学位論文要旨



No 129462
著者(漢字) 功刀,隼人
著者(英字)
著者(カナ) クヌギ,ハヤト
標題(和) トランスジェニックショウジョウバエを用いた筋萎縮性側索硬化症病因遺伝子FUSによる神経変性機構の解明
標題(洋)
報告番号 129462
報告番号 甲29462
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1503号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 村田,茂穗
 東京大学 教授 松木,則夫
内容要旨 要旨を表示する

背景

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、上位および下位運動神経細胞が選択的に変性・脱落する進行性の神経変性疾患である。家族性ALS(FALS)の一つであるALS6の病因遺伝子として同定されたfased in sarcoma(FUS)は526アミノ酸からなるタンパク質であり、RNA認識モチーフ(RRM)を有し、RNAの転写や輸送、RNA編集に関わることが示唆されている。FUSはC末端に核移行シグナル(NLS)を持ち、主に核に局在するタンパク質であるが、ALS6患者、さらに一部の前頭側頭葉変性症(FTLD-FUS)患者において、FUSタンパク質は神経細胞に細胞質内封入体として蓄積することが報告されている。しかしこれまでにFUSが神経変性を生じる機序、さらにFALS変異型FUSが及ぼす変異効果の詳細は明らかになっていない。

本研究において私は、FUSによる神経変性モデルとして、ヒトFUSを過剰発現するトランスジェニックショウジョウバエ(FUS tg fly)を樹立し、神経変性の分子機構の解明を試みた。

方法と結果

1.野生型FUSの過剰発現はRNA結合依存的に複眼の変性を引き起こす

GAL4-UASシステムを用いて、GMRドライバーによりショウジョウバエ複眼特異的にヒトFUSを過剰発現するtg flyを作出し、FUSによる複眼網膜視神経細胞の変性を形態学的、組織学的に評価した。その結果、コントロールのlacZ tg flyに比べて、野生型FUS tg flyでは個眼の配列が乱れ、網膜光受容細胞層の厚さが約30%減少するなどの複眼の変性所見が認められた。

次にFUS tg flyにおける複眼変性に、FUSのRNA結合能が関与するか否かを調べるため、RRMを欠失したFUSΔRRMを過剰発現するtg flyを作出したところ、FUS ΔRRM tg flyでは野生型FUS tg flyで見られた複眼変性は生じなかった。FUSのRNA結合能をelectrophoresis mobility shift assay(EMSA)により検討したところ、野生型FUSではRNAとの結合が見られたのに対し、FUSΔRRMではRNAとの結合がほぼ消失することが確認された。

これらの結果から、FUSはRNA結合依存的に複眼変性を引き起こすことが判明した。

2.FUSは核外に局在するときにより強い神経変性効果を発揮する

FTLD-FUS患者において野生型FUSが神経細胞の細胞質内に蓄積していることから、FUSの細胞質への局在の変化が神経変性に関与する可能性が考えられた。そこで、作出したFUS tg flyを用いて、FUSの局在と複眼変性の関係について検討した。

まず、FUSの核への移行を担うタンパク質であるtransportinのノックダウンにより、FUSを核外に局在させることを試みた。FUS tg fly光受容細胞におけるFUSの細胞内局在を検討したところ、野生型FUSは主に核内に局在が見られた。一方でショウジョウバエにおけるtransportinのオルソログであるTrnのノックダウン時に、野生型FUSは核外に顆粒状に局在した。複眼変性について検討したところ、Trnのノックダウンによって野生型FUS tg flyの複眼変性は増悪した。一方で複眼特異的なTrnのノックダウンのみでは、複眼変性は観察されなかった。これらの結果から、Trnのノックダウンは、FUSによる変性効果を増強することがわかった。

次に、FUS tg flyにおいて、FUSを核内に局在させたときの複眼変性について検討した。FUSは主に核に存在するが、核と核外とを行き来することが知られている。そこで、FUSのアミノ末端にSV40のT抗原由来の核移行シグナル(NLS)を付加することで、FUSを核内のみに局在させることを試みた。NLS-野生型FUS tg flyでは、野生型FUS tg flyに比して複眼変性が減弱した。

以上の結果から、FUSは核内に局在するときに比して、核外に局在するときにより強い変性効果を発揮することが示唆された。

3.野生型FUSは最C末端を介して変性効果を発揮する

FUSの最C末端はtransportinとの相互作用部位を形成することが知られている。そこで最C末端13アミノ酸の欠失(Δ514-526変異)が、Trnのノックダウンと同様に変性増悪効果を有するか否か検討するため、Δ514-526変異型FUS tg flyの複眼変性の解析を行った。

Δ514-526変異型FUS tg flyでは、FUSは核外に顆粒状に局在したが、複眼変性は見られなかった。この結果から、Δ514-526変異型FUSは核外に局在するものの複眼変性を引き起こさないことがわかり、核外のFUSによる複眼変性の発揮には最C末端が必要であることが示唆された。

4.FALS変異はFUSによる複眼変性を増悪させる

FUSのFALS変異が複眼変性にもたらす効果について検討するため、FALS変異(R514GおよびR521C)を導入したFUSを過剰発現するtg flyを作出し、組織学的に検討した。FALS変異型FUS tg flyでは、野生型FUS tg flyに比して光受容細胞層の厚さが有意に減少し、複眼変性が増悪した。この結果から、FALS変異が複眼変性を増悪させる効果を有することが確認された。

5.FALS変異はRNA結合を介さずに複眼変性増悪効果を発揮する

FALS変異による複眼変性の増悪にFUSのRNA結合能が関与するか否かを検討するため、RRMを欠失し、かつFALS変異を有するFUSを過剰発現するtg flyを作出した。R514G変異型FUSでは、RRMの欠失によっても複眼変性は部分的にしか回復しなかった。この結果から、FALS変異型FUSはRNA結合能が低下しても複眼変性効果を発揮することが示唆された。

6.FALS変異はFUSの核外の移行を増加させ、核外型FUSの変性効果を増強させる

FALS患者において、FUSが運動神経細胞の細胞質に蓄積していることから、FALS変異による複眼変性の増悪効果がFUSの核外移行の増加によるものである可能性が考えられた。FALS変異型FUS tg fly光受容細胞におけるFUSの細胞内局在を検討したところ、核外に顆粒状に局在する様子が観察された。

FUSの細胞内局在の変化とFALS変異による変性増悪効果の関係についてさらに検討するため、まずFALS変異型FUS tg flyにおいてTrnをノックダウンし、複眼変性の解析を行った。Trnノックダウン時の複眼変性の程度の変化を比較すると、野生型に比べR514G変異型FUS tg flyで複眼変性がより顕著に見られた。この結果から、FALS変異による変性増悪効果は、FUSが核外に局在するときに発揮されることが示唆された。

次に、NLS-野生型FUS tg flyとNLS-FALS変異型FUS tg flyの複眼変性の程度について比較した。Tg fly光受容細胞において、R514G変異型FUSが核外に顆粒状に局在したのに対し、NLS-R514G変異型FUSは主に核内に局在した。NLS-R514G変異型FUS tg flyでは、R514G変異型FUS tg flyに比して複眼変性が減弱した。NLS-野生型FUS tg flyと NLS-R514G変異型FUS tg flyとの間に複眼変性の程度の差が見られなかったことから、FALS変異による変性増悪効果はFUSが核内に局在するときには発揮されないことが示唆された。

考察

本研究において私は、FUSによる神経変性機構に関して、(1)RNA結合を介した変性経路、(2)核外における、最C末端を介した変性経路があることを示唆する知見を得た。またFALS変異による変性増悪効果に関して、(1)より変性効果の高い核外型FUSを増加させる効果、(2)核外で発揮されるFUSによる変性効果を増強させる効果の存在を示唆する知見を得た。

野生型FUSがRNA結合を介して神経変性を発揮したことは、過剰発現したFUSがRNAの適切なプロセシングに障害を引き起こしたことに起因すると解釈できる。またFUSの最C末端は、FUSの凝集能あるいは他の因子との相互作用に関与することにより、核外のFUSによる神経変性に寄与することが予想される。そして最C末端に位置するFALS変異は、最C末端が有する変性効果を強めることにより、核外でのFUSによる神経変性効果を増強させると考えられる。今後はFUSによりプロセシングの影響を受け、神経変性につながるRNAの詳細、また核外においてFUSにより引き起こされる神経変性機構の詳細について解析し、ALS6およびFTLD-FUS発症の分子機構に迫りたい。

審査要旨 要旨を表示する

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、上位および下位運動神経細胞が選択的に変性・脱落する進行性の神経変性疾患である。家族性ALS(FALS)の一つであるALS6の病因遺伝子として同定されたfused insarcoma(FUS)は526アミノ酸からなるタンパク質であり、RNA認識モチーフ(RRM)を有し、RNAの転写や輸送、RNA編集に関わることが示唆されている。FUSはC末端に核移行シグナル(NLS)を持ち、主に核に局在するタンパク質であるが、ALS6患者、さらに一部の前頭側頭葉変性症(FTLD-FUS)患'者において、FUSタンパク質は神経細胞に細胞質内封入体として蓄積することが報告されている。しかしこれまでにFUSが神経変性を生じる機序、さらにFALS変異型FUSが及ぼす変異効果の詳細は明らかになっていない。

本研究において申請者は、FUSによる神経変性モデルとして、ヒトFUSを過剰発現するトランスジェニックショウジョウバエ(FUS tg fly)を樹立し、神経変性の分子機構の解明を試みた。

1.野生型FUSの過剰発現はRNA結合存的に複眼の変性を引き起こす

GAL4-UASシステムを用いて、GMRドライバーによりショウジョウバエ複眼特異的にヒトFUSを過剰発現するtg flyを作出し、FUSによる複眼網膜視神経細胞の変性を形態学的、組織学的に評価した。その結果、コントロールのlacZ tg flyに比べて、野生型FUS tg flyでは個眼の配列が乱れ、光受容細胞層の厚さが約30%減少するなどの複眼の変性所見が認められた。

次にFUS tg flyにおける複眼変性に、FUSのRNA結合能が関与するか否かを調べるため、RRMを欠失したFUS ΔRRMを過剰発現するtg flyを作出したところ丸FUSΔRRMtg flyでは、FUS tg flyで見られた複眼変性は生じなかった。FUSのRNA結合能をelectrophoresis mobility shift assay(EMSA)により検討したところ、野生型FUSではRNAとの結合が見られたのに対し、FUSΔRRMではRNAとの結合がほぼ消失することが確認されだ。

これらの結果から、FUSはRNA結合依存的に複眼変性を引き起こすことが判明した。

2.FUSは核外に局在するときにより強い神経変性効果を発揮する

FTLD-FUS患者において野生型FUSが神経細胞の細胞質内に蓄積していることから、FUSの細胞質への局在の変化が神経変性に関与する可能性が考えられた。そこで、作出したFUS tg flyを用いて、FUSチの局在と複眼変性の関係について検討した。

まず、FUSの核への移行を担うタンパク質であるtransportinのノックダウンにより、FUSを核外に局在させることを試みた。FUS tg fly光受容細胞におけるFUSの細胞内局在を検討したところ、野生型FUSは主に核内に局在が見られた。一方でショウジョウバエにおけるtransportinのオルソログであるTrnのノックダウン時に、野生型FUSは核外に顆粒状に局在した。複眼変性について検討したところ、Trnのノックダウンによって野生型FUS tg flyの複眼変性は増悪した。一方で複眼特異的なTrnのノックダウンのみでは、複眼変性は観察されなかった。これらの結果から、Trnのノックダウンは、FUSによる変性効果を増強することがわかった。

次に、FUS tg flyにおいて、FUSを核内に局在させたときの複眼変性について検討した。FUSは主に核に存在するが、核と核外とを行き来することが知られている。そこで、FUSのアミノ末端に核移行シグナル(NLS)を付加することで、FUSを核内のみに局在させることを試みた。NLS-野生型FUS tg flyでは、野生型FUS tg flyに比して複眼変性が減弱した。

以上の結果から、FUSは核内に局在するときに比して、核外に局在するときにより強い変性効果を発揮することが示唆された。

3.野生型FUSは最C末端を介して変性効果を発揮する

FUSの最C末端はtransportinとの相互作用部位を形成することが知られている。そこで最C末端13アミノ酸の欠失(Δ514-526変異)が、Trnのノックダウンと同様に変性増悪効果を有するか否か検討するため、Δ514-526変異型FUS tg flyの複眼変性の解析を行った。

Δ514-526変異型FUS tg flyでは、FUSは核外に顆粒状に局在したが、複眼変性は見られなかった。この結果から、Δ514-526変異型FUSは核外に局在するものの複眼変性を引き起こさないことがわかり、核外のFUSによる複眼変性の発揮には最C末端が必要であることが示唆された。

4.FALS変異はFUSによる複眼変性を増悪させる

FUSのFALS変異が複眼変性にもたらす効果について検討するため、FALS変異(R514GおよびR521C)を導入したFUSを過剰発現するtg flyを作出し、組織学的に検討した。FALS変異型FUS tg flyでは、野生型FUS tg flyに比して光受容細胞層の厚さが有意に減少し、複眼変性が増悪した。この結果から、FALS変異が複眼変性を増悪させる効果を有することが確認された。

5.FALS変異はRNA結合を介さずに眼変性±悪交果を発揮する

FALS変異による複眼変性の増悪にFUSのRNA結合能が関与するか否かを検討するため、RRMを欠失し、かつFALs変異を有するFusを過剰発現するtg flyを作出した。R514G変異型Fusでは、RRMの欠失によっても複眼変性は部分的にしか回復しなかった。この結果から、FALS変異型FUSはRNA結合能が低下しても複眼変性効果を発揮することが示唆された。

6.FALS変異はFUSの核外の移行を増加させ、核外型FUSの変性効果を増強させる

FALS患者において、FUSが運動神経細胞の細胞質に蓄積していることから、FALS変異による複眼変,性の増悪効果がFusの核外移行の増加によるものである可能性が考えられた。FALS変異型FUS tg fly光受容細胞におけるFUSの細胞内局在を検討したところ、核外に顆粒状の局在が観察された。

FUSの細胞内局在の変化とFALS変異による変性増悪効果の関係についてさらに検討するため、まずFALS変異型FUS tg flyにおいてTrnをノックダウンし、複眼変性の解析を行った。Trnノックダウン時の複眼変性の程度の変化を比較すると、野生型に比べR514G変異型FUS tg flyで複眼変性がより顕著に見られた。この結果から、FALS変異による変性増悪効果は、FUSが核外に局在するときに発揮されることが示唆された。

次に、NLS-野生型FUS tg flyとNLS-FALS変異型FUS tg flyの複眼変性の程度について比較した。Tgfiy光受容細胞において、R514G変異型FUSが核外に顆粒状に局在したのに対し、NLS-R514G変異型FUSは主に核内に局在した。NLS-R5ユ4G変異型FUS tg flyでは、R514G変異型FUS tg flyに比して篠眼変性が減弱した。NLS一野生型FUS tg flyとNLS-R514G変異型FUStg刊yとの間に複眼変性の程度の差が見られなかったことから、FALS変異による変性増悪効果はFUSが核内に局在するときには発揮されないことが示唆された。

本研究において申請者は、FUSによる神経変性機構に関して、(1)RNA結合を介した変性経路、(2)核外における、最C末端を介した変性経路があることを示唆する知見を得た。またFALS変異による変性増悪効果に関して、(1)より変性効果の高い核外型FUSを増加させる効果、(2)核外で発揮されるFUSによる変性効果を増強させる効果の存在を示唆する知見を得た。

野生型FUSがRNA結合を介して神経変性を発揮したことは、過剰発現したFUSがRNAの適切なプロセシングに障害を引き起こしたことに起因すると解釈できる。またFUSの最C末端は、FUSの凝集能あるいは他の因子との相互作用に関与することにより、核外のFUSによる神経変性に寄与することが予想される。そして最C末端に位置するFALS変異は、最C末端が有する変性効果を強めることにより、核外でのFUSによる神経変性効果を増強させると考えられる。

以上のごとく本研究は神経変性疾患の発症原理解明と治療薬開発に貢献するものであり、博士(薬学)の学位に相応しいものと判定した。

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