学位論文要旨



No 129456
著者(漢字) 横倉,良行
著者(英字)
著者(カナ) ヨコクラ,ヨシユキ
標題(和) ドコサヘキサエン酸由来の新規抗炎症性代謝物の同定及びアレルギー性気道炎症モデルへの適用
標題(洋) Identification of a novel anti-inflammatory mediator derived from docosahexaenoic acid and its application to the allergic airway inflammation model
報告番号 129456
報告番号 甲29456
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1497号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 東,伸昭
 東京大学 准教授 富田,泰輔
 東京大学 特任准教授 松沢,厚
内容要旨 要旨を表示する

【序】

魚油に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)はω3系列に分類される多価不飽和脂肪酸であり、抗炎症作用をはじめとする健康増進効果が知られている。その作用機構としては、炎症性のアラキドン酸カスケードに対する拮抗作用に加え、DHAがプロテクチンD1(PD1)などの抗炎症性の代謝物に変換されて機能する可能性が指摘されている。私は修士課程において、DHAをはじめとする脂肪酸代謝物の包括的メタボローム解析を行い、炎症部位で12/15-リポキシゲナーゼ(12/15-LOX)依存的に産生され、急性腹膜炎において好中球の浸潤を強力に抑制する活性をもつDHA由来の新規代謝物14,20-dihydroxy DHA(14,20-diHDoHE)を見出した(図1)。既知の抗炎症性代謝物PD1は12/15-LOX依存的に17-hydroxy DHA(17-HDoHE)を介して産生されるのに対して、14,20-diHDoHEは12/15-Lox依存的に14-HDoHEを介して産生される新規の活性代謝物である。

博士課程において私は、炎症部位で14,20-diHDoHEの産生細胞を同定し、さらに、病態時における14,20-diHDoHEの代謝変動、および14,20-diHDoHEの薬理作用を初めて明らかにした。

【方法と結果】

1.14,20-diHDoHEを産生する細胞の同定

まず、14,20-diHDoHEの有機合成標品(本学部有機反応化学教室との共同研究)を用いたLc-Ms/Ms定量分析系を確立した。次に、炎症部位でDHAから14,20-diHDoHEを刺激依存的に産生する細胞を同定するために、マウスより各種血球系細胞を単離し、それぞれDHAの存在下、カルシウムイオノフォアA23187で刺激した上清中の脂肪酸代謝物について、LC-MSIMSを用いたメタボローム解析を行った。その結果、マクロファ一ジ、好中球、好酸球の中で好酸球が刺激依存的に14,20-diHDoHEを産生する細胞であることが明らかとなった(図2A)。この時、好酸球から刺激により産生される14,20-diHDoHEの量は同じく好酸球から産生される抗炎症性メディエーターである10,17-diHdoHE(PD1)と比較しても多い傾向が認められた(図2B)。さらに、14,20-diHDoHEの産生量は12/15-LoxKoマウス由来の好酸球では大きく減弱していた(図2C)。すなわち、好酸球は12/15-Lox依存的に14,20-diHDoHEを産生する細胞であることが明らかとなった。

最近ヒトの臨床検体を用いた解析から、ステロイド抵抗性の重症喘息患者において末梢血好酸球の12/15-LOX系の代謝物である15-HETEの生成量が健常人に比べて大幅に低下していることが明らかになった(Miyata,J.etal.,J Allergy Clin Immunol,2012)。そこで、14,20-diHDoHEの生成量についても定量分析を行ったところ、マウスと同様にヒトの好酸球からも刺激依存的な14,20-diHDoHEの産生が強く認められ、その産生量はPD1と比較しても多いことが明らかとなった。一方で重症喘息患者の好酸球ではこれらの代謝物の産生量が著しく低下していることが明らかとなった(図3)。起炎性のメディエーターであるロイコトリエン生成に関わる5-LOX活性には変化がなく、12/15-LOX活性および14,20-diHDoHEやPD1のような抗炎症性代謝物の産生能の低下が、重症喘息の病態の遷延化、難治化の要因となっている可能性が考えられた。そこで、12/15-LOX活性の低下が喘息の重症化の原因となり得るのかを検証するために、次に12/15-LOXKO マウスを用いた喘息モデルの検討を行った。

2.喘息モデルにおける12/15-LOXの機能解析

マウスにおいて喘息を誘導するために、気道上皮細胞由来の起炎性サイトカインであるIL-25とIL-33を用いた。これらのサイトカインはいずれも、重症喘息患者の気道において発現の上昇が認められており、また、マウスに気管内投与することにより、抗原非存在下で好酸球性の気道炎症を誘発することが知られている。

まず、IL-25を点鼻により気管内に投与することで気道炎症を惹起し、肺胞洗浄液(BALF)中の細胞をフローサイトメーターにより解析したところ、野生型マウスに比べて12/15-LOXKOマウスでは、総細胞数、好酸球数の大幅な増加が認められた(図4A)。また、肺組織からmRNAを抽出し、定量PCRによる解析を行ったところ、12/15-LOXKOマウスの肺組織において、好酸球の分化、成熟、活性化を誘導するIL-5や、杯細胞分化や粘液産生を誘導するIL-13等のTh2サイトカインの発現の上昇が認められた(図4B)。一方、IFN-γやTNF-α等のTh1サイトカインの発現に変化は認められなかった。また、粘液の主成分である糖タンパク質を染色するPAS染色により病理組織を観察したところ、12/15-LOXKOマウスの肺組織において、野生型マウスと比べてPAS染色陽性の細胞が多く認められ、粘液産生の亢進が認められた(図4C)。以上より12/15-LOX KOマウスでは、野生型マウスに比べてIL-25により誘導されるTh2応答および好酸球性の気道炎症の増悪化が認められた。

lL-33についても同様の評価を行ったところ、12/15-LOXKOマウスにおいてBALF中の好酸球、肺組織中のTh2応答の元進が認められた。従って、IL-25、lL-33という2つの異なるサイトカインにより誘発される喘息モデルにおいて、12/15-LOXKOマウスでは野生型マウスに比べて明らかな喘息症状の重症化が認められた。

3.喘息モデルにおける14,20-diHDoHEの寄与の解析

次にIL-25により気道炎症を誘導した肺組織より脂質を抽出し、LC-MS/MSを用いた脂肪酸代謝物のメタボローム解析を行った。その結果、14,20-diHDoHEは気道炎症時の肺組織で内因性の産生が認められ、その産生量は12/15-LOX KOマウスにおいて著しく減少していた(図5)。一方、シクロオキシゲナーゼ代謝物であるPGE2や5-LOX代謝物である5-HETEにはそれほど大きな変化は認められなかった。IL-33により誘導した気道炎症においても、同様の傾向が認められ、14,20-diHDoHEをはじめとする12/15-Lox代謝物の産生量の低下が気道炎症の悪化の原因となっている可能性が示唆された。

この可能性を検証するために、12/15-LOX KOマウスに対して、IL-25と同時に10ngの14,20-diHDoHEを点鼻により気管内に投与し、好酸球性気道炎症が改善されるか検討を行った。その結果、14,20-diHDoHEを局所投与することにより12/15-LOX KOマウスにおけるBALF中の総細胞数および好酸球数が、野生型と同程度のレベルまで減少することが明らかとなった(図6)。

【まとめと考察】

本研究において私は、好酸球が12/15-LOX依存的にDHA由来の抗炎症性代謝物14,20-diHDoHEを産生する細胞であることを明らかにした。さらに、ヒトの臨床検体を用いた解析から、重症喘息患者の好酸球では14,20-diHDoHEの産生能が著しく低下していることを見出した。また、IL-25,IL-33という2つの異なるサイトカインにより誘発される喘息モデルにおいて、14,20-diHDoHEが肺組織で内因性に生成していることを確認し、一方で12/15-LOX KOマウスにおいては肺組織の14,20-diHDoHE生成量の大幅な低下および喘息症状の重症化が認められることを明らかにした。さらに、ごく低用量の14,20-diHDoHEを局所投与することにより、12/15-LoxKOマウスにおける好酸球性の気道炎症が野生型のレベルにまで改善することが明らかとなった。以上のことから、14,20-diHDoHEは、喘息病態において好酸球から産生され、好酸球性気道炎症の悪化を抑制する自己制御因子として機能している可能性が示唆された。さらに、好酸球中の12/15-Lox活性および14,20-diHDoHE産生の低下が喘息の重症化の原因であることも示唆された。今後は、14,20-diHDoHEが抗炎症作用を発揮するための作用機序をさらに細胞レベル・分子レベルで解明するとともに、重症喘息等の病態時においてどのような機構で好酸球中の12/15-LOX活性が低下するのかを解明することが重要である。

【図1】12/15-LOXを介して産生されるDHA代謝物

【図2】マウス腹腔細胞から産生される14,20-diHDoHE

【図3】ヒト好酸球から産生される12/15-LOX代謝物

【図4】12/15-LOXKOマウスではIL-25により誘導される気道炎症が増悪する

【図5】IL-25誘導喘息モデルにおいて肺組織で産生される脂肪酸代謝物

【図6】14,20-diHDoHE投与により12/15-LOX KOマウスにおける好酸球数の増加が改善される

審査要旨 要旨を表示する

ドコサヘキサエン酸(DHA)はω3系列に分類される多価不飽和脂肪酸であり、抗炎症作用をはじめとする健康増進効果が知られている。DHAは、炎症性のアラキドン酸カスケードに対する拮抗作用に加え、プロテクチンD1(PD1)などの抗炎症性の代謝物に変換されて機能する可能性が指摘されている。横倉は修士課程において、DHAをはじめとする脂肪酸代謝物の包括的メタボローム解析を行い、その結果、炎症部位で12/15-リポキシゲナーゼ(12/15-LOX)依存的に産生され、急性腹膜炎において好中球の浸潤を強力に抑制する活性をもつDHA由来の新規代謝物14,20-dihydroxy DHA(14,20-diHDoHE)を見出していた。既知の抗炎症性代謝物PD1は12/15-LOX依存的に17-hydroxy DHA(17-HDoHE)を介して産生されるのに対して、14,20-diHDoHEは12/15-Lox依存的に14-HDoHEを介して産生される新規の活性代謝物であった。博士後期課程において横倉は、炎症部位で14,20-diHDoHEの産生細胞を同定し、さらに、病態時における14,20-diHDoHEの代謝変動、および14,20-diHDoHEの薬理作用を初めて明らかにした。以下にその概要を示す。

1.14,20-diHDoHEを産生する細胞の同定

まず横倉は、本学部有機反応化学教室とめ共同研究により調整した14,20-diHDoHEの有機合成標品(を用いたLc-MS/MS定量分析系を確立した。次に、炎症部位でDHAから14,20-diHDoHEを刺激依存的に産生する細胞を同定するために、マウスより各種血球系細胞を単離し、それぞれDHAの存在下、カルシウムイオノフォアで刺激した上清中の脂肪酸代謝物について、LC-MS/MSを用いたメタボローム解析を行った。その結果、好酸球から刺激依存的に14,20-diHDoHEが産生することを見出した。好酸球は同じくDHA由来の活性代謝物PD1を刺激依存的に生成することが知られているが、14,20-diHDoHEの生成量はPD1よりむしろ多いことが判明した。一方、好中球やマクロファージからは14,20-diHDoHEの産生はほとんど認められなかった。さらに、14,20-diHDoHEの産生量は12/15-LOX Koマウス由来の好酸球では大きく減弱していた(図2A)。以上の結果から横倉は、好酸球が12/15-LOX依存的にDHAを14-HDoHEに変換し、さらに抗炎症性代謝物14,20-diHDoHEを産生することを明らかにした。

最近ヒトの臨床検体を用いた解析から、ステロイド抵抗性の重症喘息患者において末梢血好酸球の12/15-LOX活性および抗炎症性代謝物であるPD1やリポキシンA4の生成量が健常人に比べて大幅に低下していることが報告されている。そこで横倉は、14,20-diHDoHEの生成量についても定量分析を行い、マウスと同様にヒトの好酸球からも刺激依存的に14,20-diHDoHEが産生されることを認め、さらに、重症喘息患者の好酸球ではその産生量が著しく低下していることを明らかにした。一方、起炎性のロイコトリエン生成に関わる5-Lox活性には変化がなく、12/15-Lox活性および14,20-diHDoHEやPD1のような抗炎症性代謝物の産生能の低下が、重症喘息の病態の遷延化、難治化の要因となっている可能性を示した。

2.喘息モデルにおける12/15-LOXの機能解析

そこで、横倉は12/15-LOX活性の低下が喘息の重症化の原因となり得るのかを検証するために、12/15-LOX遺伝子欠損マウスを用いた喘息モデルの検討を行った。マウスにおいて喘息を誘導するために、気道上皮細胞由来の起炎性サイトカインであるIL-25とIL-33を用いた。

まず、IL-25を点鼻により気管内に投与することで気道炎症を惹起し、肺胞洗浄液(BALF)中の細胞をフローサイトメーターにより解析したところ、野生型マウスに比べて12/15-LOXKOマウスでは、総細胞数、好酸球数が大幅に増加しており、CD4陽性のTh2細胞についても増加傾向を認めた。また、肺組織からmRNAを抽出し、定量PCRによる解析を行ったところ、12/15-LOXKOマウスの肺組織において、好酸球の分化、成熟、活性化を誘導するIL-5や、杯細胞分化や粘液産生を誘導するIL-13、Th2細胞を誘導するケモカインであるCCLI7やCCL22、IL-25の受容体であるIL-17RBの発現がいずれも有意に上昇していることを見出した。また、粘液の主成分である糖タンパク質を染色するPAS染色により病理組織を観察し、12/15-LOXKOマウスの肺組織において、野生型マウスと比べてPAS染色陽性の細胞が多く認められ、粘液産生が亢進していることを明らかにした。以上より、横倉は12/15-LOX KOマウスでは野生型マウスに比べてIL-25により誘導されるTh2応答および好酸球性の気道炎症が増悪化することを見出した。さらに、IL-33についても同様の評価を行い、12/15-LOX KOマウスにおいてBALF中の好酸球、Th2細胞の増加、肺組織中のTh2応答の亢進を認めた。従って、IL-25,IL-33と2つの異なるサイトカインにより誘発される喘息モデルにおいて、12/15-LOX KOマウスでは野生型マウスに比べて明らかな喘息症状が重症化することを見出した。

3.喘息モデルにおける14,20-diHDoHEの寄与の解析

次に横倉は、IL-25により気道炎症を誘導した肺組織より脂質を抽出し、LC-MS/MSを用いた脂肪酸代謝物のメタボローム解析を行った。その結果、14,20-diHDoHEは気道炎症時の肺組織で内因性の産生を認め、その生成量は12/15-LOX KOマウスにおいて著しく減少していることを見出した。一方、シクロオキシゲナーゼ代謝物であるPGE2や5-LOX代謝物である5-HETEにはそれほど大きな変化は認められなかった。IL-33により誘導した気道炎症においても、同様の傾向が認められ、14,20-diHDoHEをはじめとする12/15-LOX代謝物の産生量の低下が気道炎症の悪化の原因となっている可能性を示唆した。さらに、12/15-LOX KOマウスに対して、IL-25と同時に14,20-diHDoHEを点鼻により気管内に投与し、好酸球性気道炎症が改善されるか検討し、14,20-diHDoHEを局所投与することにより12/15-LOX KOマウスにおけるBALF中の総細胞数および好酸球数が、野生型と同程度のレベルまで減少することを明らかにした。

以上、本研究において横倉は、好酸球が12/15-Lox依存的にDHA由来の抗炎症性代謝物14,20-diHDoHEを産生する細胞であることを明らかにした。さらに、ヒトの臨床検体を用いた解析から、重症喘息患者の好酸球では14,20-diHDoHEの産生能が著しく低下していることを見出した。また、IL-25,IL-33と2つの異なるサイトカインにより誘発される喘息モデルにおいて、14,20-diHDoHEが肺組織で内因性に生成していることを確認し、一方で12/15-LOX KOマウスにおいては肺組織の14,20-diHDoHE生成量の大幅な低下および喘息症状が重症化することを見出した。さらに、14,20-diHDoHEを局所投与することにより、12/15-LOX KOマウスにおける好酸球性の気道炎症が野生型のレベルにまで改善することを明らかにした。以上のことから横倉は、14,20-diHDoHEは喘息病態において好酸球から産生され、好酸球性気道炎症の悪化を抑制する自己制御因子として機能し、その代謝異常すなわち12/15-LOX活性の低下が喘息の重症化の要因となり得ることを示唆した。従って、本研究は喘息など炎症を基盤病態とする様々な難治性疾患に対する新しい治療戦略につながることが期待される極めて重要な研究であり、博士(薬学)に充分値するものと判断した。

UTokyo Repositoryリンク