学位論文要旨



No 129451
著者(漢字) 谷,友香子
著者(英字)
著者(カナ) タニ,ユカコ
標題(和) 好酸球による炎症収束促進機構についての解析
標題(洋) Roles of eosinophils in the resolution of acute inflammation
報告番号 129451
報告番号 甲29451
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1492号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 村田,茂穗
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【序】

炎症は,外傷や感染症に対する重要な防御機構であり,いったん生じた炎症反応を適切に収束させることは慢性炎症を防ぐためにも重要である.炎症の初期過程で1よ炎症巣に浸潤した好中球が異物を貧食し,その後収束過程では,アポトーシスした好中球がマクロファージ(Mφ)に貧食されリンパ管を通ってリンパ節へと吸収される.炎症の初期過程については多くの研究がなされているが,収束過程については不明な点が多い.私は修士課程において,炎症の収束期に出現する好酸球がリポキシンA4(LXA4)やプロテクチンD1(PDI)などの抗炎症性脂質メディエーター産生酵素である12/15-リポキシゲナーゼ(12/15-LOX)依存的に炎症の収束に促進的に働くことを見出したが,その作用機構については未解明であった.また,収束期に出現する好酸球の性質については解析されていない.そこで本研究では,好酸球による炎症収束促進機構の解明および炎症収束期の好酸球の表現型を明らかにすることを目指した.

【方法と結果】

1. 好酸球はMφのCXCL13の発現を誘導する

炎症の収束にはMφによるアポトーシス細胞の貧食や抗原のクリアランスが重要と考えられている.そこで,好酸球がMφの形質に与える影響について検証した.野生型および好酸球欠損マウス(△dblGATA)にzymosan腹膜炎を誘導し,炎症収束期に炎症巣に浸潤しているMφを回収し,遺伝子発現解析を行った.さらに,炎症誘導12時間後に好酸球欠損マウスに野生型または12/15-LOX欠損好酸球を投与したときのMφについても解析を行った(図 1A).その結果,好酸球の有無によってMφで発現量が変化している遺伝子が複数認められた.そこで次に,好酸球は12/15-LOX依存的に炎症の収束を制御するため,好酸球欠損マウスのMφで変化している遺伝子のうち,野生型の好酸球の投与によって発現量が回復し,12/15-LOX欠損好酸球を投与では回復しない遺伝子を探索した.その結果,ケモカインのひとつであるCXCL13を見出した.MφにおけるCXCL13の発現量は,好酸球欠損マウスでは野生型に比べて顕著に低く,外から好酸球を投与したマウスのMφでは野生型に近いレベルまで回復が認められた(図1B).一方,12/15-LOX欠損好酸球の投与では回復は認められなかった(図1B).以上の結果より,好酸球が12/15-LOX依存的にMφのCXCL13の発現量に影響を与えていることが示された.

2. 好酸球によって誘導されるCXCL13は炎症収束作用をもつ

好酸球欠損マウスでは炎症の収束に遅延が生じるが(図2A),その作用に好酸球によってMφで誘導されるCXCL13が関与するかどうかを調べるために,CXCL13に対する中和抗体を投与し,炎症収束への寄与を調べた.炎症の収束は(1)炎症巣である腹腔内に残存する好中球数(2)蛍光zymosanを取り込んだ細胞の所属リンパ節への移行,の2点で評価した.その結果,蛍光zymosan投与後24時間の時点において,CXCL13に対する中和抗体を投与したマウスはコントロールマウスに比べて腹腔内に残存する好中球数が有意に多く,炎症の収束が遅延していることが示唆された(図2B).炎症局所で異物を貧食した好中球やMφなどの細胞は,その後収束過程においてリンパ組織へと移行することが知られている.そこで,炎症誘導24時間後の所属リンパ節中の蛍光zymosanを取り込んだ細胞数を測定した結果,CXCL13に対する中和抗体を投与したマウスコントロールマウスに比べて蛍光zymosanを取り込んだ細胞数が有意に少なかった(図2B).以上の結果より,好酸球によってMφで誘導されるCXCL13が,炎症の収束に促進的に働くことが示された.

3.好酸球が産生する脂質メディエーターLXA4がMφのCXCL13の発現を誘導する

次に,好酸球によってMφで誘導されるCXCL13の発現制御機構について検証した.MφにおけるCXCL13の発現誘導が好酸球の12/15-LOX依存的であることから(図IC),12/15-LOXによって産生される好酸球由来の脂質メディエーターによって制御されている可能性が考えられた.そこで,好酸球欠損マウスに12/15-LOX由来の脂質メディエーターであるLXA4を投与し,MφにおけるCXCL13の発現量を調べた.その結果,炎症局所に5μgのLXA4を投与することによってCXCL13の発現が誘導されることを見出した(図3A).また,LXA4の投与によって好酸球欠損マウスで増加していた腹腔内に残存する好中球数の減少が認められた(図3B).

4.炎症収束期の好酸球は骨髄やアレルギー性好酸球とは異なるサブセットである

炎症収束期の好酸球がこれまでに知られている好酸球とは異なるサブセットかどうかを調べるために,定常状態におけるマウス骨髄中好酸球,OVAによる気管支喘息モデルマウスの気管支肺胞内好酸球(アレルギー性好酸球),zymosan腹膜炎の炎症収束期の腹腔内好酸球を単離し,解析を行った.形態観察の結果,いずれもマウス好酸球に特徴的なリング状の核を有する一方,炎症収束期の好酸球は細胞傷害活性をもつタンパク質を多く含む細胞内穎粒が少ない傾向がみられた(図4A).実際に遺伝子発現解析の結果,炎症収束期の好酸球では骨髄やアレルギー性好酸球に比較して,穎粒タンパク質eosinophil cationic protein(ECP),eosinophil peroxidase(EPO),major basicprotein(MBP)の発現量が著しく低かった(図4B).次に,フローサイトメーターにて表面抗原の発現を解析した結果,収束期の好酸球は骨髄の好酸球やアレルギー性好酸球とは異なる発現パターンを示し,CCR3,F4/80,CD11b,CD62Lの発現が高い細胞であることがわかった(図4C).さらに,好酸球による炎症収束作用について解析を行った.好酸球欠損マウスに蛍光zymosanにて腹膜炎を誘導後,炎症収束期または骨髄の好酸球を投与することによって好酸球欠損マウスにおける炎症収束の遅延が回復するかどうかを検証した.その結果,好酸球欠損マウスで増加する炎症巣に残存する好中球数は,収束期の好酸球を投与することによって回復するが,骨髄の好酸球の投与では回復は認められなかった(図4D).一方,リンパ節へ移行した蛍光zymosanを取り込んだ細胞数について1よ収束期と骨髄の好酸球との間には有意な差は認められず,共に回復させる傾向が認められた(図4E).

【まとめと考察】

本研究で私は,好酸球がMφのCXCL13の発現を誘導することで炎症の収束に促進的に働くことを明らかにした.さらに,CXCL13の発現は好酸球由来の脂質メディエーターLXA4によって制御されることを見出した.また,炎症収束期の好酸球が骨髄やアレルギー性好酸球とは質的に異なる好酸球であることを初めて明らかにした.さらに,好酸球投与実験の結果より,収束期の好酸球と骨髄の好酸球は機能的にも異なる可能性が示された.これまで好酸球のサブセットについてはあまり語られることがなかったが,今後さまざまな好酸球の質的,機能的な違いを細胞レベルで明らかにすることで,好酸球による炎症収束作用の解明が進むことが期待される.

【図1】好酸球はMΦの形質に影響を与える

(A)実験スキーム

(B)野生型、△dblGATA、△dblGATAマウスに好酸球を投与したときのMΦにおけるCXCL13の遺伝子発現誘導

【図2】CXCL13を阻害すると,好酸球欠損マウスと類似した表現型を示す

(A)△dblGATA(好酸球欠損)マウスの炎症収束への影響

(B)CXCL13に対する中和抗体を投与したときの炎症収束への影響

【図3】好酸球が産生する脂質メディエーターがMΦのCXCL13の発現を制御する

(A)LXA4投与によるMΦにおけるCXCL13の遺伝子発現誘導

(B)LXA4投与したときの炎症収束への影響(腹腔内に残存する好中球数)

【図4】炎症収束期の好酸球は骨髄やアレルギー性好酸球とは異なるサブセットである

(A)好酸球の形態(B)顆粒タンパク質の遣伝子発現量(C)フローサイトメーター解析

(D)炎症収束期および骨髄の好酸球による炎症収束への影響

審査要旨 要旨を表示する

炎症は,外傷や感染症に対する重要な防御機構であり,いったん生じた炎症反応を適切に収束させることは慢性炎症を防ぐためにも重要である,炎症の初期過程では,炎症巣に浸潤した好中球が異物を食食し,その後収束過程では,アポトーシスした好中球がマクロファージ(Mφ)に食食されリンパ管を通ってリンパ節へと吸収される.炎症の初期過程については多くの研究がなされているが,収束過程については不明な点が多い.谷は修士課程において,炎症の収束期に出現する好酸球がリポキシンA4(LXA4)やプロテクチンD1(PD1)などの抗炎症性脂質メディエーター産生酵素である12/15一リポキシゲナーゼ(12/15-LOX)依存的に炎症の収束に促進的に働くことを見出したが,その作用機構については未解明であった.また,収束期に出現する好酸球の性質については解析されていない.本研究において谷は,好酸球がMφのCXCL13の発現を誘導することで炎症の収束に促進的に働くことを見出した.また,炎症収束期の好酸球が骨髄やアレルギー性好酸球とは質的に異なる好酸球であることを初めて明らかにした.

炎症の収束にはMφによるアポトーシス細胞の貧食や抗原のクリアランスが重要と考えられている,そこで,好酸球がMφの形質に与える影響について検証した.野生型および好酸球欠損マウス(△db1GATA)にzymosan腹膜炎を誘導し,炎症収束期に炎症巣に浸潤しているMφを回収し,遺伝子発現解析を行った,さらに,炎症誘導12時間後に好酸球欠損マウスに野生型または12/15-LOX欠損好酸球を投与したときのMφについても解析を行った.その結果,好酸球の有無によってMφで発現量が変化している遺伝子が複数認められた.次に,好酸球は12/15-LOX依存的に炎症の収束を制御するため,好酸球欠損マウスのMφで変化している遺伝子のうち,野生型の好酸球の投与によって発現量が回復し」12/15-LOX欠損好酸球を投与では回復しない遺伝子を探索した.その結果,ケモカインのひとつであるCXCL13を見出した.MφにおけるCXCL13の発現量は,好酸球欠損マウスでは野生型に比べて顕著に低く,外から好酸球を投与したマウスのMφでは野生型に近いレベルまで回復が認められた.一方,12/15-LOX欠損好酸球の投与では回復は認められなかった.以上の結果より,好酸球力S12/15-LOX依存的にMφのCXCL13の発現量に影響を与えていることが明らかとなった.

好酸球欠損マウスでは炎症の収束に遅延が生じることを明らかにしていたが,その作用に好酸球によってMφで誘導されるCXCL13が関与するかどうかを調べるために,CXCL13に対する中和抗体を投与し,炎症収束への寄与を調べた.炎症の収束は(1)炎症巣である腹腔内に残存する好中球数,(2)蛍光zymosanを取り込んだ細胞の所属リンパ節への移行,の2点で評価した.その結果,蛍光zymosan投与後24時間の時点において,CXCL13に対する中和抗体を投与したマウスはコントロールマウスに比べて腹腔内に残存する好中球数が有意に多く,炎症の収束が遅延しているこどが示唆された.炎症局所で異物を貧食した好中球やMφなどの細胞は,その後収束過程においてリンパ組織へと移行することが知られている.そこで,炎症誘導24時間後の所属リンパ節中の蛍光zymosanを取り込んだ細胞数を測定した結果,CXCL13に対する中和抗体を投与したマウスコントロールマウスに比べて蛍光zymosanを取り込んだ細胞数が有意に少なかった.以上の結果より,好酸球によってMφで誘導されるCXCL13が,炎症の収束に促進的に働くことが示された.

次に,好酸球によってMφで誘導されるCXCL13の発現制御機構について検証した.MφにおけるCXCL13の発現誘導が好酸球の12/15-LOX依存的であることから,12/15-LOXによって産生される好酸球由来の脂質メディエーターによって制御されている可能性が考えられた.そこで,好酸球欠損マウスに12/15-LOX由来の脂質メディエーターであるLXA4を投与し,MφにおけるCXCL13の発現量を調べた.その結果,炎症局所に5μgのLXA4を投与することによってCXCL13の発現が誘導されることを見出した.また,LXA4の投与によって好酸球欠損マウスで増加していた腹腔内に残存する好中球数の減少が認められた.

炎症収束期の好酸球がこれまでに知られている好酸球とは異なるサブセヅトかどうかを調べるために,定常状態におけるマウス骨髄中好酸球,OVAによる気管支喘息モデルマウスの気管支肺胞内好酸球(アレルギー性好酸球),zymosan腹膜炎の炎症収束期の腹腔内好酸球を単離し,解析を行った.形態観察の結果,いずれもマウス好酸球に特徴的なリング状の核を有する一方,炎症収束期の好酸球は細胞傷害活性をもつタンパク質を多く含む細胞内穎粒が少ない傾向がみられた.実際に遺伝子発現解析の結果,炎症収束期の好酸球では骨髄やアレルギー性好酸球に比較して,顆粒タンパク質eosinophil cationic protein(ECP),eosinophil peroxidase(EPO),major basic protein(MBP)の発現量が著しく低いことを見出した.次に,フローサイトメーターにて表面抗原の発現を解析した結果,収束期の好酸球は骨髄の好酸球やアレルギー性好酸球とは異なる発現パターンを示し,CCR3,F4/80,CD11b,CD62Lの発現が高い細胞であることがわかった.さらに,好酸球による炎症収束作用について解析を行った.好酸球欠損マウスに蛍光zymosanにて腹膜炎を誘導後,炎症収束期または骨髄の好酸球を投与することによって好酸球欠損マウスにおける炎症収束の遅延が回復するかどうかを検証した.その結果,好酸球欠損マウスで増加する炎症巣に残存する好中球数は,収束期の好酸球を投与することによって回復するが,骨髄の好酸球の投与では回復は認められなかった.一方,リンパ節へ移行した蛍光zymosanを取り込んだ細胞数については,収束期と骨髄の好酸球との間には有意な差は認められず,共に回復させる傾向が認められた.

本研究において谷は,好酸球がMφのCXCL13の発現を誘導することで炎症の収束に促進的に働くこと,CXCL13の発現は好酸球由来の脂質メディエーターLXA4によって制御されることを見出した.また,炎症収束期の好酸球が骨髄やアレルギー性好酸球とは質的に異なる好酸球であることを初めて明らかにした.さらに,好酸球投与実験の結果より,収束期の好酸球と骨髄の好酸球は機能的にも異なる可能性が示された,これまで好酸球のサブセットについてはあまり語られることがなかったが,今後さまざまな好酸球の質的,機能的な違いを細胞レベルで明らかにすることで,好酸球による炎症収束作用の解明が進むことが期待される.

本研究は,好酸球が12/15-LOX依存的にCXCL13を誘導し,炎症収束促進作用を示すという新しいメカニズムを提唱するものである.また,炎症の収束期の好酸球がこれまでに知られてきたアレルギー性好酸球や骨髄の好酸球とは異なるサブセットであることを初めて示すものであり,博士(薬学)に充分に値する研究である.

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