学位論文要旨



No 129496
著者(漢字) スッティチトラノン,ノッパクン
著者(英字) Suthichitranont,Noppakhun
著者(カナ) スッティチトラノン,ノッパクン
標題(和) 局所共形正則枠付きネットの構成
標題(洋) Construction of holomorphic local conformal framed nets
報告番号 129496
報告番号 甲29496
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第411号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河東,泰之
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 准教授 緒方,芳子
 東京大学 准教授 細野,忍
 東京大学 准教授 松尾,厚
 京都大学 准教授 小澤,登高
内容要旨 要旨を表示する

状態と物理量の概念は、量子物理学の基本である。代数的場の量子論では、状態はヒルベルト空間のベクトルで、物理量はヒルベルト空間上の自己共役作用素で定義されている。観測が一定の時空領域で行われるため、物理量は各固有の時空領域で定義される。これらのアイデアは作用素環の言語を使用して数学的な構造に翻訳される。1+1次元ミンコフスキー時空上の共形対称性を持っている場合は、フル共形場理論といわれている。作用素環の言語では、{A(O)}Oのvon Neumann環のファミリーを考える。Oはx=±tに平行な辺を持つ長方形でダブルコーンと呼ばれる。ファミリー{A(O)}Oは 単調性、局所性、共形共変性、真空状態の存在とエネルギーの正値性を満たす。局所性は空間的な分離を用いて定義される。ファミリー{A(O)}Oは局所共形ネットとよばれる。ファミリー{A(O)}Oは2直線x=±t に制限可能で、空間的な分離をもっと簡単な非交差性に代えられる。この処理により、二つのカイラル共形場理論ができる。

局所共形ネットは今{A(I)}Iの形でA(I)がvon Neumann環でIが、円周S1である「時空」の開区間である。同じ物理理論の別の数学的なアプローチとして頂点作用素代数の言語がある。頂点作用素はS1上の作用素値超関数のフーリエ級数展開で生じる。理論的には、Iをサポートに持つ試験関数と頂点作用素を選べれば局所共形ネットに相当する数学的対象のファミリーを形成することが可能であると期待される。状態空間がヒルベルト空間である局所共形ネットと違って頂点作用素代数理論では状態空間の内積の存在と完備性が仮定されていない。これは2つの数学的対象が相互に対応するかどうかの未解決問題を動機づける。すなわち、一つの数学的対象の例があれば他方の数学的対象への対応が見つかるべきである。この未解決問題に対する答えは、少なくともいくつかの余分な条件の下で、肯定的であることを支持するいくつかの証拠がある。たとえば両方の数学的対象には、アフィンLie環とVirasoro代数に関連した例がある。また正定値格子Lが与えられると格子頂点作用素代数とそのひねりオービフォールドが構成できる。正定値格子Lからの局所共形ネットの構築はStaszkiewiczによって示されている。格子頂点作用素代数のひねりオービフォールドの作用素環的対応もDong-Xuによって格子共形ネットを拡張することで構築されている。

中心電荷c<1の場合、Virasoro共形ネットVircとVirasoro頂点作用素代数 L(c,0)は、多くの点で本質的に同じ数学的対象である。両方は、同じ表現論を持っており、その既約表現は同じ融合規則に従う。我々の主な興味はそれらのテンソル積の正則なシンプル・カレント拡張である(自明な既約表現1つしか、表現を持っていないことによって定義される)。定義に基づき、枠付き頂点作用素代数は同じ共形元を持つL(1/2,0)(⊗n)を部分代数として含んでいる。LamとYamauchiはバイナリコードのペア(C,D)を使用して中心電荷1/2のVirasoro頂点作用素代数のテンソル積を正則枠付き頂点作用素代数に拡張した。ここでは、CはDの双対コードで、Dが以下の条件を満たす:

1.nが正の整数でDの長さは16nであること;

2.Dの全要素のHamming ウェイトは8で割り切れること;

3.全部1の単語はDに含まれること。

この種類の拡張はL(1/2,0)(⊗16n)に対して存在する。ここでは、Cにある単語(c1、c2、…、c16n)はモジュール⊗i L(1/2,ci/2)に対応し、Dにある単語(d1、d2、…、d16n)は,di=1となるエントリーの共形ウェイトが1/16となるモジュールに対応する。

本稿では、Kawahigasi-Longoが定義した正則局所共形枠付きネットである、正則枠付き頂点作用素代数の作用素環的対応物であって,Lam-Yamauchiの例に対応するものを与える。局所共形枠付きネットはVir1/2(⊗n)の既約拡張として定義されている。 Kawahigasi-Longoが示したように、局所共形枠付きネットの構造はVir1/2(⊗n⋊) Z2(l⋊) Z2kのようなシンプル・カレント拡張である。我々は、以上の条件を満たすバイナリコードのペア(C、D)を用いて、中心電荷1/2のVirasoro共形ネットのテンソル積から拡張された正則局所共形枠付きネットを構築する。Vir1/2(⊗16n⋊) C⋊ Dの存在を示すために、我々はVir1/2(⊗n⋊) Cの表現論を知ってVir1/2(⊗16n⋊) C 上のDの適切な作用が存在するか否かを決定する必要がある。

局所共形ネットの表現は、自己準同型のユニタリ同値クラスであり、セクターと呼ばれる。カイラル共形場理論の場合、セクターρはA(I')を不変とする自己準同型ρIで構成されている。I'はIの補集合の内点の集合である。局所共形ネットVir1/2(⊗16n)は Kawahigashi-Longo-Muegerの意味で完全有理的である。それはすべての既約セクターの統計次元の二乗和というμ-indexが2(32n) に等しい。Vir1/2(⊗16n⋊) C のμ-indexは 2(32n)/|C|2 である。これはVir1/2(⊗16n⋊) Cのすべての既約セクターの統計次元に条件を与えている。

シンプル・カレント拡張 Vir1/2(⊗16n⋊) C はVir1/2(⊗16n)の既約拡張である。Longo-Rehrenによって定義されたα±-inductionは、Vir1/2(⊗16n)のセクターをVir1/2(⊗16n⋊) Cのセクターに変換する。α±-inductionが各時空領域でVir1/2(⊗16n⋊) CからVir1/2(⊗16n)までの自己準同型γを使用して定義されているのでα±-inductionはコードCに依存する。θは自己準同型γをVir1/2(⊗16n)に制限される自己準同型と定義される。自己準同型θはCに対応するVir1/2(⊗16n)の既約セクターの多重度1の直和に分解される。Vir1/2(⊗16n)の既約セクターのシステムがRehrenの意味で非退化なので、Vir1/2(⊗16n⋊) Cの既約セクターはVir1/2(⊗16n)の既約セクターのα±-inductionの既約サブセクターの共通部分である。最初にαρ+=αρ-を満たすVir1/2(⊗16n)の既約セクターのα±-inductionを検討する。ε±が統計作用素ならαρ+=αρ-とε±(ρ,θ)ε±(ρ,θ)=1は同値である。我々はVir1/2(⊗16n)のS-行列を検討し、各θのサブセクターσがε±(ρ,σ)ε±(ρ, σ)=1を満たすかどうかを確認する。ある既約セクターはいくつかの他の既約セクターの同一α±-inductionを与える可能性が有る。α±-inductionが既約性を保持しないから、一部のα±-inductionはVir1/2(⊗16n⋊) Cの既約セクターの直和に分割される。Vir1/2(⊗16n⋊) Cのμ-indexを応用し、Vir1/2(⊗16n⋊) Cの既約セクターを識別する。

CがDの双対コードでVir1/2(⊗16n⋊) C⋊Dの場合、この問題は三重偶バイナリコードDの基数に応じて3つのケースに分かれている。Dの基数が2又は4の場合、Vir1/2(⊗2⋊) {(0,0)、(1,1)}に近く,Kawahigashi-Longoと同じ戦略を適用すると直接に答えが得られる。もっと大きいDの場合、1以上の統計的次元を持つ既約セクターを与えるかもしれないのでα±-inductionからμ-indexへの寄与に対処する困難がある。これが発生すると、そのようなα±-inductionの既約サブセクターは同型でない。したがって、D = D1 ⊃D2⊃…⊃Dp-1⊃Dp={(0,0,...,0)、(1,1, ...,1)}の減少列を構築して数学的帰納法によって証明する。その減少列は双対コードに移って、C= C1 ⊂C2⊂…⊂C(p-1)⊂Cpを与える。ここでは、|Di|/|Di+1|=2を満たすDiを選択してD(p-1)は(1,1, ...,1)と単位元と(1,1, ...,1)の違う単語βで生成される。Vir1/2(⊗16n)からVir1/2(⊗16n⋊) Crまでのα±-inductionとVir1/2(⊗16n)からVir1/2(⊗16n⋊) CまでとVir1/2(⊗16n⋊) CからVir1/2(⊗16n⋊) Crまでの二重α±-inductionは同じなので、単語βに関連するVir1/2(⊗16n)のセクターが統計次元1のVir1/2(⊗16n⋊) Cの既約セクターを与えるという結論が描かれている。これを用いて目標の局所共形枠付きネットが構成される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文において,論文提出者はカイラル共形場理論に対する作用素環論的アプローチを研究し,局所共形正則枠付きネットの構成を行った.

カイラル共形場理論を数学的に厳密に扱う理論として,広く研究されているものが二つある.一つは頂点作用素代数の理論であり,もう一つは作用素環に基づく局所共形ネットの理論である.後者はHilbert 空間に基礎を置くため正定値内積が絶対に必要であるのに対し,前者では必要ではないという大きな違いはあるが,それ以外はほぼ並行した議論が可能であり,特に何らかの「よい有限性条件」(たとえば前者におけるC2 有限性や後者における完全有理性) のもとでは両者の間に表現論まで含めた完全な一対一対応があると信じられている.しかしそのようなことを証明するのには程遠いのが現在の研究の状況である.

そこで,片方での結果,アイディア,手法,例などをもう片方に「翻訳」するというタイプの研究が両方向に多くなされており,非常にやさしいもの,できているが難しいもの,様々な努力にもかかわらずまだできていないものなどいろいろなケースがある.本研究もその流れの一つであり,頂点作用素代数におけるLam-山内の構成した例の対応物を,作用素環論を用いて局所共形ネットとして構成したものである.

さらに詳しく言うと,Lam-山内の結果は,枠付き頂点作用素代数と呼ばれるクラスの中で,正則性条件を満たすものの構成法を与えたものである.ここで正則性とは表現論が自明であることである.この時セントラル・チャージと呼ばれる実数値の不変量は自動的に自然数となり,さらに8 の倍数となることが知られている.有名なムーンシャイン頂点作用素代数もこの形をしている.Lam-山内は,このような頂点作用素代数の構造を2 進符号の言葉で決定し,また一般的構成法も与えた.この構成の作用素環論的対応物を与えたのが本論文である.

Lam-山内の論文ではコード頂点作用素代数と呼ばれるものの表現論について詳しく調べており,彼らはその結果を用いて構成を行った.特に,この枠付き頂点作用素代数の構成はまずコード頂点作用素代数と言われるシンプル・カレント構成法の特別な場合を行い,さらにもう一度シンプル・カレント構成法を行ったものであることが示されている.このこと自体に対応する結果は作用素環論の枠組みで,河東-Longo によって先に示されていたが,作用素環論ではコード頂点作用素代数の表現論にあたるものの研究が進んでいなかったため,それ以上の進歩がなかったものである.

コード頂点作用素代数の表現論はよく研究されていてさまざまな結果が知られているが,多くは2 進符号のさまざまな性質を使っており,それに近い形の理論を作用素環論の枠組みで実行することはなかなか困難である.そのかわり,作用素環論の枠組みでは,誘導表現にあたる理論がよく整備されているので,本論文ではそちらの手法を使っている.

長さが16 の倍数であるような三重偶符号から出発するのだが,まずその双対符号を用いて,シンプル・カレント構成法を行う.この部分は,頂点作用素代数でも作用素環論でもほぼ並行して行える.次の段階が問題で,本論文ではここで誘導表現の理論を用いて表現論を研究し,シンプル・カレント構成法がもう一度行えて,正則性が実現できることを示している.ここで,双対符号のサイズに関する帰納法が必要となるが,構造符号と呼ばれるものを希望通りに構成するにはかなりの技巧が必要である.その部分の証明の一部が河東によるものであるため,本論文の出版されたバージョンは,International Mathematical Research Notices に出た河東との共著論文となっている.しかし論文提出者による構成部分だけでも,作用素環論における新しい構成法を与えており,それだけで査読付き欧文ジャーナルに出版できるレベルに達していると判断される.

よって,論文提出者SUTHICHITRANONT Noppakhun は,博士(数理科学) の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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