学位論文要旨



No 129472
著者(漢字) 増尾,友佑
著者(英字)
著者(カナ) マスオ,ユウスケ
標題(和) リポタンパク質による脂溶性ビタミンの体内動態制御とその異常による病態発症に関する研究
標題(洋)
報告番号 129472
報告番号 甲29472
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1513号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 楠原,洋之
 東京大学 特任准教授 松沢,厚
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

脂溶性ビタミン(ビタミンA、D、E、K)は生体の恒常性維持に必須な脂溶性化合物であり、栄養物としての必要摂取量や過剰症・欠乏症に関する研究はこれまでに数多く行われてきたが、生体内における体内動態制御機構に関しては不明の点が多い。吸収後の血液中での生体内輸送においては、その水への難溶性から何らかのキャリアー分子が必要となると考えられるが、系統立った解析はなされていないのが現状である。そこで、同じく親水性の低いコレステロールやトリグリセリドの血液中での生体内輸送を担うリポタンパク質に着目し、脂溶性ビタミンの体内動態がリポタンパク質依存的に制御されているという仮説を検証した。

つづいて、リポタンパク質による生体内輸送が示されたビタミンKに関して、さらなる研究を進めた。慢性腎障害時には、脂質代謝異常、末梢組織由来のビタミンK欠乏マーカーの上昇、血管壁石灰化が合併していることが知られるが、これらの合併症の原因及び相互の関係性は不明であった。ビタミンKは血管壁石灰化抑制作用を有することが示唆されていることから、脂質代謝異常に伴うビタミンKの血管壁への移行不全が慢性腎障害時に生じる血管壁石灰化を誘発するという仮説のもと、以下の検討を行った。

【方法及び結果】

1脂溶性ビタミンのリポタンパク質を介した末梢移行

脂溶性ビタミンのうち、ビタミンE及びビタミンKに関してはリポタンパク質へ分布しうることが過去に報告されていたが、他の脂溶性ビタミンに関するリポタンパク質への分布及びリポタンパク質を介した体内動態制御の重要性は明らかでなく、まず脂溶性ビタミン全般についてリポタンパク質分布の検討を行った。

はじめに、定常状態における脂溶性ビタミンのリポタンパク質分布を調べた。絶食下ラット血漿のフラクショネーション後の各フラクション中の脂溶性ビタミンの定量を行い、各脂溶性ビタミンの溶出プロファイルを得た。その結果、ビタミンE及びビタミンKは、リポタンパク質への分布が確認された一方で、ビタミンA及びビタミンDは主に各特異的結合タンパク質であるretinol bindingprotein4(RBP)及びvitamin D binding protein(DBP)への分布が確認された。

この定常状態における脂溶性ビタミンのリポタンパク質への分布が、実際に脂溶性ビタミンの末梢への移行に寄与しているかを検討するために、リポタンパク質挙動変化を誘発し、さらなる検討を行った。

最初に、Triton WR-1339投与による血液中へのvery low density lipoprotein(VLDL)蓄積条件下での脂溶性ビタミンのリポタンパク質分布変化を検討するため、各フラクション中の脂溶性ビタミンの定量を行い、各脂溶性ビタミンの溶出プロファイルを得た。その結果、Triton-WR-1339投与群では、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンKのいずれの脂溶性ビタミンもVLDL分画への蓄積が確認された。VLDLは肝臓で合成された後に」血漿中に分泌されるため、以上の結果より、脂溶性ビタミンの月刊蔵からの分泌には、VLDLとともに分泌される経路も存在すると考えられた。

さらに、LDLR(low density lipoproteinreceptor)変異型マウスにおける」血漿中へのLDL(low density lipoprotein)蓄積条件下での脂溶性ビタミンの血漿中分布に関して検討するため、各フラクション中の脂溶性ビタミンの定量を行った。その結果、LDLR変異型マウスにおいていずれの脂溶性ビタミンもLDL分画に顕著に蓄積することが見出され、脂溶性ビタミンの末梢組織での取り込みには、LDLRを介して取り込まれる経路も存在することが示唆された。続いて、実際に脂溶性ビタミンがLDLRを介して取り込まれるかを検討するため、ラット血管平滑筋細胞由来a7r5細胞へのLDLR発現アデノウィルス感染条件下において脂溶性ビタミンの細胞内取り込みが増大するか検討を行った。その結果、いずれの脂溶性ビタミンもLDLR発現ウィルスの感染によって細胞内への取り込みが増大したことから、脂溶性ビタミンはLDLRを介して細胞内に取り込まれうることが示された(図1)。

2慢性腎障害モデル動物におけるビタミンK挙動の変化

慢性腎障害時には、リポタンパク質挙動変化を伴う脂質代謝異常が生じることが知られており、リポタンパク質を介した輸送が示された脂溶性ビタミンの挙動変化が想定される。1の結果よりリポタンパク質への顕著な分布が示されたビタミンKについて、まずは慢性腎障害に伴う脂質代謝異常時の血漿中濃度変化を調べた。雄性Wistarラットへのアデニンの混餌投与により慢性腎障害モデルを作成したところ、血漿中コレステロール・トリグリセリド濃度の上昇が見出された。lipoprotein lipase(LPL)は、VLDLからLDLへの加水分解を担うが、LPLの活性抑制因子としてapolipoprotein C3(apoC3)が知られている。慢性腎障害時の脂質代謝異常は、apoC3の発現量増加によってVLDL蓄積が生じていることが一因と考えられる。また、脂質代謝異常が生じていることが確認されたこの条件下において、血漿中ビタミンK濃度が顕著に上昇していることが明らかとなった。続いて、上述の方法でリポタンパク質分離を行ったところ、ビタミンKのVLDL分画への顕著な蓄積が確認された。以上の結果から、慢性腎障害時の脂質代謝異常に伴いビタミンKのVLDLへの蓄積が生じていることが明らかとなった。

また、慢性腎障害時には末梢組織由来のビタミンK欠乏マーカーが上昇することが知られているが、実際の末梢組織でのビタミンK欠乏状態の有無及びその欠乏の原因は不明であった。そこで、慢性腎障害時の末梢組織におけるビタミンKの濃度変動について検討するため、胸部大動脈壁中濃度を測定したところ、慢性腎障害モデルにおいては胸部大動脈壁中のビタミンK濃度が著しく低下していることが見出され、慢性腎障害時にはビタミンKの末梢組織への移行不全が生じていることが示された。以上より、慢性腎障害時には、リポタンパク質の血液中への蓄積に伴い、リポタンパク質に分布するビタミンKも血液中に蓄積しているにも関わらず、血管壁への移行不全の結果として血管壁中ビタミンK濃度の低下が生じていることが示された(図2)。

3血管壁石灰化に及ぼすビタミンKの影響

慢性腎障害に合併する血管壁石灰化は、致命的な心血管イベントを誘発し患者の予後に大きく影響を及ぼす。そこで、2で示された慢性腎障害時の血管壁中ビタミンK濃度低下と、慢性腎障害に伴う血管壁石灰化との関係について検討するため、単離組織を用いたex vivo培養実験を行った。雄性Wistarラットの胸部大動脈を単離し輪状にした血管壁を、慢性腎障害を模した高リン酸濃度下において培養し、放射性同位体カルシウムの血管壁への蓄積量により血管壁の石灰化状態を評価した。その結果、ワルファリン存在下におけるカルシウム蓄積量の顕著な増加が見出され、ワルファリンによるビタミンK欠乏状態の惹起が血管壁の石灰化を促すことが確認された。さらに、ビタミンKの添加によって、カルシウムの異常蓄積状態がレスキューされたことから、慢性腎障害時における血管壁石灰化は、血管壁中ビタミンK濃度を上昇させることにより抑制されることが示された。

【まとめと考察】

本研究の結果、脂溶性ビタミンの末梢組織への分配経路には、RBPやDBPとの結合を介した経路に加え、リポタンパク質を介する経路も存在することが示唆された。本研究で得られた知見より、LDLR欠損等のリポタンパク質挙動の異常を伴う脂質代謝異常時には、脂溶性ビタミンの動態変化が生じうることが予想される。

また、実際に、リポタンパク質挙動の変化を伴う脂質代謝異常によって脂溶性ビタミンの動態が変化し、病態を誘発する例として、慢性腎障害時の血管壁石灰化の増悪が示唆された。慢性腎障害時の脂質代謝異常に伴い、ビタミンKはVLDLに蓄積することが見出された。さらに、血漿中のビタミンK濃度の顕著な上昇にも関わらず、大動脈壁中のビタミンK濃度は低下していた。ビタミンKは血管壁石灰化抑制作用を有したことから、慢性腎障害時の大動脈壁中ビタミンK濃度低下が血管壁石灰化の増悪を誘発することが示唆された。以上より、ビタミンKのリポタンパク質を介した移行不全が、慢性腎障害時の血管壁石灰化の増悪の原因となることをはじめて提唱することができた。

血管壁石灰化は、致命的な心疾患イベントの発症リスクを高めるため、適切な対処が求められる。本研究の結果より、慢性腎障害時における血管壁石灰化増悪を抑制する対処法として、脂質代謝異常改善による血管壁へのビタミンK移行の回復が提唱可能であり、今後の応用が期待される。

図1:脂溶性ビタミンの末梢への移行

図2:慢性腎障害時のビタミンK挙動変化

審査要旨 要旨を表示する

脂溶性ビタミン(ビタミンA、D、E、K)は生体の恒常性維持に必須な脂溶性化合物であり、栄養物としての必要摂取量や過剰症・欠乏症に関する研究は多数行われてきたが、生体内における体内動態制御機構に関しては不明な点が多い。吸収後の血液中での生体内輸送においては、その水への難溶性から何らかのキャリアー分子が必要となると考えられるが、系統立った解析はなされていないのが現状である。

そこで、申請者は、脂溶性ビタミン同様に親水性の低いコレステロールやトリグリセリドの血液中での生体内輸送を担うリポタンパク質に着目し、脂溶性ビタミンの体内動態がリポタンパク質依存的に制御されているという仮説をまず検証した。脂溶性ビタミンのうち、ビタミンE及びビタミンKはリポタンパク質へ分布しうることが過去に報告されていたが、他の脂溶性ビタミンのリポタンパク質への分布及びリポタンパク質を介した体内動態制御の重要性は明らかでなく、脂溶性ビタミン全般についてリポタンパク質分布の検討を行った。その結果、ビタミンE及びビタミンKは、リポタンパク質への分布を確認した一方で、ビタミンA及びビタミンDは主に各特異的結合タンパク質であるRBP及びDBPへの分布を確認した。この定常状態での脂溶性ビタミンのリポタンパク質への分布が、実際に脂溶性ビタミンの末梢移行に寄与しているかを検討するために、リポタンパク質挙動変化を誘発してさらなる検討を行った。Triton WR-1339投与による血液中へのVLDL蓄積条件下、LDLR変異型マウスにおける血漿中へのLDL蓄積条件下での脂溶性ビタミンの血漿中分布に関して検討したところ、いずれの脂溶性ビタミンもVLDL分画またはLDL分画に顕著に蓄積することを見出した。さらに、LDLR発現アデノウィルス感染時には、いずれの脂溶性ビタミンも細胞内への取り込みが増大したことから、脂溶性ビタミンはLDLRを介して細胞内に取り込まれうることを示した。以上の申請者の結果より、脂溶性ビタミンの末梢組織への分配経路には、RBPやDBPとの結合を介した経路に加え、リポタンパク質を介する経路も存在することが示された。以上の知見より、LDLR欠損等のリポタンパク質挙動の異常を伴う脂質代謝異常時には、脂溶性ビタミンの動態変化が生じうることが予想される。

つづいて、実際にリポタンパク質挙動の変化を伴う脂質代謝異常によって脂溶性ビタミンの動態が変化し、病態を誘発する例として、ビタミンKに関してさらなる研究を進めた。慢性腎障害時には、脂質代謝異常、末梢組織由来のビタミンK欠乏マーカーの上昇、血管壁石灰化が合併していることが知られるが、これらの合併症の原因及び相互の関係性は不明であった。そこで、ビタミンKは血管壁石灰化抑制作用を有することが示唆されていることから、脂質代謝異常に伴うビタミンKの血管壁への移行不全が慢性腎障害時に生じる血管壁石灰化を誘発するという仮説のもと、申請者は以下の検討を行った。作出した慢性腎障害時モデル動物では、脂質代謝異常に伴い、ビタミンKはVLDLに蓄積することを見出した。また、慢性腎障害時には末梢組織由来のビタミンK欠乏マーカーが上昇することが知られているが、実際の末梢組織でのビタミンK欠乏状態の有無及びその欠乏の原因は不明であった。そこで、慢性腎障害時の末梢組織におけるビタミンKの濃度変動について検討するため、胸部大動脈壁中濃度を測定したところ、慢性腎障害モデルにおいては胸部大動脈壁中のビタミンK濃度が著しく低下していることを見出し、慢性腎障害時にはビタミンKの末梢組織への移行不全が生じていることを示した。以上より、慢性腎障害時には、リポタンパク質の血液中への蓄積に伴い、リポタンパク質に分布するビタミンKも血液中に蓄積しているにも関わらず、血管壁への移行不全の結果として血管壁中ビタミンK濃度の低下が生じていることを示した。ビタミンKは血管壁石灰化抑制作用を有したことから、慢性腎障害時の大動脈壁中ビタミンK濃度低下が血管壁石灰化の増悪を誘発することを示唆した。以上の申請者の結果より、ビタミンKのリポタンパク質を介した移行不全が、慢性腎障害時の血管壁石灰化の増悪の原因となることをはじめて提唱することができた。

申請者の研究は、これまで不明点の多かった脂溶性ビタミンの体内動態制御機構におけるリポタンパク質の寄与の重要性を示しており、今後の発展が期待される重要な知見である。また、この知見に基づいて検討した慢性腎障害に伴う脂質代謝異常時の病態発症メカニズムは、他の脂質代謝異常時にも当てはまる可能性がある。一方、血管壁石灰化は、致命的な心疾患イベントの発症リスクを高めるため、適切な対処が求められる。本研究の結果より、慢性腎障害時における血管壁石灰化増悪を抑制する対処法として、脂質代謝異常改善による血管壁へのビタミンK移行の回復が提唱可能であり、今後の臨床応用が期待される。以上の研究成果により、申請者の業績は博士(薬学)の授与に相応しいものと判断した。

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