学位論文要旨



No 129460
著者(漢字) 伊藤,澄人
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,スミト
標題(和) MATE阻害剤pyrimethamineを用いた腎臓におけるカチオン性薬物排出輸送機構の定量的解析
標題(洋)
報告番号 129460
報告番号 甲29460
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1501号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 楠原,洋之
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 准教授 東,伸昭
 東京大学 特任准教授 樋坂,章博
 東京大学 講師 前田,和哉
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

医薬品の体内動態特性は標的分子への暴露を通じて、薬効・有害作用発現に影響を与える重要な要因である。薬物トランスポーターは薬物の組織分布の特異性、生体内からの排泄経路を決定づける重要な因子である。生体内における主要な異物排泄臓器である腎臓では、糸球体濾過のほか近位尿細管における薬物輸送 (尿細管分泌) により、薬物は尿中へと排泄される。尿細管分泌過程では、血液中からの取り込み、細胞内から尿中への排出の両輸送過程にトランスポーターが関与している。経口糖尿病治療薬であるmetforminなど、分子量が比較的小さく水溶性の高いカチオン性薬物については、organic cation transporter 2 (OCT2) が腎取り込みに関与している (図1)。一方で、尿細管上皮細胞内から管腔側への排出過程には、腎刷子縁膜ベシクルを用いたin vitro試験よりH+勾配を駆動力とした交換輸送体の関与が示唆されていた。近年、multidrug and toxin extrusion (MATE) 1およびMATE2-Kが同定され、カチオン性医薬品の尿中排泄の最終段階を司るトランスポーターと考えられている。これらトランスポーターにより効率的な輸送が行われている一方で、薬物間相互作用が生じる要因ともなっており、トランスポーターの機能変動が全身レベルでどの程度の変動を生じるのかを推定することが、医薬品開発の過程で求められている。実際に、ヒスタミンH2受容体拮抗薬cimetidineは、種々のカチオン性薬物の腎クリアランスを低下させることが報告されており、FDA の薬物間相互作用のドラフトガイダンスでは、尿細管分泌を受けると考えられている新規化合物はcimetidine との相互作用試験を行うことが推奨されている。尿細管分泌に関わる輸送担体を明らかにすることの重要性に大きな関心が寄せられている。

私は修士課程において、抗マラリア薬であるpyrimethamine (PYR) が、MATEs に対して強力かつ選択性の高い阻害剤であり、臨床投与量で取り込み側のトランスポーターであるOCT2 を阻害せず、MATE 機能を十分阻害する濃度に達することを明らかにしている。本研究では、PYR を用いて腎薬物輸送におけるMATEs の重要性を明らかにすることを目的として、以下の実験を行った。

【方法・結果】

1. MATE プローブ阻害剤としてのPYR の有用性を示すためのヒト臨床相互作用試験

1-1. Metformin とPYR との相互作用試験

健常人男性ボランティアを対象に、PYR を前投与 (50 mg, po) し、マイクロドース量(100 μg) または臨床投与量のmetformin を経口投与し、4 期のクロスオーバー比較試験を行った。臨床投与量でのPYR は血漿中非結合型濃度が300 nM に達し、取り込み過程に影響を与えない濃度で、MATE を阻害することが期待された。PYR 投与群では、metformin(臨床投与量) の全身循環からの消失の遅延がみられた(図2)。PYR 投与により、metformin の腎クリアランスはマイクロドース量では23%、臨床投与量では35%低下した。

1-2. MATE 内因性プローブ基質とPYR との腎排泄過程における相互作用

ヒト摘出腎から調製した腎刷子縁膜小胞 (BBMV) において、H+勾配存在下で、内因性MATE 基質であるN-methylnicotinamide (NMN) の輸送を測定した。その結果、BBMV によるNMN の取り込みは飽和性を示し、PYR によってほぼ完全に阻害された。BBMVにおけるNMNの輸送はmetforminによって競合的に阻害され、NMN はmetformin と同じトランスポーターを共有していることが示唆された。また、前述の臨床検体を用いて、NMN の血漿中濃度・尿中排泄量を決定したところ、PYR 投与により尿中排泄量の顕著な低下が観察された。PYR 投与群ではNMN の腎クリアランスが69%減少し、ほぼ糸球体ろ過速度にまで低下した。PYR 投与により、腎クリアランスの低下による、血漿creatinine 値の増加も認められた。

2. Cimetidine との腎薬物相互作用の臨床データの解析

2-1. OCTs およびMATEs に対するcimetidine の阻害定数の算出

Cimetidine による薬物間相互作用はOCT2 阻害と言われているが、OCT2 に対する阻害定数に基づくと、臨床投与量でのOCT2 阻害効果は無視できる程度と予測される。MPP+、tetraethylammonium (TEA) 、metformin、m-iodobenzylguanidine (MIBG)、ASP などOCTs およびMATEs 基質を複数選択し、OCTs およびMATEs 強制発現細胞における取り込みに対して、cimetidine の阻害定数を測定した。OCT2 に対するKi 値は基質によらず92~146 μM であり、MATE1 およびMATE2-K に対するKi 値はそれぞれ、1.1~3.8、2.1~6.9 μM であった。臨床投与量 (400 mg b.i.d) 服用後の非結合型最高血漿中濃度 (7.0~9.0 μM) であることを考慮すると、臨床におけるcimetidine の相互作用部位はOCT2 ではなくMATE 阻害によるものであることが示唆された。

2-2. カチオン性薬物の腎臓内動態・尿中排泄速度に対するcimetidine の影響

野生型マウスにPYR (20 μmol/kg、単回静脈内投与) またはcimetidine (静脈内持続投与1500 nmol/min/kg) に投与し、cimetidine との相互作用が報告されている薬物およびMATE 基質 (静脈内持続投与10 nmol/min/kg) の血漿中濃度、尿中排泄速度、腎臓中濃度を測定した。両阻害剤による阻害効果に違いはみられず、amiloride・ASP・cephalexin・MIBG・ranitidine・sulpiride・TEA の腎臓-血漿中濃度比の増加が認められた。一方、cimetidine との相互作用が報告されているにも関わらず、fexofenadine・pilsicainide・pindolol・procainamide・triamterene・varenicline では、マウスではその相互作用を再現することができなかった。

2-3. 蛍光プローブによる近位尿細管薬物輸送の生体イメージング

ASPは蛍光物質であり、共焦点蛍光顕微鏡を用いることによってASPの組織中濃度の経時変化を観察することができる。野生型マウスにPYR (20 μmol/kg) を前投与後、ASP (50 nmol/min/kg)、fluorescein (10 nmol/min/kg) を尾静脈から投与し、in vivo共焦点蛍光顕微鏡を用いて、腎臓内の薬物分布を測定した。Fluoresceinをネガティブコントロールとして用いた。近位尿細管上皮細胞でのfluoresceinの蛍光強度はPYR投与の有無で変化しなかったのに対し、PYR投与群ではASPの蓄積が認められた。

【総括】

本研究を通じて、PYRはMATEを介したmetforminの尿細管分泌を阻害し、ヒトにおけるMATEの寄与を評価するうえで有用であることを示した。また、NMNがmetformin、creatinineよりもMATE機能変動の検出に優れた内因性基質であることを明らかにした。ヒトに投与可能なMATE蛋白選択的阻害剤を見出したことにより、MATE蛋白の重要性を実験動物だけではなく、ヒトにおいても検証することが可能とした。マウス腎臓において種々薬物の排出輸送に関わることから、MATEsは薬物動態学上重要なトランスポーターであると考えている。内因性プローブ基質の発見によりmetforminのようなプローブ基質を投与した臨床試験を行うことなくMATEの機能変動を調査することが可能となり、医薬品の腎尿細管分泌に働くトランスポーター研究は大きく前進すると考えられる。cimetidineの相互作用は従来から信じられていたOCT2の阻害ではなく、MATE阻害であるという仮説を提唱した。さらに[11C]MetforminやSPECTリガンドであるMIBGとcimetidineとの相互作用試験を行うことによって、ヒトにおいてもcimetidineの相互作用部位がMATEであるということが実証されるものと期待している。FDAの薬物間相互作用ドラフトガイダンスにMATEも追加される予定であり、本研究の成果は、医薬品体内動態の最適化、薬物間相互作用の回避など医薬品の適正使用に貢献するものと期待される。

図1. 有機カチオンの尿細管分泌機構

図2. Metformin の血漿中濃度および尿中排泄におよぼすPYR の阻害効果

図3. PYR によるNMN腎クリアランスの低下

審査要旨 要旨を表示する

医薬品の体内動態は、薬効ターゲットへの医薬品暴露を支配することで薬効・有害作用発現に影響を与える重要な要因である。近年、薬物を基質とするトランスポーターが次々と同定・機能解析され、薬物の組織分布ならびに排泄経路の支配要因となることが明らかにされている。腎臓は生体内における主要な異物排泄臓器の1つであり、糸球体ろ過に加え近位尿細管における薬物輸送 (尿細管分泌) により、尿中へと医薬品を排泄する。経口糖尿病治療薬であるmetforminなどの分子量が比較的小さく水溶性の高いカチオン性薬物 (I型有機カチオン) の尿細管分泌に関しては、血中から細胞内への薬物の取り込み過程については、organic cation transporter 2 (OCT2) が種々の有機カチオンの腎取り込みに寄与していることが明らかとなっている。一方、尿細管上皮細胞内から管腔側への排出過程には、腎刷子縁膜ベシクルを用いた解析よりH+勾配を駆動力とする交換輸送体の関与が示唆されてきた。近年、その候補トランスポーターとしてmultidrug and toxin extrusion 1 (MATE1) およびMATE2-Kが同定された。MATE1およびMATE2-Kは多くのI型有機カチオンを含む広範な化合物を基質とすることから、その薬物動態における重要性に大きな関心が寄せられている。医薬品の体内動態特性を論理的に説明するため、また、トランスポーターを介した薬物相互作用を理解する上で、これらトランスポーターの薬物動態学上の重要性を解明することは、重要な課題である。

申請者である伊藤は、本研究において医薬品の腎排泄におけるMATEの重要性を明らかにすることに取り組んだ。本論文は二章から構成されており、第一章では、伊藤が修士課程において見出したMATE選択的阻害剤pyrimethamine (PYR) を用いて、健常人を対象にmetforminとPYRの薬物相互作用試験を行い、臨床データを収集した。第二章ではmetformin以外にもMATEによって尿中へ排泄される薬物群を明らかにするため、腎排泄におけるcimetidineとカチオン性薬物との薬物間相互作用に注目した解析を行った。PYRを用いた臨床研究およびMATEが関与していると思われるcimetidineとの相互作用データに基づいて、ヒト薬物動態、特に腎臓内動態におけるMATEの重要性を明らかにした。以下に研究の概略を示す。

1. 医薬品開発で使用できるMATEプローブ基質および阻害剤の確立

抗マラリア薬であるPYRを臨床投与量服用後の血漿中非結合型濃度 (200 nM) はMATEに対する阻害定数 (Ki) (MATE1: 77 nM、MATE2-K: 46 nM) よりも大きいが、OCT2 (10 μM) に対するKi値よりもはるかに小さい点に着目し、PYRは薬物の体内動態におけるMATEの重要性を評価することができるプローブ阻害剤になり得るという仮説を立て、詳細な解析を行った。そこで、申請者はMate1ノックアウトマウスやPYRを用いたマウス相互作用試験により、尿細管分泌過程にMate1が関与していることが明らかとなっているmetforminをMATEのプローブ基質として選択し、PYRとの相互作用試験を行った。MATE発現細胞によるmetforminの取り込みはPYRにより強力にかつ競合的に阻害され、用いる基質によらずPYRはMATEを介した輸送を選択的に阻害することができることを明らかにした。健常人男性ボランティアを対象に、PYR非投与および前投与(50 mg, po)し、マイクロドース量 (100 μg) および臨床投与量 (250 mg) のmetforminを経口投与し、クロスオーバー比較試験を行った。その結果、PYR投与群ではmetforminの腎クリアランスがマイクロドースと臨床投与量でそれぞれ23 %、35 %減少した。

Metforminは被験者に投与する必要があるが、内因性代謝物を利用することで、被験者にプローブ薬を投与することなく、トランスポーター機能評価を実現することができる。そうした内因性代謝物を同定するため、既知内因性代謝物の腎排泄に対するPYRによる阻害効果を検討した。その結果、creatinineの腎クリアランスが16 %減少し、血漿中濃度の上昇がみられた。H+勾配存在下でのヒト腎刷子縁膜ベシクル(BBMV)へのNMNの取り込みは飽和性 (Km 360 μM) を示し、PYRにより完全に阻害された。さらに、metforminにより競合的に阻害されたことから、腎刷子縁膜におけるH+/NMN交換輸送の大部分は、MATEが担っていることが示唆された。健常人男性におけるNMNの腎クリアランスはPYR投与により69 %減少し、糸球体ろ過速度まで低下したことから、NMNの腎刷子縁膜側の排出輸送の大部分はMATEで説明できることが示唆された。本結果は、NMNがMATE機能を評価するためのプローブとして、有用であることを示している。

2. Cimetidineによる薬物間相互作用機構の解明

これまで、cimetidineによる腎排泄における薬物間相互作用のメカニズムは、腎取り込み過程に働くOCT2の阻害だと考えられてきた。In vitroで測定された阻害定数と臨床投与量での実効濃度の比較に基づくと、OCT2阻害では説明できない。ただし、文献調査の結果、in vitro輸送実験に用いる基質により、Ki値が異なる可能性もある。そこで申請者は、複数の基質を用いて有機カチオントランスポーターに対するcimetidineの阻害能について検討した。5種類のOCTsおよびMATEs基質を選択し、OCTs/MATEs強制発現細胞による取り込みに対するcimetidineの阻害効果を検討したところ、OCT2に対するKi値は92~146 μMであり、臨床投与量 (400 mg b.i.d) 服用後の非結合型最高血漿中濃度 (3.6~7.8 μM) に比べはるかに大きかった。一方で、MATE1およびMATE2-Kに対するKi値はそれぞれ、1.1~3.8、2.1~6.9 μMであり、臨床におけるcimetidineの相互作用部位はOCT2ではなくMATEであることを明らかとした。同様の傾向がマウスOct1 (mOct1)、mOct2、mMate1でもみられ、20 μMのcimetidineは、マウス腎スライスへのmetforminの取り込みに影響を与えなかった。

マウスin vivoでMATE選択的阻害剤であるPYRとcimetidineの阻害効果を比較したところ、両阻害剤によりMate1を介した尿細管分泌を受けることが明らかとなっているmetformin・TEA・cephalexinに加え、amiloride・ranitidine・sulpiride・ASP・rhodamine 123・MIBGの腎/血漿中濃度比の上昇がみられた。Cimetidineによる阻害効果はPYR投与時と同程度であり、PYRとcimetidine併用により相乗効果も認められなかったことから、両阻害剤は同じターゲット、Mate1を阻害していることを明らかとした。生体内リアルタイム共焦点顕微鏡を用いて、マウス腎臓においてPYRの阻害効果を検討したところ、PYR投与により、近位尿細管上皮細胞においてASPの蛍光強度が増強されており、PYRとの相互作用が、Mate1が局在する部位で生じていることを明らかにした。

以上のように申請者は、ヒト腎臓においてMATEが種々カチオン性薬物ならびに内因性代謝物の尿中排泄に関与していること、cimetidineによる薬物間相互作用メカニズムがMATE阻害であることを明らかにした。薬物に加えて、MATE機能を反映した内因性プローブ基質を見出したことは、プローブ薬を投与しなくても、トランスポーター機能の評価が可能であり、医薬品開発において薬物間相互作用リスクを早期に評価する上で非常に有用である。MATEを介した薬物間相互作用では、血漿中濃度より、組織中濃度に与える影響が大きく、血中動態に変動が見られないことから薬効レベルでの相互作用と分類されてきたものの中に、薬物動態的な相互作用が潜んでいる可能性を示した。本研究の成果により、FDAの薬物間相互作用ドラフトガイダンスに、MATEも追加される予定である。上記の通り、本研究で得られた知見は、薬物動態におけるMATEの重要性を示すとともにより安全性の高い医薬品の開発に貢献するものであり、博士 (薬学) の学位を授与するに値するものと認めた。

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