルシフェラーゼ遺伝子をDNAジャイレースのプロモーターの下流に組み込んだ構造を持つプラスミドを作出し、黄色ブドウ球菌に導入した。この株にpsm-mec遺伝子を導入したところ、ルシフェラーゼの発現量が低下した(図2B)。この結果は、psm-mec RNAによるPSMαの産生能の低下は、転写因子であるAgrAの翻訳の抑制によることを示唆している。そこでAgrAの翻訳抑制が、psm-mec RNAとagrA mRNAの直接の結合によるかについて検討した。その結果、psm-mec RNAはagrA mRNAと特異的に結合することが見いだされた(図3)。

さらに、agrAmRNAと結合することが予測される配列に変異を導入した変異型psm-mec RNAはagrA mRNAと結合しなかった。次に、ここで用いた変異型psm-mec遺伝子、およびagrA mRNAとの予測結合配列を欠損した欠損型psm-mec遺伝子を導入した株のPSMα産生量およびAgrAタンパク質の発現量を測定した。その結果、欠損型psm-mec遺伝子および変異型psm-mec遺伝子を導入した株では、野生型psm-mec遺伝子を導入した株に比べてPSMαおよびAgrAの発現量を低下させる機能が減弱していることがわかった(図4)。以上の結果から、psm-mec RNAはagrA mRNAと結合してAgrAの翻訳を抑制し、PSMαの産生を抑制することが示唆された。

3.病院分離型MRSAが持つpsm-mec遺伝子の機能の検討

次に私は、病院分離型MRSAが内在的に持つpsm-mec遺伝子がMRSA自身の病原性を抑制しているかについて検討した。関東地方の病院より分離された326株のMRSAについてpsm-mec遺伝子の塩基配列を解析した結果、psm-mec遺伝子のプロモーター部位に変異を持つ株が24%存在することが判明した。また、psm-mec遺伝子を欠損している株が9%存在した。これらの株は、野生型のpsm-mec遺伝子を持つ株に比べて高いPSMα産生量を示した(図5)。したがって、psm-mec遺伝子の変異や有無と毒素産生量に対応関係があることが示唆された。次に、psm-mec遺伝子がMRSAの毒素産生能の抑制に必要であるかについて、野生型のpsm-mec遺伝子を有するMRSA株のうち18株についてpsm-mec遺伝子欠損株を作出し、検討した。その結果、14株においてはpsm-mec遺伝子の欠損によるAgrAタンパク質の発現量の上昇が見られ、13株においてPSMα産生量の上昇がみられた。このうち3株について動物個体に対する病原性を検討したところ、いずれの株においてもpsm-mec遺伝子欠損株ではマウスに対する病原性が上昇していた。以上の結果から、病院分離型MRSAはpsm-mec遺伝子を持つために自身のPSMαの産生が抑制され、病原性を低下させていることが示唆された。

4.mecR2遺伝子も毒素産生能を抑制する機能を有する

psm-mec遺伝子欠損株のPSMαの産生量は親株に比べて増加するものの、市中感染型MRSAのPSMα産生量には到達していない。私はpsm-mec遺伝子以外にもPSMαの産生を抑制する遺伝子が存在すると考え、新たな病原性抑制遺伝子の検索をおこなった。psm-mec遺伝子のアンチセンス鎖には、mecR1-mecl-mecR2の3遺伝子から構成されるオペロンが存在する。市中感染型MRSAのSCCmec領域では、mecRlの3'末端側からmecR2遺伝子までを欠損している。そこで、これらの遺伝子が毒素産生能を抑制する機能を持つかについて検討した。その結果、psm-mec遺伝子とmecR2遺伝子の二重欠損株は、psm-mec遺伝子単独欠損株に比べてPSMαの産生量が上昇していることが見出された(図6)。この結果は、psm-mec遺伝子とともにmecR2遺伝子も病原性抑制遺伝子であることを示唆している。

【考察】

私は、病院分離型MRSAのSCCmec領域に存在するpsm-mec遺伝子から転写されるpsm-mec RNAが、転写因子AgrAの翻訳を阻害し、毒素PSMαの発現を抑制することを見いだした。さらに、psm-mec遺伝子の他にmecR2遺伝子がPSMαの発現を抑制する機能を持つことを見いだした。MRSAが獲得したSCCmec領域から病原性の抑制に機能する遺伝子を同定した例は本研究が初めてである。病院分離型MRSAはこれらの遺伝子を獲得することにより自らの病原性を抑え、免疫力の低下した患者の中で潜伏感染し続けるという戦略をとっていると考えられる。一方、市中感染型MRSAはpsm-mec遺伝子およびmecR2遺伝子を欠損しているために病原性を抑えられず、高病原性を示していると考えられる。市中感染型MRSAは、psm-mec遺伝子およびmecR2遺伝子を欠損したSCCmec領域を獲得することにより、市中の健常人に感染する能力を得たと考えられる。

【発表論文】

Kaito C, Saito Y, Nagano G, Ikuo M, Omae Y, Hanada Y, Han X, Kuwahara-Arai K, Hishinuma T, Baba T, Ito T, Hiramatsu K, Sekimizu K.

Transcription and translation products of the cytolysin gene psm-mec on the mobile genetic element SCCmec regulate Staphylococcus aureus virulence.

PLoS Pathogens. 2011; 7, (2) e1001267

図1 psm-mec遺伝子はマウスへの病原性および毒素産生を抑制する

A.ICRマウスへ市中感染型MRSAおよびそのpsm-mec遺伝子導入株を静脈内注射した。

B.市中感染型MRSAおよびそのpsm-mec遺伝子導入株の培養上清中のPSMα量をHPLCにより定量した。縦軸は、非導入株に対するpsm-mec遺伝子導入株の産生量の比を示す。

図2 psm-mecRNAはagrAの翻訳を抑制する

A.野生型、終止コドン変異型、プロモーター変異型のpsm-mec遺伝子を導入した黄色ブドウ球菌について、菌体内のAgrAをウエスタンブロッティングにより検出した。

B.agrA ORFを融合したルシフェラーゼ遺伝子を黄色ブドウ球菌へ導入し、psm-mec遺伝子を導入した時のルシフェラーゼ活性の変化率を求めた。

(*luc=ルシフェラーゼ遺伝子)

図3 psm-mec RNAはagrA mRNAと特異的に結合する

(32)Pで標識したpsm-mec RNAに対して各濃度のagrA RNAを添加し、ゲルシフトアッセイに供した。さらに、非標識のpsm-mec RNAもしくは酵母由来のtRNAを添加し、ゲルシフトアッセイに供した。

図4 psm-mec RNAとagrA mRNAの結合によりAgrAの翻訳が阻害される

agrA mRNAとの結合が予測される配列を欠損、または変異を導入したpsm-mec遺伝子を導入した株についてAgrAおよびPSMα3の発現量を定量した。

図5 psm-mec遺伝子の変異や有無と毒素産生量の対応関係

臨床分離されたMRSAについて、培養上清中のPSMα3の産生量をHPLCにて定量した。

図6 mecR2遺伝子は毒素産生を抑制する

臨床分離されたMRSAにっいて各遺伝子欠損株を作出し、培養上清中のPSMα3の産生量をHPLCにて定量した。破線は市中感染型MRSA(FRP3757株)のPSMα3の産生量を示す。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、薬剤耐性化した黄色ブドウ球菌(MRSA)が獲得した遺伝子領域から自身の病原性を抑制する遺伝子を同定し、その機能解析をおこなったものである。

MRSA はその発見以来、院内感染し、日和見感染症を引き起こす点で問題となってきた。しかし近年になり、市中において健常人に感染症を引き起こす高病原性MRSA(市中感染型MRSA)が社会的問題になっている。市中感染型MRSA の高病原性の原因は、外毒素の高発現によるとされているが、これを導く分子メカニズムは不明であった。本研究は、MRSA の病原性の違いを導く分子機構の解明を目指したものである。

申請者は病原性の違いを説明する遺伝子を同定するにあたり、MRSA が獲得した遺伝子領域であるSCCmec 領域に着目した。SCCmec 領域には薬剤耐性遺伝子のほか複数の遺伝子がコードされている。市中感染型MRSA が持つSCCmec 領域を病院分離型MRSA のSCCmec 領域と比較すると数カ所の遺伝子領域を欠損していることから、申請者は、病院分離型MRSA のSCCmec 領域に自身の病原性を抑制する遺伝子がコードされていると考え、遺伝子の同定と機能解析に着手した。

申請者は、既に所属研究室において病原性の抑制に寄与する遺伝子領域として見いだされていたF 領域に着目した。その結果、病原性を抑制する機能を担う遺伝子としてpsm-mec 遺伝子を同定した。psm-mec 遺伝子の導入によって、毒素PSMαの産生が抑制されることを見いだした。さらに、PSMαの産生を抑制する機能は、psm-mec 遺伝子に終止コドン変異を導入しても保持されていることが判明した。以上の結果より、psm-mec 遺伝子の転写産物がPSMαの産生を抑制し、病原性を抑制する機能を持つことが明らかとなった。

申請者は次に、psm-mec RNA がPSMαの産生を抑制するメカニズムの解明を試みた。その結果、psm-mec RNA が転写因子AgrA の翻訳段階を抑制し、psmα遺伝子の転写を抑制することを明らかにした。さらに、psm-mec RNA はagrA mRNA と特異的に結合することを明らかにした。この時、結合を阻害する変異の導入により、psm-mec RNA依存のPSMα産生の抑制能が減弱することを見出した。以上の結果より、psm-mec RNAはagrA mRNA と結合し、AgrA タンパク質への翻訳を抑制することでPSMαの産生を抑制していることが示唆された。

申請者は次に、臨床で分離される株が内在的に持つpsm-mec 遺伝子が病原性の抑制に機能しているかについて検討した。MRSA の臨床分離株の中でpsm-mec 遺伝子に変異や欠損が生じている株は、野生型のpsm-mec 遺伝子を持つMRSA に比べてPSMαの産生能が上昇していることを見いだした。さらに、psm-mec 遺伝子の欠損株においてAgrA タンパク質およびPSMαの発現量が上昇し、マウスに対する病原性が上昇する株を同定した。これらの結果から、病院分離型MRSA はpsm-mec 遺伝子を持つために病原性が抑制されており、psm-mec 遺伝子の変異や欠損が高病原性を導いていることが示唆された。

申請者は次に、psm-mec 遺伝子以外の病原性抑制遺伝子の検索をおこなった。psm-mec 遺伝子の周辺領域であり、市中感染型MRSA において欠損している遺伝子に着目した。その結果、psm-mec 遺伝子欠損株からさらにmecR2 遺伝子を欠損するとPSMαの産生能が上昇する株を見いだした。この結果から、mecR2 遺伝子も病原性抑制遺伝子であることが示唆された。

以上、本研究では病院分離型MRSA のSCCmec 領域に特徴的な遺伝子群から、psm-mec 遺伝子およびmecR2 遺伝子を病原性抑制遺伝子として同定した。そして、psm-mec 遺伝子がAgrA の翻訳を抑制すること、ならびにMRSA の病原性を規定する遺伝子であることを明らかにした。SCCmec 領域から病原性抑制遺伝子を同定し、その変異や有無によってMRSA の病原性の違いが導かれていることを示したのは本研究が初めてである。これは、MRSA が持つ病原性制御機構について新たな視点を加えることとなり、生物系薬学および微生物学に貢献するところが大きく、博士(薬学)に値すると判断した。

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