学位論文要旨



No 129452
著者(漢字) 沼田,俊介
著者(英字)
著者(カナ) ヌマタ,シュンスケ
標題(和) 黄色ブドウ球菌におけるRNA 3'-末端構造変換を介した遺伝子発現制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 129452
報告番号 甲29452
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1493号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 准教授 垣内,力
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序】

黄色ブドウ球菌はヒトにおいて様々な疾病を引き起こす日和見感染菌である。健康なヒト宿主体内において、黄色ブドウ球菌は様々な因子の発現調節を介してその体内環境に適応し、宿主との共生関係を築いているが、この関係が破綻した際には様々な疾病を引き起こす。黄色ブドウ球菌の病原性関連遺伝子の発現制御機構を理解することは、本菌による感染症を理解する上で重要である。転写されたRNAの安定性制御による遺伝子発現制御は環境変化に対する迅速な応答を可能にし、細菌が宿主体内という環境に適応する上で重要であると考えられる。しかしながら、病原性細菌におけるRNA代謝調節機構の全体像の理解は未だ不完全である。

当教室においてカイコ感染モデルを用いた黄色ブドウ球菌の新規病原性因子の探索研究が行われ、溶血毒素産生に必要な新規病原性因子をコードするcvfA遺伝子が同定されている(図2)。cvfA遺伝子はRNA3'-末端ヌクレオチド中の2',3'-環状ホスポジエステル結合を開裂させて3'-位がリン酸化されたRNAを生成する環状ホスホジエステラーゼをコードすることが明らかになっており(図1)、この活性は溶血毒素産生に必要である。しかし、cvfAによるRNAの末端修飾がどのような機構で溶血毒素産生を制御しているのかは不明であった。私は、cvfAの機能解析を通して新規の溶血毒素産生制御機構を明らかにできると考え、本研究に着手した。本研究において私は、cvfAの抑圧因子としてエキソヌクレアーゼをコードするpnpA遺伝子を同定し、さらに、cvfAとPnpAが拮抗して病原性遺伝子の発現を制御することを明らかにした。

【結果】

(1)cvfA遺伝子欠損株における溶血毒素産生低下はpnpA遺伝子の欠損によって抑圧される

私は、CvfA依存的溶血毒素産生制御の分子機構を知るために、cvfA遺伝子破壊株における溶血毒素産生低下を抑圧する因子の探索を行った。CvfAがRNA代謝酵素であることから、私は他のRNA代謝酵素がCvfAと相互作用していると考えた。これを検証するために私は、黄色ブドウ球菌のRNA分解酵素をコードする遺伝子8個とcvfA遺伝子の二重遺伝子欠損株を作出し、それぞれの溶血毒素産生能を検討した。その結果、3'→5'エキソヌクレアーゼをコードするpnpA遺伝子の欠損がcvfA欠損株における溶血毒素産生低下を抑圧することを見出した(図2)。このpnpA遺伝子欠損による抑圧効果は、野生型pnpA遺伝子の導入によって相補された(図2)。以上の結果から、cvfA遺伝子とpnpA遺伝子が遺伝学的相互作用をすること、並びに、CvfAとPnpAが拮抗的に溶血毒素の産生を制御することが示唆された。

2)CvfA依存的溶血毒素産成制御にはPnpAのRNA分解活性が必要である

私は、黄色ブドウ球菌のCVfAとPnpAによる拮抗的な溶血毒素産生制御にPnpAのRNA分解活性が必要であるか否かを検討した。PnpAはN末端側から順にPH-1、PH-2と呼ばれる二つの触媒ドメインを有する。先ず私は、PH-1、PH-2において細菌間で保存されたアミノ酸残基を置換した点変異型PnpAタンパク質(R402A/pR403A、H407D、D496G,D96G,R413D)がRNA分解活性を有するか否かを検討した。N-末端に6xヒスチジンタグを融合した野生型PnpAタンパク質の大量発現大腸菌を作出し、細胞破砕液から、硫安沈殿及びニッケルレジンアフィニティクロマトグラフィによる精製を行った。ニッケルレジン吸着画分の比活性は3.1μmol/min/mgであり、硫安沈殿画分での値の10倍であった。最終画分への活性の回収率は33%であった。SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動により検定したPnpAタンパク質の純度は90%以上であった。各点変異型PnpAを野生型PnpAと同様の方法で調製したところ、R402A/R403D、H407D及びD496GにおいてはRNA分解活性が検出されなかった。一方、D96G、R413Dについては野生型PnpAの約10%のRNA分解活性が検出された。次に私は、上記の点変異型PnpAタンパク質の発現プラスミド(pR402A/pR403A、pH407D、pD496G,pD96G,pR413D)をcvfA/pnpA二重遺伝子破壊株に導入した。pR402A/pR403A、pH407D、pD496G導入株の溶血毒素産生は空ベクター(pND50)導入株と同程度であった(図3)。一方、pD96G、pR413D導入株の溶血毒素産生は野生型pnpA導入株と同程度であった(図3)。以上の結果、即ちRNA分解活性を有さない点変異型pnpAはcvfA/pnpA二重遺伝子破壊株における溶血毒素産生上昇を相補しないことから、PnpAのRNA分解活性がCvfAとPnpAに依存の溶血毒素産生制御に必要であることが示唆された。

(3)CvfAによるRNA3'-末端ヌクレオチドの構造変換はPnpAによるRNAを抑制する

CvfAが3'-末端ヌクレオチドの構造変換活性を持つこと及びPnpAが3'→5'エキソヌクレアーゼ活性を持つことから私は、CvfAによる3'-末端ヌクレオチドの構造変換がPnpAによるRNA分解に影響を及ぼすと考えた。これを検証するために私は、3'-OH型RNA、3'-末端ヌクレオチド中に2',3'-環状ホスホジエステル構造を持つRNA(3'-環状型RNA)及び3'-末端ヌクレオチドの3'-位がモノリン酸化されたRNA(3'-リン酸型RNA)を合成し、PnpAによる分解反応を検討した。その結果、3'-OH型RNAと3'-リン酸型RNAを基質とした場合には、PnpAの添加量の増加に伴って、これらのRNAが分解されるのに対し(図4)、3'-リン酸型RNAを基質とした場合には、RNAの分解が著しく抑制されることがわかった(図4)。PnpAによる3'-OH型RNA、3'-環状型RNA及び3'-リン酸型RNAのPnpAによる分解のVmaxはそれぞれ、35、6、1μmol/min/mgであった。また、PnpAによる各RNAの分解のKmは、それぞれ22、42、156μMであった(表1)。以上の結果は、3'-リン酸型RNAがPnpAによる分解に対して耐性であることを示唆する。

(4) CvfaとPnpAはagr 遺伝子座及び遺伝子座の発現を制御する

当教室におけるこれまでの解析によって、cvfA欠損株においてagr遺伝子座の発現が低下することが明らかになっている。agr遺伝子座は黄色ブドウ球菌の溶血毒素産生促進因子の一つである。agr遺伝子座にはP2とP3と呼ばれる二つのプロモーター領域が存在し、それぞれがRNAII、RNAIIIと呼ばれるRNAの転写を制御する。RNAIIにコードされる転写因子AgrAは、RNAIIとRNAIIIの転写を促進し、RNAIIIは機能性RNAとして溶血毒素の発現を促進する。私は、CvfAとPnpAがagr遺伝子座の発現を拮抗的に制御するかを検討した。その結果、cvfA遺伝子破壊株におけるRNAII及びRNAIII量の低下がcvfA/pnpA二重遺伝子破壊株において回復することがわかった。さらに、cvfA遺伝子破壊株においてP2及びP3プロモーター活性が低下し、この低下がcvfA/pnpA二重遺伝子破壊株において回復することがわかった(図5AB)。以上の結果は、CvfAとPnpAが拮抗的にagr遺伝子座の発現を制御することを示唆する。

sae遺伝子座は二成分制御系をコードし、溶血毒素産生を正に制御することが知られている。当教室で行われたマイクロアレイ解析によってcvfA欠損株においてsae遺伝子座の発現が低下することが明らかになっている。私は、CvfAとPnpAが、sae遺伝子座の発現を拮抗的に制御するかを知るために、cvfA遺伝子破壊株、cvfA/pnpA二重遺伝子破壊株におけるsae遺伝子座の発現量を調べた。その結果、cvfA遺伝子破壊株におけるsae遺伝子座の発現低下がcvfA/pnpA二重遺伝子破壊株において回復することがわかった(図 5C)。以上の結果は(cvfAとPnpAが拮抗的にsae遺伝子座の発現を制御することを示唆する。

【考察】

本研究の結果は、CvfAとPnpAがagr及びsae遺伝子座の発現調節を介して黄色ブドウ球菌の溶血毒素産生を拮抗的に制御することを示唆する。また、CvfAによるRNA3'-末端ヌクレオチドの構造変換がそのRNAのPnpAによる分解を抑制することを示唆する。これらのことから、CvfAが溶血毒素産生に必要なRNAを3'-リン酸型RNAへ変換することによって、これらのRNAのPnpAによる分解を抑制し、溶血毒素産生を制御するという機構が考えられる(図6)。RNAの3'-末端ヌクレオチドの構造変換がRNAの安定性を変化させること、及びこのRNA安定性制御系が細菌の病原性遺伝子の発現を制御することを示唆したのは本研究が初めてである。この成果は、RNA代謝調節系の全体像の理解に寄与するものであり、またRNA代謝系を標的とした新規創薬基盤の確立に貢献するものである。

図1 CvfAによるRNA末端修飾

図2 cvfAとPnpAによる溶血毒素産生制御

野生株(WT)、cvfA欠損株(△cvtfA)、cvfA/pnpA二重破壊株(△cvfA/△pnpA)及びcvfA/pnpA二重破壊株にpnpA発現プラスミド(ppnpA)を導入した株の一晩培養液を5%羊溶血プレートにスポットし、さらに37℃で一晩培養した後にコロニー周辺に形成される溶血環(白矢印)を観察した。

図3 cvfA/pnpA二重欠損株の溶血毒素産生に対する変異型PnPAの相補活性

野生株(NCTC8325-4、)cvfA欠損株(CKP1129)、cvfA/pnpA二重破壊株(DM1NC)に、pND50ベクター、野生型pnpA(ppnpA)、変異型pnpA(pD96G,pR402A/R403A,pH407D,pR413D,pD496G,p△KH,pΔS1)を持つプラスミドを導入した株の一晩培養液を5%羊血液寒天プレートにスポットし、37℃で一晩培養した。各コロニーの周緑部に見られる透明帯は溶血毒素の活性を反映する。

図4 RNA 3'-末端ヌクレオチドがPnpAによる分解に対する影響

表1 3'-末端構造のRNA分解に対する影響

図5 CvfAとPnpAによるagrとsaeの発現制御

(A) (B)agr遺伝子座のプロモーター活性(C)sae遺伝子座の転写産物量

図6 CvfAとPnpAによるRNA分解制御を介した溶血毒素産生制御

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、細菌間に広く保存された黄色ブドウ球菌の新規病原性因子CvfAに着目し、RNA 分解制御を介した病原性制御機構について解析したものである。

黄色ブドウ球菌が産生する細胞溶解毒素である溶血毒素は、肺炎、膿瘍形成やバイオフィルム形成などの、黄色ブドウ球菌によって引き起こされる様々な病態の発現に必要である。従って、溶血毒素産生制御機構を明らかにすることは、黄色ブドウ球菌の病原性制御機構を理解する上で重要である。

当教室におけるカイコ感染モデルを用いた黄色ブドウ球菌の病原性因子のスクリーニングによって、新規病原性因子CvfAが同定されている。また、黄色ブドウ球菌のcvfA 遺伝子欠損株においては、溶血毒素産生促進因子agr 遺伝子座の発現が低下し、溶血毒素産生が低下することが明らかにされている。これらのことから申請者は、CvfA の分子機能の解析を通して新規の病原性制御機構を明らかにできると考えた。

CvfA はRNA の末端修飾酵素であり、3'-環状型RNA を3'-リン酸型RNA に変換する活性を持つ。また、RNA の末端構造の違いがその安定性に影響を与えることが知られている。これらのことから申請者は、CvfA がRNA の安定性制御に関与していると考え、黄色ブドウ球菌のRNA 分解酵素をコードする遺伝子中からcvfA の抑圧因子の探索を行った。その結果、cvfA遺伝子欠損株における溶血毒素産生低下が、3'-5'-エキソヌクレアーゼをコードするpnpA 遺伝子の欠損によって抑圧されることを見出した。また、pnpA 欠損による表現型は野生型pnpA遺伝子の発現によって相補されるが、RNA 分解活性を失った変異型pnpA 遺伝子の発現によっては相補されないことを示した。これは、CvfA とPnpA がRNA の分解制御を介して溶血毒素産生を拮抗的に制御することを示唆する。

次に申請者は、CvfA が3'-末端ヌクレオチドの構造変換活性を有し、PnpA が3'-末端からRNA を分解する活性を有することに着目し、CvfA による3'-末端ヌクレオチドの構造変換がPnpA による3'-末端からのRNA 分解に影響を及ぼすと考え、これをin vitro の系において検証した。その結果、CvfA によって生成される3'-リン酸型RNA は、CvfA の基質である3'-環状型RNA に比べてPnpA による分解に耐性であることを示した。これは、CvfA によるRNA 3'-末端ヌクレオチドの構造変換がRNA の安定性を規定することを示唆する。

さらに申請者は、cvfA とpnpA の遺伝学的相互作用が、病原性制御因子であるagr 及びsae遺伝子座の発現制御を介したものであることを示した。

本研究は黄色ブドウ球菌の新規病原性制御機構を明らかにしたものであり、黄色ブドウ球菌感染症に対する新規治療法の確立に寄与するものである。また、本研究によって提示された3'-末端ヌクレオチドの構造変換を介したRNA 安定性制御という新規概念は、RNA 分解を介した遺伝子発現制御系の全体像の理解に貢献するものである。以上のことから、本研究は薬学及び基礎生物学に対して大きく貢献するものであり、博士(薬学)の学位に値すると判断した。

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