学位論文要旨



No 129466
著者(漢字) 竹尾,浩史
著者(英字)
著者(カナ) タケオ,コウジ
標題(和) フェニルイミダゾール型γセクレターゼモジュレーターの標的と作用機序に関する解析
標題(洋)
報告番号 129466
報告番号 甲29466
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1507号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 楠原,洋之
 東京大学 准教授 花岡,健二郎
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

認知症の代表的な原因疾患であるアルツハイマー病(AD)の発症には、アミロイドβペプチド(Aβ)の凝集・蓄積が寄与すると考えられている。Aβは前駆体タンパク質であるAPPがβ及びYセクレターゼによって切断を受け産生される。特にYセクレターゼは膜内配列を切断する特異なプロテアーゼであり、その切断機構として、まず基質の細胞質側で切断が生じ(ε切断)、後にヘリックス面に沿って3ないし4アミノ酸ごとに基質のN末端方向に順に切断が進行する(Y切断)という「段階的切断」モデルが考えられている。γ切断の切断部位には多様性が存在し、様々なC末端長をもつAβが産生、分泌される(図1A)。特に42アミノ酸からなるAβ42は凝集性・毒性が高く、Aβ42の産生を抑制する薬物がADの治療や予防につながると期待されている。Yセクレターゼモジュレーター(γ-secretase modulator,GSM)は基質の総切断量を変えずに、Y切断に影響を与え、Aβ42などの長いAβの産生を減少させ、短いAβの産生を増力口させる性質をもつ(図1B)。YセクレターゼはPresenilin(PS)、Nicastrin、Aph-1、Pen-2の4つの膜タンパク質からなる複雑な構造を有する特異な膜内配列切断酵素であることから、GSMの分子機構の理解は従来困難であった。そのため、私は光親和性標識という化合物を起点とした手法を用いて、GSMの分子機構の解明を目標に研究を行った。

【結果・考察】

1.フェニルイミダゾール型GSMはYセクレターゼ複合体のPS NTF、Aph-1に結合する

本研究ではフェニルイミダゾール骨格とトリアゾール環を有するGSMであるST1120を用いた。ST1120は、精製したYセクレターゼ複合体を用いたin vitro反応においても薬理作用を有したことから、Yセクレターゼ複合体に直接作用していることが予想された。そこで天然物合成化学教室との共同研究により誘導体化と構造活性相関の解析を行い、UV照射によって近傍の分子と共有結合を形成する光反応基ベンゾフェノンと、精製を可能にするビオチン基を有する光親和性標識プローブST2038を作出した(図1C)。

マウス脳膜画分に光親和性プローブST2038を添力口してUVを照射した後、プローブに共有結合したタンパク質をストレプトアビジンビーズにより回収し、Yセクレターゼ構成因子に対する抗体を用いてウェスタンブロットで検出した。PSは活性型Yセクレターゼにおいては自己断片化によりN末端断片(NTF)とC末端断片(CTF)に分かれて存在するが、PS1のNTFとAph-1aLにST2038の特異的な標識が見られた(図1C)。またPS1の相同分子であるPS2、およびAph-1aLのスプライスバリアントであるAph-1aSも標識されたことから、ST2038はPSNTFとAph-1に結合することが示唆された。

2.フェニルイミダゾール型GSMはPSのTMD2-6に作用する

GSMの作用部位をさらに詳細に同定することを目的とし、生化学的・分子生物学的解析を行った。

2-1. PS1/2キメラ分子に対する薬理作用からの絞り込み

PS1とPS2のアミノ酸配列は約70%が共通している。しかし、PS1、PS2のそれぞれに対するST1120の用量作用曲線を描くと、Aβ(40)やAβ(42)産生に対するIC(50)はPS2で10分の1程度低いことが分かった。そこでPS1、PS2のキメラ分子を作成してGSMへの応答性を比較した。その結果、PS1のTMD1-6をPS2配列に置換したPS1-2-1キメラ分子はPS2にGSM応答性が類似し、その逆であるPS2-1-2分子の応答性はPS1に類似していた(図2A)。このことから、ST1120の薬効に重要な構造はTMD1-6に存在することが示唆された。

2-2.切断配列導入による標識部位の絞り込み

PSにthrombin切断配列を導入し、光親和性標識後に切断することによって標識部位の絞り込みを行った。PS1の第一ループに存在する第111番残基直下に切断配列を導入し、C末端断片の検出のため、自己断片化を防ぐM292D変異を力口えた(図2B)。ST2038にて標識後、thrombinを加えてPSを切断し、NTF、CTFに対する抗体で検出すると、C末端側がより効率よく標識された(図2A)。1.の結果と合わせ、ST2038は主にTMD2-6を含む112-292アミノ酸残基の間に結合することが示された。

3.フェニルイミダゾール型GSMはYセクレターゼのactivatorである

3-1.遷移状態アナログの結合の増加

GSMの薬理学的作用機序を検討するために、各種Yセクレターゼ阻害剤の結合に対するST1120の影響を調べた。その結果、ST1120存在下では、遷移状態アナログ由来であり、活性中心に直接結合することが想定されている光親和性標識プローブ31C-Bpaの結合が約4倍増力口することが分かった(図3A)。この結果から、ST1120は遷移状態の形成を容易にすることが示唆された。

3-2.FRET基質の切断の増加

可溶化した精製Yセクレターゼ複合体と短いペプチドからなるFRET基質の反応を利用し、全酵素活性に対するST1120の影響を解析したところ、Yセクレターゼの酵素活性はST1120添加によって濃度依存的に最大約4倍まで増力口することが分かった(図3B)。これらの結果から、フェニルイミダゾール骨格を持つGSMはYセクレターゼのactivatorであることが示唆された。

【総括】

私は本研究において、ST1120がPSタンパク質のTMD2-6領域およびAph-1分子に結合し、酵素活性を増加させることを示した。これらの結果から、フェニルイミダゾール骨格を持つGSMの薬理作用として、アロステリックな機序によりYセクレターゼの触媒サブユニットであるPSの活性中心構造に影響を与えて酵素活性を増力口させた結果、Aβ(主要に分泌されるAβ(40)やAβ(42))の段階的切断がもう1段階多く生じ、Aβ(37)やAβ(38)などの短いAβ分子種の産生が増力口する、というモデルを想定した(図3C)。本研究の成果は、アルツハイマー病の治療への応用が期待されるGSMの作用メカニズムについて新しい知見を与えると同時に、化合物によるプロテアーゼのモジュレーションという新たな創薬標的を提示するものである。

【謝辞】

GSMの合成、誘導体化は天然物合成化学教室横島聡先生、福山透先生との、31C-Bpaは名古屋市立大学薬学部梅澤直樹先生、樋口恒彦先生との共同研究であり、ここに深謝いたします。

K.Takeo,N.Watanabe,T.Tomita and T.Iwatsubo,J Biol Chem 287,25834-25843(2012)

図1.GSMの薬理作用と作用標的

A.Aβ産生の模式図。γセクレターゼは段階的切断によって多様なAβを産生する。このうちAβ42は毒性が高い。B.本研究に用いたGSMの薬理作用。HEK293細胞に基質を発現させた上清中のAβをウェスタンブロットとELISAで検出した。C.光親和性標識プローブによりマウス脳画分中の結合分子を検出した。

図2.PS内の作用部位の探索

A.PS1,2のキメラ分子を作製し、ST1120によるAβ(40)及びAβ(42)に対するIC(50)を算出した。

B.PS1にThrombin切断配列を導入し、標識した断片をウェスタンブロットで検出した。さらに標識効率を全長の標識に対する比として算出した。*,P<0.05(t検定)。

図3.GSMの酵素活性に対する影響

A.遷移状態アナログ由来のプローブ31C-Bpaの標識量に対する化合物の前処理の影響を比較した。B.可溶化条件において精製γセクレターゼとFRET基質を反応させた。A.B.共に無処理群を1とし、溶媒添加群に対してt検定を行った。*,P<0.05。C.分子機構のモデル。GSMは酵素活性を亢進させた結果、段階的切断が亢進し、短いAβの産生を増加させる。

審査要旨 要旨を表示する

認知症の代表的な原因疾患であるアルツハイマー病(AD)の発症には、アミロイドβペプチド(Aβ)の凝集・蓄積が寄与すると考えられている。Aβは前駆体タンパク質であるAPPがβ及びYセクレターゼによって切断を受け産生される。特にYセクレターゼは膜内配列を切断する特異なプロテアーゼであり、その切断機構として、まず基質の細胞質側で切断が生じ(ε切断)、後にヘリックス面に沿って3ないし4アミノ酸ごとに基質のN末端方向に順に切断が進行する(Y切断)という「段階的切断」モデルが考えられている。γ切断の切断部位には多様性が存在し、様々なC末端長をもつAβが産生、分泌される。特に42アミノ酸からなるAβ(42)は凝集性・毒性が高く、Aβ(42)の産生を抑制する薬物がADの治療や予防につながると期待されている。Yセクレターゼモジュレーター(γ-secretase modulator,GSM)は基質の総切断量を変えずに、Y切断に影響を与え、Aβ(42)などの長いAβの産生を減少させ、短いAβの産生を増加させる性質をもつ。YセクレターゼはPresenilin(PS)、Nicastrin、Aph-1、Pen-2の4つの膜タンパク質からなる複雑な構造を有する特異な膜内配列切断酵素であることから、GSMの分子機構の理解は従来困難であった。そのため、申請者は光親和性標識という化合物を起点とした手法を用いて、GSMの分子機構の解明を目標に研究を行った。

1.フェ二ルイミダゾール型GSMばYセクレターゼ複合体のPS NTF、Aph-1に結合する

本研究ではフェニルイミダゾール骨格とトリアゾール環を有するGSMであるST1120を用いた。S丁1120は、精製したYセグレターゼ複合体を用いたin vitro反応においても薬理作用を有したことから、Yセクレターゼ複合体に直接作用しているごとが予想された。そこで天然物合成化学教室との共同研究により誘導体化と構造活性相関の解析を行い、UV照射によって近傍の分子と共有結合を形成する光反応基ベンゾフェノンと、精製を可能にするビオチン基を有する光親和性標識プローブST2038を作出した。

マウス脳膜画分に光親和性プローブST2038を添加してUVを照射した後、プローブに共有結合したタンパク質をストレプトアビジンビーズにより回収し、Yセクレターゼ構成因子に対する抗体を用いてウェスタンブロットで検出した。PSは活性型Yセクレターゼにおいては自己断片化によりN末端断片(NTF)とC末端断片(CTF)に分かれて存在するが、PS1のNTFとAph-1aLにST2038の特異的な標識が見られた(図1C)。またPS1の相同分子であるPS2・およびAph-1aLのスプライスバリアントであるAph-1aSも標識されたことから、ST2038はPS NTFとAph-1に結合することが示唆された。

2.フェニルイミダゾール型GSMはPSのTMD2-6に作用する

GSMの作用部位をさらに詳細に同定することを目的とし、生化学的・分子生物学的解析を行った。

2-1.PS1/2キメラ分子に対する薬理作用からの絞り込み

PS1とPS2のアミノ酸配列は約70%が共通している。しかし、PS1、PS2のそれぞれに対するST1120の用量作用曲線を描くと、Aβ(40)やAβ(42)産生に対するIC(50)はPS2で10分の1程度低いことが分かった。そこでPS1、PS2のキメラ分子を作成してGSMへの応答性を比較した。その結果、PS1のTMD1-6をPS2配列に置換したPS1-2-1キメラ分子はPS2にGSM応答性が類似し、その逆であるPS2-1-2分子の応答性はPSIに類似していた。このことから、ST1120の薬効に重要な構造はTMD1-6に存在することが示唆された。

2-2.切断配列導入による標識部位の絞り込み

PSにthrombin切断配列を導入し、光親和性標識後に切断することによって標識部位の絞り込みを行った。PS1の第一ループに存在する第111番残基直下に切断配列を導入し、C末端断片の検出のため、自己断片化を防ぐM292D変異を加えた。ST2038にて標識後、thrombinを加えてPSを切断し、NTF、CTFに対する抗体で検出すると、C末端側がより効率よく標識された(図2A)。1.の結果と合わせ、ST2038は主にTMD2-6を含む112-292アミノ酸残基の間に結合することが示された。

3.フェニルイミダゾール型GSMはYセクレターゼのactivatorである

3-1.遷移状態アナログの結合の増加

GSMの薬理学的作用機序を検討するために、各種Yセクレターゼ阻害剤の結合に対するST1120の影響を調べた。その結果、ST1120存在下では、遷移状態アナログ由来であり、活性中心に直接結合することが想定されている光親和性標識プローブ31C-Bpaの結合が約4倍増加することが分かった。この結果から、ST1120は遷移状態の形成を容易にすることが示唆された。

3-2.FRET基質の切断の増加

可溶化した精製Yセクレターゼ複合体と短いペプチドからなるFRET基質の反応を利用し、全酵素活性に対するST1120の影響を解析したところ、Yセクレターゼの酵素活性はST1120添加によって濃度依存的に最大約4倍まで増加することが分かった。これらの結果から、フェニルイミダゾール骨格を持つGSMはYセクレターゼのactivatorであることが示唆された。

申請者は本研究において、ST1120がPSタンパク質のTMD2-6領域およびAph-1分子に結合し、酵素活性を増加させることを示した。これらの結果から、フェニルイミダゾール骨格を持つGSMの薬理作用として、アロステリックな機序によりYセクレターゼの触媒サブユニットであるPSの活性中心構造に影響を与えて酵素活性を増加させた結果、Aβ(主要に分泌されるAβ(40)やAβ(42))の段階的切断がもう1段階多く生じ、Aβ(37)やAβ(38)などの短いAβ分子種の産生が増加する、というモデルを想定した。本研究の成果は、アルツハイマー病の治療への応用が期待されるGSMの作用メ力ニズムについて新しい知見を与えると同時に、化合物によるプロテアーゼのモジュレーションという新たな創薬標的を提示するものであり、博士(薬学)の学位に相応しいものと判定した。

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