学位論文要旨



No 129469
著者(漢字) 畑中,良
著者(英字)
著者(カナ) ハタナカ,リョウ
標題(和) 翻訳抑制時における脱アデニル化酵素のASK1活性化因子としての機能解析
標題(洋)
報告番号 129469
報告番号 甲29469
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1510号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 関水,和久
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

生体内において細胞は絶えず外環境、内環境からの様々なストレスに曝されている。ストレス応答性のMitogen-activated Protein (MAP)キナーゼ経路は酵母から高等植物、哺乳類に至るまで高度に保存された細胞内シグナル伝達経路であり、このような環境変化に対して生体の恒常性を維持するために重要な役割を果たす。Apoptosis signal-regulating kinase 1(ASK1) はMAP3K ファミリーに属するキナーゼであり、酸化ストレスや小胞体ストレス、カルシウム過負荷、そして炎症性サイトカインであるTNF-αなどによって活性化し、p38経路やJNK 経路を通じて細胞死や免疫応答などのストレス応答を誘導する。ASK1 は循環器系疾患や神経変性疾患などの病態への関与も示唆されており、ASK1 の生理的・病理的ストレス応答の詳細を明らかにすることは重要課題といえるが、ASK1 活性化の分子メカニズムは未解明な部分が多い。そこで私は修士課程において、ASK1 の上流分子を同定し、新たなASK1 活性化機構を発見すべく、ショウジョウバエを用いた遺伝学的スクリーニングを行った。ショウジョウバエのASK1 (DASK1)の恒常的活性化体である、DASK1ΔN をショウジョウバエの背側中央領域に発現させると、胸部においてDp38 経路依存的なメラニンの蓄積というユニークな表現型が観察される (Fig. 1) [1]。この表現型をDASK1 活性化の指標として捉え、内在性遺伝子の発現誘導が可能なショウジョウバエ変異体系統であるGS 系統を用いて、遺伝子発現によってメラニンの蓄積が起こるような系統の探索を行った [2]。同定したメラニン蓄積系統は、kuma (key upswing in melanin accumulation)系統と名付け、その中で私はkuma4 系統の解析を行った。その結果、mRNA のPoly(A)鎖を分解する脱アデニル化酵素複合体Pan complex のサブユニットであるPoly(A) nuclease 3 (Pan3)のショウジョウバエオルソログDPan3 を新規ASK1 活性化因子として同定した。Pan3 はPoly(A) 鎖分解時にPan2 とPoly(A) binding protein (PABP)と結合するが、DPan3 だけでなく、DPan2及びDPABP もショウジョウバエ由来のS2 細胞においてDASK1 を活性化することを示した。さらに博士課程において、翻訳抑制時に誘導されるDASK1 の活性化にDPan complex と、別の脱アデニル化酵素複合体であるDCcr4-Caf1complex が関与していることを明らかにした。

【方法と結果】

S2 細胞においてDPABP 結合因子群はDASK1 を活性化する

mRNA の翻訳時には、Poly(A)鎖に結合して翻訳の効率を上昇させているPABP と、リボソームからポリペプチド鎖を解離させる機能を持つ翻訳終結因子であるeukaryoticrelease factor 3(eRF3)とが結合している。mRNA の翻訳終結時にはPABPからeRF3 が解離し、代わりにPan complex がPABP に結合してPoly(A)鎖の分解を途中まで行い、その後Ccr4-Caf1 complex がPABP に結合して残りのPoly(A)鎖の分解を行う[3]。また、eRF3はヒトにおいてASK1 の抑制因子である14-3-3 をASK1 から解離させることでASK1 を活性化させるという報告がある[4]。そこで、Pan complex 同様、PABP と結合する分子群がASK1 を活性化するかを確かめるため、これらのショウジョウバエオルソログのDASK1 活性化能を検討した。その結果、DPan complex やDPABP 同様に、DCcr4 とDCaf1 の共発現やDeRF3 もDASK1 を活性化することが分かった (Fig. 2)。

翻訳阻害剤によって誘導されるDASK1 の活性化には、DPan complex 及びDCcr4-Caf1 complex が必要である

DPABP 及び翻訳終結からPoly(A)鎖分解時にDPABP に結合する各分子がいずれもDASK1を活性化したため、DPan complex が関与するストレスとして翻訳装置に影響を与えるようなストレスを想定し、S2 細胞に翻訳阻害剤処理を行った。すると、Cycloheximide (CHX)、Puromycin、Emetine など各種翻訳阻害剤処理によってDASK1 の活性化が検出された。そこで、DPan complex とDCcr4-Caf1 complexの翻訳阻害剤依存的なDASK1 活性化に対する必要性をノックダウン系を用いて検討した。その結果、CHX によるDASK1の活性化はDPan complex のノックダウンによって抑制された (Fig. 3)。また、CHX、Puromycin、Emetine によるDASK1 の活性化はDCcr4 及びDCaf1いずれのノックダウンによっても抑制された (Fig. 4)。よって、翻訳阻害剤によるDASK1 の活性化にはDPan complex及びDCcr4-Caf1 complex が必要であることが示唆された。

CHX によって誘導されるTH の発現上昇にはDASK1 やDPan complex、DCcr4-Caf1 complex が必要である

脱アデニル化酵素によって活性化されるDASK1 がどのようなストレス応答を誘導するか検討する上で、スクリーニング系で用いたメラニン蓄積に着目した。DASK1ΔN によるメラニン蓄積は、ショウジョウバエのメラニン合成経路において必須の遺伝子であるtyrosine hydroxylase (TH)のDp38 経路依存的な発現誘導を介していることが示唆されている[1]。また、ショウジョウバエが病原体に感染した時にTH を介してメラニンが合成され、病原体の隔離や、合成中間体の毒性による病原体の除去などが行われていることが知られている。少なくとも一部の病原体感染時も翻訳の抑制が起こっていることから、この翻訳抑制が脱アデニル化酵素を介してDASK1 を活性化し、TH の発現誘導を行っている可能性を検討した。S2 細胞にCHXを処理してTH のmRNA 発現量を確認してみたところ、刺激依存的にTH の発現の上昇が見られた。そこで各分子のTH 誘導に対する必要性を検討した結果、DASK1、DPan complex 及びDCcr4-Caf1 complex のいずれのノックダウンによってもCHX によって誘導されるTH の発現が一部抑制されていた (Fig. 5,6)。よって、翻訳抑制依存的な脱アデニル化酵素を介したDASK1 活性化は、TH の発現誘導に必要であることが示唆された。

【まとめと考察】

本研究において私はショウジョウバエにおいて、脱アデニル化酵素であるPan complex とCcr4-Caf1 complex が、翻訳抑制時にDASK1 を活性化し、TH の遺伝子発現を誘導するという可能性を示した。このことからショウジョウバエが病原体に感染した時に翻訳抑制が起こり、脱アデニル化酵素によってDASK1-TH 経路が活性化し、免疫応答を誘導していることが考えられる。今後はハエ個体を用いた感染実験等により、その可能性を検討していきたい。また、病原体感染以外にも翻訳抑制を引き起こすストレスは小胞体ストレスや酸化ストレスなど多々あるが、脱アデニル化酵素はそれら全ての下流でDASK1 を活性化するのか、それともストレス特異的なのかを見極めていきたい。

1. Sekine, Y., S. Takagahara, R. Hatanaka, et al. 2011. J Cell Sci. 124:3006-3016.2. Sekine, Y., R. Hatanaka, et al. 2012. Mol Cell. 48:692-704.3. Funakoshi, Y., et al. 2007. Genes Dev. 21:3135-3148.4. Lee, J.A., et al. 2008. Oncogene. 27:1297-1305.

Fig. 1 ショウジョウバエ背側中央領域においてDASK1ΔNを異所性発現することで誘導されるメラニン蓄積、及びkuma4系統の表現型

Fig. 2 DPABP結合因子群とDPABPはいずれもDASK1を活性化する

A) DPan2、DPan3及びDPABPによるDASK1の活性化

B) DCcr4とDCaf1の共発現によるDASK1の活性化

C) DeRF3によるDASK1の活性化

Fig. 3 DPan complexはCHXにより誘導されるDASK1の活性化必要である

Fig. 4 DCcr4とDCaf1は各種翻訳阻害剤により誘導されるDASK1の活性化に必要である

A) DCcr4のDASK1活性化に対する必要性

B) DCaf1のDASK1活性化に対する必要性

Fig. 5 DPan complexとDASK1はCHXによって誘導されるTHの発現上昇に必要である

Fig. 6 DCcr4-Caf1 complexはCHXによって誘導されるTHの発現上昇に必要である

審査要旨 要旨を表示する

生体内において細胞は絶えず外環境、内環境からの様々なストレスに曝されている。ストレス応答性のMitogen-activated Protein (MAP)キナーゼ経路は酵母から高等植物、哺乳類に至るまで高度に保存された細胞内シグナル伝達経路であり、このような環境変化に対して生体の恒常性を維持するために重要な役割を果たす。Apoptosis signal-regulating kinase 1 (ASK1) はMAP3Kファミリーに属するキナーゼであり、酸化ストレスや小胞体ストレス、カルシウム過負荷、そして炎症性サイトカインであるTNF-αなどによって活性化し、p38 経路やJNK 経路を通じて細胞死や免疫応答などのストレス応答を誘導する。ASK1 は循環器系疾患や神経変性疾患などの病態への関与も示唆されており、ASK1 の生理的・病理的ストレス応答の詳細を明らかにすることは重要課題といえるが、ASK1 活性化の分子メカニズムは未解明な部分が多い。そこで申請者はASK1 の上流分子を同定し、新たなASK1 活性化機構を発見すべく、ショウジョウバエを用いた遺伝学的スクリーニングを行った。ショウジョウバエのASK1 (DASK1)の恒常的活性化体である、DASK1ΔN をショウジョウバエの背側中央領域に発現させると、胸部においてDp38 経路依存的なメラニンの蓄積というユニークな表現型が観察された。申請者はこの表現型をDASK1 活性化の指標として捉え、内在性遺伝子の発現誘導が可能なショウジョウバエ変異体系統であるGS系統を用いて、遺伝子発現によってメラニンの蓄積が起こるような系統の探索を行った。同定したメラニン蓄積系統は、kuma (key upswing in melanin accumulation)系統と名付けられ、その中で申請者はkuma4 系統の解析を行った。その結果、mRNA のPoly(A)鎖を分解する脱アデニル化酵素複合体Pan complex のサブユニットであるPoly(A) nuclease 3 (Pan3)のショウジョウバエオルソログDPan3 が新規ASK1 活性化因子として同定された。Pan3 はPoly(A) 鎖分解時にPan2 とPoly(A) binding protein (PABP)と結合するが、DPan3 だけでなく、DPan2 及びDPABP もショウジョウバエ由来のS2 細胞においてDASK1 を活性化することが示された。さらに翻訳抑制時に誘導されるDASK1 の活性化にDPan complex と、別の脱アデニル化酵素複合体であるDCcr4-Caf1 complex が関与していることが申請者により明らかとなった。

S2 細胞においてDPABP 結合因子群はDASK1 を活性化する

mRNA の翻訳時には、Poly(A)鎖に結合して翻訳の効率を上昇させているPABP と、リボソームからポリペプチド鎖を解離させる機能を持つ翻訳終結因子であるeukaryotic release factor 3 (eRF3)とが結合している。mRNA の翻訳終結時にはPABP からeRF3 が解離し、代わりにPan complex がPABP に結合してPoly(A)鎖の分解を途中まで行い、その後Ccr4-Caf1 complex がPABP に結合して残りのPoly(A)鎖の分解を行う。また、eRF3 はヒトにおいてASK1 の抑制因子である14-3-3 をASK1 から解離させることでASK1 を活性化させるという報告がある。そこで申請者は、Pan complex 同様にPABP と結合する分子群がASK1 を活性化するかを確かめるため、これらのショウジョウバエオルソログのDASK1 活性化能を検討した。その結果、DPan complex やDPABP 同様に、DCcr4 とDCaf1 の共発現やDeRF3 もDASK1 を活性化することが示された。

翻訳阻害剤によって誘導されるDASK1 の活性化には、DPan complex 及びDCcr4-Caf1 complexが必要である

DPABP 及び翻訳終結からPoly(A)鎖分解時にDPABP に結合する各分子がいずれもDASK1 を活性化したため、申請者はDPan complex が関与するストレスとして翻訳装置に影響を与えるようなストレスを想定し、S2 細胞に翻訳阻害剤処理を行った。すると、Cycloheximide (CHX)、Puromycin、Emetineなど各種翻訳阻害剤処理によってDASK1 の活性化が検出された。そこで、申請者はDPan complexとDCcr4-Caf1 complex の翻訳阻害剤依存的なDASK1 活性化に対する必要性をノックダウン系を用いて検討した。その結果、CHX によるDASK1 の活性化はDPan complex のノックダウンによって抑制された。また、CHX、Puromycin、Emetine によるDASK1 の活性化はDCcr4 及びDCaf1 いずれのノックダウンによっても抑制された。よって、翻訳阻害剤によるDASK1 の活性化にはDPan complex 及びDCcr4-Caf1 complex が必要であることが示唆された。また、翻訳を抑制する生理的なストレスとして申請者はASK1 を活性化するストレスとしてよく知られる過酸化水素に着目した。そして過酸化水素依存的なDASK1 の活性化にDPan complex が必要であるかの検討が行われ、DPan2 及びDPan3 いずれのノックダウンによってもDASK1 の活性化が減弱した。よって、翻訳阻害剤だけでなく、過酸化水素によって誘導されるDASK1 の活性化にもDPan complex が必要であることが示唆された。

CHX によって誘導されるTH の発現上昇にはDASK1 やDPan complex、DCcr4-Caf1 complex が必要である

脱アデニル化酵素によって活性化されるDASK1 がどのようなストレス応答を誘導するか検討する上で、申請者はスクリーニング系で用いたメラニン蓄積に着目した。DASK1ΔN によるメラニン蓄積は、ショウジョウバエのメラニン合成経路において必須の遺伝子であるtyrosine hydroxylase (TH)のDp38 経路依存的な発現誘導を介していることが示唆されている。また、ショウジョウバエが病原体に感染した時にTH を介してメラニンが合成され、病原体の隔離や、合成中間体の毒性による病原体の除去などが行われていることが知られている。少なくとも一部の病原体感染時も翻訳の抑制が起こっていることから、この翻訳抑制が脱アデニル化酵素を介してDASK1を活性化し、THの発現誘導を行っている可能性を申請者は検討した。S2 細胞にCHX を処理してTH のmRNA 発現量を確認した結果、刺激依存的にTH の発現の上昇が見られた。そこで各分子のTH 誘導に対する必要性の検討が行われ、DASK1、DPan complex 及びDCcr4-Caf1 complex のいずれのノックダウンによってもCHX によって誘導されるTH の発現が一部抑制していたことが示された。よって、翻訳抑制依存的な脱アデニル化酵素を介したDASK1 活性化は、TH の発現誘導に必要であることが示唆された。

本研究において、申請者はASK1 活性化因子としてのDPABP 結合因子群についての解析を行い、主に以下のことを明らかにした。

・mRNA の翻訳からPoly(A)鎖の分解の過程においてPABP に結合するeRF3、Pan complex、Ccr4-Caf1 complex はショウジョウバエにおいてもDPABP に結合し、かつ全てDASK1 を活性化する

・ DPan complex とDCcr4-Caf1 complex はいずれもCHX などの翻訳阻害剤によって誘導されるDASK1 の活性化に必要である

・ DPan complex は過酸化水素依存的なDASK1 の活性化に必要である

・ DASK1 とDPABP 結合因子群はいずれもCHX によって誘導されるDTH のmRNA の発現上昇に必要である

これらの結果から、細胞にストレスが加わって翻訳が抑制された場合、翻訳装置上でDPABP 結合因子群がそのストレスを感知してDASK1 を活性化し、DTHの発現を誘導しているという可能性が示唆された。様々なストレスにより翻訳の抑制が起こることが知られているため、各種ストレスセンサーから翻訳抑制へとシグナルが集約された後にDASK1 経路を活性化させることは合理的であると言え、そこに意義が見出だせる。また創薬の点から考えてもASK1 活性化機構の解明は重要課題であり、その一端を担って翻訳阻害を引き金とするASK1 活性化機構の存在を明らかにしたという意味でも博士の学位に十分値すると言える。

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