学位論文要旨



No 129459
著者(漢字) 青木,重樹
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,シゲキ
標題(和) 骨芽細胞に発現するRANKLは破骨細胞由来エクソソームを受容し、骨形成促進に関与する
標題(洋)
報告番号 129459
報告番号 甲29459
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1500号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 特任准教授 松沢,厚
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

骨は破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成のサイクル(骨リモデリング)を介して品質が維持されており、骨吸収-骨形成バランスの破綻は骨粗鬆症を含む種々の骨代謝疾患の原因となるため、これらの制御機構の分子基盤解明は非常に重要である。破骨細胞の成熟・活性化過程に関しては、receptor activator of NF-κB (RANK) ligand (RANKL)-RANKシグナル伝達経路が中心的な役割を果たすことが明らかとされてきた。RANKLは骨芽細胞系細胞群や活性化リンパ球などに発現する膜貫通型のリガンド分子であり、従来は骨芽細胞表面に発現するRANKL分子が細胞間接触を介して破骨前駆細胞表面に発現するRANKに結合し、シグナル入力をすることで破骨細胞への成熟と活性化を誘導していると考えられてきた。しかしながら近年になって、生理的な破骨細胞形成過程においては、主として骨細胞(骨芽細胞から成熟・分化して形成される)がRANKL供給源としての役割を担っている可能性が、相次いで報告された。また、骨髄腔内において活性化した破骨細胞と骨芽細胞が空間的に近接していないことも示唆されており、骨芽細胞がRANKLの供給源として寄与する割合は低いことが想定されている。これは裏を返すと、骨芽細胞に発現するRANKL分子の生理的な役割が現状で不明確であることを示唆しており、新たな研究課題と考えられた。また一方で、骨リモデリングの過程がスムーズに進行するために、骨吸収フェーズから骨形成フェーズへのカップリングを媒介する因子の必要性が想定されており、その実体としてephrinB2-EphB4、semaphorin 3A-neurophilin 1など、幾つかのシグナル伝達経路の関与が報告されてきた。しかし、活性化した破骨細胞と骨芽細胞の接触が生理的条件下では生じない可能性を考慮すると、一部のシグナル経路に関してはその伝達機構を再検討する必要性も想定され、カップリング機構の全体像の解明には至っていないのが現状である。

我々はこれまで、骨芽細胞に発現するRANKL分子の大部分はリソソーム内に蓄積されており、複雑な細胞内トラフィック制御を受けていることを明らかとしてきた。特に、骨芽細胞の表面に局在する少量のRANKL分子は、細胞外からのRANK刺激を受容し、リソソーム内に蓄積されたRANKL分子の挙動を変化させるシグナル(RANKL細胞内シグナル)を、骨芽細胞内に発生する能力を有することが見出された。これらの結果を考慮すると、現状では生理的な役割が不明確となっている骨芽細胞に発現するRANKL分子に関しては、何らかの形で破骨細胞からのRANKシグナルを受容する分子として機能している可能性を想定することができる。本研究では、上述の骨吸収フェーズから骨形成フェーズへのカップリング機構を担うシグナル経路の1つとして、RANKL細胞内シグナル経路が重要な役割を担っている可能性を想定して検討を進めることとした。

【方法・結果】

1.破骨細胞は成熟過程においてRANKを表面に発現するエクソソームを分泌する

まず、マウス脛骨より採取した骨髄細胞を、N末にGSTを付加した可溶性のRANKL (GST-sRANKL) とM-CSFの存在下で培養し、破骨細胞に分化・成熟させ、培養上清中へのRANK分泌量の推移をサンドイッチELISA法により定量した。RANKは膜タンパク質であるため、何らかの膜小胞に含まれていることが想定された。そこで、段階的遠心法による分画を行い、RANK含有画分の同定も同時に試みた。その結果、破骨細胞への分化・成熟に伴って細胞内RANK発現量の増加、及びRANK分泌量の増加が認められ、破骨細胞活性化の指標であるTRAP酵素活性が最大となる培養4日目においてこれらが最大値を示すこと、及び主としてエクソソームの沈殿画分 (100,000 ×g) にRANKが回収されることが明らかとなった (Fig. 1A)。この画分を透過型電子顕微鏡により観察したところ、エクソソーム様構造が確認され (Fig. 1B)、エクソソーム沈殿試薬ExoQuick-TCTMを用いた検討からも上述同様の結果が得られることが確認された。さらに、この画分を免疫沈降法を用いて解析したところ、エクソソーム表面抗原であるCD9とRANKの共沈降も認められ、破骨細胞成熟過程においてRANKを含有するエクソソームが分泌されることが示唆された。

2.破骨細胞由来エクソソームはin vitro及びin vivoにおいて骨芽細胞の骨形成促進作用を有する

次に、破骨細胞由来エクソソームの骨芽細胞に対する作用を評価するため、破骨前駆細胞様培養細胞であるRAW264.7を1.と同様に破骨細胞に分化・成熟させ、超遠心によりエクソソーム画分を大量精製し、検討に用いることとした (OC Exosome)。先述したように、RANKを含有するエクソソームが骨芽細胞に発現するRANKLに結合し、RANKL細胞内シグナルを発生させる可能性を検証するため、OC ExosomeをGST-sRANKLで予め処理し、エクソソーム上のRANKを全て覆ったものを調製し、対比に用いた (OC Exosome + sRANKL)。これらのサンプルをマウス骨芽細胞様培養細胞ST2、或いはマウス初代培養骨芽細胞 (POB) に添加し、培養を行った。その結果、OC Exosomeの添加により骨形成マーカーであるalkaline phosphatase (ALP)、osteopontin、osteocalcinのmRNAレベルが有意に上昇することが明らかとなり、さらにRANKをGST-sRANKLで被覆することでその効果は強く抑制された (Fig. 2)。

また、上記in vitroで認められた骨芽細胞活性化効果をin vivoで確認するため、コラーゲンゲルにOC Exosomeを含浸させ、マウス頭蓋骨欠損モデルを用いて評価した。欠損部へのゲルの留置後4週間で、OC Exosome群では顕著に骨再生効果が認められる一方で、エクソソーム表面のRANKを被覆した場合には、その効果は大きく減弱することが明らかとなり、in vitroの結果を支持するものとなった (Fig. 3)。以上の検討から、破骨細胞由来エクソソームは、RANK-RANKL相互作用を介して骨芽細胞を活性化し、骨形成促進作用を示すことが示唆された。

3.破骨細胞由来エクソソームはRANK-RANKL相互作用を介してPI3K-Akt-mTORC1経路を活性化させ、Runx2の核内移行を促進させる

OC Exosomeが骨芽細胞を活性化し、骨形成促進効果を有することが示されたため、次いでST2細胞を用い、詳細なシグナル伝達機構の解析を行った。まず、骨芽細胞分化を中心的に制御する転写因子であるrunt-related transcription factor 2 (Runx2) の核内移行量について検討した。その結果、OC Exosomeの添加によってRunx2の核内移行量が増大し、その結果として骨芽細胞分化が促進する可能性が示唆された (Fig. 4)。

骨芽細胞において、Runx2はmammalian target of rapamycin (mTOR) complex 1 (mTORC1) によってそのタンパク質発現量、及び活性が制御されることが報告されている。そこで、ST2細胞に対してOC Exosomeを添加し、mTORC1活性の推移をribosomal protein S6 kinase 1 (S6K1) のリン酸化 (Thr389) を指標に評価した。その結果、OC Exosomeの添加に伴って、持続的なmTORC1の活性化が認められ、その効果はエクソソーム表面をGST-sRANKLで被覆することで減弱することが明らかとなった (Fig. 5)。さらに、mTORC1の活性化を引き起こす上流シグナル経路として、phosphoinositide 3-kinase (PI3K)-Aktの活性化を、それぞれAktのリン酸化 (Thr308)、proline-rich Akt substrate 40 kDa (Pras40) のリン酸化 (Thr246) を指標に評価したところ、OC Exosomeの添加により同様の活性化推移が認められた (Fig. 5)。さらに、mTORC1阻害剤であるrapamycinで処理することで、OC Exosome添加に伴うmTORC1の活性化を抑制した場合、Runx2の核内移行量が低下することも確認された。また、PI3KやAktの阻害剤の処理に伴って、mTORC1活性化が抑制されたことも併せて考慮すると、RANKL細胞内シグナル伝達の主経路として、PI3K-Akt-mTORC1経路が考えられ、その下流においてRunx2の核内移行が促進することが示唆された (Fig. 7参照)。

4.RANKLの細胞内ドメインPRMを介して骨芽細胞内シグナルが伝達される

OC Exosome刺激に伴い、RANKLの細胞内ドメインを介してシグナルが伝達されることが想定される。RANKLの細胞内ドメインにはproline-rich motif (PRM) と呼ばれる特徴的な構造が存在する。Src homology 3 (SH3) ドメインを有するタンパク質はPRMと相互作用する例が多く報告されており、SH3ドメインを有し、かつPI3Kの活性化に影響を与え得る分子として、Src family kinases (SFKs) の関与が考えられた。そこで、SFKsに焦点を当て、R ANKL細胞内シグナルに与える影響を検討した。その結果、ST2細胞において、SFKsの阻害剤であるPP2及びdasatinibの処理によって、OC Exosomeによるシグナル伝達は濃度依存的に抑制されることが示された (Fig. 6)。

また、ST2細胞に、RANKLのPRM内にP29AまたはP39Aの点変異を導入した変異体を過剰発現させた際には、OC Exosome刺激によるシグナル伝達の減弱が認められた。さらに、ST2細胞にRANKを表面に固相化したビーズで刺激を与え、ビーズ界面タンパク質を回収する検討を行ったところ、RANKビーズ刺激に応答してRANKL及びSFKsが集積して回収されることも明らかとなった。最後に、RANKLの細胞内ドメインPRMを介してシグナルが伝達されることをより詳細に確かめるために、P29A点変異ノックインマウスを作出した。このマウスより採取した初代培養骨芽細胞に対してOC Exosomeによる刺激を与えたところ、確かにシグナル伝達の減弱が認められ、また、OC Exosomeによる骨形成促進効果も抑制されていた。これらの検討結果を考慮すると、RANKL細胞内シグナルはPRMを介して伝達され、特にPRMと相互作用するSFKsが重要な役割を担うことが示唆された。

【結論・考察】

本研究において私は、(1)破骨細胞は成熟過程において、RANKを含有するエクソソームを分泌すること、(2)そのエクソソームは骨芽細胞に対して骨形成促進作用を有すること、(3)エクソソーム上のRANKと骨芽細胞上のRANKLとの相互作用を起点とし、骨芽細胞内にSFKsからPI3K-Akt-mTORC1、Runx2に至るシグナルカスケードを発生させることを見出した (Fig. 7)。骨芽細胞において、RANK刺激に伴って骨芽細胞内にシグナルが発生することは示唆されていたが、その詳細な機序、役割はこれまで不明であった。本研究から、破骨細胞由来エクソソームの存在が示唆され、それを骨芽細胞が受容することによって、骨芽細胞活性が上昇し、骨形成が促進することが新たに見出された。

これまで、骨吸収フェーズから骨形成フェーズへの移行を媒介するカップリング機構の全体像は明らかとされていないが、本研究で見出された成熟破骨細胞由来のエクソソームはカップリング機構において重要な役割を果たす可能性が想定される。さらに、本研究で見出されたRANKL細胞内シグナル伝達経路は新規骨形成促進薬開発の標的となる可能性もある。

Fig. 1 破骨細胞成熟過程で分泌される小胞とRANK含有量の分析

(A) 細胞中及び培養上清の段階的遠心分離後のRANKの定量 (n=3, mean±SD; ND, not detected) (B) 超遠心沈殿物の透過型電子顕微鏡像

Fig. 2 破骨細胞由来エクソソーム添加後の各種骨形成マーカーのmRNA発現量変化 (corrected against GAPDH, n=4-6, mean±SD; ALP, 15 day (ST2) or 12 day (POB); the others, 18 day; NT, non treatment; ** p < 0.01 vs NT)

Fig. 3 マウスin vivoにおける破骨細胞由来エクソソームによる骨形成促進効果(マウス頭蓋骨ソフトX線画像) (BMP-2, for positive control)

Fig. 4 破骨細胞由来エクソソーム添加後のRunx2の核内移行量推移(Hdac2, histone deacetylase 2)

Fig. 5 破骨細胞由来エクソソーム添加後のPI3K-Akt-mTORC1経路の活性化時間推移

Fig. 6 SFKs阻害剤による破骨細胞由来エクソソームを介したRANKL細胞内シグナルの抑制効果

Fig. 7 本研究を踏まえて提唱される骨リモデリング機構の全体像

審査要旨 要旨を表示する

骨は破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成のサイクルである骨リモデリングを介して品質が維持されている。破骨細胞の成熟・活性化過程に関しては、receptor activator of NF-κB (RANK) -RANK ligand (RANKL) シグナル伝達経路が中心的な役割を果たす。RANKLは骨芽細胞系細胞群に発現するリガンド分子であり、従来は骨芽細胞表面に発現するRANKL分子が細胞間接触を介して破骨前駆細胞表面に発現するRANKに結合し、シグナルを入力することで破骨細胞への成熟と活性化を誘導していると考えられてきた。しかし近年になって、生理的な破骨細胞形成過程においては、主として骨芽細胞から分化して形成される骨細胞がRANKLの供給源としての役割を担っている可能性、および骨芽細胞と活性化破骨細胞が空間的に近接していないことが相次いで報告された。このため、骨芽細胞に発現するRANKL分子の生理的な役割を明らかにする必要があると考えられる。RANKLを含むTNFスーパーファミリーのタンパク質は、対応するTNFRスーパーファミリーの受容体に結合し、シグナルを入力するリガンド分子として働くことに加え、受容体分子との相互作用を介してリガンド分子側にもシグナルを発生させる双方向性分子として機能する例が多く報告されている。そこで申請者は、現状では生理的な役割が不明確となっている骨芽細胞に発現するRANKL分子に関しても、何らかの形で破骨細胞からのRANKシグナルを受容する分子として機能している可能性を想定し、骨芽細胞内にシグナルを発生させるのではないかと考えた(申請者はこれを「RANKL細胞内シグナル」と命名している。)。さらに申請者は、RANKL細胞内シグナルの下流で骨芽細胞の活性化が起こるのではないかと仮説を立て、それが骨吸収フェーズから骨形成フェーズへのカップリングを担うシグナル経路となる可能性を想定して検討を進めた。

第一章では、破骨細胞の分化・成熟過程において表面にRANKを含むエクソソーム小胞が分泌されることを見出しており、そのエクソソームを骨芽細胞が受容した際に、骨芽細胞分化・骨形成促進作用が認められることを明らかとしている。まず、骨芽細胞に発現するRANKLに対して刺激を入力する因子が、破骨細胞からRANKを含む膜小胞の形で放出されるのではないかと考えて探索を試みている。具体的には、段階的遠心法により、エクソソームと考えられる画分にRANKが濃縮的に回収されることを明らかとしている。また、その画分の電子顕微鏡による形状の観察や、エクソソーム表面抗原タンパク質との免疫沈降による解析等から多面的に、破骨細胞の成熟過程においてRANKを含有するエクソソームが放出されることを示している。さらに、破骨細胞由来エクソソームはin vitroにおいて骨芽細胞の分化促進作用を有すること、およびマウスin vivoにおいて骨形成促進作用を示すことを見出している。また、この作用にはRANK-RANKL相互作用が重要であることも示している。これら一連の結果は、破骨細胞からエクソソームが放出されることを生化学的に解析した初めての例であり、さらにこのエクソソームがRANK-RANKL相互作用を介して骨芽細胞へのシグナル入力因子として機能することをin vitro、in vivo両面から明らかとしている。

第二章では、RANKL細胞内シグナルの伝達機構をより詳細に検討している。前章で見出された破骨細胞由来エクソソームによる骨芽細胞活性化効果から、骨芽細胞分化を中心的に制御するrunt-related transcription factor 2 (Runx2) に着眼するところから始まり、RANKLの細胞内ドメインproline-rich domain (PRM) を介したシグナル入力までボトムアップする形で論理的に検討を進めている。その結果、破骨細胞由来エクソソームの刺激に伴って、骨芽細胞内のRANKL直下でSrc family kinases (SFKs) の集積が起こり、その下流でphosphoinositide-3-kinase (PI3K) -Aktの活性化、次いでmammalian target of rapamycin (mTOR) complex 1 (mTORC1) の活性化を介してRunx2の核内移行量が増大することを見出し、その結果として骨芽細胞分化が促進されることを示唆している。さらに、RANKLの細胞内ドメインPRMの点変異マウスを作出し、そのマウスより採取した骨芽細胞を用いた解析も行っている。これら一連の解析から、従来リガンド分子としてのみ認識されてきたRANKL分子が起点となり骨芽細胞内シグナルが発生することを初めて明確な形で示している。

以上、申請者の研究は、生理的意義が不明確であった骨芽細胞に発現するRANKL分子が受容体として機能し得ることを見出しており、RANKLに対するリガンド因子としての破骨細胞由来エクソソームの発見から、骨芽細胞内シグナル下流での骨芽細胞分化促進作用までを明らかとしている。これら一連の研究結果は、破骨細胞由来エクソソームが骨カップリング因子として機能する可能性を提示することで骨代謝研究領域におけるマイルストーンとなるだけではなく、近年脚光を浴びているエクソソームの生化学研究としても意義深い。さらに、RANKL細胞内シグナルが新規骨形成促進薬の標的となる可能性を期待させ、臨床への貢献が十分大きいと考えられる。従って、申請者の業績は博士(薬学)の授与にふさわしいものと判断した。

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