学位論文要旨



No 129503
著者(漢字) ティユ クァン トゥ
著者(英字)
著者(カナ) ティユ クァン トゥ
標題(和) 有機N原料によるInN薄膜のMOVPE成長
標題(洋)
報告番号 129503
報告番号 甲29503
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第848号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 准教授 貴田,徳明
 東京大学 教授 藤岡,洋
 東京大学 教授 吉沢,英樹
内容要旨 要旨を表示する

InNはIII族窒化物の中で最も電子有効質量が小さく(~0.1 m0)、電子移動度が高い(~3000 cm2/Vs @RT)ため高速電子デバイスにおいて有望な材料である。また、赤外域にある約0.63 eVの直接型バンドギャップを持つことから、GaN、AlNなどとの混晶(InGaN、InAlN…)を形成することにより発光波長が赤外域から紫外域までカバーできる発光デバイスなどに応用することが期待されている。

一方、半導体産業ではGaAsなど化合物半導体を用いたデバイスの作製には量産性にすぐれた有機金属気相成長法(Metal Organic Vapor Phase Epitaxy - MOVPE)が使われている。III族窒化物のMOVPE成長では一般的にアンモニアが窒素原料として使われているが、その熱分解効率が低いことから、原料の高いV/III比が必要である。とくに、比較的に熱解離温度が低く(~600℃)、窒素飽和蒸気圧が高いInN成長の場合はアンモニアよりも成長温度付近で十分に熱分解し活性窒素を供給する原料が望ましい。その代替原料としてジメチルヒドラジン(1,1-(CH3)2NNH2, DMHy)などヒドラジン(H2NNH2)の誘導体が挙げられる。DMHyの熱分解についてはいくつかの文献があるが、常圧(1気圧)の等温反応管ではDMHyはH2やD2、He の雰囲気で420℃程度ですでに50%も分解する。また、減圧(60 Torr)の縦型反応管では50%分解温度が約500℃である。すなわち、InNの典型的な成長温度(500-600℃)なら十分な分解効率が期待できる。しかし、これらの結果から、DMHyの実効的な分解効率は反応管の種類に依存し、また圧力など測定条件によっても変わると考えられる。我々のMOVPE反応管では局所加熱方式を採用しており、サセプタはRFコイルにより過熱されるが、その表面上の空間ではキャリアガスの冷却効果により温度勾配が生じる。DMHyの熱分解はサセプタの表面上だけではなく気相中でも起こるため、DMHyの実効的な分解効率は等温反応管で調べられた値よりも低くなっていると予想される。

本研究では、まず我々の横型反応管にてDMHyの熱分解効率を調べ、測定条件の分解効率への影響を明らかにし、次にDMHyを用いたInN薄膜のMOVPE成長を実現することを目的としている。

1)原料の熱分解の質量分析

まず、MOVPE反応管内におけるDMHyの熱分解について質量分析によりその分解種や分解効率を調べた。DMHyの最終的な分解種はCH4/NH2、 NH3、 HCNなどであり、この中には窒素を含むものは基板表面の窒化に関与し、活性窒素源のような働きを果たしていると考えられる。分解効率は、キャリアガスの種類など雰囲気の条件によって異なる。H2キャリアガスは熱伝導特性がN2キャリアよりいいため、サセプタ上の高さ方向の分解率勾配が小さく、ひいては全体の分解効率が上がる。そして、分解率は反応管内圧力には強い依存性を示し、高い圧力ほど高い分解率が得られる。50%分解する温度は減圧の条件でも400-600℃と比較的低く、800℃以上になるとDMHyは完全分解する。

Inの原料であるTMInの熱分解についても質量分析を行った。MOVPE反応管における実効分解率は等温反応管での値より低いが、InNの典型的な成長温度域(500-600℃)でも45-60%程度であり、十分なIn供給量が期待できる。

TMInとDMHyを同時に供給したとき、1対1の割合で生成される付加化合物(アダクト)が検出された。異なった排気時間ではアダクトの残留効果の差異が顕著に現れたことより、アダクトの蒸気圧が低いことが示唆される。このアダクト形成がDMHyを用いたInNのMOVPE成長を困難にすると考えられる。

2)TMInとDMHyを用いたInNのMOVPE成長

原料の片方を細管により基板直近で供給する方法(原料分離供給法)を用いたことで、アダクトが形成されるような寄生反応を抑制することができ、DMHyを用いたInNのMOVPE成長に成功した。InNのMOVPE成長においてはN2キャリアガスが適することが分かった。N2 100%のキャリアガスを用いたことによりH2ガスによるInNのエッチング効果を抑制できたと考えられる。

細管からのガスフローは原料の実効的な供給量に影響を及ぼす。一方の原料(TMInあるいはDMHy)を細管で供給すると、細管から噴出すガスが基板の手前付近で広がり、上流から供給される他方の原料の基板への拡散を妨げる。細管を上流側に引くと、細管で供給される原料の基板への実効供給量がガスフローの広がりにより減っていく。それに対して、他方の原料は細管を引くにつれ、その供給量が増していく。TMInを細管で供給する場合、細管がサセプタと最も接近できる位置(標準位置)がInN成長に適することがわかった。また、DMHyを細管で供給した場合は、標準位置から上流側に約8 cmほど細管を引くと、InNの成長速度が最大になる。

サファイア(0001)基板上への成長では、X線回折測定のφ スキャンの結果から、成長したInNはサファイア基板に対して、[1-100](InN)//[11-20](sapphire)の方位関係でエピタキシャル成長していることが分かった。また、520-550℃の成長温度、100-200のV/III比および160Torr程度の圧力がInNの結晶成長に適する条件だとわかった。しかし、現在の成長条件ではInNの成長に伴いInドロップレットが形成され、InNの成長を阻害してしまうという問題点がある。InNの3時間成長では膜厚は60-100 nm程度であった。光学の吸収測定より、成長したInN結晶のエネルギーギャップはおよそ0.63-0.74 eVと見積もられた。

またGaN厚膜を3種類作製し、InN成長の擬似基板に用いた。サファイアを窒化して作製された擬似基板はN極性となりInN成長を促進することが分かった。擬似基板上への成長はサファイア基板上の直接成長と比べInドロップレットが減少しているが、ウィスカーやこぶ状などの異常成長が見られた。ウィスカー成長は自由な結合手をもつ基板表面のGa原子が触媒となるようなVLS成長で説明できる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、III族窒化物半導体であるInN薄膜の有機N原料による有機金属気相成長(MOVPE)において、原料物質の熱分解反応の質量分析による解析を行うとともに、InN薄膜成長を初めて実現し、その成長特性および光学特性について明らかにした研究成果を述べたものであり、全5章からなる。

第1章は序論であり、III族窒化物半導体とInNの物性および結晶成長に関して従来研究を概観することにより、InN薄膜の電子デバイスおよび光デバイス応用上の意義、およびInNの低温成長の必要性、有機N原料を用いることの意義と予想される付加化合物生成に伴うInN成長の問題点など、本研究の技術的背景とともに、本研究の目的について述べている。

第2章は、本研究で用いた実験方法の説明であり、InおよびNの有機原料を用いたMOVPE法による結晶成長法の原理と手法、およびX線回折、光吸収測定など結晶評価方法、さらに気相反応の解析に用いた四重極質量分析法の原理と手法について概要を述べている。

第3章では、有機原料についてMOVPE反応管内で気相成分をサンプリングし、四重極質量分析器により質量分析を行った結果について述べている。N原料のジメチルヒドラジン(DMHy)の熱分解反応において、最終的な分解種はCH4/NH2、NH3、HCNであった。このうちNを含む分解種は活性窒素源としてサファイア基板結晶の表面窒化に寄与していると考えている。DMHyの分解効率はキャリアガスを水素とした場合の方が、窒素とした場合よりも高い傾向があるが、これは水素の方が熱伝導率が大きいことによる。さらに分解効率は減圧の条件ほど減少する傾向がみられたが、60 Torr以上では50%分解温度が400-600℃と比較的低いことが明らかになった。この低温で高い分解効率は低温成長を必要とするInN薄膜の作製には有利とされる。In原料のトリメチルインジウム(TMIn)の熱分解効率については、300 Torr、500-600℃の条件下では45-60%となることが明らかにされた。さらにTMInとDMHyを同時に反応管内に供給した場合には、低蒸気圧の付加化合物(アダクト)が生成することが明らかになった。このアダクト生成が、従来の原料混合供給法においてInN成長を困難にしている原因であることが示唆されている。

第4章では、上記の付加化合物生成を回避する方法として、原料の一方を細管により供給して基板直近でTMInとDMHyを混合させる原料分離供給法を採用し、InN 薄膜の成長に成功したことを述べている。キャリアガスとして水素を用いた場合は、InNがエッチングされるために成長層が得られないが、窒素を用いた場合にはエッチング効果が抑制されてInN成長層が得られる。成長条件としては、成長温度520-550℃、N/In供給モル比100-200、反応管圧力160 Torrが最適であることが、X線回折による結晶性評価により明らかにされた。ただしInN成長表面にはつねにInドロップが伴っている。細管で供給する原料種をTMInとしてもDMHyとしてもInN成長層が得られるが、原料種のフローパターンの相異が、実効的なN/In供給比の相異として反映する。サファイア基板とInN結晶とは、[1-100]InN//[11-20]Sapphireのエピタキシャル関係にあることが明らかにされた。厚さ60-100 nmのInN薄膜の光吸収測定より、InN結晶のエネルギーギャップは0.63-0.74 eVと、従来知られている値と同等の値が得られている。またサファイア基板上にGaN薄膜を形成した疑似基板上のInN成長においては、Inドロップの形成が抑制される一方で、針状ないし粒子状のInN結晶が得られることが明らかとなった。

第5章は、本研究で得られた知見をまとめることにより本研究の結論を述べるとともに、当該研究の将来展望にふれている。

なお、本論文の第3章および第4章は、尾鍋研太郎、片山竜二、窪谷茂幸、関裕紀、稲本拓朗との共同研究を含んでいるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、本人の寄与が十分であると判断される。

以上、本論文は、物質科学へ大きく寄与するものであり、よって、博士(科学)の学位を授与できると認められる。

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