学位論文要旨



No 129471
著者(漢字) 本間,謙吾
著者(英字)
著者(カナ) ホンマ,ケンゴ
標題(和) 亜鉛欠乏時に働く生理的小胞体ストレス誘導スイッチとしてのSOD1の新規機能
標題(洋)
報告番号 129471
報告番号 甲29471
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1512号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 村田,茂穂
 東京大学 教授 清水,敏之
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

亜鉛は必須微量元素の1つであり、多くのタンパク質に結合することで、その正常な構造や機能の維持に関わっている。そのため亜鉛の生理的重要性は多岐にわたり、免疫、骨格の発達、正常な神経応答など、様々な現象に対する亜鉛の関与が知られている。亜鉛は小胞体が正常に機能するためにも必要であり、亜鉛欠乏は小胞体ストレス応答(unfolded protein response: UPR)を活性化する。UPR が亜鉛恒常性維持に関わっていることは示唆されているが、亜鉛欠乏状態に対して細胞がどのように応答するのか、小胞体ストレスが亜鉛恒常性維持にどのように関わっているかは未だ不明な点が多く残されている。

筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis: ALS)は、運動神経が特異的に侵される晩発性の神経変性疾患である。家族性ALS に最も高頻度に見られる原因遺伝子としてCu, Znsuperoxide dismutase (SOD1) が知られており、100 種類以上の変異型SOD1 がこれまでに報告されている。変異型SOD1 は獲得性の細胞毒性を発揮すると考えられているが、未だその詳細なメカニズムは明らかになっていない。我々はこれまでに変異型SOD1 が小胞体関連分解(ER-associated degradation: ERAD)複合体の重要な構成因子であるDerlin-1 と特異的に結合し、その機能を阻害することで小胞体ストレスを介した獲得性の細胞毒性を発揮することを明らかにしている(1)。さらに最近、Derlin-1 との結合は少なくとも124 種類のALS 関連変異型SOD1 に共通する現象であり、野生型SOD1 のN 末端領域にDerlin-1 との結合領域(Derlin-1 binding region: DBR)が存在することを明らかにした(2)。そして、野生型SOD1も血清飢餓状態において、DBR を露出しDerlin-1 と結合することが分かった。本研究では、血清中のSOD1 構造変化を制御する因子として亜鉛を同定し、さらに亜鉛欠乏時におけるSOD1-Derlin-1 結合の生理的意義の解明を目指した。

【方法・結果】

これまでに、血清飢餓刺激によって野生型SOD1 がDBR を露出した構造に変化しDerlin-1 と結合すること、さらに血清飢餓刺激後に血清を再添加することでDerlin-1 との結合が解離することが分かっていた(2)。これより、血清中にSOD1-Derlin-1 結合を抑制する何らかの因子が存在することが予想された。そこで、血清飢餓刺激後に様々な処理を行った血清を添加することで、この血清中の抑制因子の同定を試みた。その結果、SOD1-Derlin-1結合阻害因子はきわめて安定であり、有機物ではなく無機物である可能性が示唆された。SOD1 が銅と亜鉛を1分子ずつ配位した金属タンパク質であることから、SOD1-Derlin-1結合阻害因子が金属である可能性が疑われた。そこで、血清飢餓刺激後に様々な金属を添加したところ、亜鉛の添加によってSOD1-Derlin-1 結合の解離が確認された (Fig. 1 )。さらに、膜透過性の亜鉛キレーターであるTPEN 刺激によってSOD1 がDBR を露出し、Derlin-1 と結合することが分かった (Fig. 2)。以上の結果から、SOD1 は亜鉛欠乏時にDBR を露出した変異型様構造をとり、Derlin-1 と結合することが明らかとなった。

続いて、亜鉛欠乏がSOD1 構造変化を引き起こす詳細な機構の解明に取り組んだ。亜鉛欠乏によるSOD1の構造変化が可逆的であることが明らかとなり、また多くのALS 関連変異型SOD1 について銅や亜鉛との結合力低下が報告されていることから、配位している亜鉛の解離がSOD1 の構造変化を引き起こす可能性が考えられた。実際に、SOD1 の亜鉛が配位するアミノ酸に変異を導入すると、亜鉛欠乏時でなくてもDBR の露出が確認され、TPEN刺激依存的な構造変化は見られなかった (Fig. 3)。一方で、銅が配位するアミノ酸に変異の導入を行うと、TPEN 刺激依存的な構造変化が確認された。以上の結果から、DBR の露出は配位した亜鉛が解離することによって起こると考えられる。

亜鉛欠乏は小胞体ストレスを惹起し、UPR を活性化することがこれまでに報告されている。変異型SOD1 がDerlin-1 と結合することで小胞体ストレスを引き起こすことから、野生型SOD1 とDerlin-1 の結合は、亜鉛欠乏時に小胞体ストレスを引き起こす分子スイッチとして機能している可能性が考えられた。RNAi によりSOD1 またはDerlin-1 の発現抑制を行ったところ、TPEN による亜鉛欠乏時に誘導された、小胞体ストレスマーカーであるXbp-1 のスプライシング・BiP mRNA の発現が減弱した (Fig. 4)。この結果より、亜鉛欠乏時にはSOD1 とDerlin-1 によって小胞体ストレスが誘導されることが明らかとなった。

亜鉛は多様なタンパク質の正常な構造・機能の維持に必要であり、亜鉛欠乏時には多くの不良タンパク質が蓄積すると予想される。小胞体ストレスによるUPR の活性化は、PERK-eIF2α経路を介した翻訳抑制を促すことで、小胞体へのタンパク質の流入量を減らすことが知られている。そこで我々は、SOD1-Derlin-1 結合によるUPR の活性化が、亜鉛欠乏時の不良タンパク質の蓄積を抑制しているのではないかと考えた。Derlin-1 発現抑制は、亜鉛欠乏によるPERK の活性化とそれに伴う翻訳抑制を減弱させた (Fig.5)。これより、SOD1 によって検出された亜鉛欠乏は、SOD1-Derlin-1 結合によるUPR を介した翻訳抑制を誘導していることが示唆された。

Derlin-1 の発現抑制を行った細胞は、TPEN による亜鉛欠乏に対して脆弱になっていることから、亜鉛欠乏時のSOD1-Derlin-1 結合を介した小胞体ストレスは、シャペロンの誘導(Fig.4)や翻訳の抑制(Fig. 5)によって細胞の恒常性維持に寄与していると考えられる。

さらに亜鉛欠乏時の小胞体ストレスが亜鉛恒常性の回復に寄与しているかを、亜鉛トランスポーターに着目して検討した。細胞質の亜鉛量を増加させるトランスポーターとして、ZIP (Zrt-,Irt-like protein) family が、細胞質の亜鉛量を減らすトランスポーターとしてZnT (Zinctransporter) family が存在する。腹腔内にTPENまたはtunicamycin を投与したマウス肝臓を用いて、これらの亜鉛トランスポーターのmRNA 発現を調べたところ、5 つのZIP と3 つのZnT が、どちらの刺激でも共通して誘導された。これらのトランスポーターのうち、過去の報告より小胞体ストレス時に活性化する転写因子ATF6 によって誘導されることが示唆されていたZIP14 に注目した。ZIP14 は肝臓で発現が高く、細胞膜に発現して亜鉛取り込みを促進する亜鉛トランスポーターである。そこで、ヒト肝がん細胞であるHepG2 細胞にATF6 活性化体を発現させたところ、ZIP14 が顕著に誘導された(Fig. 6)。一方以前の報告より、LPS や炎症性サイトカインによるZIP14 の誘導にactivation protein (AP)-1 が関わっている可能性が示されており、JNK がAP-1 のよく知られた活性化因子であることから、亜鉛欠乏時のZIP14 誘導におけるATF6 とJNK の関与を検討した。ATF6 とJNK のどちらか一方の阻害では刺激依存的なZIP14 の誘導を減弱できないが、両方の阻害によってZIP14 の誘導が顕著に抑制された。これらの結果から、ATF6 とJNK は亜鉛欠乏時に代償的に、ZIP14 発現誘導を担っていると考えられる。

【まとめ・考察】

我々はこれまでに、ALS 関連変異型SOD1 がDerlin-1 と結合することでERADを阻害し、小胞体ストレスを惹起すること、Derlin-1 との結合が多くの変異型SOD1 に共通する現象であり、野生型SOD1 のN 末端にDBR が存在することを報告していた。本研究では、野生型SOD1 も亜鉛欠乏時に配位した亜鉛を失うことでDBR を露出した構造をとり、Derlin-1 と結合することを明らかにした。また、亜鉛欠乏時にSOD1-Derlin-1 結合によって惹起された小胞体ストレスはUPR を活性化し、シャペロンや亜鉛トランスポーターの誘導、翻訳の抑制を介して不良タンパク質の蓄積を抑制することが示唆された。

これらの結果より、SOD1 はこれまでによく知られた抗酸化酵素としての働きの他に、亜鉛欠乏状態を小胞体ストレスに変換する分子スイッチとしての機能を有しており、UPR を活性化することによって細胞の恒常性の維持・回復に寄与していると考えられる。

(1)Nishitoh, H. et al. Genes Dev. 2008(2)Fujisawa, T. et al. Ann. Neurol. 2012

Fig.1 亜鉛添加によりSOD1-Derlin-1結合は抑制される。

60h血清飢餓条件で培養した後に、血清または亜鉛、銅を添加して12h培養した。

Fig.2 SOD1は亜鉛欠乏時に構造変化しDerlin-1と結合する。

TPEN刺激によるSOD1構造変化(A)とDerlin-1との結合(B)

Fig.3 SOD1の構造維持には亜鉛の配位が重要である。

Fig.4 亜鉛欠乏時にSOD1-Derlin-1結合によって小胞体ストレスが誘導される。

Fig.5 亜鉛欠乏時にSOD1-Derlin-1結合による小胞体ストレスは翻訳を抑制する。

Derlin-1発現抑制によるPERK活性化の減弱(A)とタンパク質合成阻害の減弱(B)。

Fig.6 ATF6によるZIP14の誘導

ATF6活性化体{ATF6 1-380)の発現によるZIP14の誘導

審査要旨 要旨を表示する

亜鉛は必須微量元素の1つであり、多くのタンパク質に結合することで、その正常な構造や機能の維持に関わっている。亜鉛欠乏は小胞体ストレス応答(unfolded protein response: UPR)を活性化すること、UPR が亜鉛恒常性維持に関わっていることは示唆されているが、亜鉛欠乏状態に対して細胞がどのように応答するのか、小胞体ストレスが亜鉛恒常性維持にどのように関わっているかは未だ不明な点が多く残されている。

筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis: ALS)は、運動神経が特異的に侵される晩発性の神経変性疾患である。家族性ALS に最も高頻度に見られる原因遺伝子としてCu, Zn superoxide dismutase (SOD1) が知られており、100 種類以上の変異型SOD1 がこれまでに報告されている。我々はこれまでに変異型SOD1 が小胞体関連分解(ER-associated degradation: ERAD)複合体の重要な構成因子であるDerlin-1 と特異的に結合し、その機能を阻害することで小胞体ストレスを介した獲得性の細胞毒性を発揮することを明らかにしている。さらに最近、Derlin-1 との結合は少なくとも124 種類のALS 関連変異型SOD1 に共通する現象であり、野生型SOD1 のN 末端領域にDerlin-1 との結合領域(Derlin-1 binding region: DBR)が存在することを明らかにした。そして、野生型SOD1 も血清飢餓状態において、DBR を露出しDerlin-1と結合することが分かった。

本研究では、血清中のSOD1 構造変化を制御する因子として亜鉛を同定し、さらに亜鉛欠乏時におけるSOD1-Derlin-1 結合の生理的意義の解明を目指した。

本研究により、以下の知見が得られた。

1. 血清中の亜鉛が SOD1 とDerlin-1 の結合を阻害する。

2. 亜鉛欠乏時に SOD1 とDerlin-1 が結合する。

3. 亜鉛の解離が SOD1 の構造変化を引き起こす。

4. 亜鉛欠乏時の SOD1-Derlin-1 結合は小胞体ストレスを惹起する。

5. SOD1-Derlin-1 結合は亜鉛欠乏時の細胞恒常性維持に貢献している。

6. 亜鉛欠乏時の ATF6 の活性化はZIP14 を誘導する。

以上より本研究では、SOD1 とDerlin-1 の結合が亜鉛欠乏時に生理的な小胞体ストレスを惹起する分子スイッチとしての生理的な働きを担っていることが明らかとなった。また、亜鉛欠乏時に誘導された小胞体ストレスは、翻訳の抑制やシャペロン誘導、亜鉛トランスポーターの発現誘導を介して細胞の恒常性維持に寄与していることが示唆された。

このように申請者は、SOD1 が亜鉛欠乏時に構造変化し生理的な機能を果たしていることを明らかにした。本研究により、SOD1 が抗酸化酵素以外の機能を有していることが明らかになったことは非常に意義深い。また、亜鉛欠乏時にSOD1 が変異型と同様の構造をとることから、亜鉛恒常性の異常がALS と関係している可能性が考えられる。今後の更なる研究によって、亜鉛欠乏時の小胞体ストレスが亜鉛恒常性の維持に働く詳細な機構が明かされることで、ALS や亜鉛恒常性異常による疾患の病態の解明に繋がると期待される。

以上より、本研究は博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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