学位論文要旨



No 129476
著者(漢字) 石井,明奈
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,アキナ
標題(和) アレルギー応答におけるマクロファージガラクトース型C型レクチン(MGL/CD301)の役割
標題(洋)
報告番号 129476
報告番号 甲29476
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1517号
研究科 薬学系研究科
専攻 統合薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 村田,茂穂
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【研究背景及び目的】

近年、アレルギー疾患患者数は世界中で増加の一途をたどっている。しかし、アレルギー疾患の発症や増悪化のメカニズムは未だ不明な点が多く、有効かつ安全な根本的治療法が存在しない。そのため、アレルギー疾患の発症や増悪化のメカニズム解明と、新規治療法の確立が社会から強く求められている。樹状細胞(DC)やマクロファージなどの抗原提示細胞は、免疫応答において重要な役割を果たすことが知られているが、これらの細胞の機能を制御することができれば免疫応答を適切な方向へ誘導、あるいは制御することができると推測されるため、これらの細胞の機能を制御する機構の解明は重要である。マクロファージガラクトース型C 型レクチン(MGL)は、DC及びマクロファージに発現している分子で、カルシウム依存的に糖鎖を認識するC 型レクチンの一種である。マウスはMGL1 及びMGL2 の2 つのサブタイプを持つことが知られている。遺伝子欠損マウスを用いた解析から、MGL1 は皮膚炎症や大腸炎の制御に関与していることが明らかとなっている(Sato et al., Blood, 2005; Saba et al., Am J Pathol, 2009)。しかし、アレルギー応答におけるMGL の機能的な関与は不明であり、さらにMGL2 の生体における役割はほとんど明らかにされていない。そこで、本研究ではアレルギー疾患のメカニズム解明に貢献することを目的とし、MGL1 及びMGL2 遺伝子欠損マウスを用いてアレルギー応答におけるこれらのC 型レクチンの役割を解析することとした。

【方法及び結果】

MGL のアレルギー応答への関与の有無を調べるため、MGL1 及びMGL2 の遺伝子欠損(Mgl1(-/-),Mgl2(-/-))マウスに実験的にアレルギーを誘導し、応答を野生型(WT)マウスと比較した。本研究では、アレルギーの病態モデルとして頻用されており、有用性が高いことから、喘息の病態モデルであるアレルギー性気道炎症を用いてMGL の機能解析を行った。

1) MGL2 はアレルギー性気道炎症を抑制している

WT 及びMgl1(-/-)、Mgl2(-/-)マウスに卵白アルブミン(OVA)と免疫賦活剤であるAlum を腹腔内投与し、その後OVA を経鼻投与することでアレルギー性気道炎症を誘導した。初めにこれらのマウスから肺胞洗浄液(BALF)を回収し、細胞数の測定を行った。OVA とAlum を用いてアレルギー性気道炎症を誘導すると、気道への好酸球浸潤が観察されることが知られているが、Mgl2(-/-)マウスはWTマウスと比較してBALF 中の全細胞数及び好酸球数が有意に多く、気道の炎症による好酸球浸潤が亢進していることが明らかとなった(図1)。また、Mgl2(-/-)マウスは血清中のOVA 特異的IgE 抗体価がWT と比較して高く、さらに肺の病理像解析の結果から、炎症像がWT と比較してより顕著に見られたことから、Mgl2(-/-)マウスはWT マウスと比較してアレルギー応答が亢進していることが示された。一方、Mgl1(-/-)マウスの応答は、WT マウスと比較して有意な差は認められなかった(図1,data not shown)。以上の結果から、MGL2 がアレルギー性気道炎症を抑制していることが明らかとなり、一方MGL1 はアレルギー性気道炎症において重要な役割を果たしていないと考えられた。

2) MGL2は感作段階でTh2分化を制御している

アレルギー性気道炎症へのMGL2 の関与が明らかとなったため、次にアレルギー性気道炎症の感作段階にMGL2が関与しているか調べることとした。OVA とAlum を腹腔内投与して1週間後のマウスの流入領域リンパ節を回収し、チミジンの取り込みによる細胞増殖試験を行った。その結果、OVA で再刺激した際のMgl2-/-マウスのリンパ節細胞の増殖は、WT マウスのリンパ節細胞と比較して亢進している傾向が見られた(図2a)。一方、Mgl1(-/-)マウスのリンパ節細胞の増殖は、気道炎症の結果と同様に、WT マウスとの間に顕著な差が見られなかった(図2a)。次に、リンパ節におけるT 細胞の分化を調べるため、免疫したWT 及びMgl2(-/-)マウスのリンパ節細胞をOVA で再刺激した後、サイトカイン発現パターンをフローサイトメトリーにより解析した。その結果、Mgl2(-/-)マウスのリンパ節にはCD4 陽性IL-4 陽性のTh2 細胞の割合がWT と比較して多いことがわかり、Mgl2-/-マウスではTh2 分化が亢進していることが明らかとなった(図2b)。また、同時にOVA 特異的IgE 産生もWTと比較して亢進していることがわかった(図2c)。これらの結果から、MGL2 がアレルギー性気道炎症の感作段階に関与していることが示され、MGL2 は感作段階において流入領域リンパ節のTh2 分化を抑制していることが明らかとなった。

3) 感作段階に関与するMGL2発現細胞はDCである

感作段階におけるMGL2 の機能を探るため、まずはMGL2 発現細胞の同定を行った。免疫前及び免疫後の腹腔細胞と免疫後のリンパ節細胞を回収し、フローサイトメトリー解析を行ったところ、MGL2 を発現しているのはCD11c 陽性のDC であることが明らかとなった。このことから、感作段階でMGL2 陽性のDC が重要な役割を果たしていることが示唆された。そのため、これ以降DC の特徴である抗原の取り込みや抗原を取り込んだ細胞のリンパ節への遊走、T 細胞の分化誘導などに着目し、MGL2 がこれらの機能に影響を与えているか検討することとした。

4) OVAの取り込み及びリンパ節への遊走にMGL2は関与しない

MGL2 がOVA を直接認識して取り込む可能性について検討するため、in vitro で組換え型MGL2 (rMGL2) のOVA に対する結合能を調べた。その結果、OVA のrMGL2 への結合は検出されなかった。また、OVA の取り込みとOVA を取り込んだ細胞のリンパ節への遊走にMGL2 が関与しているか調べるため、FITC 標識したOVA を用いて免疫し、腹腔及びリンパ節におけるFITC 陽性細胞の割合をフローサイトメトリーにより解析した。その結果、WT とMgl2(-/-)マウスでリンパ節のFITC 陽性細胞の割合に差は見られなかった(図3)。このことから、MGL2 はin vivo におけるOVA の取り込みとOVA を取り込んだ細胞のリンパ節への遊走に影響を及ぼさないことが示された。

5) MGL2はDCによるIL-12の産生を促進している

MGL2がOVAの取り込みや取り込んだ細胞のリンパ節への遊走に関与しない可能性が高かったことから、MGL2 はリンパ節内で機能し、Th2 分化を抑制していると考えた。そこで、MGL2 がリンパ節内でTh2 分化を抑制するメカニズムを検討するため、免疫後のマウスの流入領域リンパ節からDC を単離し、real-time PCR を用いて遺伝子発現解析を行った。その結果、Mgl2(-/-)マウス由来のDC は、WT マウス由来のDC と比較してIL-12 のサブユニットp40 をコードする遺伝子II12b の発現が有意に低いことが明らかとなった(図4)。一方、OX40L、TSLPR、IL-7Ra、IL-1β、TSLP をコードする遺伝子の発現は、WT とMgl2(-/-)マウス由来のDC で有意な差は認められなかった(data not shown)。IL-12 はTh2 分化を抑制することが知られていることから、MGL2 がDCからのIL-12 の産生を促進し、過剰なTh2 分化を抑制していることが示唆された。

6) 免疫後のリンパ節のMGL2陽性細胞はMGL2リガンドを発現している

MGL2 がOVA を直接認識しないこと、及びMGL2 がリンパ節内で機能していることが明らかとなったため、リンパ節内に内因性のリガンドが存在する可能性が考えられた。そこでこの仮説を検証するため、免疫後のリンパ節において、rMGL2 が結合する細胞をフローサイトメトリーにより解析した。その結果、免疫前のリンパ節細胞ではrMGL2 が結合する細胞が見られなかったのに対し、免疫後では見られたことから、MGL2 に内因性リガンドが存在すること、また、これを発現する細胞が免疫によりリンパ節内に出現することが示された。これらのrMGL2 が結合する細胞は、rMGL2 とインキュベートする際に反応液中にN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)を加えた場合には見られなかったことから、rMGL2は糖鎖認識部位を介して結合していると推測される。また、rMGL2 と抗MGL2 抗体の同時染色の結果から、rMGL2 との結合がみられるのはMGL2 陽性細胞であることが明らかとなった。したがって、免疫後のリンパ節において、MGL2 陽性細胞にリガンドの発現が誘導されるか、あるいはリガンドを発現するMGL2 陽性細胞が新たに流入することでTh2 応答を抑制している可能性が示された。

【総括】

本研究の結果から、C 型レクチンであるMGL2 がアレルギー性気道炎症を抑制していることが明らかとなった。また、感作段階でMGL2 陽性のDC がIL-12 の発現を促進することで、過剰なTh2 分化を抑制している可能性が示された。C 型レクチン受容体は、一般的には病原体などの持つ特定の構造を認識して自然免疫応答に寄与すると考えられていたが、本研究は、C 型レクチン受容体の一つであるMGL2 が内因性リガンドを認識し、抗原特異的なアレルギー応答を制御するという役割を果たしていることを明らかにした。さらに、DC がTh2 応答を誘導する過程にC 型レクチンが関与しているという、これまで知られていなかった可能性を示した。MGL2 がアレルギー性気道炎症の感作段階でTh2 分化を抑制していることから、MGL2 が喘息のみならず様々なアレルギー疾患を抑制している可能性がある。そのため、今後MGL2 のリガンドや抗体を用いてアレルギー応答が抑制できるか検討することで、様々なアレルギー疾患に対する治療薬の開発に貢献できると期待される。

図1 BALF 中の細胞数 (***P<0.001)

図2 感作段階におけるMGL2 の機能解析

(a) 免疫後のリンパ節細胞の増殖試験 (b) 免疫後のリンパ節細胞におけるTh2 細胞の割合

(c) 免疫後のマウスのOVA 特異的IgE 抗体価 (*P<0.05, **P<0.01)

図3 免疫後のリンパ節におけるFITC 陽性細胞の割合

図4 DC におけるIl12b の発現解析

審査要旨 要旨を表示する

「アレルギー応答におけるマクロファージガラクトース型C型レクチン(MGL/CD301)の役割」と題する本論文では、アレルギー性疾患の機構解明に貢献することを目的として、内在性のC型レクチンであるMGL1またはMGL2の遺伝子を欠損するマウス(Mgl1(-/-)またはMgl2(-/-))を用いて、アレルギーにおけるこれらの分子の役割を明らかにした結果が述べられている。アレルギー性気道炎症(喘息の病態モデル)はアレルギーの病態モデルとして頻用されており有用性が高いことから、主に用いられている。

第1章は序論であり、研究の背景、特にアレルギー研究における最近の進歩が説明されている。

第2章はアレルギー性気道炎症におけるMGLの機能解析と題され、本論文の主要な部分である。最初に明らかになったのは、樹状細胞のみに発現するMGL2が気道のアレルギー性炎症に抑制的に機能しているという事実である。抗原として卵白アルブミンを免疫賦活剤であるアラムとともに腹腔内投与し、その後卵白アルブミンを経鼻投与することでアレルギー性気道炎症をマウスに誘導した。この方法でアレルギー性気道炎症を誘導すると、気道への好酸球浸潤が観察されることが知られているので、肺胞洗浄液を回収して細胞数の測定を行った。その結果Mgl2(-/-)マウスはWTマウスと比較してBALF中の全細胞数及び好酸球数が有意に高かったことから、気道炎症の亢進されていることが明らかとなった。さらに、Mgl2(-/-)マウスでは血清中の卵白アルブミン特異的なIgE抗体レベルがWTと比較して高く、組織学的な観察から示される肺の炎症像がWTと比較してより顕著であった。

この第2章では引き続き、アレルギー性気道炎症のどの段階にMGL2欠損が影響するのかを調べた結果、感作時にリンパ球の増殖とTh2分化が亢進している事が明らかになったという結果が述べられている。即ち、抗原投与1週間後のマウスの流入領域リンパ節を回収し、チミジンの取り込みによる細胞増殖試験を行った結果、リンパ節細胞の増殖はMgl2(-/-)マウスでは野生型マウスと比較して亢進していた。さらに、in vitroでリンパ球を刺激後のサイトカイン発現パターンをフローサイトメトリーにより解析した結果、Mgl2(-/-)マウスのリンパ節にはCD4陽性IL-4陽性のTh2細胞の割合がWTと比較して多いことがわかり、Mg12(-/-)マウスではTh2分化が亢進していることが明らかとなった。また、同時に卵白アルブミン特異的IgE産生もWTと比較して亢進していることがわかった。すなわちMGL2が免疫応答を抑制し、同時にTh2分化を抑制している可能性が示された。

このような抑制に関与するMGL2の分子としての機i能を探るため、先ず感作の場に存在するMGL2発現細胞の同定を目指した。フローサイトメトリー解析を行ったところ、MGL2を発現しているのはCDllc陽性の樹状細胞であることが明らかとなった。そこで、樹状細胞の特徴である抗原の取り込みやリンパ節への遊走、T細胞の分化誘導などに着目し、MGL2がこれらの機能に影響を与えているか検討した。MGL2が卵白アルブミンを直接認識して取り込む可能性は否定された。また、樹状細胞による卵白アルブミンの取り込みとリンパ節への遊走にはMGL2は関与していなかった。MGL2がリンパ節内で内因性リガンドをとの相互作用を通して機能している可能性を検証するため、リンパ節細胞へのリコンビナントMGL2の結合をフローサイトメトリーによって解析した結果、このレクチンに結合部位を持つ細胞が感作後に新たに出現する事が解った。リコンビナントMGL2と抗MGL2抗体の同時染色の結果から、MGL2を発現する樹状細胞がMGL2結合部位を持っていることが明らかになった。すなわち、感作後のリンパ節において、MGL2陽性細胞にリガンドの発現が誘導されるか、あるいはリガンドを発現するMGL2陽性細胞が新たに流入すること、このことにとってTh2応答が抑制されている可能性が示された。

第3章ではTh1/Th17型の遅延型過敏症モデルを用いてMGL1及びMGL2の関与をそれぞれのノックアウトマウスを用いて検証した。このモデルでは何れのレクチンの欠損においても影響が見られなかった。

以上に述べたように、本研究の結果からC型レクチンであるMGL2がTh2型のアレルギー性気道炎症の発症過程において抑制的に機能すること、この抑制は感作段階でMGL2を発現する樹状細胞の機能に基づくことが示された。樹状細胞に発現するC型レクチンのうち、MGL2はこれまでは抗原取り込みに関与する受容体であると考えられて来たが、それとは独立した過程で抗原特異的なアレルギー応答を制御する事が明らかになった。本研究では喘息のモデルであるアレルギー性気道炎症の感作段階が制御される事が明らかになったが、Th2分化を抑制する事を通してMGL2が様々なアレルギー疾患を抑制している可能性がある。MGL2のリガンドや抗体を用いてアレルギー応答が抑制できる可能性があり、アレルギー疾患に対する治療薬の開発に貢献できると期待される。以上の研究は、糖鎖生物学、実験病理学及び免疫学に資するところが大である。よって、本研究を行った石井明奈は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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