学位論文要旨



No 129455
著者(漢字) 間瀬,瑶子
著者(英字)
著者(カナ) マセ,ヨウコ
標題(和) G蛋白質αサブユニットによるシグナル伝達制御機構の構造基盤の解明
標題(洋)
報告番号 129455
報告番号 甲29455
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1496号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 清水,敏之
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

3量体G蛋白質は、G蛋白質共役型受容体(GPCR)に共役し、GPCRへの刺激を細胞内へと伝達する。このG蛋白質シグナリングは、細胞分化等に関与する重要なシグナル伝達経路である。

3量体G蛋白質は、αサブユニット(Gα)およびβγサブユニット(Gβγ)から構成され、グアニンヌクレオチドはGαに結合している。GDP結合状態にてGαとGβγは会合し、Gαβγ3量体を形成しているが、GPCRへのリガンド刺激に伴いGαにてGDPをGTPへと交換する(GDP/GTP交換)と、GTP結合状態のGαはGβγを解離し、それぞれエフェクターに結合して活性を制御する。

Gαは、350-450残基からなる、分子量39-52Kの蛋白質であり、i/o,s,q/11,12/13のファミリーに分類される。GTPaseドメインとヘリカルドメインから構成され、グアニンヌクレオチドは両ドメイン問に存在し、Gαの残基と水素結合等の相互作用を形成している(Fig.1)。

GαのGDP/GTP交換反応はGPCR存在下にて促進されるが、Gα単独でも反応が進行する,GDP解離時にはGα-GDP問の相互作用を減弱するGαの構造変化を伴うことが想定できることから、Gα単独でのGDP/GTP交換反応の存在は、GDP結合状態のGαが、結晶構造に示される安定構造の他に、GDPを解離可能な準安定構造を形成し、その構造問の平衡にあることを示唆している。またGDP/GTP交換速度が増大した変異体が報告されており、その一つにGatのT325A変異体がある。同じi/oファミリー(Gα(i/o))のGαi1にて対応するT329A変異体の結晶構造が解析されているが、野生型との顕著な構造の違いは観測されなかった。T329Aの野生型との静的な結晶構造の違いが僅かであったことは、動的な構造平衡が変異によりシフトしていることを強く示唆している。このようにGDP/GTP交換におけるGαの動的性質の重要性が示唆されているが、その役割は不明である。

また一方で、GTP結合状態のGαはGβγを解離し、各々下流のエフェクターに結合して活性を制御する。G蛋白質共役型内向き整流性K+チャネル(GIRK)は、GPCRへのリガンド刺激に伴いGα(i/o)から解離したGβγの結合により開口し、リガンド刺激終了に伴いGα(i/o)がGβγを回収することにより閉口する、Gβγのエフェクターである。一方でGIRKの閉口はGα(i/o)存在下にて促進されることから、Gα(i/o)もGIRKと直接相互作用することが想定されているが、その相互作用様式は明らかでない。

そこで本研究は、G蛋白質シグナリングにおけるGαの役割の構造基盤を解明するため、(1)GDP/GTP交換反応におけるGαの動的構造平衡の役割、(2)Gα(i/o)によるGIRK制御の構造機構、を明らかとすることを目的とした。

【結果】

(1)GDP/GTP交換反応におけるGαの動的構造平衡の役割の解明

本研究は、GDP結合状態のGαを解析対象とし、NMR法により野生型およびT329Aの動的構造平衡を解析した。

1. GDP/GTP交換活性確認およびNMRシグナルの帰属の確立

Gαは、ヒト由来Gα(i3)(以下Gα)を、大腸菌発現系により調製した。調製したGαのGDP/GTP交換活性を調べた。GDP/GTP交換に伴う蛍光強度増大を指標としたアッセイにより、野生型について30℃にて5.5x10(-4)s(-1)の速度定数を得た。この値は、先行研究(4.2xlO(-4)s(-1))とほぼ同等であったことから、調製したGαが正しいGDP/GTP交換活性を有していることを確認した。T329Aは25℃にて9.8xlO(-3)s(-1)の値を得た。これを野生型の温度依存性のアレニウスプロットから算出した速度定数と比較することにより、T329Aは野生型の約40倍にGDP/GTP交換速度が増大していることが分かった。

次にNMRシグナルの帰属を行った。[U-2H,(13)C,(15)N]Gαを用いた三重共鳴測定に基づく主鎖連鎖帰属により、帰属可能な353残基中、311残基の主鎖アミドシグナルの帰属を確立した。また、Ile側鎖メチルシグナルも観測した。{[U-2H,15N,Ileδ1-[(13)CH3],Leu/Val-[(13)CH3,(12)CD3]}Gαを調製し、変異体解析により、Ile 26残基中、16残基の帰属を得た。

2. Gaにおける構造平衡の存在の提示と構造平衡が存在する残基の同定

Gαの構造平衡の存在を、NMRシグナルの磁場依存性から調べた。ある残基が、化学シフト値が異なる2つの構造問を化学交換しているとき、そのNMRシグナルは高磁場にて強度が減少する。磁場強度18.8Tおよびll.7Tにて、野生型GαのNMRスペクトルを測定し、各測定磁場でのシグナル強度I(18,8T)およびI(ll.7T)の比R(I(18.8T)/I(17,7T))を算出した。その結果、残基ごとに強度比が異なっていた。高磁場にて顕著な強度減少を示した残基をFig.2に示す。これらの残基に構造平衡が存在することが明らかとなった。

3.T329Aにて野生型と異なる磁場依存性を有する領域の同定

GDP/GTP交換活性が増大したT329Aの磁場依存性を野生型と比較した。

NMRスペクトルの磁場依存性の解析を行ったところ、T329Aにおいて野生型よりも磁場依存性が亢進していた。T329Aにおいて顕著に磁場依存性が大きい残基をFig.3Aに示す。これらの残基が集中していた領域は、GTPaseドメインのα1、βシート領域、ドメイン境界面であった(Fig.3B)。

【考察】

GDP結合状態のGαには異なる構造間の構造平衡が存在することが示された。GDP/GTP交換速度が増大したT329Aにて磁場依存性が亢進していた領域の構造平衡は、GDP/GTP交換活性に重要である可能性が高い。

これらの領域のうち、β1/α1,α1,αD/αE,αF,αF/β2はGDPと直接相互作用しており、β1,β2,β5は、各々から繋がるループにてGDPと直接相互作用している(Fig.4)。GDP結合領域およびGDP結合領域へ繋がるβストランドが連動して異なる構造と交換していることが、GDPの解離時の構造変化を容易にし、GDP解離を促進するうえで重要であることが示唆された。またβ1-3ストランドは、結晶構造解析より示されたGPCR結合部位とGDP結合部位をつなぐ領域である。βストランドの構造平衡は、GPCR結合時にβシートおよび連動したGDP結合領域の構造変化を容易にし、GPCR存在下のGDP/GTP交換に寄与している可能性がある。

(2)Gα(i/o)によるGIRK制御の構造機構の解明

本研究は、GTPの非加水分解アナログであるGTPγS結合状態のGαとGIRK細胞内領域GIRK(cp-L)(以下GIRK)を解析対象とし、NMR法により両者の相互作用を解析した。修士課程までに、サンプル調製方法を確立し、転移交差飽和(TCS)実験によりGIRK上のGα結合領域としてαAを同定し、常磁性緩和促進(PRE)実験によりGαのI82とGIRKのαAが近接することを示していた。

1.GTPγS結合状態のGαの主鎖アミドシグナルの帰属の確立

[U-2H,(13)C,(15)N]Gαを用いた三重共鳴測定に基づく主鎖連鎖帰属により、帰属可能な353残基中334残基の帰属を確立した。

2.TCS実験によるGα上のGIRK結合残基の同定

[U-2H,(15)N]Gαと非標識GIRKを用いたTCS実験の結果、検出された残基はα2とα3にて連続面を形成していたことから、この領域がGα上のGIRK結合領域であることが示された(Fig.5A)。

3.TCS実験によるGIRK上のGa結合残基の同定

修士課程にて行った実験条件を改善し、[U-2H,(15)N]Gαと非標識GIRKを用いたTCS実験を行った。その結果αAを含むC末端領域が検出されたことから、この領域がGα結合部位であることを確認した(Fig.5B)。

【考察】

本研究により、GαとGIRKの相互作用様式をアミノ酸残基レベルにて解明した。TCS実験にて同定した結合残基を用い、HADDOCKによりGαとGIRK細胞内領域との複合体モデル構造を構築した(Fig.6A)。GαはGTPaseドメインにてGIRKのC末端領域に結合し、ヘリカルドメインがGIRKの隣のサブユニットのC末端に近接する様式にて両者が結合する。これはPRE実験結果を満たしていた。またGIRK上のGα結合部位は、以前我々が明らかとしたGβγ結合部位と重複しないことから、GαとGβγは同時にGIRKに結合可能であることが分かった。GIRK活性化時に、Fig.6Bに示すようなGα一GIRK-Gβγ複合体が形成されることが、GPCR刺激終了時のGαによるGβγの素早い回収を可能とし、迅速なGIRKの閉口を達成する構造基盤であると提唱する。

【総括】

GαをNMR法により解析し、GDP結合状態のGαの動的構造平衡がGDP/GTP交換反応の制御に寄与するとともに、GTP結合状態のGαは、Gβγのエフェクターと相互作用することにより、シグナル伝達の速度を適切に制御していることを示した。以上は、G蛋白質シグナリングにおいてGαが担う役割の構造基盤を与えるものである。

Fig.1 Gaの立体構造

(A)GDP結合状態のGαの立体構造(PDB ID: 1BOF) (B)GDP結合領域の拡大図。GDPと4A以内の残基をスティック表示した。 (C)(B)にてスティック表示した残基とGDPとの位置関係。水素結合を点線にて示した。

Fig.2 野生型における構造平衡

野生型において顕著な磁場依存性を示した残基をマッピングした。

Fig.3 T329Aにおける磁場依存性の亢進

(A)T329A変異体において野生型より顕著な磁場依存性を示した残基をマッピングした。T329を青の球にて示している。(B)各二次構造セグメントにおいて解析対象とした残基の4割以上が検出された領域を赤にて色づけた。

Fig.4 構造平衡のGDPの解離への寄与

(A)Gαの立体構造中のGDP結合領域を拡大し、GDP/GTP交換に重要な構造平衡を有する領域を赤にて色づけラベルした。(B)GDPと近傍のGα(i3)の残基との位置関係。GDPとの水素結合を点線にて示した。

本研究により同定した領域のうちGDP結合領域を青枠にて、βストランドを緑枠にて示した。

Fig.5 TCS実験により同定した結合残基

(A)Gαの立体構造(表面表示)上にGIRK結合残基をマッピングした。(B)GIRKの一つのサブユニット(表面表示)上にGα結合残基をマッピングした。ともに黒は解析対象外を示す。

Fig.6 GaによるGIRK制御の構造基盤

(A)(左)GαおよびGIRKの隣り合う二つのサブユニット上にTCS実験結果をそれぞれ青と赤、PRE実験結果をそれぞれ緑とマゼンタにてマッピングした。(右)Gα-GIRK細胞内領域複合体モデル。(B)Gα-GIRK-GβY3者複合体モデル。Gα,Gβγ上のそれぞれの相互作用残基を橙にて色づけた。

審査要旨 要旨を表示する

G蛋白質αサブユニットによるシグナル伝達制御機構の構造基盤の解明と題する本論文は、NMR法を用いて、GαがGDP/GTP交換を行う構造機構ならびにK+チャネルであるGIRKの制御を担う構造基盤を解明したものである。本論文は全5章から構成されており、第1章において序論を述べ、第2章および第3章にて、それぞれGαの動的構造平衡の役割の解明、GαによるGIRK制御機構の解明について、実験結果および結果に対する考察を述べている。第4章にて総括と今後の展望を述べ、第5章には実験材料及び方法を記述している。

第2章においては、GDP/GTP交換におけるGαの動的構造平衡の役割を解析した研究成果を述べている。Gαの単独時の緩やかな速度でのGDP/GTP交換は、GDP結合状態のGαが、GDPを強く結合した構造と、GDPの解離に繋がる構造とを交換する構造平衡にあることを示唆している。本章では、GDP結合状態のGαにおけるGDP/GTP交換に重要な構造平衡を、NMR法を用いて解析している。まず、野生型GαおよびT329A変異体の試料調製とGDP/GTP交換活性測定を行い、調製した野生型Gαが適切なGDP/GTP交換活性を有していること、T329A変異体のGDP/GTP交換活性が野生型の約40倍であることを示している。次に、構造平衡の存在を調べるため、NMRスペクトルの温度依存性を調べている。野生型GαのメチルTROSYシグナルが温度依存的に連続した化学シフト変化を示したことから、野生型Gαにおける構造平衡の存在を提示している。さらに、1H-(15)N TROSY シグナルの磁場依存性の解析から、構造平衡が存在する残基を同定している。またT329A変異体の磁場依存性を解析し、野生型よりも磁場依存性が亢進している領域として、GTPaseドメインのα1ヘリックス、βシート領域(β1,β2,β3,β5ストランド、β1/α1ループ)、GTPaseドメインとヘリカルドメインの境界面(αD/αEループ、αFヘリックス~αF/β2ループ)、およびαE/αFループを同定している。

以上の結果に基づき、GDP/GTP交換活性が増大したT329A変異体にて磁場依存性が亢進していた領域を、活性に重要な構造平衡を有する領域として、GDP/GTP交換におけるGαの構造平衡の役割を考察している。GDP結合領域(β1/α1ループ、α1ヘリックス、αFヘリックス~αF/β2ループ)およびGDP結合領域へ繋がるβ1,β2,β5ストランドにおける構造平衡は、GDP解離に必要な構造変化を容易にする、GDP/GTP交換反応における重要な性質であると提唱している。また、β1,β2,β3ストランドは、GPCR結合部位とGDP結合部位を繋ぐ領域であり、これらの領域における構造平衡は、GPCR結合時にβシートおよび連動したGDP結合領域の構造変化を容易にし、GPCR存在下のGDP/GTP交換に寄与していると考察している。

第3章においては、GαによるGIRK制御機構を解析した研究成果を述べている。GIRKは細胞内領域へのGβγの結合・解離により開閉が制御されるが、Gα存在下にてチャネルの閉口が迅速になることが知られている。このGIRK閉口の迅速化の構造機構を、GαとGIRKの相互作用解析から解明している。Gαは、第2章にて調製方法を確立した試料を、GTPの非加水分解アナログ結合状態にて用いている。GIRKとしては、GIRKIのN末端領域とC末端領域を連結した細胞内領域コンストラクト、GIRK(CP-L)を用いている。なお、本研究は修士課程の研究の継続となっている。

まず、修士課程にて行っていた、Gαを観測対象とし、GIRK(CP-L),の添加に伴う化学シフト変化を調べた実験結果を、Gαの帰属に基づいて解析し、α2ヘリックス、α3ヘリックスおよびGTP結合領域が、GIRK(CP-L)結合部位あるいは結合に伴う構造変化部位であることを示している。さらに、転移交差飽和(TCS)実験により、両者の結合部位として、Gα上のα2,α3ヘリックス、GIRK(CP-L)上のaAヘリックスを含むC末端領域を同定している。

以上の結果に基づき、Gαの結合が迅速なGIRKの閉口を担う構造機構を考察している。まず、TCS実験により得られた両者の結合残基を用いて、GαとGIRK細胞内領域との複合体モデル構造を構築し、GαがGTPaseドメインのα2ヘリックス、α3ヘリックスからなる領域にてGIRKの1つのサブユニットのC末端領域と結合し、このとき、ヘリカルドメインがGIRKの隣のサブユニットのC末端領域に近接する様式にて、両者が結合することを提示している。このモデルは、Gαのヘリカルドメイン上の残基に導入した常磁性物質からGIRKのC末端領域に常磁性緩和促進効果が観測されるという、修士課程にて得られている実験結果を満たすことから、妥当なモデルであると考察している。さらに、学位申請者が所属する研究室における先行研究により提示されているGIRK上のGβγ結合部位を用いて、Gβγ-GIRK-Gα3者複合体モデルを構築している。Gβγが結合し、活性化されているGIRKに対して、Gαも同時に結合しGβγの近傍に保持されることが、GTPの加水分解に伴う効率的なGβγの回収を可能とし、GIRKチャネルの閉口を迅速にする構造基盤であると提唱している。

本研究では、溶液中におけるGαの動的な構造平衡を、NMR法を用いてアミノ酸残基レベルにて解析し、GDP/GTP交換反応の構造機構を提唱している。また、Gβγの結合・解離により開閉が制御されるGIRKが、Gαの結合により制御される構造基盤を提示した。

以上、本研究の成果は、GDP/GTP交換、及び、G蛋白質のエフェクター活性化の観点から、Gαがシグナル伝達において担う役割の解明に対して新たな知見を与えるものであり、これを行った学位申請者は、博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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