学位論文要旨



No 129461
著者(漢字) 片桐,一美
著者(英字)
著者(カナ) カタギリ,カズミ
標題(和) TRIM48 による ASK1 活性制御機構と酸化ストレス応答における生理機能の解明
標題(洋)
報告番号 129461
報告番号 甲29461
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1502号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 村田,茂穗
 東京大学 准教授 八代田,英樹
 東京大学 准教授 垣内,力
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

MAP3K ファミリーに属する Apoptosis signal-regulating kinase 1 (ASK1) は、酸化ストレスをはじめとする多様な刺激に応答し、アポトーシスや炎症性サイトカイン産生などの生理応答を誘導する。これまで当研究室では、活性酸素種 (ROS) によって誘導される ASK1 の活性化分子機構の解明を試みてきた。ASK1 は定常状態において抗酸化蛋白質である Thioredoxin (Trx) と直接結合することで、その活性が負に制御されている。ROSによって Trx が酸化型となると、その構造変化によって ASK1 から解離し、抑制効果が解除される。また、最近の知見により、過酸化水素刺激によって活性化した ASK1 がユビキチン修飾を受け、プロテアソーム依存的に分解される活性制御機構の存在が示唆された。さらに、過酸化水素刺激依存的な ASK1 結合因子として同定された脱ユビキチン化酵素 Ubiquitin specific peptidase 9, X-linked (USP9X) は、ユビキチン修飾された ASK1 を脱ユビキチン化することで ASK1 の活性化を持続させ、細胞死を誘導することが明らかとなっている。

一方、USP9X とは反対に ASK1 のユビキチン化を担うユビキチンリガーゼ (E3) は未同定のままである。USP9X との結合部位を欠損させた ASK1-ΔGG 変異体は野生型 ASK1 に比べて分解を受けやすい。当研究室では、蛍光蛋白質を融合させた ASK1-ΔGG 変異体をテトラサイクリン依存的に発現する HEK293A 細胞を樹立し、ASK1-ΔGG 変異体の細胞内での分解を画像解析により定量することが可能な評価系を構築した。この評価系を用いて、ユビキチン関連遺伝子を対象とした siRNA ライブラリーの中から、ASK1-ΔGG 変異体の分解を担う遺伝子をスクリーニングした結果、4 つの候補遺伝子が同定された。

候補遺伝子を発現抑制すると、ASK1 の活性化依存的な分解が抑制されるために過酸化水素刺激によって誘導される活性化型 ASK1 (P-ASK) が蓄積されることが予想され、実際に検討したところ候補遺伝子 4 つのうち 3 つに関しては予想された結果と似た傾向を示したが、Tripartite motif containing 48 (TRIM48) を発現抑制した場合では、予想に反して活性化型 ASK1 の量が減少する結果が示された (Fig.1)。TRIM48 が属する TRIM ファミリー蛋白質は、ヒトやマウスで 60 種類程度同定されており、分子構造的な特徴として、基本的に共通した 3 つのドメイン (RING ドメイン、B-box ドメイン、Coiled-coil ドメイン) を有している。RING ドメインは E3 活性を持つことが分かっているが、TRIM48 が ASK1 の活性化に依存した分解を検出する評価系で同定されたことを考えると、TRIM48 はASK1 のユビキチン化分解を直接制御するのではなく、ASK1 の活性化を促進する因子として機能している可能性が考えられた。本研究では、ASK1の新規活性化因子としての TRIM48の機能解析を通して、ASK1 の新たな活性制御分子機構の解明を目的とした。

【方法・結果】

1. TRIM48 は ASK1 の新規活性化因子である

まず、スクリーニング系と同様に ASK1-ΔGG 変異体を過剰発現することで誘発される活性化に対してもTRIM48 の発現抑制が影響を与えるか否かを検討したところ、TRIM48 の発現抑制によって、定常状態における ASK1-ΔGG 変異体のキナーゼ活性が抑制された。次に、TRIM48 が ASK1 の活性化因子である可能性をより確かなものとするために、TRIM48 の過剰発現を行い、ASK1 のキナーゼ活性に対する影響を検討した。ASK1 と野生型 TRIM48 を共発現させたところ、ASK1 のキナーゼ活性が増強した (Fig.2A)。その一方で、RING ドメインの共通配列に含まれるシステイン残基をセリン残基に置換した TRIM48-CS 変異体には、ASK1のキナーゼ活性増強効果が認められなかった (Fig.2A)。以上より、TRIM48 がおそらく E3 活性依存的に ASK1を活性化する因子であることが示唆された。

TRIM48 が ASK1 を活性化することから、TRIM48 の過剰発現によって ASK1 の活性化依存的な分解が促進されることが予想された。そこで、TRIM48 の過剰発現による ASK1 のユビキチン化に対する影響を検討した。その結果、野生型 TRIM48 の過剰発現は ASK1 のユビキチン化を亢進したが、TRIM48-CS 変異体の過剰発現では、野生型 TRIM48 で検出されるほどのポリユビキチン鎖形成の亢進が起こらなかった (Fig.2B)。次に、TRIM48の過剰発現で誘導される ASK1 のユビキチン化が分解に関わるものであるのか否かを検討した。ユビキチン分子内の合成開始アミノ酸であるメチオニン残基から数えて 48 番目のリジン残基をアルギニン残基に置換したユビキチン K48R 変異体は、プロテアソームによる蛋白質分解の目印となる K48 型ポリユビキチン鎖を形成することができない。この変異体を用いた場合では、野生型 TRIM48 の過剰発現によって誘導される ASK1 のユビキチン化の亢進が起こらなかった。以上のことより、TRIM48 が誘導する ASK1 のユビキチン化は、K48 型ポリユビキチン鎖形成が主要なものであることが示唆された。これまでの解析から、TRIM48 の過剰発現によって ASK1 の活性化が誘導された結果として、未同定である内在性の E3 が ASK1をユビキチン化した可能性が考えられた。ASK1のキナーゼ活性欠損変異体である ASK1-KM 変異体を用いた場合では、TRIM48 の過剰発現によるユビキチン化の亢進が検出されなかったことからも、TRIM48 による ASK1 分子上のポリユビキチン鎖形成の亢進は、ASK1 の活性化を介して誘導されることが示唆された。

2. TRIM48 による ASK1 活性制御の分子機構

TRIM48 が E3 活性依存的に ASK1 の活性化を誘導する可能性が考えられたため、TRIM48 の基質を同定することを目的として、TRIM48 の結合因子の探索を行った。HEK293A 細胞に野生型 TRIM48 またはTRIM48-CS 変異体を過剰発現させ、プルダウン法によって結合因子の同定を試みた結果、通常の条件ではTRIM48-CS 変異体のみで、プロテアソーム阻害剤を添加した条件では野生型 TRIM48 と TRIM48-CS 変異体の両方で Protein arginine methyltransferase 1 (PRMT1) が同定された。PRMT1 は、他の研究グループによりASK1 の抑制因子としての機能が報告されていることから、TRIM48 による ASK1 の活性化が PRMT1 のユビキチン化分解を介して誘導される可能性が考えられた。そこで、PRMT1 のユビキチン化を評価したところ、TRIM48 の過剰発現により PRMT1 分子上の K48 型ポリユビキチン鎖形成が亢進した。一方、TRIM48-CS 変異体ではこの効果が認められなかった (Fig.3)。この結果から、TRIM48 が PRMT1 の分解を介して ASK1 の活性化を促進する可能性が示唆された。

PRMT1 の ASK1 抑制機構としては、ASK1 を直接メチル化することで ASK1 抑制因子である Trx との結合能を増強することが報告されている。TRIM48 が E3 として基質の候補である PRMT1 の分解を促進することによって ASK1 を活性化すると仮定すると、ASK1 と Trx の結合を増強する PRMT1 の機能にも影響を与えることが予想された。そこで、内在性の ASK1 と Trx の結合に対する TRIM48 の発現抑制による影響を検討したところ、チオール基の酸化剤であるDiamide で刺激した条件下において、刺激依存的な ASK1-Trx 複合体の解離がTRIM48 の発現抑制によって抑制された(Fig.4)。この際に、Diamide 刺激で誘導される ASK1 の活性化も抑制されていた(Fig.4)。これらの結果から、TRIM48 は、おそらく PRMT1 に対するユビキチン化分解を介して、ASK1 と Trx の結合を抑制していると考えられる。

3. TRIM48 による ASK1 活性制御の生理的役割

酸化ストレス下で活性化した ASK1 は細胞死を誘導する。TRIM48 の ASK1 に対する活性化因子としての生理的機能を検討するため、酸化剤である Diamideによって誘導される細胞死を Lactate dehydrogenase(LDH) の細胞外放出量を定量することで検出した。ASK1 の発現抑制で Diamide 誘導性細胞死が減弱する条件で、TRIM48 を発現抑制した場合に、ほぼ同程度の細胞死の減弱が認められた。さらに、TRIM48 の基質の候補として見出した PRMT1 が Diamide 誘導性細胞死を制御する可能性を検討したところ、TRIM48の発現抑制によって抑制された Diamide 誘導性細胞死が PRMT1 を同時に発現抑制した細胞においてはある程度回復する傾向を示した (Fig.5)。以上のことより、TRIM48 が PRMT1 を介して Diamide 誘導性細胞死を誘導することが考えられる。

【考察】

これまで同定された ASK1 活性制御因子は ASK1 に対して直接結合する分子が多く、ASK1 との結合を介さない分子や恒常的に結合していない分子に関してはその同定が困難であった。本研究により、ASK1 の活性化依存的な分解を指標とした siRNA スクリーニングで同定された TRIM48 が、ASK1 の活性化因子としての機能を果たすことが明らかとなった。さらに、その活性化の分子機構として、おそらく E3 活性依存的にPRMT1 のユビキチン化とそれに続く分解を亢進することで、ASK1 の抑制因子である Trx と ASK1 の相互作用を抑制するモデルを提唱するに至った (Fig.6)。

現在までに TRIM48 の持つ生理機能に関する報告は無く、本研究で初めて TRIM48 が酸化ストレス応答にとって重要な機能を果たすことが示唆された。ASK1 の活性化には TRIM48 の RING ドメインが重要であるが、TRIM48 が実際にユビキチンリガーゼとして機能するか否か、他の基質の同定を含めて今後さらに詳細な解析を進める必要がある。本研究ではTRIM48 の基質候補の 1 つとしてPRMT1 を見出した。PRMT1 は蛋白質のアルギニン残基にメチル基を転移する酵素であり、ASK1 を直接メチル化することで抑制因子Trx と ASK1 との結合を増強する。今後は、TRIM48 が PRMT1 を介して ASK1 のメチル化を制御することによって ASK1 の活性化を促進しているのか、またその生理的意義について解析を進めていく予定である。

Fig.1 TRIM48の発現抑制はASK1の過酸化水素刺激依存的な活性化を減弱させる

Fig.2 TRIM48はASK1の活性化因子である

(A)TRIM48によるASK 1のキナーゼ活性の亢進

(B)TRIM48によるASK1のユビキチン化の亢進

Fig.3 TRIM48はPRMT1分子上のK48型ポリユビキチン鎖形成を亢進する

Fig.4 TRIM48 の発現抑制はDiamide 誘導のASK1-Trx 複合体の解離を抑制する

Fig.5 TRIM48はPRMT1を介してDiamide 誘導性細胞死を正に制御する

Fig.6 TRIM48によるASK1 活性化分子機構のモデル図

審査要旨 要旨を表示する

Mitogen-activated protein kinase kinase kinase (MAP3K) ファミリーの一員であるApoptosis signal-regulating kinase 1 (ASK1) は、酸化ストレスをはじめとする多様な刺激に応答し、アポトーシスや炎症性サイトカイン産生などの生理応答を誘導する。ASK1 欠損マウスを用いた実験などから、ASK1 を介する酸化ストレス誘導性細胞死が、虚血性疾患や心疾患など種々の疾患の原因の 1 つとなっていることが示唆されている。それ故、酸化ストレスによる ASK1 の活性化がどのように制御されているかを理解することは、それら疾患の発症メカニズムを明らかにするだけではなく、疾患の克服にも繋がるものと期待される。

これまで当研究室では、活性酸素種 (ROS) によって誘導される ASK1 活性化の分子機構の解明を試みてきた。ASK1 は定常状態において抗酸化蛋白質であるThioredoxin (Trx) と直接結合することで、その活性が負に制御されている。ROSによって Trx が酸化型となると、その構造変化によって ASK1 から解離し、抑制効果が解除される。さらに最近の知見により、過酸化水素刺激によって活性化した ASK1 がユビキチン化を受け、プロテアソーム依存的に分解される機構が明らかとなった。このユビキチン鎖は、刺激依存的に ASK1 と結合する脱ユビキチン化酵素 Ubiqu i t in spe c i f ic peptidase 9 , X - l inked (USP9X) によって脱ユビキチン化される。一方、USP9X とは逆に ASK1 のユビキチン化を担うユビキチンリガーゼ (E3) は未同定のままである。USP9X との結合部位を欠損させたASK1-ΔGG 変異体は野生型に比べて分解を受けやすい。当研究室では、蛍光蛋白質を融合させた ASK1- Δ GG 変異体をテトラサイクリン依存的に発現するHEK293A 細胞を樹立し、ASK1-ΔGG 変異体の細胞内での分解を画像解析により定量することが可能な評価系を構築した。この系を用いて、ユビキチン関連遺伝子を対象とした siRNA ライブラリーより ASK1-ΔGG 変異体の分解を促進する遺伝子をスクリーニングした結果、4 つの候補遺伝子が同定された。

申請者は、同定された 4 つの候補遺伝子について、過酸化水素刺激依存的な内在性 ASK1 の活性化に対する影響を検討した結果、他の候補遺伝子の発現抑制によって実際に活性化型 ASK1 の量 (P-ASK) が増えるのに対し、Tripartite motifcontaining 48 (TRIM48) を発現抑制した場合のみ、刺激後の活性化型 ASK1 の量が減少することを見出した。TRIM48 が属する TRIM ファミリー蛋白質は、ヒトやマウスで 60 種類程度同定されており、分子構造的な特徴として、基本的に共通した 3 つのドメイン (RING ドメイン、B-box ドメイン、Coiled-coil ドメイン) を有している。RING ドメインは E3 活性を持つことが分かっているが、TRIM48 が ASK1 の活性化に依存した分解を検出する評価系で同定されたことを考えると、 TRIM48 は ASK1 のユビキチン化分解を直接制御するのではなく、ASK1 の活性化を促進する因子として機能している可能性が考えられた。本研究は、ASK1 の新規活性化因子としての TRIM48 の機能解析を通して、ASK1 の新たな活性制御分子機構の解明を目的として行われたものである。以下に本研究から得られた主要な知見をまとめた。

1. TRIM48 の発現抑制で定常状態及び酸化ストレス下における ASK1 のキナーゼ活性が抑制される

2. TRIM48 は RING ドメイン依存的に ASK1 の活性化とそれに続く K48 型ポリユビキチン化を誘導する

3. TRIM48 は RING ドメイン依存的に Protein arginine methyltransferase 1 (PRMT1) 分子上の K48 型ポリユビキチン鎖形成を亢進する

4. TRIM48 の発現抑制によって、酸化ストレス依存的な ASK1-Trx 複合体の解離が抑制される

5. TRIM48 は PRMT1 を介して酸化剤 Diamide によって誘導される細胞死を促進する

本研究において、TRIM48 が ASK1 の新たな活性化因子として機能する可能性が見出された。さらに、TRIM48 による ASK1 の活性化分子機構として、ASK1とその抑制因子である Trx との複合体の酸化ストレス依存的な解離を促進することが示唆された。つまり、TRIM48 の持つ役割としては、ASK1 の酸化ストレスに対する応答性を増強させることが考えられる。また、TRIM48 は RING ドメイン依存的に ASK1 を活性化することから、E3 として機能することが予想される。申請者は TRIM48 の基質の候補として PRMT1 を見出した。PRMT1 は、他の研究グループにより ASK1 を直接メチル化することで Trx との結合能を増強することが報告されている。以上のことから、TRIM48 は PRMT1 を直接ユビキチン化し、その分解を促進することで間接的に ASK1 のメチル化を制御している機構が予想される。本研究により、これまで Trx の酸化還元状態のみで説明されていた ASK1 の酸化ストレス依存的活性化機構に対して、TRIM48 という因子が ASK1 側の質的変化を制御することによっても Trx との結合能が制御されるモデルを提唱するに至った点において非常に意義深いと考えられる。

以上より、本研究は博士( 薬学)の学位に値するものと判定した。

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