No | 129464 | |
著者(漢字) | 鈴木,邦道 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スズキ,クニミチ | |
標題(和) | シナプス接着分子Neuroliginの切断と機能的意義の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129464 | |
報告番号 | 甲29464 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1505号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 生命薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】 神経細胞間をつなぐシナプス構造の形成には、軸索終末部のプレシナプスと樹状突起側のポストシナプスに存在する接着分子が相互作用する必要がある。近年、シナプス形成に関わるI型膜貫通蛋白として、Neuroligin(NLG)が注目を浴びている。NLGファミリーはリガンドであるNeurexin(NRX)と相互作用することによりシナプスの形成や成熟に関与する。また自閉症患者のゲノムワイド関連解析によりNLG1遺伝子のコピー数異常が発見され、さらにNLG1の過剰発現あるいは欠損マウスで自閉症様の表現型が報告された。これらの知見から、NLG1の発現が適切なレベルで調節されることは、脳高次機能の維持に重要と考えられる。しかしながら、NLG1の代謝様式や、その発現量を制御するメカニズムは不明であった。私は修士課程において、NLG1が老人斑の主要構成成分であるアミロイドβペプチドの産生を担うプロテアーゼであるγセクレターゼの新規基質であることを見出した。博士課程においては、NLG1の細胞外切断酵素の同定と切断を制御するシグナル経路、そして神経細胞におけるNLG1切断の生理的意義について検討を行った。 【方法と結果】 1.内因性NLG1はADAM10およびγセクレターゼにより段階的に切断される NLG1は大きな細胞外ドメインを持つI型膜貫通タンパク質である。このような構造的特徴を持ついくつかの分子が、膜近傍の細胞外領域で切断(シェディング)を受けた後に、γセクレターゼにより切断されることが知られている。そこで私はNLG1が生理的に同様の代謝を受けるかについて生化学的検討を行った。成獣ラットから大脳皮質を採取し、抗NLG1細胞質内領域抗体を用いてウェスタンブロット解析を行ったところ、NLG1全長分子に加え、カルボキシ(C)末端断片が検出された。その分子量から、NLG1がシェディングを受け、その細胞外領域が分泌されている可能性が示唆された(Fig. 1a)。また膜画分を37℃でインキュベートすると、膜結合型のC末端断片からは、さらに短い可溶性の断片が産生された(Fig. 1b)。この可溶性断片の産生は、膜内配列を切断するプロテアーゼであるγセクレターゼの特異的阻害剤DAPTで抑制され、C末端断片がin vivoにおいてもγセクレターゼにより切断されていることが示された。次にマウス初代培養神経細胞の培養上清をウェスタンブロット解析したところ、分泌型NLG1が検出された。シェディング責任酵素としてメタロプロテアーゼを想定し、その阻害剤であるGM6001及びTAPI2で処理したところ、分泌型NLG1の顕著な減少が認められた(Fig. 2a)。さらにγセクレターゼ阻害剤DAPT処理により細胞ライゼート中にC末端断片の蓄積が観察されたが、この蓄積はメタロプロテアーゼ阻害剤との同時処理により消失した。シェディングを生じる酵素の探索にあたり、膜結合型メタロプロテアーゼであるADAMファミリーに着目した。特異的阻害剤やRNAi実験によりADAMファミリー分子の一つであるADAM10の関与が示唆された。そこでAdam10 flox/floxマウスの大脳皮質より初代培養神経細胞を採取し、アデノウイルスにてCreリコンビナーゼを発現させ、神経細胞においてADAM10をノックアウトした。その結果、Adam10ノックアウト細胞からの分泌型NLG1の量が野生型細胞に比して減少していることが明らかとなった(Fig. 2b)。以上の結果から、NLG1はADAM10によりシェディングを受け、産生されるC末端断片が引き続きγセクレターゼにより切断を受けることが示された。 2.NLG1のシェディングは興奮性神経活動や分泌型NRXとの相互作用により制御される 神経活動の活性化によりシナプスのダイナミックなリモデリングが生じることが報告されている。NLG1は興奮性シナプスに局在することから、興奮性の刺激により切断が制御される可能性を考えた。そこでラット初代培養神経細胞をグルタミン酸で15分間処理後、ウェスタンブロット解析を行ったところ、分泌型NLG1の顕著な増加が観察された(Fig. 3a)。この変化はNMDA受容体の阻害剤D-AP5により抑制された。興奮性入力による切断亢進をin vivoで確認するために、マウスにピロカルピンを腹腔内投与しててんかん重積状態を誘導した。てんかん重積状態を誘導したマウス脳においても分泌型NLG1の顕著な増加が観察された(Fig. 3b)。このことから、NLG1のシェディングはNMDA受容体を介した興奮性神経活動により亢進することが明らかになった。 続いて、リガンドの結合が切断に及ぼす影響について検討した。NRXもまたNLG1と同様にシェディングを受け、細胞外断片が放出されることを確認した。そこでNRX1αやNRX1βを過剰発現した細胞から分泌された細胞外断片を神経細胞に投与したところ、NLG1のシェディングが亢進した。このことから分泌型NRXとの結合により、NLG1の切断が亢進することが示唆された。 3.NLG1のシェディングはシナプス形成能に対して抑制的に作用する NLG1切断の機能的な意義を明らかにするために、切断を受けないNLG1の作製を試みた。NLG1が細胞外切断を受けると予測される部位を、網羅的にアラニン置換した変異体を作製した。その中で、678番目のプロリン残基から681番目のグルタミン残基までをアラニン残基に置換したPKQQ/AAAA変異型NLG1において、シェディング効率が低下することを確認した。続いて、NLG1のシェディングがシナプス形成へ及ぼす影響を調べるために、ラット海馬由来初代培養神経細胞に野生型もしくは変異型NLG1遺伝子を導入し、NLG1の局在とスパイン密度を計測した。シェディングの低下する変異NLG1は、野生型NLG1に比してスパインへの強い集積を示し、スパイン密度は有意に増加した(Fig. 4)。これらの結果から、NLG1のシェディングはシナプス形成能に抑制的に作用することが示唆された。 【考察】 本研究により、NLG1は細胞外側において主にADAM10によりシェディングを受け、細胞外領域が分泌型NLG1として放出されること、その結果生じたC末端断片は引き続いてγセクレターゼにより切断を受けることが明らかとなった(Fig. 5)。さらに1段階目のシェディングはNMDA受容体の活性化、可溶性NRXの結合などにより制御されることが示唆された。すなわち、NLG1はシナプスの入力状況やコンテクストに応じて切断を受け、その発現量を適切に保ち、シナプス形成を制御する可能性が想定された。NLG1は自閉症に関連するシナプス接着分子であることから、自閉症の発症メカニズムにおけるNLG1切断の意義についても興味が持たれる。今後、様々な神経疾患の病態におけるNLG1切断の意義を明らかにするとともに、切断によるNLG1発現量の増減がシナプス機能に及ぼす影響についても検討していきたい。 Fig. 1 内因性NLG1の全長および切断断片の解析 (a) ラット大脳皮質膜画分のウェスタンブロット解析 (b) セルフリーアッセイによる解析(IN=input、4=4℃でのincubation、37=37℃でのincubation、D=DAPTを含んだ状態での37℃ incubation)。白矢印は可溶性細胞質内断片を表す(*は非特異的バンド)。 Fig. 2 NLG1の段階的な切断 (a) マウス初代培養神経細胞における薬剤処理実験 (b) 神経細胞におけるAdam10のノックアウト(mean ± SEM; ***p < 0.001 by Student's t-test) Fig. 3 神経活動によるNLG1のシェディング制御 (a) マウス初代培養神経細胞における興奮性刺激実験***p < 0.001 v.s. mock; ###p < 0.001 v.s. Glu (b) てんかん重積状態における分泌型NLG1の定量 (mean ± SEM; **p < 0.01 by Student's t-test) Fig. 4 切断されないNLG1によるスパイン増加 Mean ± SEM, *p < 0.05 by Dunnett's multiple comparison test Fig. 5 研究結果から得られたNLG1切断に関する概念図 | |
審査要旨 | 神経細胞間をつなぐシナプス構造の形成には、軸索終末部のプレシナプスと樹状突起側のポストシナプスに存在する接着分子が相互作用する必要がある。近年、シナプス形成に関わる1型膜貫通蛋白として、Neuroligin(NLG)が注目を浴びている。NLGファミリーはリガンドであるNeurexin(NRX)と相互作用することによりシナプスの形成や成熟に関与する。また自閉症患者のゲノムワイド関連解析によりNLG1遺伝子のコピー数異常が発見され、さらにNLG1の過剰発現あるいは欠損マウス'さ自閉症様の表現型が報告された。これらの知見から、NLG1の発現が適切なレベルで調節されることは、脳高次機能の維持に重要と考えられる。しかしながら、NLG1の代謝様式や、その発現量を制御するメカニズムは不明であった。申請者はこれまでに、NLG1が老人斑の主要構成成分であるアミロイドβペプチドの産生を担うプロテアーゼであるγセクレターゼの新規基質であることを見出した。さらに、NLGIの細胞外切断酵素の同定と切断を制御するシグナル経路、そして神経細胞におけるNLGI切断の隼理的意義について検討を行った。 1.内因性NLG1はADAM10およびγセクレターゼにより段階的に切断される NLGIは大きな細胞外ドメインを持つ1型膜貫通タンパク質である。このような構璋的特徴を持ついくつかの分子が、膜近傍の細胞外領域で切断(シェディング)を受けた後に、γセクレターゼにより切断されることが知られている。そこで申請者はNLG1が生理的に同様の代謝を受けるかについて生化学的検討を行った。成獣ラットから大脳皮質を採取し、抗NLG1細胞質内領域抗体を用いてウェスタンブロット解析を行ったところ、NLG1全長分子に加え、カルポキシ(C)末端断片が検出された。その分子量から、NLG1がシェディングを受け、その細胞外領域が分泌されている可能性が示唆された。また膜画分を37℃でインキュベートすると、膜結合型のC末端断片からは、さらに短い可溶性の断片が産生された。この可溶性断片の産生は、膜内配列を切断するプロテアーゼであるγセクレターゼの特異的阻害剤DAPTで抑制され、C末端断片がin vivoにおいてもγセクレターゼにより切断されていることが示された。次にマウス初代培養神経細胞の培養上清をウェスタンブロット解析したところ、分泌型NLG1が検出された。シェディング責任酵素としてメタロプロテアーゼを想定し、その阻害剤であるGM6001及びTAPI2で処理したところ、分泌型NLG1の顕著な減少が認められた。さらにγセクレターゼ阻害剤DAPT処理により細胞ライゼート中にC末端断片の蓄積が観察されたが、この蓄積はメタロプロテアーゼ阻害剤との同時処理により消失した。シェディングを生じる酵素の探索にあたり、膜結合型メタロプロテアーゼであるADAMファミリーに着目した。特異的阻害剤やRNAi実験によりADAMファミリー分子の一つであるADAM10の関与が示唆された。そこでAdam10 flox/floxマウスの大脳皮質より初代培養神経細胞を採取し、アデノウイルスにてCreリコンビナーゼを発現させ、神経細胞においてADAM10をノックアウトした。その結果、Adam10ノックアウト細胞からの分泌型NLG1の量が野生型細胞に比して減少していることが明らかとなった。以上の結果から、NLG1はADAM10によりシェディグを受け、産生されるC末端断片が引き続きγセクレターゼにより切断を受けることが示された。 2.NLG1のシェディングは興奮性神経活動や分泌型NRXとの相互作用により制御される 神経活動の活性化によりシナプスのダイナミックなリモデリングが生じることが報告されている。NLG1は興奮性シナプスに局在することから、興奮性の刺激により切断が制御される可能性を考えた。そこでラット初代培養神経細胞をグルタミン酸で15分間処理後、ウェスタンブロット解析を行ったところ、分泌型NLG1の顕著な増加が観察された。この変化はNMDA受容体の阻害剤D-AP5により抑制された。興奮性入力による切断亢進をin vivoで確認するために、マウスにピロカルピンを腹腔内投与しててんかん重積状態を誘導した。てんかん重積状態を誘導したマウス脳においても分泌型NLG1の顕著な増加が観察された。このことから、NLG1のシェディングはNMDA受容体を介した興奮性神経活動により亢進することが明らかになった。 続いて、リガンドの結合が切断に及ぼす影響について検討した。NRXもまたNLG1と同様にシェディングを受け、細胞外断片が放出されることを確認した。そこでNRX1αやNRX1βを過剰発現した細胞から分泌された細胞外断片を神経細胞に投与したところ、NLG1のシェディングが亢進した。このことから分泌型NRXとの結合により、NLG1の切断が亢進することが示唆された。 3.NLG1のシェディングはシナプス形成能に対して抑制的に作用する NLG1切断の機能的な意義を明らかにするために、切断を受けないNLG1の作製を試みた。NLG1が細胞外切断を受けると予測される部位を、網羅的にアラニン置換した変異体を作製した。その中で、678番目のプロリン残基から681番目のグルタミン残基までをアラニン残基に置換したPKQQ/AAAA変異型NLG1において、シェディング効率が低下することを確認した。続いて、NLG1のシェディングがシナプス形成へ及ぼす影響を調べるために、ラット海馬由来初代培養神経細胞に野生聖もしくは変異型NLG1遺伝子を導入し、NLG1の局在とスパイン密度を計測した。シェディングの低下する変異NLG1は、野生型NLG1に比してスパインへの強い集積を示し、スパイン密度は有意に増加した。これらの結果から、NLG1のシェディングはシナプス形成能に抑制的に作用することが示唆された。 本研究により、NLG1は細胞外側において主にADAM10によりシェディングを受け、細胞外領域が分泌型NLG1として放出されること、その結果生じたC末端断片は引き続いてγセクレターゼにより切断を受けることが明らかとなった。さらに1段階目のシェディングはNMDA受容体の活性化、可溶性NRXの結合などにより制御されることが示唆された。すなわち、NLG1はシナプスの入力状況やコンテクストに応じて切断を受け、その発現量を適切に保ち、シナプス形成を制御する可能性が想定された。NLG1は自閉症に関連するシナプス接着分子であることから、自閉症の発症メカニズムにおけるNLG1切断の意義についても興味が持たれる。 以上のごとく本研究は神経系におけるタンパク質代謝制御ならびに発達障害の発症原理に重要な示唆を与えるものであり、博士(薬学)の学位に相応しいものと判定した。 | |
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