学位論文要旨



No 129463
著者(漢字) 佐條,麻里
著者(英字)
著者(カナ) サジョウ,マリ
標題(和) 虚血後の歯状回顆粒細胞層の構造異常
標題(洋)
報告番号 129463
報告番号 甲29463
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1504号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 八代田,英樹
 東京大学 准教授 池谷,裕二
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

虚血性低酸素症や脳梗塞などの循環障害によって、脳への血流が遮断されると、脳組織に酸素や糖が十分に供給されない状態となり、神経細胞の機能障害や細胞死を引き起こす。脳虚血後には、麻痺、言語障害、学習障害、認知症、うつやてんかんなど、さまざまな神経学的後遺症が残ることが知られている。一方で、虚血の研究は細胞死に関するものがほとんどであり、このような単純な細胞死だけでは説明できないさまざまな後遺症を引き起こすメカニズムに関しては、ほとんど明らかになっていない。私は、このような多様な後遺症が引き起こされるのは、虚血後、異常な構造が誘導され、神経回路の異常なネットワークが再編成されるためであるという仮説を立てた。なぜなら、正常な脳機能の発揮には、的確に形成された神経細胞層の存在が必須であり、その構造が異常となると、重篤な神経疾患の原因となることが示唆されているためである。そこで、本研究では、虚血によって異常な構造が引き起こされる可能性を検証した。

海馬は脳部位の中でも特に虚血に脆弱であると言われている部位であり、また、認知症、うつやてんかんに関与することが知られている部位でもある。そのため、私は海馬において、異常なネットワークの再編成が起こっているのではないかと考え、虚血モデル動物及び海馬切片培養系をもちいて、虚血によって海馬の層構造の異常が引き起こされる可能性及びそのメカニズムを検証した。

【方法と結果】

虚血モデルにおいて顆粒細胞層の分散が誘導される

まず、虚血によって海馬歯状回の細胞層構造が変化する可能性を検証するため、虚血モデルの一種であるphotothrombotic brain infarction modelを作成した。9-10週齢の雄性Sprague-Dawley ラットに光増感剤であるローズベンガルを静脈注射後、 頭蓋骨を露出したラットの体性感覚野及び運動野に560nmのレーザーを照射し、1ヶ月間飼育後、灌流固定し、脳切片を作成した。顆粒細胞マーカーである抗Prox1抗体を用いて顆粒細胞層を、Nissl染色を用いてCA1及びCA3野錐体細胞層を可視化した。それぞれ細胞層の厚さをコントロール群と梗塞群で定量したところ、CA1及びCA3野では変化は見られなかったが、顆粒細胞層において特異的に、梗塞群で細胞層が有意に広がった。このように顆粒細胞層が広がる現象を「顆粒細胞層の分散」と呼ぶ。この顆粒細胞層の分散が生じるメカニズムを解明するため、薬理学的実験の容易な海馬切片培養系を用いて検証した。

海馬切片培養系に無酸素無グルコース処置(Oxygen/glucose deprivation:OGD)をおこなうことで、虚血状態を誘導した。具体的には、生後5日齢のラットより海馬切片を作成し、培養5日目に、酸素及びグルコースを欠乏させた培地内で40分間インキュベートした。Propidium iodide(PI)染色により、OGD処置が主に海馬のCA1野およびCA3野において細胞死を誘導することを確認した。OGD処置の5日後、すなわち培養10日目に固定し、顆粒細胞マーカーである抗Prox1抗体をもちいた免疫染色により、顆粒細胞層を可視化した。やはりOGD処置群では、顆粒細胞層の分散が観察された。

次に、OGD処置後、NMDA受容体阻害薬であるAP5を培地内に添加したところ、顆粒細胞層の分散は阻害された。つまり、顆粒細胞層の分散には、OGD処置による酸素及びグルコース不足そのものではなく、それによって誘導されるNMDA受容体を介したシグナルが関与することが示唆された。

OGD処置がポリシアル酸(PSA)の発現を上昇させる

ポリシアル酸(PSA)は、顆粒細胞層に豊富に存在する糖鎖である。PSAは、神経細胞接着分子に特異的に結合し、神経細胞接着分子間または他の接着因子との結合を阻害することで、細胞間接着作用を負に調節することが知られている。私は修士課程において、PSAの発現調節が新生顆粒細胞の移動の終了を制御することで、顆粒細胞層の正常な構造維持に関与することを明らかにしている。この結果を踏まえ、OGD処置による顆粒細胞層の分散にもPSAが関与しているという仮説をたてた。この可能性を検証するため、まずは、OGD処置によってPSAの発現が変化する可能性を検証した。OGD処置後、培養10日目の海馬切片について、免疫染色によってPSA及び顆粒細胞を可視化した。顆粒細胞の細胞体周囲のPSAの蛍光強度を定量したところ、OGD処置によって、PSAの発現が上昇している様子が観察された。この現象は、、NMDA受容体阻害薬であるAP5を培地内に添加することによって阻害された。

PSA分解酵素がOGD処置による顆粒細胞層の分散を阻害する

次に、PSAの発現上昇がOGD処置による顆粒細胞層の分散に寄与する可能性を検証するため、OGD処置後、バクテリア由来のPSA分解酵素であるendo N存在下で培養した。培養10日目に顆粒細胞層を可視化した結果、endo N処置によって顆粒細胞層の分散が阻害された。このことから、OGD処置による顆粒細胞層の分散にはPSAの発現上昇が関与することが示唆された。

OGD処置によって脱成熟が誘導される

続いてOGD処置によってPSAの発現が上昇するメカニズムを検証した。PSAは新生細胞や未成熟な細胞で発現が高いことが知られているため、私は2つの可能性を考えた。一つ目は、OGD処置によって新生細胞が増加することで、PSAを発現する細胞数が増加する可能性で、もう一つは、1細胞あたりのPSAの発現量が上昇する可能性である。

まずは、新生細胞が増加する可能性を検証した。細胞が増殖する際にとりこまれる細胞増殖マーカーであるBrdUをOGD直後の培地中に添加し、免疫染色によって可視化した。BrdU及びProx1共陽性細胞を新生顆粒細胞と定義し、顆粒細胞層内の新生顆粒細胞数を定量したところ、OGD処置群で有意に新生細胞が増加していた。つまり、OGD処置によって、新生細胞数が増加することで、PSAの発現が上昇する可能性が示唆された。ただし、顆粒細胞層全体から考えると、新生細胞数は少数であり、影響はそれほど大きくないと考えられるので、もう1つの可能性、1細胞あたりのPSAの発現量が上昇する可能性についても検証した。

個々の顆粒細胞におけるPSAの発現を定量するため、免疫染色により、顆粒細胞層とPSAを可視化した。顆粒細胞層は、内側ほど若い細胞が多く、外側に行くほど成熟した細胞が配置されているという特徴を持っている。顆粒細胞層内における位置と、PSAの蛍光強度についてプロットしたところ、コントロールでは、負の相関を示した。つまり、顆粒細胞層のより内側、より若い細胞ほどPSAの蛍光強度が高くなっていた。しかし、OGD処置群ではその相関がみられなくなり、外側の顆粒細胞でもPSAの発現が高くなっていた。以上より、OGD処置によって、新生細胞が増加するとともに、成熟細胞でもPSAの発現が上昇することが明らかになった。

続いて、成熟細胞においてPSAの発現が上昇するメカニズムについて検証した。通常、PSAは未成熟な細胞ほど発現が高くなっていることから、PSAの発現が上昇する原因として、脱成熟に着目した。脱成熟とは、成熟した細胞が未成熟な細胞の特徴を有するようになることで、抗うつ薬の一種であるフルオキセチンの慢性投与によって誘導されることなどが近年報告されている(Kobayashi et al., 2010)。成熟細胞において、PSAやカルレチニンなどの未成熟細胞マーカーの発現上昇や、カルビンジンなどの成熟細胞マーカーの発現低下が観察される。私はOGD処置によるPSAの発現上昇は、顆粒細胞の脱成熟が関与するのではないかと考え、その可能性を検証した。

まず、OGD処置によって、成熟細胞マーカーであるカルビンジンの発現量が低下する可能性を検証した。培養10日目におけるカルビンジンの発現量を定量したところ、OGD処置によって発現が低下した。培養6日目、8日目、10日目のカルビンジン発現量の変化を調べたところ、OGD処置群では、培養8日目に一度カルビンジンの発現量が増加した後で、培養10日目に低下したことから、脱成熟が誘導された可能性が推察された。

さらに、細胞形態も未成熟な形態となった可能性を検証した。Thy1-mGFPマウスという一部の神経細胞の細胞膜にGFPが導入されたマウスを用いて、細胞形態を可視化した。樹状突起を観察しやすい適切なGFP発現量となる生後8日齢のマウスより海馬切片を作成し、培養5日目にOGD処置を行った。培養10日目に固定後、観察し、樹状突起をトレースして、樹状突起の全長、分枝数、及びsholl-analysisによって複雑性を定量した。その結果、OGD処置によって、樹状突起の全長、分枝数、複雑性が低下した。以上より、OGD処置によって細胞が脱成熟した可能性が示唆された。

OGD処置によって自発発火活動が低下する

最後に、これらの層構造変化や形態変化が海馬の神経ネットワークに影響を与える可能性を機能的多ニューロンカルシウム画像法をもちいて検証した。培養10日目の海馬切片に蛍光カルシウム指示薬であるOregon Green BAPTAを負荷し、顆粒細胞層のカルシウムイメージングを行った。1つ1つの細胞がいつ発火したかプロットしたラスタープロットを作成し、記録したネットワーク活動について活動頻度及び活動した細胞の割合の評価を行った。その結果、OGD処置群では、いずれのパラメーターも低下していた。これより、OGD処置によって、顆粒細胞が入力を正確に受け取れなくなることで、自発活動率が低下した可能性が推察された。

【総括】

本研究により、OGD処置によって、顆粒細胞層の分散という構造異常が生じることが明らかになった。また、この顆粒細胞層の分散は、PSAの発現上昇を介して誘導されることが示唆された。今回の知見は、虚血によって、単純な細胞死だけではなく、異常な構造も誘導されうることを示唆するものである。このような異常な構造が再編成されることを阻止することで、虚血後後遺症の新たな治療戦略に役立つ可能性を秘めている。

審査要旨 要旨を表示する

虚血性低酸素症や脳梗塞などの循環障害によって、脳への血流が遮断されると、脳組織に酸素や糖が十分に供給されない状態となり、神経細胞の機能障害や細胞死を引き起こす。脳虚血後には、麻痺、言語障害、学習障害、認知症、うつやてんかんなど、さまざまな神経学的後遺症が残ることが知られている。一方で、虚血の研究は細胞死に関するものがほとんどであり、このような単純な細胞死だけでは説明できないさまざまな後遺症を引き起こすメカニズムに関しては、ほとんど明らかになっていない。このような多様な後遺症が引き起こされるのは、虚血後、異常な構造が誘導され、神経回路の異常なネットワークが再編成されるためであるという仮説を立てた。なぜなら、正常な脳機能の発揮には、的確に形成された神経細胞層の存在が必須であり、その構造が異常となると、重篤な神経疾患の原因となることが示唆されているためである。そこで、本研究では、虚血によって異常な構造が引き起こされる可能性を検証した。

海馬は脳部位の中でも特に虚血に脆弱であると言われている部位であり、また、認知症、うつやてんかんに関与することが知られている部位でもある。そのため、海馬において、異常なネットワークの再編成が起こっているのではないかと考え、虚血モデル動物及び海馬切片培養系をもちいて、虚血によって海馬の層構造の異常が引き起こされる可能性及びそのメカニズムを検証した。

虚血モデルにおいて顆粒細胞層の分散が誘導される

まず、虚血によって海馬歯状回の細胞層構造が変化する可能性を検証するため、虚血モデルの一種であるphotothrombotic brain infarction modelを作成した。9-10週齢の雄性Sprague-Dawley ラットに光増感剤であるローズベンガルを静脈注射後、 頭蓋骨を露出したラットの体性感覚野及び運動野に560nmのレーザーを照射し、1ヶ月間飼育後、灌流固定し、脳切片を作成した。顆粒細胞マーカーである抗Prox1抗体を用いて顆粒細胞層を、Nissl染色を用いてCA1及びCA3野錐体細胞層を可視化した。それぞれ細胞層の厚さをコントロール群と梗塞群で定量したところ、CA1及びCA3野では変化は見られなかったが、顆粒細胞層において特異的に、梗塞群で細胞層が有意に広がった。このように顆粒細胞層が広がる現象を「顆粒細胞層の分散」と呼ぶ。この顆粒細胞層の分散が生じるメカニズムを解明するため、薬理学的実験の容易な海馬切片培養系を用いて検証した。

海馬切片培養系に無酸素無グルコース処置(Oxygen/glucose deprivation:OGD)をおこなうことで、虚血状態を誘導した。具体的には、生後5日齢のラットより海馬切片を作成し、培養5日目に、酸素及びグルコースを欠乏させた培地内で40分間インキュベートした。Propidium iodide(PI)染色により、OGD処置が主に海馬のCA1野およびCA3野において細胞死を誘導することを確認した。OGD処置の5日後、すなわち培養10日目に固定し、顆粒細胞マーカーである抗Prox1抗体をもちいた免疫染色により、顆粒細胞層を可視化した。やはりOGD処置群では、顆粒細胞層の分散が観察された。

次に、OGD処置後、NMDA受容体阻害薬であるAP5を培地内に添加したところ、顆粒細胞層の分散は阻害された。つまり、顆粒細胞層の分散には、OGD処置による酸素及びグルコース不足そのものではなく、それによって誘導されるNMDA受容体を介したシグナルが関与することが示唆された。

OGD処置がポリシアル酸(PSA)の発現を上昇させる

ポリシアル酸(PSA)は、顆粒細胞層に豊富に存在する糖鎖である。PSAは、神経細胞接着分子に特異的に結合し、神経細胞接着分子間または他の接着因子との結合を阻害することで、細胞間接着作用を負に調節することが知られている。修士課程において、PSAの発現調節が新生顆粒細胞の移動の終了を制御することで、顆粒細胞層の正常な構造維持に関与することを明らかにしている。この結果を踏まえ、OGD処置による顆粒細胞層の分散にもPSAが関与しているという仮説をたてた。この可能性を検証するため、まずは、OGD処置によってPSAの発現が変化する可能性を検証した。OGD処置後、培養10日目の海馬切片について、免疫染色によってPSA及び顆粒細胞を可視化した。顆粒細胞の細胞体周囲のPSAの蛍光強度を定量したところ、OGD処置によって、PSAの発現が上昇している様子が観察された。この現象は、NMDA受容体阻害薬であるAP5を培地内に添加することによって阻害された。

PSA分解酵素がOGD処置による顆粒細胞層の分散を阻害する

次に、PSAの発現上昇がOGD処置による顆粒細胞層の分散に寄与する可能性を検証するため、OGD処置後、バクテリア由来のPSA分解酵素であるendo N存在下で培養した。培養10日目に顆粒細胞層を可視化した結果、endo N処置によって顆粒細胞層の分散が阻害された。このことから、OGD処置による顆粒細胞層の分散にはPSAの発現上昇が関与することが示唆された。

OGD処置によって脱成熟が誘導される

続いてOGD処置によってPSAの発現が上昇するメカニズムを検証した。PSAは新生細胞や未成熟な細胞で発現が高いことが知られているため、つの可能性が考えられた。一つ目は、OGD処置によって新生細胞が増加することで、PSAを発現する細胞数が増加する可能性で、もう一つは、1細胞あたりのPSAの発現量が上昇する可能性である。

まずは、新生細胞が増加する可能性を検証した。細胞が増殖する際にとりこまれる細胞増殖マーカーであるBrdUをOGD直後の培地中に添加し、免疫染色によって可視化した。BrdU及びProx1共陽性細胞を新生顆粒細胞と定義し、顆粒細胞層内の新生顆粒細胞数を定量したところ、OGD処置群で有意に新生細胞が増加していた。つまり、OGD処置によって、新生細胞数が増加することで、PSAの発現が上昇する可能性が示唆された。ただし、顆粒細胞層全体から考えると、新生細胞数は少数であり、影響はそれほど大きくないと考えられるので、もう1つの可能性、1細胞あたりのPSAの発現量が上昇する可能性についても検証した。

個々の顆粒細胞におけるPSAの発現を定量するため、免疫染色により、顆粒細胞層とPSAを可視化した。顆粒細胞層は、内側ほど若い細胞が多く、外側に行くほど成熟した細胞が配置されているという特徴を持っている。顆粒細胞層内における位置と、PSAの蛍光強度についてプロットしたところ、コントロールでは、負の相関を示した。つまり、顆粒細胞層のより内側、より若い細胞ほどPSAの蛍光強度が高くなっていた。しかし、OGD処置群ではその相関がみられなくなり、外側の顆粒細胞でもPSAの発現が高くなっていた。以上より、OGD処置によって、新生細胞が増加するとともに、成熟細胞でもPSAの発現が上昇することが明らかになった。

続いて、成熟細胞においてPSAの発現が上昇するメカニズムについて検証した。通常、PSAは未成熟な細胞ほど発現が高くなっていることから、PSAの発現が上昇する原因として、脱成熟に着目した。脱成熟とは、成熟した細胞が未成熟な細胞の特徴を有するようになることで、抗うつ薬の一種であるフルオキセチンの慢性投与によって誘導されることなどが近年報告されている(Kobayashi et al., 2010)。成熟細胞において、PSAやカルレチニンなどの未成熟細胞マーカーの発現上昇や、カルビンジンなどの成熟細胞マーカーの発現低下が観察される。OGD処置によるPSAの発現上昇は、顆粒細胞の脱成熟が関与するのではないかと考え、その可能性を検証した。

まず、OGD処置によって、成熟細胞マーカーであるカルビンジンの発現量が低下する可能性を検証した。培養10日目におけるカルビンジンの発現量を定量したところ、OGD処置によって発現が低下した。培養6日目、8日目、10日目のカルビンジン発現量の変化を調べたところ、OGD処置群では、培養8日目に一度カルビンジンの発現量が増加した後で、培養10日目に低下したことから、脱成熟が誘導された可能性が推察された。

さらに、細胞形態も未成熟な形態となった可能性を検証した。Thy1-mGFPマウスという一部の神経細胞の細胞膜にGFPが導入されたマウスを用いて、細胞形態を可視化した。樹状突起を観察しやすい適切なGFP発現量となる生後8日齢のマウスより海馬切片を作成し、培養5日目にOGD処置を行った。培養10日目に固定後、観察し、樹状突起をトレースして、樹状突起の全長、分枝数、及びsholl-analysisによって複雑性を定量した。その結果、OGD処置によって、樹状突起の全長、分枝数、複雑性が低下した。以上より、OGD処置によって細胞が脱成熟した可能性が示唆された。

OGD処置によって自発発火活動が低下する

最後に、これらの層構造変化や形態変化が海馬の神経ネットワークに影響を与える可能性を機能的多ニューロンカルシウム画像法をもちいて検証した。培養10日目の海馬切片に蛍光カルシウム指示薬であるOregon Green BAPTAを負荷し、顆粒細胞層のカルシウムイメージングを行った。1つ1つの細胞がいつ発火したかプロットしたラスタープロットを作成し、記録したネットワーク活動について活動頻度及び活動した細胞の割合の評価を行った。その結果、OGD処置群では、いずれのパラメーターも低下していた。これより、OGD処置によって、顆粒細胞が入力を正確に受け取れなくなることで、自発活動率が低下した可能性が推察された。

本研究により、OGD処置によって、顆粒細胞層の分散という構造異常が生じることが明らかになった。また、この顆粒細胞層の分散は、PSAの発現上昇を介して誘導されることが示唆された。今回の知見は、虚血によって、単純な細胞死だけではなく、異常な構造も誘導されうることを示唆するものである。このような異常な構造が再編成されることを阻止することで、虚血後後遺症の新たな治療戦略に役立つ可能性を秘めている。よって、本研究は博士(薬学)の学位授与に値すると判断した。

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