学位論文要旨



No 129467
著者(漢字) 田中,智弘
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,トモヒロ
標題(和) CLAC-P/Collagen type XXVは骨格筋内での運動ニューロン軸索誘導に必須である
標題(洋)
報告番号 129467
報告番号 甲29467
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1508号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 松木,則夫
内容要旨 要旨を表示する

【序】

運動ニューロンと骨格筋の結合は神経発生過程において重要なイベントの1 つである。これまでに多くの研究により、標的骨格筋組織へ至る軸索誘導や、神経筋シナプス形成・維持の分子機構が解明されてきた。しかし、運動ニューロン軸索束が骨格筋へ投射後、どのようにして標的組織内に侵入し、伸長・枝分かれしてシナプス形成領域に至るのか、またその過程に関わる分子については、不明な点が多く残されている。

CLAC-P/collagen type XXV は当研究室においてアルツハイマー病脳の老人斑アミロイドから同定された、機能未知の膜結合型コラーゲンである。私は修士課程において、CLAC-Pの生理機能を解明するため作出したCLAC-P 遺伝子欠損(KO)マウスでは、脊髄運動ニューロンが特異的に脱落し、呼吸不全により出生時に死亡することを明らかにした。これらの表現型に基づき、本研究ではCLAC-P が運動ニューロンの発生過程において、アポトーシス、標的骨格筋への軸索投射、筋組織内での軸索誘導、神経筋シナプス形成のいずれの過程に関与するかを明らかにする目的で、解析を行った。

【方法・結果】

CLAC-P KO マウスでは運動ニューロンが進行性の脱落を示す

脊髄の運動ニューロンは分化し前角領域に到達した後、アポトーシスにより約半数に減少することが知られている。脊髄の各レベルで前角運動ニューロン数を日齢を追って定量した結果、運動ニューロン分化直後の胎生11.5 日目(E11.5)ではCLAC-P KO マウスと野生型の間に有意な差は認められなかったが、E13.5 ではKO マウスで運動ニューロン数の顕著な減少がみられた。運動ニューロンのプログラム細胞死は野生型マウスにおいてはE13.5 前後に集中して起こるが、CLAC-P KO マウスではこの時期にそれを上回る規模のアポトーシスが生じていることがTUNEL 染色により明らかとなった。これらの結果から、CLAC-P の欠損により、運動ニューロンは正常に発生した後、過剰なアポトーシスにより大部分が脱落することが示された。

一方、後根神経節を含め、他の神経細胞には顕著な変化は認められなかったことから、CLAC-P KO マウスでは運動ニューロン特異的に異常が生じていると考えられた。

CLAC-P は骨格筋内への運動ニューロン軸索の伸長・枝分かれに必要である

次に、運動ニューロン軸索の標的組織への投射を検討するため、運動ニューロン特異的にGFP を発現するHb9-GFP トランスジェニックマウスを用い、胎児の横隔膜および前肢のwhole mount 蛍光免疫染色を行った。横隔膜において、野生型マウスでは、E12.5 に軸索束が横隔膜に到達すると3 方向に分かれて伸長し、E13.5 では更に分枝が生じる。一方、CLAC-P KO マウスの軸索束はE12.5 以降、横隔膜へ到達した後も枝分かれせず、その後の伸長も抑制されていた。

同様に前肢において、E11.5 で軸索束は背側の筋組織に到達し、E12.5 では筋組織内での枝分かれが反復され、樹状構造をとる。これに対しCLAC-P KO マウスでは、E11.5 までの投射パターンは同腹の野生型個体と差はなかったが、E12.5 では筋組織内での伸長および樹状構造の形成が観察されなかった。さらにE13.5 のCLAC-P KO マウスでは、運動ニューロン軸索束の径が減少し、退縮が認められた。

CLAC-P 欠損により運動ニューロン軸索束は退縮し、その後アポトーシスが引き起こされる

上記の結果より、CLAC-P KO マウスでは運動ニューロンの過剰なアポトーシスと、標的骨格筋内での軸索末端の退縮という2 つの現象がほぼ同時に進行することがわかった。これらの因果関係を明らかにするため、発生期の運動ニューロンのプログラム細胞死が抑制されることが知られているBax KO マウスとCLAC-P KO マウスを交配し、運動ニューロンの生存と神経支配を評価した。CLAC-P KO マウスではほぼ運動ニューロンが消失している

E14.5 の時点で、CLAC-P KO;Bax KO マウスでは、Bax KO マウスと同等に運動ニューロン数が増加しており、アポトーシスが十分に抑制されていると考えられた。そこでE14.5 の横隔膜を観察すると、CLAC-P KO;Bax KO マウスでは横隔膜に投射した運動ニューロン軸索束が残存していたが、筋組織への進入部位付近にとどまっており、伸長・枝分かれは認められなかった。これらの結果から、CLAC-P は運動ニューロン軸索束の筋組織内での伸長・枝分かれのメカニズムに関与し、欠損マウスにおいてはその障害の結果として過剰なプログラム細胞死を起こすものと考えられた。

【まとめと考察】

CLAC-P KO マウスの表現型解析から、これまで未知であったCollagen XXV / CLAC-Pの生理機能の一端を明らかにした。すなわちCLAC-P は、運動ニューロンが骨格筋とシナプスを形成する発生過程のうち、運動ニューロン軸索束の筋組織内での伸長や枝分かれという現象に特異的に関与することが示唆された。発生期における運動ニューロンの生存は、骨格筋から分泌される栄養因子に依存することが知られている。CLAC-P 欠損により運動ニューロンのアポトーシスが引き起こされた原因として、軸索の伸長が抑制されたため栄養因子が十分に分泌され、作用できる領域まで到達できず、結果的に細胞死に至ると考えられた。

筋組織への到達前後において、軸索束のとりまく環境は劇的に変化することが想定される。このような環境の変化に対して、筋組織内の軸索や筋細胞、シュワン細胞のいずれかに発現するCLAC-P が応答し、筋組織内での軸索誘導に関与する可能性が考えられる。軸索誘導の中でも、とくに筋組織到達直後におけるメカニズムに注目した研究は例がなく、本研究は、CLAC-P を介した、運動ニューロン-骨格筋間の結合に関与する新たな分子機構の存在を示唆するものである。

審査要旨 要旨を表示する

運動ニューロンと骨格筋の結合は神経発生過程において重要なイベントの1つである。これまでに多くの研究により、標的骨格筋組織へ至る軸索誘導や、神経筋シナプス形成・維持の分子機構が解明されてきた。しかし、運動ニューロン軸索束が骨格筋へ投射後、どのようにして標的組織内に侵入し、伸長・枝分かれしてシナプス形成領域に至るのか、またその過程に関わる分子については、不明な点が多く残されている。

CLAC-P/collagen type XXVは当研究室においてアルツハイマー病脳の老人斑アミロイドから同定された、機能未知の膜結合型コラーゲンである。申請者は修士課程において、CLAC-Pの生理機能を解明するため作出したCLAC-P遺伝子欠損(KO)マウスでは、脊髄運動ニューロンが特異的に脱落し、呼吸不全により出生時に死亡することを明らかにした。これらの表現型に基づき、申請者はCLAC-Pが運動ニューロンの発生過程において、アポトーシス、標的骨格筋への軸索投射、筋組織内での軸索誘導、神経筋シナプス形成のいずれの過程に関与するかを明らかにする目的で、解析を行った。

CLAC-PKOマウスでは運動ニューロンが進行性の脱落を示す

脊髄の運動ニューロンは分化し前角領域に到達した後、アポトーシスにより約半数に減少'することが知られている。脊髄の各レベルで前角運動ニューロン数を日齢を追って定量した結果、運動ニューロン分化直後の胎生11.5日目(E11.5)ではCLAC-PKOマウスと野生型の問に有意な差は認められなかったが、E13.5ではKOマウスで運動ニューロン数の顕著な減少がみられた。運動ニューロンのプログラム細胞死は野生型マウスにおいてはEl3.5前後に集中して起こるが、CLAC-PKOマウスではこの時期にそれを上回る規模のアポトーシスが生じていることがTUNEL染色により明らかとなった。これらの結果から、CLAC-Pの欠損により、運動ニューロンは正常に発生した後、過剰なアポトーシスにより大部分が脱落することが示された。

一方、後根神経節を含め、他の神経細胞には顕著な変化は認められなかったことから、CLAC-PKOマウスでは運動ニューロン特異的に異常が生じていると考えられた。

CLAC-Pは骨格筋内への運動ニューロン軸索の伸長・枝分かれに必要である

次に、運動ニューロン軸索の標的組織への投射を検討するため、運動ニューロン特異的にGFPを発現するHb9-GFPトランスジェニックマウスを用い、胎児の横隔膜および前肢のwhole mount蛍光免疫染色を行った。横隔膜において、野生型マウスでは、E12.5に軸索束が横隔膜に到達すると3方向に分かれて伸長し、El3.5では更に分枝が生じる。一方、CLAC-PKOマウスの軸索束はE12.5以降、横隔膜へ到達した後も枝分かれせず、その後の伸長も抑制されていた。

同様に前肢において、E11.5で軸索束は背側の筋組織に到達し、E12、5では筋組織内での枝分かれが反復され、樹状構造をとる。これに対しCLAC-PKOマウスでは、E11.5までの投射パターンは同腹の野生型個体と差はなかったが、E12.5では筋組織内での伸長および樹状構造の形成が観察されなかった。さらにE13.5のCLAC-PKOマウスでは、運動ニューロン軸索束の径が減少し、退縮が認められた。

CLAC-P欠損により運動ニューロン軸索束は退縮し、その後アポトーシスが引き起こされる

上記の結果より、CLAC-PKOマウスでは運動ニューロンの過剰なアポトーシスと、標的骨格筋内での軸索末端の退縮という2つの現象がほぼ同時に進行することがわかった。これらの因果関係を明らかにするため、発生期の運動ニューロンのプログラム細胞死が抑制されることが知られているBaxKOマウスとCLAC-PKOマウスを交配し、運動ニューロンの生存と神経支配を評価した。CLAC-PKOマウスではほぼ運動ニューロンが消失している

E14.5の時点で、CLAC-PKO;BaxKOマウスでは、BaxKOマウスと同等に運動ニューロン数が増加しており、アポトーシスが十分に抑制されていると考えられた。そこでE14.5の横隔膜を観察すると、CLAC-PKO;BaxKOマウスでは横隔膜に投射した運動ニューロン軸索束が残存していたが、筋組織への進入部位付近にとどまっており、伸長・枝分かれは認められなかった。これらの結果から、CLAC-Pは運動ニューロン軸索束の筋組織内での伸長・枝分かれのメカニズムに関与し、欠損マウスにおいてはその障害の結果として過剰なプログラム細胞死を起こすものと考えられた。

CLAC-PKOマウスの表現型解析から、これまで未知であったCollagen XXV/CLAC-Pの生理機能の一端を明らかにした。すなわちCLAC-Pは、運動ニューロンが骨格筋とシナプスを形成する発生過程のうち、運動ニューロン軸索束の筋組織内での伸長や枝分かれという現象に特異的に関与することが示唆された。発生期における運動ニューロンの生存は、骨格筋から分泌される栄養因子に依存することが知られている。CLAC-P欠損により運動ニューロンのアポト-シスが引き起こされた原因として、軸索の伸長が抑制されたため栄養因子が十分に分泌され、作用できる領域まで到達できず、結果的に細胞死に至ると考えられた。

筋組織への到達前後において、軸索束のとりまく環境は劇的に変化することが想定される。このような環境の変化に対して、筋組織内の軸索や筋細胞、シュワン細胞のいずれかに発現するCLAC-Pが応答し、筋組織内での軸索誘導に関与する可能性が考えられる。軸索誘導の中でも、とくに筋組織到達直後におけるメ力ニズムに注目した研究は例がなく、本研究は、CLAC-Pを介した、運動ニューロン-骨格筋間の結合に関与する新たな分子機構の存在を示唆するものである。この点において、本研究は神経発生学ならびに神経細胞生存維持機構に新知見を与えるものであり、博士(薬学)の学位に相応しいものと判定した。

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