学位論文要旨



No 129505
著者(漢字) 角田,雅弘
著者(英字)
著者(カナ) カクダ,マサヒロ
標題(和) 分子線エピタキシー法による立方晶III族窒化物半導体薄膜の作製と評価
標題(洋)
報告番号 129505
報告番号 甲29505
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第850号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 齋木,幸一朗
 東京大学 教授 上田,和夫
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景と目的

窒化ガリウム(GaN)を代表とするIII族窒化物半導体は0.6 eVのナローバンドギャップから6.0 eVまでのワイドバンドギャップを持つことを利用し、青色を中心とした短波長のLED、レーザーダイオードの材料として用いられている。さらにより短波長の光源をめざし、GaNと窒化アルミニウム(AlN)の混晶AlxGa(1-x)Nを作製し、混晶中のAlN比率xを高める研究が盛んに行われている。しかしxの増加によりp型ドーピングが難しくなるなどの問題があり、発光効率が急激に減少するのが課題となっている。

III族窒化物半導体の結晶構造は六方晶相が安定相であるが、準安定相として立方晶相をとることが知られている。六方晶では極性があるため、LEDにおいて発光効率が減少するという問題がある。一方、立方晶では無極性であることから、この問題が起きずLEDの発光効率が増大することが期待される。しかし立方晶の成長には安定相である六方晶が積層欠陥として混入するなど、LEDに応用が可能な高い結晶品質を得るには至っていない。

そこで本研究では、立方晶窒化物半導体GaN, AlGaNおよびAlNのデバイス応用へ向け、成長条件最適化、バッファー層の導入により高品質化を目指した。また、立方晶は六方晶に比べバンドギャップエネルギーが低い、キャリア移動度が高いことが予想されるなど、物性の違いが注目されるが、立方晶AlGaNおよびAlNではいまだ詳細な物性が明らかになっていないことから、その解明も目指した。

立方晶AlGaN(c-AlGaN)の成長基板としてはGaAs, 3C-SiCなどが主に用いられているが、これらの基板はc-AlGaNのバンドギャップ領域で不透明であるため光学測定に制限があり、またGaAs基板はc-AlGaNの成長温度領域で表面に熱損傷が起こり、界面にボイドが生じるという問題がある。そこで本研究ではc-AlGaNのバンドギャップ領域で透明であり、絶縁性で熱損傷の起きないMgOを基板として用いることで高品質成長を実現し、c-AlGaNの光学および電気特性の評価を行った。また成長条件が結晶品質、光学および電気特性に与える影響を系統的に評価した。

2. 実験方法

c-GaN、c-AlGaNおよびc-AlNを分子線エピタキシー(RF-MBE)法を用いてMgO(001)基板上に成長させた。

2.1 アンドープc-GaN, c-AlGaNの成長

アンドープc-GaN、c-AlGaNの成長はc-GaNの成長から、全III族フラックスに占めるAlフラックス比を0.2まで変化させることで、低Al濃度c-AlGaNを成長しAl濃度の違いによる物性値の変化を調べた。

2.2 Siドープc-GaN, c-AlGaNの成長

ドーピング特性を調べるため、Siドープc-GaNおよびc-AlGaNの成長を行った。成長条件はアンドープの場合と同じで、Siセル温度を900~1150 °Cに変えてSiドープ量依存性を調べた。作製した試料についてドーピングが結晶性に与える影響、また物性値の変化を調べるため、構造特性、光学特性、電気特性の評価を行った。

2.3 c-GaNバッファー層を用いたc-AlNの成長

c-AlNをc-GaNバッファー層を用いることで成長を行った。そして低温c-GaNバッファー層を用いた2段階c-GaNバッファー層によりc-AlNの結晶性向上を行った。

評価方法として、表面及び断面観察は原子間力顕微鏡(AFM)、構造評価は反射高速電子線回折(RHEED)、X線回折測定(XRD)、光学評価はフォトルミネッセンス(PL)測定、透過スペクトル測定、分光エリプソメトリ測定、電気評価はホール効果測定により行った。

3. 結果と考察

3.1 c-GaN, c-AlGaNの成長

c-AlGaNの成長ではAlフラックス比を増やすことにより、Al濃度xが増加する傾向を示したが、Alフラックス比とAl濃度は一致しなかった。またAlフラックス比一定のもとでも窒素流量の違いによりAl濃度に違いが生じ、III族過剰条件下では窒素流量が小さいほどAl濃度が増大する傾向にあった。これはAl原子とN原子との結合力がGa原子とN原子とに比べ大きく、またGaの飽和蒸気圧がAlよりも高いため、III族過剰条件下では窒素流量が小さくなるにつれAl原子がGa原子よりも結晶中へ取り込まれやすくなるためである。したがってc-AlGaNの組成の制御にはIII族原料供給比だけでなく窒素供給比も考慮する必要がある。

またAl濃度が大きくなるほど立方晶相純度が低下し(図1)、結晶配向性も低下した。これは表面拡散の小さいAl原子が増加することで積層欠陥、六方晶混入の要因となる(111)ファセットが生じやすくなるためである。このことは高Al濃度c-AlGaNの作製において課題となる。また窒素過剰条件下ではIII族過剰条件下よりも立方晶相純度、結晶配向性ともに低下した。これは過剰なN原子がIII族原子の表面拡散を妨げてしまい、(111)ファセットを生じやすくなるためと考えられる。

PL測定では室温においてx=0.14まで、また10 Kにおいてはx=0.18までのc-AlGaNでバンド端発光が見られ、良好な光学特性を有していることを確認した。発光ピーク位置はAl増大とともに高エネルギー側へシフトしており、バンドギャップの増大を示している。

3.2 Siドープc-GaN, c-AlGaNの作製

Siドープc-GaNの成長では、Siセル温度1100 °Cまでは立方晶相純度、XRD半値幅はアンドープと変わらなかった。(図2)。しかし1100 °C以上では相純度、結晶配向性は低下した。これは過剰なSi原子により積層欠陥が生じたためと考えられる。

電気測定ではSiドープによりc-GaNは低抵抗化し、Siセル温度1000~1150 °Cではホール測定によりキャリア伝導型がn型であることが確認できた。またキャリア密度は1000~1100 °Cで単調に増加し、1150 °Cで飽和し、最大2.8×10(20) cm(-3) であった(図3)。移動度は12~27 cm2/Vsであり、2.8×10(20) cm(-3)まで結晶性、電気特性を低下させずにSiをドーピングすることが可能であった。

Siドープc-AlGaNの成長ではAl濃度7 ~ 10%においてキャリア密度は0.8~1.3×10(20) cm(-3) とややばらつきがあった。また移動度は4~25 cm2/V・sであり、c-GaN:Siと同様に相純度が高い方が移動度も高い傾向がある(図4)ものの、ばらつきが大きかった。これは六方晶が増加し、その部分の伝導が無視できなくなったためと考えられる。またAl濃度とはあまり相関が見られず、これはc-AlGaNの伝導性がAl濃度増加によって減少したのではなく、六方晶の混入により減少したためと考えられる。

3.3 c-GaNバッファー層を用いたc-AlNの作製

MgO基板直上にc-AlNは成長しないことが分かったため、MgO上で立方晶相が高い相純度、結晶性で得られているGaNをバッファー層として成長し、その上に成長することでc-AlNの成長を実現した。またc-GaNバッファー層の成長条件を最も高い相純度が得られている温度、フラックスに固定し、厚さを0.5~50 nmと変化させて厚さによる違いを調べた。この結果、膜厚によらずc-AlNが成長した。立方晶相純度と表面平坦性はバッファー層厚にあまり依存しないものの、立方晶相純度は最大で18%程度と低い値であった。

次にc-GaN成長の前に低温c-GaNバッファー層を成長し、c-GaN層の表面平坦性を向上させることを試みた。またc-GaNバッファー層の厚さを200 nmとし、グレインサイズを増大させグレイン境界での表面の凹凸の影響を減少させて、c-AlN成長で六方晶の混入を抑制することを試みた。低温c-GaNバッファー層を用いることでc-GaNの表面粗さRMS値が1.5 nmから0.7 nmに減少した。そしてこの上にc-AlNを成長することで表面粗さRMS値が2.3 nmから1.6 nmへ減少した。また成長中RHEEDから厚膜c-GaN成長終了後の六方晶からの回折のない立方晶のストリークを引き継いでc-AlNの成長が行われ、六方晶のスポットが見えなくなった(図5)ことから、c-GaNの高い表面平坦性を引き継いで成長したことにより六方晶の混入が抑制されたことが分かる。XRD RSMから求めた立方晶相純度は62%であった。この低温c-GaNバッファー層、厚膜c-GaNバッファー層上に成長したc-AlNに対しバンドギャップEgを求めるために分光エリプソメトリ測定を行い、直接遷移バンドギャップの値が5.95 eVと求められた。これは報告されている六方晶と立方晶のAlNの値の中間であり、薄膜中に六方晶の混入が依然多いためと考えられ、さらなる結晶の高品質化が必要である。

4. まとめ

c-GaN、c-AlGaNおよびc-AlNの結晶成長をMBEにより行い、結晶成長条件、Al濃度が結晶性に与える影響を明らかにした。また2段階c-GaNバッファー層を用いることで、c-AlNの結晶性向上を達成した。本研究で得られた知見は今後の立方晶窒化物半導体を用いたデバイス作製への一助となるであろう。

図1 立方晶相純度のAl濃度依存性

図2 Siドープc-GaNのXRC半値幅と立方晶相純度のSiセル温度依存性

図3 Siドープc-GaNのキャリア密度と移動度

図4 c-AlGaN:Siにおける移動度の立方晶相純度依存性

図5 低温c-GaNバッファー層上c-AlN 成長後RHEED像

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、III族窒化物半導体の準安定相である立方晶GaN、AlGaNおよびAlN薄膜を分子線エピタキシー法により作製し、立方晶相純度をはじめとする成長特性のほか、構造的、電気的および光学的特性を明らかにした研究成果を述べたものであり、全7章からなる。

第1章は序論であり、III族窒化物半導体の応用上の重要性に、応用の進展する六方晶III族窒化物を参照しつつ言及したのち、立方晶III族窒化物の予想される有利な特性と可能性および従来研究、さらに基板材料としてMgOを用いることの利点など、本研究の背景に引き続き、本研究の目的を述べている。

第2章は、本研究で用いた実験方法の説明であり、結晶成長法である分子線エピタキシーの原理と手法、結晶評価方法として反射高速電子線回折、X線回折(XRD)、フォトルミネッセンス(PL)、光吸収、ホール効果などの各測定法の原理と手法について概要を述べている。

第3章では、アンドープ立方晶GaNおよびAlGaN混晶の結晶成長とその評価結果について述べている。MgO(001)基板を用いて、Al濃度34%までの立方晶AlGaNの作製に成功した。XRD逆格子空間マッピング測定により、立方晶相純度はAl濃度増加とともに低下し、Al濃度0%において98%であったものが、Al濃度34%において18%となることを示した。これはAl濃度増加に伴うIII族原子の表面マイグレーションの低下による成長表面の平坦性低下に起因すると解釈できる。光学特性評価では、Al濃度18%までの立方晶AlGaNにおいて室温PLにおけるバンド端発光を確認したが、それを超えるAl濃度では発光は見られていない。これは結晶性の低下に起因する。電気的特性の評価では、いずれの試料も高抵抗でありキャリア濃度および移動度の評価はできていない。

第4章では、Siドープ立方晶GaNおよびAlGaN混晶の結晶成長とその評価結果について述べている。Siセル温度を変化させることで、Siドープ量の異なる一連の試料を得た。一定のドープ量以上の立方晶GaNにおいてホール効果測定が可能な程度に抵抗率が低下し、Siドープ量の増加に伴い2×1019 cm(-3)から2.8×10(20) cm(-3)の範囲のキャリア濃度によるn型伝導性を確認した。キャリア濃度は高濃度側で飽和傾向にある。キャリア濃度の増大は、PL測定における励起子発光の高エネルギーシフトからも確認された。Siドープによる立方晶相純度の低下はみられない。キャリア移動度は最大27 cm2/V・sであり、立方晶相純度が高いほど移動度も高い傾向がみられた。立方晶AlGaNにおいてもSiドープによる結晶性の低下を引き起こすことなく、1×10(20) cm(-3)以上のキャリア濃度を得た。Al濃度による移動度の違いはとくになく、移動度は立方晶相純度に強く依存する。立方晶のキャリア移動度は六方晶に比較して低く、立方晶相純度の向上が課題であることを指摘している。

第5章では、立方晶AlNの結晶成長とその評価結果について述べている。MgO基板上の直接成長によっては専ら六方晶AlNが成長し、立方晶AlNは得られないが、立方晶GaNをバッファ層として用いることで、立方晶AlNが得られる。さらにバッファ層を低温と高温の2段階成長とすることで、立方晶GaN層の表面平坦性が向上し、立方晶AlNの表面平坦性も向上した。2段階成長バッファ層を用いることにより、立方晶AlNの相純度が、単層バッファ層の場合の18%から62%へ大幅に向上した。分光エリプソメトリー測定から、立方晶AlNの室温バンドギャップ値として5.95 eVを得た。この値は他で報告された値5.88 eVよりやや大きく、六方晶混入の影響を受けている可能性がある。電気的評価において、立方晶AlNはアンドープおよびSiドープのいずれにおいても高抵抗であった。これはSiドナー準位が立方晶GaN中よりも深いことに起因していると考えられる。

第6章では、立方晶窒化物系で量子井戸などデバイス構造を作製する上で必要となる要素について成長特性を明らかにした結果を述べている。立方晶AlN上の立方晶GaN成長においては、AlNの層厚が10 nm程度を超えると、立方晶GaNの結晶性が低下する。立方晶GaNバッファ層上の高Al濃度立方晶AlGaNの成長では、立方晶AlNの最適成長温度である700℃において、Gaの添加が困難であり、結晶性も低下する。また成長中に発生するGaドロップは650℃以上で蒸発するが、Alドロップは750℃でも蒸発しないため、Alドロップの発生を抑制する必要がある。

第7章は、本研究で得られた知見をまとめることにより本研究の結論を述べるとともに、立方晶窒化物半導体研究の課題と将来展望にふれている。

なお、本論文の第3章、第4章および第6章は尾鍋研太郎と窪谷茂幸、第5章は尾鍋研太郎、窪谷茂幸、矢口裕之、片山竜二、石田崇、牧野兼三、森川生との共同研究をそれぞれ含んでいるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、本人の寄与が十分であると判断される。

以上、本論文は、物質科学へ大きく寄与するものであり、よって、博士(科学)の学位を授与できると認められる。

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